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2006/11/27

スクリャービン神秘の扉開けてみん

 過日、車中で何気なくラジオに耳を傾けていたら、ちょっと聴いたことがないような曲調のピアノ曲が聞こえてきた。小生のような音楽音痴には全く未知な雰囲気の曲。
 曲名は聞き逃したが、作曲したのはスクリャービンだという。
 名前だけは小生も聞いたことがある。でも、どんな人物かと問われても全く分からない。

 例によって「アレクサンドル・スクリャービン - Wikipedia」なる頁を覗いてみると、アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン(1872年1月6日 - 1915年4月27日)は、作曲家としてはもとより、ピアノ演奏家としても、さらに思想や人間的にも極めて興味深い人物だと分かる。
 もう、この頁を読むだけで、十分、楽しめてしまう。彼に付いては、小生如きが付け加える何もない。

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← 一夜を過ごした或る宿。

 ただ、個人的な興味から、「作曲家スクリャービンの誕生」なる項の、以下の一文だけはメモしておきたい:
「かろうじてオクターブをつかむことができたと言われるほど小さな手の持ち主だったにもかかわらず、学生時代の同級生ヨゼフ・レヴィーンらと、超絶技巧の難曲の制覇数をめぐって熾烈な競争を無理に続け、ついに右手首を故障するに至った。快復するまでの間に、左手を特訓するとともに、ピアニストとしての挫折感から作曲にも力を注ぐようになる。右手以上の運動量を要求され、広い音域を駆け巡ることから「左手のコサック」と呼ばれる独自のピアノ書法をそなえた、作曲家スクリャービンの誕生であった。」

 小生はスクリャービンのピアノ曲をもう一度、聴きたくて、仕事が明けた日に図書館へ。
 けれど、ピアノ曲はなくて予約するしかなかった。
 幸い、「第3番ハ短調作品43《神聖な詩》」や「第4番作品54《法悦の詩》」(ウラディミール・アシュケナージ/ベルリン放送交響楽団)などの入ったCDがあったので、代わりに借りてきた。
 これまた、小生にはぶったまげるような音の世界。

 ピアノ曲は、図書館のパソコンでは、「スクリャービン:12の練習曲」が検索結果で浮上したので、これを予約した…はずなのだが、先週末、図書館へ行ったら、違うCDを手渡された。
 それは、『ロシア・ピアニズム名盤選30 ソフロニツキー/伝説のスクリャービン・リサイタル2(1958年6月8日)』(ソフロニツキー(ウラジーミル) (アーティスト, 演奏), スクリャービン作曲、コロムビアミュージックエンタテインメント)というCD。

 一瞬、おやっと思ったけれど、ま、いっか、である。
 小生には違いが分からないのだし。
 早速、持ち帰って幾度となく聞いた。感想の言葉が出てこない。
 言葉にならないのは、調性音楽から離脱しているからなのか。
 ストラヴィンスキー作曲の『火の鳥』を半年ほどだったか毎日のようにアパートの自室で聴き浸っていた学生時代のことを思い出してしまった。
 調べてみたら、ストラヴィンスキーも、初期のころはスクリャービンに感化されていたのだ。
 小生、今頃、再認識している!
 
 まあ、無理に言葉にする必要もないだろう。とにかく、交響曲のスクリャービン、ピアノ曲のスクリャービンを交互に聞き入るばかりである。

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→ 『ロシア・ピアニズム名盤選30 ソフロニツキー/伝説のスクリャービン・リサイタル2(1958年6月8日)』(ウラジーミル・ソフロニツキー:ピアノ、スクリャービン作曲、コロムビアミュージックエンタテインメント)

アレクサンドル・スクリャービン - Wikipedia」の「変化と発展」なる項に、「1900年ごろからニーチェ哲学に心酔し、とりわけ超人思想に共鳴する。その後は神智学にも傾倒し、この二つから音楽思想や作曲に影響を受ける」とあるのが気にかかった。
「1909年から1910年までブリュッセルに住み、デルヴィルらのベルギー象徴主義絵画に興味を寄せつつ、マダム・ブラヴァツキーの著作にいっそう親しんだ。これにより、自らの芸術を神智学思想を表現するためのものとして考えるようになり、後期の神秘和音を特徴とする作品を残す。それとともに前衛的作曲家として国際的に認められるようになった。」というのだ。

 小生が借り出してきた曲も、既に神智学思想にかぶれて以降の作品のようだ。
 この神秘主義や神智学思想、あるいはデルヴィルらのベルギー象徴主義絵画などとの絡みについては、下記のサイトが実に詳しい:
スクリャービンの世界

 小生は、神秘主義や神智学思想の類いは嫌いである。こういった思想に感化され、一旦、こういった発想法に囚われると、何もかもがその色一色に染まってしまうし、何もかもが一つの発想法で説明できてしまう。
 自分自身の安直な思考に頼りがちな資質も自覚しないではないし、文学や哲学、科学などの世界の着実な探求と積み重ねを思うだけに、敬遠してしまうのである。
 尤も、小生など、臆病な人間だから、神秘主義の世界に飛び込んで自ら確かめてみることもできないでいるのかもしれない。

 ここでは、「アレクサンドル・スクリャービン - Wikipedia」の中の、「後世への影響」という項の中に見出した記述に注目しておく。

「永らくスクリャービンは一過性の存在であり、音楽史上に何ら影響を与えなかったと看做されてきた」が、「現在では、スクリャービンの影響がロシアやソ連の国境を越え、国際的な広がりを持っていることが近年になって明らかにされてき」ており、「スクリャービンの支持者は、フェルッチョ・ブゾーニやアルバン・ベルクがおり、信奉者はカロル・シマノフスキや山田耕筰、チャールズ・グリフス、ルース・クロフォード=シーガーなどがいる」というのである。

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←  中沢 新一著/山本 容子挿画『音楽のつつましい願い』(筑摩書房)
 
 山田耕筰
 
 スクリャービンに絡んで山田耕筰の名前が出てきたとあっては、多少のことは調べておきたい。
 親しみやすい多くの曲を作曲されたし、なんといっても、我が母校(高校)の校歌を作曲したのも山田耕筰なのだ(作詞:大島文雄)!
 山田耕筰本人については、「山田耕筰 - Wikipedia」などを参照してもらうとして、小生としては、スクリャービンとの関係という点での山田耕筰のことを知りたい。
 ネット検索してみたら、恰好とも言える、下記の頁が見つかった:
スクリャービンと山田耕筰
山田耕筰「スクリャービンに捧ぐる曲」」(いずれも、「高橋健一郎研究室BLOG」内)

 どうやら、中沢 新一著/山本 容子挿画『音楽のつつましい願い』(筑摩書房)からの情報らしい。

 後者の「山田耕筰「スクリャービンに捧ぐる曲」」によると、「、「赤とんぼ」などの作曲でお馴染みのあの山田耕筰もスクリャービンにはまり、スクリャービンにまつわる曲を書いてい」て、「その名も「スクリャービンに捧ぐる曲」で、「夜の詩曲」と「忘れ難きモスコーの夜」の2曲からなる」という(詳しくはリンク先へ飛んでみて欲しい)。

 さて、前者の「スクリャービンと山田耕筰」に見出される転記も含めた記述が興味深い:
日本へ帰って、しばらくしてから、山田耕筰はスクリャービンの死を聞かされた。そして、このロシアの異常の作曲家と自分との、不思議な縁を感じたのである。スクリャービンの音楽を流れているもの、それは自由な魂の、とぎれることのない動きだ。それは、大地からたちのぼり、天空から降り注ぐ。神のものではありながら、神に従属はしない。人間はみずからのうちに流れる、その聖霊の働きを感じとりながら、魂の成長をとげていくことができるのだ。

 これ以上の転記は憚られる。是非、リンク先へ飛んで読んでみてもらいたいものだ。

 うーん、こうなると、山田耕筰の「スクリャービンに捧ぐる曲」など聞いて見たくなる。
 『山田耕筰ピアノ作品全集』(コロムビアミュージックエンタテインメント)なるCDがあるようだし。

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