灰汁のある人となるには影薄し
月曜は、テレビ(NHK)でチャップリンの特集があった。
プレミアム10「チャップリン 世紀を超える」と題されていて、内容は下記:
チャップリンの笑いに迫る貴重な資料がロンドンに保管されている。400巻に上る『チャップリンのNGフィルム』。フィルムは、生みの苦しみにもがく天才喜劇王の試行錯誤を克明に記録していた。さらに番組では、映画「独裁者」の台本の撮影に世界で初めて成功。ヒトラーに映画で敢然と立ち向かったチャップリンの心の内を描きだす。「国境を越え時代を超える笑い」を追い求めた喜劇王チャップリンの心の真実に迫る。
→ ライムライト(1952・米)
実は、日曜日の夜から読み始めた本、オリヴァー・サックス著『タングステンおじさん』(斉藤隆央訳、早川書房)の、月曜に読んだ文中で「ライムライト」なる言葉が登場していた。
「ライム(石灰)」なる化学物質の説明の際、チャップリンの「ライムライト」のあのライムであるというくだりがあったのである。
そんなこともあって、今回のブログは「ライムライト」ならぬ「ライム(ライト)」をテーマにしようと思っていた。
要するに、「タイトルのライムライトとは電球が普及する以前に舞台照明に用いられた照明器具で、名声の代名詞でもある」ということ、ライムとは石灰だということ、そしてそうした灯りが照らし出す世界をあれこれ描いてみたいと思ったのだ。
でも、これは、いずれ、チャップリンの映画「ライムライト」を見てから改めて試みようと思い直した。
それに、上記したNHKの番組を見逃してしまった!
例によってロッキングチェアーで居眠りしてしまったのだ。
『ブラジル風バッハ/中丸三千繪&ベルリンフィル12人のチェリストたち』(中丸 三千繪、東芝EMI クラシック)や『ベスト・オブ・ジョアン・ジルベルト ~ポートレイト・イン・ボサ・ノヴァ』(ユニバーサル ミュージック クラシック)を聴きながら…。
(これらのCDについては、「週末まったり日記(ロクタル管篇)」を参照のこと。)
小生の学生時代にもチャップリンの映画が見直され脚光を浴びた時期があって、映画を観るために映画館へ足を運ぶ機会の少ない小生も、ブームの波に乗せられて、テレビで、そして映画館でチャップリンの数々の映画を観たものだった。
そんなことも含め、折を見て、じっくり書いてみたいと思っているのである。
「ライムライト」のテーマ曲も素敵だし。
← オリヴァー・サックス著『タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代』(斉藤隆央訳、早川書房)
(余談だが、NHKテレビでは、このあと午前2:30から、「ドキュメント72時間「タクシー 本音の会話~札幌編~」」と題した番組が放映される。内容は、「前回の「東京編」に続き、札幌のタクシー車内の会話を追う。バブル崩壊による金融破たんで、深刻な打撃を受けた札幌。景気回復はまだ実感できず、歓楽街・すすきのの落ち込みも続いている。一方で、2006年は地元の日本ハムファイターズが25年ぶりに優勝したという明るいニュースもあった。安倍新政権が発足した9月下旬、札幌のタクシーの会話を72時間に渡って追い、東京とはひと味違った庶民の本音を描く」というもの。見たい! でも、仕事の前日である。これ以上の夜更かしは禁物。録画もできないし、視聴できないのは残念至極だ。)
ということで、話題を思いっきり変更。
語源探索というか、詮索するのが大好きな小生、「食べ物ことわざ辞典」といったサイトを覗くのが楽しい。
今日、ネット検索していたら、「ことわざデータバンク」というサイトを発見。
こうしたサイトで言葉をあれこれ調べるだけでも、想像は膨らみ、想像の翼は羽ばたく。言葉に集約される人、動物、モノ、観念、自然、そして宇宙。
際限のない世界が広がっていることを痛いほどに感じる。
「青菜に塩」の次は、「秋茄子は嫁に食わすな」となっている。
その意味については、以下の三つの候補を挙げている:
1.秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせるものか!
2.秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う。
3.ナスは体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くない。
その上で、3の「ナスは体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くない」が正解のようだとされている。
小生は、「秋茄子は嫁に食わすな」という諺に事寄せて、「秋茄子」について採り上げたことがある。というか、茄子は嫌いだ、という話に終始しているような:
「秋茄子と言えば」
次は、「灰汁が強い」である。
意味は、下記の通り:
「灰汁」とは、植物に含まれる渋みのことで、灰汁が強いとは、その渋みが強いことをいう。
転じて、性格や考え方、表現の方法などに独特の癖やどぎつさがあることをいう。
料理に(も)至って疎い小生、ガキの頃など、鍋物などで野菜や肉類、イモ類をグツグツ煮て、やがて浮いてくる灰汁を料理人(大抵はお袋か誰か)がスプーンや柄杓(ひしゃく)などを使って小まめに掬い取っては捨てているのを脇で見て、ああ、勿体無いな、なんだか美味しそうなのに、どうして捨てるんだろうと疑問に思ったものだった。
さて、「灰汁(あく)」という言葉の意味をまずは調べておくべきだろう。
「大辞林 第二版」 によると、以下の説明がされている(例文などは略す):
(1)灰を水に溶かして、うわ澄みをすくった汁。炭酸・アルカリなどを含み、媒染剤・絹の精練・漂白などに用いる。
(2)食品中に含まれる、渋み・にがみ・えぐみ・不快臭など、不要で好ましくない成分の総称。
(3)(普通、仮名で書く)人の性質・言動や表現などに感じられる、しつこさ・しぶとさ・どぎつさなど。
いずれにしても、「灰汁(あく)」は、やはり耳で聴いた時の語調からしても、また、料理そのほかに素養のない(小生のような)ものの耳に聞こえるように、「悪(あく)」に近いものとして理解され扱われている。
せっかくなので、もう少し、灰汁について調べてみる。
例によって「灰汁 - Wikipedia」が頼りである。
ところが、「灰汁がどういった物質なのかは多様すぎて定義のしようが無い」ということで、植物性食品の灰汁、動物性食品の灰汁と、それぞれ灰汁の質が違うし、対処法も違う。
灰汁も奥が深いと感じる。
ちょっと気になったのは、「植物性食品の灰汁」の項の末尾での以下の記述:
近年の植物性食品、特に野菜類は万人向けの市場を意識した品種改良のために灰汁が少なく、昔ほどは出ないためそれほど神経質にならなくてもよいという意見もある。
これって喜ばしいことなのだろうか。
あるいは、灰汁となる可能性のある成分と共に、野菜にこそ含まれ摂取を期待する、そんな大事な成分までが最初から野菜や植物に含まれていないという可能性に繋がっていくことは考えられないのだろうか。
(月曜日、ココログ版の無精庵ブログのアクセス回数が総計30万を越えた。)
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