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2006/08/13

賢治の俳句…花はみな四方に贈りて菊日和

 小生が取っているメルマガの一つに、渡辺 宏氏が発行している「宮沢賢治 Kenji Review」がある。
 1999年2月20日の創刊で、今も続いている!
 バックナンバーも見ることが出来る。
 ホームページは、「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス

 そのメルマガ「宮沢賢治 Kenji Review 385」にて、賢治が俳句を作っていたことを知った。
 知っている人は知っている常識に類することなのかもしれないが、小生は初耳だった。

Sionkosien

→ 紫苑さんに戴いた暑中お見舞い画像です。郷里の熊本工の応援に甲子園に行ってきてのショットとか。14日は、天理高校戦が待っている。我が郷里の代表校は今年も初戦で敗退。彼我の差は大きい!

 宮沢賢治については、拙稿に「幽霊の話は後に尾を引く」があるが、正面切っては扱ったことがない。扱う能がないというべきか。
 賢治の詩読んで、その世界を楽しむだけで十分という話もあるが。
 それでも、勉強のためにメモだけ残しておく。


八、ミヤザワ・ケンジの俳句」というサイト(ホームページは、「風雅のブリキ缶」)を示した上で、その中に示されている賢治の句を引用している(付せられている注も含め、メルマガより転記したが、元のサイトからの再転記となるようだ):

 魚燈(ぎょとう)して霜夜の菊をめぐりけり
(「魚燈」というのは、イワシやニシンなどの脂肪から採った油を用いたランプ。「霜」は、雪や霙と並んでケンジが好む気象現象で、彼の詩にはよく出てくる)

 灯に立ちて夏葉の菊のすさまじさ

 班猫(はんみょう)は二席の菊に眠りけり

 緑礬(ろくばん)をさらにまゐらす旅の菊
(「緑礬」とは、白鉄鉱、黄鉄鉱などの酸化二次鉱物で、青写真の感光材や顔料に使う。緑色にガラス状の光沢を放つ。「まゐらす」は、濃さを増すの意。)

 たそがれてなまめく菊のけはひかな

 魚燈してあしたの菊を陳べけり

 夜となりて他国の菊もかほりけり

 狼星(ろうせい)をうかゞふ菊の夜更かな
(「狼星」は、天狼星(シリウス)。)

 その菊を探りに旅へ罷(まか)るなり

 たうたうとかげらふ涵(ひた)す菊の丈 

 秋田より菊の隠密はいり候 

 花はみな四方に贈りて菊日和

 菊株の湯気を漂ふ羽虫かな

 水霜(みずしも)をたもちて菊の重さかな

 狼星をうかゞふ菊のあるじかな

 大管(たいかん)の一日ゆたかに旋(めぐ)りけり
(「大管」とは、太管という大輪菊の一種か)

 ついでながら、「八、ミヤザワ・ケンジの俳句」より、どういった経緯などでの句群なのかの説明を転記させてもらう:
「『校本・宮沢賢治全集』(筑摩書房)には、昭和八年十月にケンジが住んだハナマキ(花巻)で開催された菊花品評会に寄せるために詠まれた十六句が、載っています。これは、入賞作の菊に吊るす短冊(カード)に入れる俳句だったらしい。
 ただ、その九月二十一日に、ケンジは死んでいますからね、実際に、これらの俳句が使われたかどうか分かりません。試みに、その俳人賢治の菊の句全てを紹介しましょうか。」

 上記の事情からすると、ある意味、これらの句群は、大袈裟な表現をすると、賢治の白鳥の歌(句)という要素も伺い取れるのか…。

「太管」も「大管」も検索しても情報を得られなかった。
大輪菊」については結構、サイトが見つかる。
「「魚燈」というのは、イワシやニシンなどの脂肪から採った油を用いたランプ」と文中にある。
「魚燈というと、「漁業に使う燈火(いさり火)」のはずだが、賢治は日常においても使っていたということか。あるいは、当時においては、ランプを使う際には、「イワシやニシンなどの脂肪から採った油」を使うのは、賢治に限らず、当たり前のことだったのか。

 賢治の俳句の世界を簡単にでも触れるには、少なくとも賢治の句の全貌を知らないと先に進めない。
 例えば、石 寒太著『宮沢賢治の俳句  その生涯と全句鑑賞』(PHP研究所)なる本があるようだ(小生は、未読・未入手)。
 内容説明には、「世界的にも類例がないほど多種多様の語彙を駆使した超詩人・賢治。天文・地理・哲学・化学・園芸・美術など幅広い賢治のバックボーンを見すえながら、その俳句を見、彼の真意を探る」とあるが、一体、どれほどの数の句を、あるいはどんな句を作ったのだろうか。

 ネットでは、「宮沢賢治の俳句について新しい局面が出てきたことも私にとっては重大事なのです。「賢治がよもやあのようなアンソロジーを読んでいたとは」と驚き、『宮沢賢治全集』編集者の中に「賢治は何か俳句のアンソロジーを読んでいたらしい」と言った人がいたが、あれは本当だったのだと感嘆し、昨年十一月はインターネットで古本を漁りました。大正や昭和初期の俳句アンソロジーを買い込んだままにしてあります。賢治にあのアンソロジーを見せたのは誰なのか、など疑問が頭の中を巡っています」という気になる一文を見つけた(「俳句誌「滝」」の中の、「虚実潺潺(172)」にて。太字は小生の手になる)。

 まあ、賢治が俳句の世界にも関心を抱いていても一向に不思議ではない(小生のような門外漢でさえ、句作を試みるのだし)。
 問題は、俳句をどう思っていたか、上で示した以外にどんな句を詠んでいた、なのだ。

 調べてみると、「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス」の中に、「俳句」という頁があり、上掲以外に十数個の句が紹介されている。
 句については、上掲のサイトでは、「ケンジらしくて、いわゆるケンジ調とは違った一面が大いに出ていると思いませんか。あれだけ作中に西欧調のカタカナを使ったケンジが、俳句ということでニッポン式の古風な枠にムリに自分を合わせているところが、面白い。与えられた条件下、その場その場で対応しようとする、そういうサービス精神が、ケンジにはあったのです」と評されている。

 使われている語彙については、「狼星」「緑礬」「魚燈」など、数少ない句の中に賢治ならではかなと思えるものが出てくる。
 それより、菊花句群は菊に焦点を合わせているが、他の句だと、「岩と松峠の上はみぞれのそら」「五輪塔のかなたは大野みぞれせり」「つゝじこなら温石石のみぞれかな」「霜光のかげらふ走る月の沢」「風の湖乗り切れば落角の浜」「ごみごみと降る雪ぞらの暖かさ」など、気象に敏感な賢治を印象付けられる。

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