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2006/11/03

グラミン銀行…ユヌスさん銀行の任呼び覚ます!

 車中では、お客さんが乗っていない間は孤独だ。だから音楽だけが友達……なんて書くと、小生の場合は嘘に近い。大体、自宅でも一人きりだし、会話なんてものは成立しない。
 だから、たとえ「どうぞ」でも「忘れ物、ありませんか」でも「ありがとうございました」といった一言だけでも声を発するのは仕事中だけ。
 また、多少なりとも会話があるのも、車中だけ。

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→ 『コンドルは飛んで行く~クリスティーナとウーゴ・ベスト・セレクション』(ユニバーサルインターナショナル)

 その意味で、音楽は常に小生のパートナーであり、唯一のパートナーでもある。
 1日の仕事でも、演歌からピアノの演奏、クラシックから若者の間で(のみ)流行っている曲まで、それこそありとあらゆるジャンルの音楽を聴く。

 無論、実車中はラジオはオフにするか、天気予報・交通情報が流れている場合は、ボリュームを下げて聞く。
 ただ、タクシーは、実車の割合は、20(21)時間の拘束時間のうち、半分以下である。半分(50%)という実車率になったら、営業成績は会社でトップクラスなのは間違いない。

 よって、単純計算でも10時間以上は、可能な限り、音楽を聴いているというわけである。実際には、どう選局してみても音楽番組が見当たらないこともあるし、どうしても嫌な音楽番組だったりすることもあるが、まずはえり好みさえしなければ、音楽三昧でいられるのである。しかも、一人で密室内なのだから、音楽を聴くという状況としては至上の時空間なのかもしれない。

 ん? 自宅などで聴いたほうが、窓の外からの雑音もシャットアウトできて三昧に浸れるのではって?

 さにあらず。
 車中は、基本的に運転に集中しているから(路上の風景や、交差点を行過ぎる素敵な女性に目移りすることもしばしばだが)、窓外の異音(バイクの接近の音、歩行者の気配、突然車線変更してくる車のタイヤやエンジン音)に一定程度の注意を常に喚起しておくのは言うまでもないとして、実際には耳(聴覚神経・中枢)は、それ以外の快適な音の洪水を干天の慈雨のごとくに待ち受けているのである。
 つまり、基本的に車中にあっては音に耳を傾けやすいのだ。気軽にひょいと、座を離れるというわけにはいかないのだし。

 そう、自宅では、乏しい時間を読書と居眠りと執筆に費やしているので、この頃はCDを架けっ放しにしているものの、聴いたとしても、どうしても自分の今、聞きたいジャンルやアーティストの曲を選びがちだし、意想外のジャンルの音楽は思い浮かばない。

 さて、そういうわけで、昨日も音楽漬けだったのだが、そんな中、「ラジオ深夜便」の「ロマンチックコンサート」で、「「郷愁のポピュラー~フォルクローレ名曲の調べ」という特集があって、普段、ラジオでも(自宅では尚更)聴くことの少ない、フォルクローレを50分近く楽しむことが出来た。

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← 加藤登紀子歌「灰色の瞳(AQUELLOS OJOS GRISES)  

 曲名はメモできなかったのだが、「風とケーナのロマンス」「コンドルは飛んで行く」「花祭り」「夜の祈り」「灰色の瞳」などを聴けたようだった。
「コンドルは飛んで行く」は、サイモン&ガーファンクル(学生時代に聞き浸ったっけ。但し、歌詞はS&Gが付けた英詞で、この原曲に無関係なもの)が、ウニャ・ラモスの曲「灰色の瞳」は加藤登紀子さんと長谷川きよしさんのデュエットで、また、ある曲は菅原洋一さんが歌っていて、それぞれに良かったのだが、他に聴くのは久しぶり、あるいは初めてというアーティストもいた。
 例えば、アタワルパ・ユパンキクリスティーナとウーゴといった歌手(演奏家)の歌(演奏)を聴くことができたのである。
 アタワルパ・ユパンキは音楽音痴の小生も聞いたことがあったのだが、クリスティーナとウーゴは多分、初耳である。すっかり魅了された。クリスティーナとウーゴの二人は、共に自動車事故で亡くなられたのだとか。

 余談だけど、三十歳の頃だったか、ケーナという楽器の奏でる音に惚れて、ケーナを買い、また、ウニャ・ラモスの音楽テープも買ったことなど思い出したりした。
 今もテープは手元にあるのだが、カセットがなくて聴けない!

 さて、1日の車中では、やはりラジオで耳学問していた。
 そのうちの一つは、今年度のノーベル平和賞を受賞されたムハマド・ユヌス氏と、彼が創始したというマイクロファイナンスのこと、あるいはグラミン銀行のこと。
 後学のため、大まかなことだけメモしておきたい。
ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏とは - [ボランティア]All About」を参照させてもらう。
 小生は無論、未読だが、ムハマド・ユヌス/アラン・ジョリ著『ムハマド・ユヌス自伝』」(猪熊 弘子 訳、早川書房)なる本があるようだ。
 1998/10の刊行だって!

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→ ムハマド・ユヌス/アラン・ジョリ著『ムハマド・ユヌス自伝』」(猪熊 弘子 訳、早川書房)

「貧しい人々に無担保でわずかな金を融資し、それを元手として小さなビジネスを開始させ、経済的に自立させる―ユヌスが編み出したこの手法は「マイクロクレジット」と呼ばれ、今やアメリカやフランスをはじめ世界約60カ国で実践され、大きな成果をあげている。ユヌスは語る。「貧困は、私たちが生きている間に地上からなくすことができる」と。本書は、その活動に対して世界中から注目と賞賛を集めるノーベル平和賞の有力候補が、自らの半生と信念を語った初の自伝である」といった内容。

 一度は読んでおかなくっちゃ。
 高利貸しの方より、特に日本の銀行員に読んでもらいたい本である。恐らく、耳が(目が)痛いだろうけど、志だけでも汲み取ってもらいたいものだ。担保がなければカネを貸さないのなんて、銀行をやっている甲斐がないのではなかろうか。そんな感性など最初からないか。

 他にも、坪井ひろみ著『グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社)も参考になりそう。

 さて、「ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏とは - [ボランティア]All About」は、感動的な話として読んでもらうとして、次の頁「マイクロクレジットとは?」に移る。
 おっと、「グラミンとはバングラデシュの公用語、ベンガル語で“村落”の意味。世界最貧国の1つに数えられるバングラデシュで、農村の女性や貧困層の自立を目指すことに由来する名前です」という記述だけは銘記しておくか。

 さて、「既存の銀行は、預貯金という形で募ったお金を必要としている人へ、担保という信用を保証に融資をするのが主たる業務でしょう。担保を持たない人は、信用力がないと見なされ、お金は貸してもらえません」…。
 そう、全く、その通り。
 信用も担保もない貧困層の人々はどうしたらいいのか(バングラデシュだけの話じゃなさそうだが…。)。

「富める者ほど大きな担保で多額のお金を借り、それを元にますます富む。融資を受けられない貧しい者は永遠に貧しいままという悪循環は、不平等であり、それを裁ち切りたい。ユヌス氏は、その思いから、担保がない貧困層でも、借り手は同性が5人一組となってグループを編成し、連帯責任を負うことを条件にお金を借り、それを元に自立を目指すシステムを生み出しました。それがグラミン銀行のマイクロクレジット事業です」とある(太字は小生による。そこが眼目)。
「グラミン銀行がお金を貸すのは、土地を全く持っていないか、0.5エーカー(約二反:600坪)未満の耕作地しか持っていないことが条件とされています」というのだ。

「もう1つグラミン銀行の特徴に、「借り手は銀行に行かずに、銀行員が訪問する」ことが上げられます」というのも驚きである。
 日本で銀行員がカネを手に個別に訪問し担保が不足していても貸したりしたのはバブルの時代に限られていたような。

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← 坪井 ひろみ著『グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社)

 さらに、「子どもの利益に直結する女性への融資」も興味深い。
 この項目は重要だと思われるので、一部、そのまま転記する:

グラミン銀行は、貧困層の中でも特に女性に融資することを重視しています。イスラームやヒンドゥーの古い慣習の根強いバングラデシュは男性優位の社会で、お金の管理や買い物は男性の役目です。お金を触ったことのない女性もいるほどです。

そういった社会で女性に融資するなんて通常はあり得ません。当初、男性たちからは、強い反発もあったといいます。でもあえて女性へ融資したのは、女性の自立を促すことはもちろん、それが、子どもの利益に直結するためでした。

女性は子どもの栄養状態を向上させ、教育のためにお金を使います。さらに、長期の将来の見通しを持ち、貧困から抜け出したい、今よりよくなろうという気持ちが男性より強い傾向があるといわれます。ユヌス氏は、女性の持つ力を信じ、支援することで、貧困の悪循環からの脱却を目指したのです。

 やや古いかもしれないが、「ALT BIZ」なるサイトの中の、「山形浩生の『ケイザイ2.0』  第21回 マイクロファイナンスと、高利貸しのポジティブな役割  ――バングラデシュのグラミン銀行の場合 」が一層、詳しい説明を与えてくれる。

 ここでは上掲のサイトを紹介するに留めておくが、一つだけ、「相互監視システム」だけには注意を喚起しておきたい。
「いまのグラミン銀行は、一人で「金貸して」と言ってもお金を貸してくれない。必ず五人組みたいなグループを組織させる。そいつらにそれぞれ一定額の預金をさせることもある。そして、その5人の中のたとえば2人とかにまずお金を貸して、でも返済はその5人の連帯責任。返済は、毎週取り立て人がやってきて、その5人を集めて連帯で返済させるのだ。借りてる人が返せないと、残りの人たちが血相変えて、おまえの努力が足りない、商売をああやってみろ、こうやれ、と相互に指導をしあったり、営業をだれかが引き受けたりとやって、とにかくそいつが返せるようにもっていく。さもないと最終的には自分たちがツケを払わされる」だって。
 ちょっと言葉遣いが荒っぽいが、その分、話が分かりやすい。

 そう、日本で言えば江戸時代の五人組の金融版と言えばいいのか。
 
 他にも、ここでは参照しきれなかったが、「ふぉーりん・あとにーの憂鬱 マイクロファイナンス雑考(1)」が、さすがサイト主が実務に長けた弁護士ということもあって、詳しいし専門的でもある。

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→ George Harrison / バングラデシュ・コンサート(日本盤CD)

 とにかく、このシステムは、バングラデシュの貧困から立ち上がり自立しようという方たちの強い倫理性や自立心に裏打ちされているのだろうと感じさせられた。
 
 余談ついでだが、バングラデシュというと、ジョージ・ハリスンのバングラデシュ・コンサートをつい思い浮かべてしまう。貧困に喘ぐバングラデシュの窮状に信仰心の篤いジョージ・ハリスンが立ち上がってのコンサート。
 1971年8月1日にNYマジソン・スクエア・ガーデンにて。
 隔世の感があると思うのは、一定程度の年代以上の人だろう。

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コメント


 グラミン銀行のユヌス氏のノーベル平和賞は、10月の新聞記事の中でも、記憶にのこりましたね。銀行とは何なのか?真の経済課題の克服とは、机上の学問でなく実践にありということを知らしめてくれたお話だったと思います。縁あって、バングラデシュの人たちとつながりがあります。もっと、もっと知らなければならない世界がありますね。

 「晴れた日に傘貸して、土砂降りには、傘貸さず」という銀行のあり方(日本)も考えさせられるものがありますね。

 以下、関連記事投稿しています。ご参照くだされば、幸いです。
http://blog.livedoor.jp/elma0451/archives/50797885.html
http://blog.livedoor.jp/elma0451/archives/50811892.html

投稿: elma | 2006/11/03 06:31

elmaさん、コメント、ありがとう。
グラミン銀行のユヌス氏のことは、テレビでもラジオでも聞きかじってはいたけれど、経済に(も)至って疎い小生、調べるのがやや億劫でした。
でも、1日の夜、ラジオで彼と十数年の付き合いがあるという女性の方の話を伺って、少しは見ておかないとって思いました。

elmaさんの記事も、今度は自分なりに向き合えるかな。
今の時代、結果重視、学校も成績と受験結果重視(受験のためじゃなく世界史や日本史や倫理・社会、家庭科その他をやるべきはずなのに)、ノルマ最優先、能力重視……。
それでいて、勝ち組と負け組みが予め経済力で分けられていて、能力といいながら生まれもっての条件を重視している現実が全然としてある。
お客さんも、ノルマが果たせず、サービス残業で疲れきっている人の多いこと。
一方、経済も政治も世界規模での流動・激変の荒波の真っ只中にある。大企業でさえ生き残りに懸命だったりする。荒波の中の木の葉ですらない個人は、とにかく日々を懸命に着実に生き延びていくしかないようです。

投稿: やいっち | 2006/11/03 09:29

加藤登紀子さんて昔は苦手でしたけど、インターネットラジオでインタヴューなどを聞いていると、なかなかどうしてあの時代が今なりに健在で良いですね。なんといってもフォークソングなんかのライフスタイルやオープンさは今でも大切。

車での休憩の話なのですが、私も長距離で我慢出来ないほど眠くなる場合は停車して寝ます。それ以外では停車して休む季節や機会は限られます。例えば、冬の寒い時などエンジンを切るとヒーターも利きませんし、ラジオもバッテリーを考えるとしばしば憚れます。停車中の暑さ寒さはどうしていますか?ラジオを付けていてバッテリーは気になりませんか?エンジンをかけたままとなるとやはりこれもまた問題。

投稿: pfaelzerwein | 2006/11/03 10:12

pfaelzerweinさん、こんにちは。
小生、加藤登紀子さんのファンです。昔はそれほどとも思わなかったけど、この数年、ラジオでじっくり聴く機会に恵まれて、実に味のある歌い手だと感じてきました。
特に小生、彼女の「百万本のバラ」という曲は、ヒットする直前の破恋の想い出に結びついているから、思い入れも一入(ひとしお)なのです。

小生、仕事柄、安全第一ですので、我慢できないほど眠くなってから、ではなく、眠気を少しでも覚えたら、即、何処か裏道へ車を回し、断固、仮眠を取ります。
20時間余りの拘束時間のうち、1時間を3回は必ず。
無理は禁物と心得ているのです。
ことはお客さんに関係しますし、長く仕事をする上でも無理は避けたいのです。

停車(休憩)中は、ラジオはオフです。ラジオはあくまで走行中だけ。
停車(休憩)しつつラジオに耳を傾けることは、サッカー(ワールドカップ)とかの特別な場合に限ります。

で。停車したら本を捲る。すると、あら不思議、眠気がワッと襲ってくるのです。
ただ、冷暖房は使うしかないです。
早く、エンジンを切っても、最低限の室内環境を保てるシステムを考えてもらいたいものです。

投稿: やいっち | 2006/11/04 07:43

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