カーニヴァルテーマ「太陽」(3)
本稿は、「カーニヴァルテーマ「太陽」(1)」や「カーニヴァルテーマ「太陽」(2)」に続くものである。
「カーニヴァルテーマ「太陽」(3)」を綴るにあたっての方針その他については上掲記事の冒頭部分を参照願いたい。
言うまでもないが、我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の今年の浅草サンバカーニヴァルテーマ「太陽」を巡っての雑記であり、画像はいずれも、画像の使用を快諾してくれている「Charlie K's Photo & Text」からのものである。
→ 画像は、「志村銀座まつり~サンバinシムラ」から勝手に拝借しています。
本文に取り掛かる前に、お知らせ。
9/3(日)、毎年恒例となっている志村銀座パレードが行われる。パレード開始時間は、例年だと「17:30」であり、パレードは2本のはずである。
正式名称は、「志村銀座まつり~サンバinシムラ」。
昨年の志村パレードについては、「志村銀座パレード(1) [2005年09月10日(土)] 」から「志村銀座パレード(13) [2005年09月11日(日)] 」にてレポート記事を書いている。
ここでのパレードの特長は、通常通りの商店街のパレードのほかに、ステージショーがあること!
但し、ステージの前には観客(カメラ小僧)が大挙するので、見物はともかく撮影は至難かも。小生は撮影に成功したためしがない!
今年は、3日(日)の前日の2日(土)は仕事で(本来は休みのはずだったが、8月26日の浅草のために振り替えた)、しかも、4日(月)も仕事と、厳しい日程。
小生が行けるかどうかは危ういところ。
仮に行けても、レポートを書く時間的な余裕がない。なんたって、パレードの翌日が仕事じゃ、いつものように徹夜でレポート書きに没頭するというわけにはいかないし。
日時計のアーラ
「日時計(ひどけい)は、影を利用して視太陽時を計測する装置」なのだが、これについては、「日時計 - Wikipedia」を覗くのがいいだろう。が、やや詳しすぎるかもしれない。
例えば、「2-1.日時計」(ホームページは、「時間・時刻の教材についての研究」。小学生教育用なので、小生には助かる)。
ここには、「古代エジプト文明ではすでに日時計学が扱われており陰の長さや方向から太陽時を規定していたし、バビロニア文明ではその計算術により正確な日時計を持っていたようである。現在貴重な文化遺産として残っているピラミットやストーンヘイジなども時間を計るものとして作り出されたという説もある」と説明されている。
日時計というと、エラトステネスのことを想起してしまう。
「エラトステネス - Wikipedia」を覗いてみる。
「エラトステネスは、シエネ(現在のアスワン)では夏至の日に陽光が井戸の底まで届くこと、つまり南中高度が 90°となる(北回帰線上に位置する)ことを伝え聞き、地球の大きさを計算できることに気付いた。アレキサンドリアでは夏至の日の南中高度は 82.8°であり、この差がシエネとアレキサンドリアの緯度の差に基づくものとして地球の全周の大きさを求めたのである」という。
例えば、「第4章 古代ギリシャの自然学」なる頁の「第2節 天文学の発展 (1) ムセイオンの科学者達」という項の末尾に簡単な説明と、計算上の概念図が示されている。
とにかく、古代ギリシャ人は、日の高さ(影の長さなど)を元に、地球の円周が4万キロ台だとまで割り出したのだ。
日時計など、今となっては実用には供しないと思われがちである。が、さにあらずで、「最近は、アメリカ軍の特殊部隊員の間で、ナイフに日時計を刻むのが流行している。万一、機械時計が故障しても、これは動作するためである」という。
サバイバルということを考えると、電気も水道もその他、文明の利器(利便性)の恩恵に預かれない、切羽詰った状況もありえるのだし(昨日、9月1日は防災の日だった!)、日時計に限らず、天体現象を理解して時間を割り出す知識を持つのも、全くの無駄とは言えないのかもしれない。
望遠鏡のアーラ
「1590年ころオランダで望遠鏡と顕微鏡が発明され」、「特に望遠鏡はその後の天文学の発展に寄与し」たのだった(「Dino Club」中の「近代自然科学の誕生」より)。
ここは、カメラのメーカーさんに登場願おう。
「望遠鏡」は、「筒(つつ)の先に焦点距離(しょうてんきょり)の長いとつレンズ(対物レンズといいます)、目元に焦点距離(しょうてんきょり)の短いレンズ(接眼レンズ)を組み合わせ、遠くのものを拡大して観察するしくみ」であり、「顕微鏡」は、「焦点距離(しょうてんきょり)の短いレンズ(対物レンズ)を使って、ごく近くにあるものを拡大して観察するしくみ」なのだとか(「キヤノンサイエンスラボ・キッズ」より)。
一読して容易に察せらるように、レンズの存在が寄与するところ大だったことが分かる。
上掲の頁にはさらに、「世界で初めて、レンズを組み合わせて顕微鏡(けんびきょう)をつくったのは、オランダのヤンセンというめがね屋さんでした。1590年ごろのことだったとされています」とある。
また、「17世紀初めに望遠鏡を発明したのも、オランダのめがね職人だったといわれています。しかし、これを伝え聞いたイタリアの科学者 ガリレオ・ガリレイは、発明後数ヶ月にして直径4センチメートルほどの望遠鏡を自分でつくり、月や太陽、木星や土星、天の川などを観察します」とも。
レンズというと、小生がすぐに脳裏に浮ぶのは、かの哲学者スピノザである。
「バールーフ・デ・スピノザ - Wikipedia」を覗くと、「レンズ磨きによって生計を立てたという伝承は、主に敵対者から流された誤伝によるものである、と推測される。とはいえ、この伝承は哲学者たちによって清貧な精神として現代でも敬意を払われ続けており、諸々の解説書でも敢えて疑うことなく記されてある。ただし、スピノザがレンズ磨きの技術を身に付けていたこと自体は事実で、それは生計のためではなく学術的な探求心によるものだと考えられている」と書かれている。
当時におけるレンズという存在の大きさを感じる。天体現象という極大(マクロ)ロバート・フックに代表される細胞の発見と観察という極小(ミクロ)の世界がレンズ(の組み合わせ)によって一挙に人間の手に、認識の世界に怒涛のように到来したのである。
結果的には(最終的には)人間の肉眼で見るのだが、その肉眼で観察可能な世界、つまりは光の世界が凄まじく拡大したのが近代の始まりを呼んだ(少なくとも相関していた)とも言えるのかもしれない。
余談だが、「我々の認識の志向先は常に我々の肉体であり、肉体に絡み、諸々の外在が表象される。精神の変化は身体の変化に対応しており、精神は身体から独立にあるわけではなく、身体も精神から独立となりえない。なぜなら、二つは同じものの二つの側面に他ならないからである」という、「いわゆる同一存在における心身平行論」は、学生時代の小生には天啓のように思えたものだった。
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コメント
おはようございます。
志村坂上だったら、行けると思います。明日は、休みだから、出かけてみようかな…
投稿: elma | 2006/09/02 08:48
elma さん、行けるようだったら是非。
やはり、実際に見ないと、その迫力は実感できないし。
小生は日記に書いたように、行けるかどうか微妙。居るとしたら、カメラ小僧(中年)してます!
投稿: やいっち | 2006/09/02 09:29