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2006/10/20

金子みすゞ…野暮天も不思議愛しむ心あり

 忙しいような暇なような摑みどころのない昨夜の仕事だった。

 景気が回復基調にあるという。かの日銀の福井総裁(今も総裁!)が一昨日だったか、景気の回復傾向に自信を持っているとの談話を発したとテレビのニュースで伝えていたような。
 まあ、彼の周辺や彼の仲間内は磐石の経済基盤の上にあることは間違いない。その意味で彼のコメントもあながち間違いとは言えないだろう。

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→ 19日の夜、芝公園で撮った東京タワー。過日より、「東京オリンピック招致サポート企画  大展望台・フットタウンビル文字ライティング実施! 」とのことで、「大展望台4面のうち都庁側(西面)に「2016」、海側(東面)に「TOKYO」の文字を配置し、各文字はオリンピックカラーで着色」だとか。
 小生は東京にオリンピックを招致する意義がまるで感じられない。それより暮らしやすい東京にしてほしいのだが。

 けれど、経済の回復を実感している人は、今の日本の中でどの程度、居るのだろうか。テレビで元気な顔を見せているような一部の政治家や優良企業の関係者やコメンテーター、財テクに成功した人……。
 勝ち組の数が限られているのは否定できないだろう。ただ、彼らはマスコミに発言権を持っている(そういった類いの経済評論家と仲がいい)。政治(家)への影響力を持っている。

 ニュースやワイドショー、経営の雑誌などで語られるのはそういった一部の成功者の息のかかった評論家の勇ましい、ご都合主義の弁に限られる。

 テレビなど(最近はラジオも)悲惨なものだ。政府や自民党に付和雷同する芸能人的評論家ばかりが跋扈している。
 テレビなど見ていると、そういった類いの意見がまるで世論であり常識であるかのような錯覚を覚える。
 というより、錯覚の中に取り込まれた連中が世論という奴を作るのだろう。

 日本も核を、だって。なんと勇ましい。
 相手が核を持ったなら、こっちも核を。目には目をってわけだ。行き着く先はハルマゲドンしかないだろう。
 日本は、小生思うに、徹底して環境主義に専心し邁進すべきなのではないか。
 世界の何処よりも環境に負荷を与えない、与えても最小限の生活を可能にする技術・研究・開発に国を挙げて力を注ぐべきなのだと思う。

 原子力の平和利用。原子力もコストが高いことは、もう歴然としている。環境への負荷の点でも、放射能汚染物質の処理に要する経費は別にしても、そもそも処理(あるいは、臭いものに蓋的な、場当たり的な処理)の技術が確立されていないなんて、話にならない。
 そもそも原子力の平和利用が夢の夢だってことが最初から関係者は熟知していたのじゃなかろうか。巨大な公共事業に過ぎなかったのでは。
 これからも年間、原子力関連に数千億円の投資をするくらいなら、燃料電池・太陽電池・波力発電その他、将来に渡って環境への負荷の少なそうな技術や研究開発に投資したほうが日本の将来にだけではなく世界のためになる。

 早晩、環境問題が今以上に深甚な事態となって日本にも世界にも襲うことは(悪夢に終わって欲しいけれど、今のままでは)時間の問題となっていると思える。
 大気の気温がほんの数度、上がるだけで気象の変動は想像を絶するものになるという。巨大な台風、未曾有の旱魃あるいは集中豪雨。食糧危機。
 核実験にしても、(放射能や核汚染物質は別にして)本来は眠っていただろう膨大なエネルギーを地球環境に放出させてしまう暴挙だという観点から非難し指弾されていいはずだと考える。
 つまり、北朝鮮だろうとアメリカだろうと、何処だろうと、そんな暴挙は許されないということだ。

 まあ、所詮は人間の為した結果が降りかかるわけだから人間は、ある意味、自業自得かもしれないが、他の生物たちはとんでもない、とばっちりを喰らうことになる。
 生命の進化史の点で、人間が地球環境を変えてしまうことは、どんな意味を持つのだろう。

 あれれ。雑談が過ぎた。
 
 要は景気回復を実感しているのは、ほんの一部のであり、ほとんどの人は埒外に置き去られているということなのだ。お客さんにしても、愚痴と溜め息の多いこと。
 銀行は国に助けられ、あっという間に膨大な利益を上げ、巨額の注入金を返済した。では、今度は銀行が国ならぬ国民を助ける番だと、捻り鉢巻で庶民を、中小や零細な企業を低利の金利で貸し付けてくれるか、この人、この事業、この企画は将来、見込みがあるからと、担保なしで貸してくれるか。
 そんな話は聴いたことがない。負債を減らしたら、なんのことはない、不動産屋の融資部門に逆戻りしただけなのではないか。
 ATMの手数料という、ぼったくり。マスコミは、どうしてこの不合理・非常識を指弾しないのだろう。メールの送信だけで手数料を百円(あるいはそれ以上)をふんだくっている、この暴利を貪る体質。

 ああ、昨日は(昨夜に限らないけれど)お客さんの愚痴を聞き過ぎたのかな。
 
 そう、本当はNHKラジオで「金子みすず」さんについての話を聞いたので、若干のことをメモっておこうと思っていたのだが。
 昨夜、ラジオで話を聞いたのは、金子みすずさんの娘さん。
 そう、金子みすずさんの娘さんは健在なのである。
 上村ふさえさん(80)。

 実は、娘さんの話をかいつまんで書いておきたかったのだが、仕事中ということもあり、話の大半を忘失。
 なので、メモできない。
 ただ、娘さんは、当初は、母親である金子 みすゞに対しては複雑な思いがあったようだ。母の死後、父親側に引き取られ、母親についてどのような話を吹き込まれたものか。母親の金子 みすゞの娘への思いがどんなに深かったかは、後年になって徐々に気づいていったようだ…。
 が、肝心の話を聞き漏らしたか、忘れてしまった。情けない!

金子みすゞ - Wikipedia」によると、「金子 みすゞ(かねこ みすず、1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人である」という。
 娘さんは、誕生年を聞き逃したが、「1926年、義父の経営する書店の番頭・宮本啓喜と結婚し、娘をもうける」というから、今年で80歳前後なのか。
 それにしても、「しかし夫は中央誌への詩の投稿を禁じたばかりでなく女遊びに明け暮れ、更にはみすゞに梅毒を感染させるなどした事から1930年2月に離婚。同年3月10日、服毒自殺。原因は娘の親権を強硬に要求する夫への抵抗心からだと思われる」というのは、昔は(今も、か)よくあった話とはいえ、悲惨である。
 美しい日本を目指す、伝統を大切にすると、何処かの首相が語っていたが、そんな父系の、というよりあからさまに言えば、男尊女卑の日本を目指そうというのだろうか。

「二十歳になってみすゞは仙崎を離れた。母の再婚先でもある門司市内の本屋さんに住み込むことになる。港町のにぎわいをよそに好きな本を読み、西条八十らの児童文学雑誌に投稿する日々。こんなこころ豊かな暮らしも結婚で暗転する。夫に裏切られ、あげくは性病を移され、投稿仲間との文通も絶たされた。離婚して一人娘と生きていこうとした矢先に夫から娘の引き渡しを強要される。引き渡しの前夜、みすゞは下関の本屋の二階で自死していた。枕元に詩を清書した手帳と前日、写真館で撮った写真の引換証がおかれていた」という人生を思うだけで心が傷む(「金子みすず詩集 みすゞの童謡詩」より)。

 正直なところを書くと、小生は、金子みすずについては(も)、あまりというか、まるで知らなかった。
 名前は、折々、目にする。ラジオでも彼女の名も、そして詩も耳にする。
 が、今ひとつ、馴染めない。
金子みすゞ - Wikipedia」の「忘却と再発見」なる項によると(昨晩もそういった経緯が語られていたが)、「金子みすゞの詩は長らく忘れられていたが、岩波文庫『日本童謡集』の『大漁』を読んだ児童文学者の矢崎節夫らの努力で発掘され、1982年に出版されるや、瞬く間に有名になった。現在では小学校の国語教科書に採用されるまでになっている」という。
 
 小生が上京したのは78年で、81年にサラリーマンになる頃には、文筆も読書への熱意もかなり薄れていた。あるいはだからこそサラリーマンの道を選んだのだった。それなりに楽しい、普通の生活の日々が十年近く続いた…。
 だから、82年からの金子みすゞの詩の再発見劇・復活劇からは蚊帳の外だったわけである。まして、教科書で彼女の名前や詩を目にすることはなかったのだし(教科書に書いてあっても、目に入らなかっただろうって? 言えてる!)。

 夕べ、ラジオで紹介された金子みすゞの詩のうち、一つだけ、転記しておく

私と小鳥と鈴と

   私が両手をひろげても、
   お空はちっとも飛べないが、
   飛べる小鳥は私のやうに、
   地面(じべた)を速くは走れない。

   私がからだをゆすっても、
   きれいな音は出ないけど、
   あの鳴る鈴は私のやうに、
   たくさんな唄は知らないよ。

   鈴と、小鳥と、それから私、
   みんなちがって、みんないい。


 金子みすずについてのサイトは多い。彼女の人生と詩を絡めて、「金子みすずの世界」なる頁が詳しい。
 あるいは、「金子みすずのふるさと発「金子みすずの一押しサイト集」」がいいかも。

 最後に、「宇宙的な広がりが感じられる」という彼女の詩を感じるため、もう一つだけ(「蠶」は、「かひこ, かいこ」である):


不思議

   私は不思議でたまらない、
   黒い雲からふる雨が、
   銀にひかつてゐることが。

   私は不思議でたまらない、
   青い桑の葉食べてゐる、
   蠶が白くなることが。

   私は不思議でたまらない、
   たれもいぢらぬ夕顔が、
   ひとりでぱらりと開くのが。

   私は不思議でたまらない、
   誰にきいても笑つてて、
   あたりまへだ、といふことが。

 ああ、こんな詩を読むと、野暮な小生だって、心開かれる気がする。

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コメント

景気回復は実感できませんねえ。
この間なんとなく点いていたテレビの番組のインタビューで、今の好景気(なのか?)に名前を付けるというのがありまして、「イリュージョン景気」と言った人が印象的でした。帳簿上の操作だけで増収している、幻影の好景気。本当に、そんな感じです。

金子みすずさんの詩、心に染み入ってくるようで素敵です。
私はどうも今素直でないせいか、この詩にもかなり抑圧された何かを感じてしまうのですが・・・。受け取る側の心のありようで伝わってくるものが変化したとしても、訴えかける力のあるものは、常に何かを発しているのでしょうね。

投稿: 縷紅 | 2006/10/20 18:53

縷紅さん、コメント、ありがとう。
「イリュージョン景気」!
 絶妙ですね。テレビではコメンテーターが異口同音、景気回復を言う。まあ、テレビで活躍する人たちは成功組、勝ち組なのだから、ある意味、実感なのでしょう。

 小生は、富が一部に集中しているから、シーソーが傾いて、富者は富み、弱い者は一層、生活基盤が掘り崩されていく。名称を付すなら、そんなシーソー景気だと思いますね。
 全般としては、大して景気が浮揚していない。

 金子みすゞさんの詩を感じるには、それなりの感性がないとダメなのでしょうね。
 小生など、採り上げつつも、我が身と心の貧しさが逆に際立ってくるようで、及び腰。

投稿: やいっち | 2006/10/20 20:02

先日は我がブログへのコメントありがとうございました。
訪問はするのですが、なかなかコメントできず、ごめんなさい。

我が仕事は、世の中になくても何も困らない分野です。
したがって景気には大きく左右されますが、
景気の回復などという気配は、微塵も感じられません。

何十年もやっていてこんなに悪いのは初めてです。

先日の「向島風の盆」は毎年ではないようですが
また開催されるときは、お教えしますね。

東京タワーも墨田区に移転されるようですが
まだ一度もタワーには上ったことが無く
こちらにできたら行ってみようと思っています。

投稿: 勿忘草 | 2006/10/20 21:24

勿忘草さん、コメント、ありがとう。
「向島風の盆」の記事があったので、ROMだけじゃなく、ついコメントしました。

景気には小生の仕事も敏感。乗車してくれる回数は増えている。その意味で仕事は忙しくなっているのかも。でも、必要最小限の利用。夜の利用も駅までとか駅からがほとんど。
今はともかく、我慢ですね。
真面目にやっていたら報われるようであってほしいのですが。

小生も東京タワーには上ったことがありません。麓から眺めることはしょっちゅうだけど。
業平のほうに新しいタワーができるそうですね。仕事で、工事予定地のの近くを通ったことがあります。世界一のタワー。今度こそ、上ってみたいものです。

投稿: やいっち | 2006/10/20 22:35

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