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2006/10/12

太陽光発電…広まれば日向ぼっこも夢の夢?

 車中でラジオに聞き入っていたら(運転中に自然と耳に聴こえて来たのです)、短い期間の間に何故か太陽光発電の話題に複数回、遭遇した。
 無論、こんな話題が特集されるのはNHKラジオである(民放のラジオも聴いているのだが)。
 どういう事情があって、太陽光発電の話題が採り上げられる機会が増えているのか分からない。
 ただ、「我国の住宅用太陽光発電システムは、これまでに延べ約30万件が設置され、ようやく全世帯数の1%近くまで普及」という事情が背景にあるとは思える。

2006_10190610200024

→ 10月12日の早暁。久しぶりの朝焼けなので、思わず車を路肩に止めて、パチリ! 陽光という恵み。

 この、「全世帯数の1%近くまで普及」という「1%」という数字は、関係者によると非常に大きな意味を持つそうで、一旦、この数字に到達すると(逆に言うと、この数字に至るまでの準備期間、助走期間が大変で政府など公的機関の後押しが重要だということ、場合によっては研究開発と期待倒れに終わる可能性もあったということだ)、あとは爆発的に普及する可能性を孕む、そんな数字なのだという。
 NHKラジオでの特集でも、この数字の持つ意義が強調されていた。

 今までは、いくら一般家庭に太陽光発電(多くは屋根に)を導入するケースが増えてきたといっても、それは敢えて注目しないと、目にするのは珍しくはない、とは到底、言えなかったはずだ。
 それが、これからはいよいよ様変わりするということか。
 実際、街中を走っていると、パーキングメーターや一部の信号機などへの利用例などを目にする機会は確かに多い。

 太陽光発電(Photovoltaic power generation)への関心や期待の大きさは、「太陽光発電 - Wikipedia」なる頁の記述や情報の充実振りでも分かる。
 そもそも、太陽光発電とは、「太陽電池を利用し、太陽光のエネルギーを直接的に電力に変換する発電方式である。ソーラー発電とも呼ばれる」以下、詳しい説明は当該の頁などを覗いてみて欲しい。とても、纏め切れない。

 一般家庭での太陽光発電の使用例というと、屋根のパネルというのが相場だったようだが、それもこれからは事情が変わってくるようだ。
「建造物の平面や曲面に接着剤で貼り付けるだけで設置できるもの」とか、「フレキシブルで持ち歩きが容易なもの」「着色して意匠性を持たせたもの 」、「軽量にして屋根への負担を特に軽減したもの」といった工夫された製品がドンドン売り出されてくる。
 つまり、壁面にも太陽光発電とはすぐには気付かれないようなオシャレなものが出現することも期待できるわけだ。
 また、ラジオでも話が出ていたが、車のボディにも太陽光発電のパネルが使われる可能性が十分に考えられる。
 たとえば、マンションだと屋上への設置が諸般の事情があって難しかったのが、これからは太陽光発電の方式や設置の工夫で一気に普及していくことが期待されているとか。
 雪国だと、屋根に雪が積もれば太陽光発電パネルの存在自体が邪魔になりかねなかったが、壁面その他にも設置が可能となれば、事情が変わってくるだろう。
 コスト面、温暖化の問題など、環境面の整備も整ってくる。

 さらに、電卓・ライト・腕時計など、消費電力の少ない携帯機器にも、これまで以上に太陽光発電が使われるだろうし、携帯電話も日中、日光浴させておくだけで充電は十分ということも期待できる。
「離島や奥地など送電線がなく燃料の輸送が不便な地域の電源として利用」とか、さらには、砂漠地帯では太陽光発電のパネルを敷き詰めるだけで発電が可能となるわけだ。
 場合によっては大海原にも(透過性や通気性を確保する必要があるだろうが)、波にパネルを浮かせることだって考えてもいいのかも。

 また、以前、ブログでも書いたが、「従来のパネル(板)状の太陽光発電装置ではなく、液状に近いものが研究段階では成功していて、それを用途に応じて、必要な場所に塗料を塗るようにして塗布するようになるとなったら、太陽光発電(ソーラー発電)の用途と可能性は一気に広がる」わけである。

 となると、太陽光発電にはバラ色の未来が期待できるということなのか。
 これは以前も書いたことだが、太陽光発電にも普及に伴って問題が生じないとは限らない。

 今はまだ太陽から地球全体に照射されている光エネルギーのうち、太陽光発電で使用しているエネルギーは極めて小さい。
 化石燃料を消費し続けることのマイナス面を考えると、当面は太陽光発電の使用を奨励したほうがいいのだろう。

Sironekoyasumi

← 今は亡き白き老い猫…。いつも日向ぼっこしていたっけ。

 太陽光発電方式を使うとは、一体、どういうことなのか。
 ごく単純に考えると、それまでは大気に、屋根に山に大地に海に、動植物に直接、太陽からの光(エネルギー)が注がれていた、それが、太陽光発電方式を使うとは、太陽から注がれる光と、大地や壁や屋根等(太陽光発電パネルを設置された箇所)との間にソーラー発電パネルという板が間に挟まれるということを意味する。
 太陽光発電方式が急拡大すれば、要するに、超巨大な板が陽光(大気)と動植物や大地などの自然(物)との間に出現し、それまでは昼間は陽光を浴び暖まり、あるいは光合成をする生物だと、まさに光エネルギーという餌そのものが奪われることになるわけである。
 
 それまでは日向ぼっこに興じていたネコなどの動物たちが、頭上に変てこなパネルが張り出されたお蔭で、その楽しみ(ための絶好の場所)を奪われていく、なんてこともありえる。
 太陽光パネルの上にネコちゃんが寝そべっていたら、「ほらほら、今、発電してるんだから、そこに寝てたら邪魔でしょ、どっか他所へ行って」なんて、言われて追いやられる。
 でも、太陽が燦燦と降り注ぐ場所は太陽光発電に相応しい場所なわけで、世知辛い世の中、ネコの日向ぼっこの場所は発電の場所に占有されるかもしれない?!

Miya1_1

→ ミーヤ  by kei

 太陽光発電方式のパネルなどの使用が顕著になり規模が急拡大したら、おそらくは、地球に注がれる光エネルギーの総量はとりあえずは変わらないのだろうが、少なくとも、光エネルギーの循環そのものがダイレクトに急変し、今は想像力の及ばない影響を環境に与えることは、ありえないとは言い切れないと思われる。
 また、地球に注がれる光エネルギーの総量は当面は変わらないとしても、これも、思考実験となるのだが、急の表面に巨大な板が敷き詰められたと想定すると、その板の表面で太陽の光が幾分なりとも跳ね返される可能性が皆無とは言えないとも考えられるのである。

 まあ、杞憂かもしれないし、今はまだ、そんなにも使われていないし、地球大気温暖化の問題もあるわけだから、普及のほうが先決なのだろうけれど。

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