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2006/09/18

ケプラーの夢(ソムニウム)

 日曜日は列車の旅をした。旅には本を伴う。
 待ち時間、あるいは列車の中のためには、渡辺正雄著の『文化としての近代科学―歴史的・学際的視点から』(講談社学術文庫)を持参。
 内容説明によると(前にも紹介したが)、「現代文明と豊かな生活をもたらした自然科学は神の造った秩序を求める西洋の学問の所産であった。太陽や月との距離を測定したギリシア人、驚くべき見事な宇宙体系を構築したプトレマイオス、近代科学革命の担い手、コペルニクスやニュートン…。各時代の思想・文化・社会との関係を重視し、人間の営みとしての西洋科学の歴史を興味深く綴る」というもの。

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 旅先で読む本としては、横川善正著『ティールームの誕生―「美覚」のデザイナーたち』(平凡社選書)を用意。あとしばらくしたら就寝時間だが、寝床ではこの本を手に寝入ることになるだろう。

 ところで、日曜日の午後、出かける準備をしながらテレビを観ていて、金山平三という画家の存在を知る。「開運!なんでも鑑定団」の再放送だったのだが、金山平三の作品が出品されたのだ。所有者(正確には親の所有物)はこれを売り払って家を改装し喫茶店にする資金にするつもりだった。
 が、うまくいかないもので、偽者で、数千円の値打ちしかなかった!
 ただ、番組では金山平三という画家を紹介してくれた。当然ながら、彼の作品が映し出されたのだが、実にいい!
 小生の映りの悪いテレビでも、彼の作品の凛とした「気品」が伝わってくる。ひと目で気に入ってしまった。
 今日のブログなど、彼を採り上げようかと、せっせとネットなどで情報を集めていたのだった。
 ちょっと情報が不足しているので、今は、以下のサイトを紹介するに留めておく:
金山平三 - Wikipedia
artshore 芸術海岸 金山平三の雪
天童市美術館
(「山形の風土を愛した画家  金山平三 山形の風景展 9月29日(金)~10月29日(日)」とのこと)

 話は戻って、渡辺正雄著の『文化としての近代科学』(講談社学術文庫)から話題を一つ。
 日曜日、列車中で読んでいて興味を引いたので、是非ともメモしておきたかったのだ。
 それは、表題にあるごとく、「ケプラーの夢」である。
 ケプラーとは、ヨハネス・ケプラーのこと。

 さて、ジョン・ミルトンの『失楽園』、ヘンリー・ムーア、サムエル・バトラー、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズらに影響を与えた「ケプラーの夢(ソムニウム)」とは。

 これについては、同氏による訳書がある。ヨハネス・ケプラー著『ケプラーの夢』(講談社学術文庫)という格好の本がある。
 商品の説明によると、「月の上から見ると地球は太陽を中心にまわっている――本書は、天動説が主流の17世紀に、ケプラーが太陽中心の地動説に基づいて書いた史上初の近代科学的「月旅行物語」である。主人公は、精霊の力を借りて月にたどりつき、地球では経験したことのない天文・気象現象、地形、生物に遭遇する。未知の世界に想像の力で挑むという精神は、ジュール・ベルヌ、H・G・ウェルズらに受けつがれ、彼らの宇宙旅行物語に多大な影響を与えた。」というもの。
 今夏、「ジュール・ヴェルヌ著『月世界旅行』」なる本を読み、結構、ジュール・ヴェルヌの世界に魅入られた小生としては、読み流すわけにはいかない話題である。
「ケプラーの夢」という本ではないが、松岡正剛氏もケプラーには早くから注目していて、「松岡正剛の千夜千冊『宇宙の神秘』ヨハネス・ケプラー」なる記事をものしている。
 できればこの書評を読んでから、以下の記事に進んでもらいたいが、いずれいしろ、ケプラーという人物はガリレオに負けず劣らず、桁外れの天才なのである。
 ヨハネス・ケプラーは、一時、彼の師であったティコ・ブラーエから得た膨大な惑星観測記録から有名なケプラーの三法則を導き出したことは知られている。が、数字の羅列の記録から法則を導き出すには、ケプラーの天才と、同時に新プラトニズムの哲学に拠って立つこと、同時に何らかの法則があるはずだという信念(むしろ、可能性としては妄想に過ぎなかったかもしれないのに)などがあって初めて可能となった。この経緯の一部に付いては、上掲の「松岡正剛の千夜千冊『宇宙の神秘』ヨハネス・ケプラー」を参照願いたい。

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「ティコ・ブラーエは、当時ヨーロッパでもっとも著名な天文学者の一人で、はじめて組織的な天文観測を行なった偉大な経験主義科学者であり、科学の近代的手法をうち立てた創始者ともいえる。彼の40年間の惑星観測記録には、ケプラーの歴史的発見の鍵が隠されていた」以下、「ジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館)」に見られる勘繰りさえ、萌させるほどに至難の業だったのである。

 ヨハネス・ケプラー著『ケプラーの夢』(講談社学術文庫)については、「西村昌能の業績一覧」の中の、「月の発見」、その「3.最初の月旅行計画」項を参照する。
 ここにあるように、本書は、「月を題材にしたSF小説」なのである。
「人が月に向かいそこから地球を眺めるとどういう様に見えるかというものでした。
その本の題名は「夢(ソムニウム)」といい、最初の手稿は1609年に書かれ」、「理論家らしく、正確に月から見た地球の様子・宇宙旅行の困難さ・カリレオが見た月の様子を細かく書いてい」るのである。
 ただ、「月へは悪魔(精霊)に連れて行ってもらったことにしてい」る点が問題だった。さすがにどうやって月へ行けばいいのかについては、アイデアが浮かばなかったということか。
 その結果、「その正確さと登場人物の様子から、彼のお母さんは魔女としてとらわれの身になってしまったのです。ケプラーの母親カタリーナは、つむじ曲がりの寡婦の老人で、町の貴族たちに議論をふっかけて困らしていたのでした。おまけに幻覚剤も売っていたので、彼女を疎ましく思った有力者によって魔女であると訴えられたのです。彼女が74歳のときでした。 ケプラーは母親がとらえられたのが、自分の本のためであると考えしまったのです。そこで、ケプラーは母への魔女の疑いを晴らすため膨大な注釈を後に書いているのです。ケプラーの論理的で理性的な弁護で、母親は解放されます。」
 母親は解放されたが、拘留生活中のひどい扱いがもとで、救出直後に亡くなっている。

 さすがケプラーで、「憤懣やるかたない思いのケプラーは復讐を決意する。復讐とは、この『夢』を出版して、あの悪意ある人物がそれをいかに歪曲・悪用したかを暴露することである。出版するために彼は、一六二二年から一六三〇年までかかって、二二三項目の「註」と「付記」および「付記への註」とを書き加えた。そうすると、その分量は本文の四倍くらいになってしまった。」のである。
 惜しむらくは、「彼の生存中に『夢』はついに出版をみることがなかった。遺族たちの並々ならぬ努力によってそれが世に出たのは一六三四年のことであった。」(以上、本書p.157-8より)

 このSFの土台となったのは学生時代に書いた論文だった。学生が論文を書いて、それを教室で発表してディスカッションすることがヨーロッパの大学では行なわれていたのである。
「月の上の観察者に天文現象はどのように見えるか」と題するものだった。
 実は、「このテーマにはもうひとつの意味もあった。教室でのディスカッションでケプラーがぜひ取り上げたいと思っていたことなのであるが、月の上では、地球上よりも天文現象は複雑である。月の上の住人はそれを、対象となっている諸天体がそのように複雑な動きをしているものと受け取るであろう。というのは、月の住人は当然、自分たちの月は止まっていると思っているからである。ところが、その月が実は地球の周りを回っているのだということがわかれば、すべての天文現象ははるかに簡単に説明されることになるだろう。このことを教室の誰もが認めたならば、次に、それと同じ理由で、もしも地球が公転しているものとすれば、諸惑星の順行や逆行もずっと簡単な体系で説明できるではないか、というように論じて、まだ一般には受け入れられていなかった太陽中心体系について、クラスメートを納得させることができる。そういう効果をケプラーは期待していたのである。」(本書p.155)

 この論文は採用されなかった。そこでSF『夢』と題して月旅行物語に仕上げたのだった。

 上で、「「月へは悪魔(精霊)に連れて行ってもらったことにしてい」る点が問題だった。さすがにどうやって月へ行けばいいのかについては、アイデアが浮かばなかったということか」と書いている。
 ケプラーの名誉のためにも、若干の補足の必要を強く感じる。
「ケプラーのこの著作には、未知の世界に挑んで、手探りで、想像の力によってでも、何とか知識を広げていこうとする彼の意気込みが随所に感じられる。そして、それにまじって、彼のユーモアもあればペイソスもある。(中略)精霊が人間を月へ連れていく道中での呼吸の問題は、水をふくませた海綿を鼻孔に当てておけばよいという簡単なものになっているが、人間を地上から宇宙空間へ発進させるときのショック軽減上の注意やら、途中ではいわば無重力状態での慣性的な運動になることがあるといった想定や、月面に軟着陸させる配慮などもあって、まだ近代力学も成立していなかったこの時代にどうしてここまで考えられたのか、不思議なほどである。」(本書p.161-2)
 
 人間臭さがプンプンするケプラーに惚れこんだ人は多いようで、上で松岡正剛氏を紹介したが、ほかに、たとえば、「ケプラー あこがれの星海航路」なる芝居の原作を書いた、劇作家の篠原久美子さんもその一人のようだ。
下村健一の「眼のツケドコロ」にて、彼女へのインタビュー記事が読める。

 ここでは言及することはなかったが、「科学の歩みところどころ 第22回 太陽系の解明 鈴木善次」は、ケプラーら、惑星発見と太陽系の解明の歴史の大枠を理解するのに参考になる。

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