氷見上庄川天馬船レース
昨日の休日(海の日)は、世の中は三連休の最後の日。こんな日は仕事が割合、暇なのだが、昨日は何故か様子が違った。日中から夜半にかけては、やたらと忙しかったのだ。
東京に付いては雨模様で郊外などへ出かけるよりも、都内で動き回る人が多かったからか、それとも、祭日は基本的に仕事が暇という先入観があるから営業を休んだドライバーが多く、結果として動いている車へのニーズが高まったに過ぎないのか。
それでも、夜半を回ると一気に暇になる。都内を駆け回っても空振りに終わってしまう。所謂「空気を運ぶ」状態になってしまうわけだ。
丑三つ時ほどになると、お客さんを探すのにも疲れ、仕事の最前線からちょっとだけリタイアし、裏通りの人影の少ない場所を見つけ、車を止め、新聞を読んだり、本を読んだり、ラジオに聞き入ったり。
昨日は(このブログでも紹介したように)石原裕次郎の命日ということで、NHKラジオでは深夜便で裕次郎特集をやっていて、昨夜はその第二弾。普段、あまり掛からない、あまりラジオではリクエストもされない曲が特集されていた。
一方、同じブログ記事で紹介した、もう一人の命日を迎えた方、市川雷蔵さんについては、小生が聞いていた限りでは全く、話題に上らなかった。もう、忘れられた人なのだろうか。
ちょっと残念。
→ 氷見上庄川天馬船レース(ひみかみしょうがわてんませんレース:詳しくは下記する)
王監督の手術が成功したことがすこぶる嬉しい。内心、もしかして厄介な状況にあるのではと心配だったのだ。王貞治さんは、小生の(野球における、と限定する必要もない)ヒーローだ。
前にも書いたが、小生はガキのころは草野球が好きで、テレビでプロ野球などを見るより、とにかく下手でもいいから自分でやりたがる口。
それでも父の影響で、プロレスも相撲もプロ野球もテレビ観戦は仕方なくするしかなかった。
でも、王選手だけは別格で、格別な思い入れでテレビの前へ。
彼のバッターボックスでの構えを見ていると、宮本武蔵とか荒木又右衛門といった剣客・剣豪もかくやと感じさせられたものだ。気迫がまるで余人と違うのだ。
記録より記憶に残る選手という言葉がある。記録において劣る選手を持ち上げるためのエクスキューズの言葉なのだろうが、小生にとって王選手は記録にも記憶にも鮮明に残る不世出の選手(人)なのである。
学生時代、王選手がホームランの世界記録へ向って挑戦していた姿、そして現役を引退する姿を見ることができたのは僥倖だと思っている。普段は付き合いで見るプロ野球も、他の雑事を差し置いて見入ったものだ。
王選手の現役引退と共に、小生の短いプロ野球(テレビ)観戦の時期は終わったのである。
昨日というか、時間的には今朝未明になっていたが、NHKラジオで富山の話題を聴くことが出来た。
というか、「ヒミング」何とかという言葉が耳に飛び込んできたので、小生の耳がその言葉に食いついたのである。
ヒミング……。富山の人間なら、氷見(ひみ)を即座に連想する。氷見に「ing」を付した造語なのだろうと直感する。
「富山県の氷見(ひみ)市は、能登半島のつけ根に位置する海と魚と温泉の街で」、魚の美味しいことで有名だが、同時に、「海ごしに見える立山連峰」というほかでは観られない絶景でも有名な町。
どんな光景かというと、たとえば、こんな風:「海越しの立山連峰と虻が島[氷見と高岡編]」
「氷見は日本で海越しに3000m級の山々を望められる唯一の場所、世界でもこことチリの2箇所しかありません」だってさ。
まあ、この情報は、我がサイトでも幾度か紹介したことがあるし、大分知られてきたことだから、このブログの常連さんなら周知のことか。
当っていた。氷見の話題だった。
が、仕事中で話に聞き入るというわけにはいかなかった。
どうやら「ヒミング2006」の話題らしい。
「「ヒミング・2006」は、2004〜5年に行われたビデオアート・プロジェクト「氷見クリック」が発展した、地域創造型アート・プロジェクトです」とのこと。
「今年は、三カ所の氷見でヒミングします」とあって、「一つめは「森」、飯久保・竹ドームでのコンサート」だという。
「自然の竹林でできたドーム状の空間をステージとして、ここでしか奏でることのできないコンサートを開催します。自然の生命力に包まれながら体感するやわらかな音色は、私たちの眠っている五感をやさしく呼び覚ましてくれます」と銘打たれている(但し、この話が未明にあったかどうかは分からない)。
「氷見・永芳閣の女将と板前のおいしい日記 おじいさんは山へ芝刈りに...おばあさんは原稿チェック...」を覗くと、「氷見市飯久保の竹ドーム」の作業や様子の関連記事、関係する画像などが載っていて助かる。
「三つめは「街」、氷見商店街において氷見クリック(氷見をテーマにした映像作品の上映会)を行います」というもの(この話もあったかどうか分からない)。
順序が違うが、「二つめは「川」、上庄川で行う天馬船レースです。ミニチュアの天馬船1,000艘で川の流れにまかせた市民参加型のレースをします」というもの。
「1,000円でだれでも参加できるこのレースの収益金は、木造天馬船の再生・環境保全、氷見ならではの賞品、市民活動の運営費に使用されます。レースに参加する人が増えれば増えるほど、天馬船再生が実現に近づき、豪華賞品とともに市民活動が活発になっていくというワクワクするレースです」という趣旨なのだが、「1,000円でだれでも参加できるこのレース」と書いてあるが、実際、氷見や富山関係の人でなくとも参加できるのがミソのようだ。
「氷見上庄川天馬船レースの参加登録」はここ。早い者勝ちかも。
天馬船といっても、建築廃材を利用して作られたミニチュア天馬船のようで、「氷見上庄川・天馬船レースとは」という頁を覗くと、レースの内容が詳しく書いてある。
そもそも、何故、天馬船なのかというと、「その昔、氷見の海上の足は漁業用の小船=木造の天馬船でした。森の木が川を下り海で使用され、やがて自然に還っていく、そんな循環がかつての日本にはありました」ということのようだ。
尚、この話題に付いても、「氷見・永芳閣の女将と板前のおいしい日記 ヒミングがNHKに生出演!?」なるブログ記事で扱われていた。ミニ天馬船のテレビ画像(静止)なども載っている。
パソコンの仮名漢字変換機能を使うと、「てんません」は「伝馬船」と漢字変換される。
ネットでは、例えば、「伝馬船作り」という頁が浮上する。
写真が豊富で、伝馬船作りの様子から海に浮かべる神事まで、見ていて楽しい。
ところで、伝馬船と天馬船って、同じなのか違うのか。単に表記が違うだけなのか。
小生など、「天馬船」という表記は初めて目にしたような気がする。少なくとも国語の辞書には載っていない。
ま、いっか。
昨日は夜半過ぎになって、あれこれ耳寄りな話題が多かったのだが、また別の機会に書く(かもしれない)。
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コメント
トラックバックありがとうございます。
ご丁寧にヒミング・2006を解説してくださって、嬉しい限りです。
ナカナカ新しいことには慎重な氷見人。
でも、そんな中でもちょっとずつ協力や応援をしてくれる人たちが増えてきて、嬉しい限りです。
氷見はこれから、もっともっと素敵になりますよ。
投稿: 女将です。 | 2006/07/18 14:43
女将さん、富山市出身で東京在住のやいっち(弥一)です。
「ヒミング2006」の話題を今朝未明、NHKラジオで聞いたので、ネットで情報を探ったら、貴サイトを見つけたのです。
熱心に更新されていることに感心します(サイトがあるだけのところが多い…)。
TBだけ先にして、挨拶が後になり、失礼しました。
氷見、そして富山の一層の活性化が楽しみです。
また、折々、覗かせてもらいます。
投稿: やいっち | 2006/07/18 19:25
やいっちさん、
お久しぶりです。
コメントが富山ネタばかりで
まことに恐縮ですが、記事に
不思議な因縁を感じましたので。
あしからず。
ご存じかもしれませんが、
王貞治監督のお母上は、
富山の氷見出身です。
お墓が富山市の禅宗の寺にあり、
毎年墓参にいらっしゃっていると
住職から聞きました。
努力の人という印象にも
富山の県民性に通じるものを感じます。
投稿: はれあめ | 2006/07/20 23:06
はれあめさん、王選手の母君が富山出身なのは知っていたけど、氷見だという認識はなかった。
そうか、氷見の方だったのですね。
となると、氷見の話題を採り上げたのは王選手(のお母さん)のことを意識してではなかったのですが、ちょっと因縁めいた偶然を感じますね。王選手が世界記録を作った頃は、健在でテレビで控えめな姿が映っていたのを覚えています。
そう、王選手への思い入れに、彼の母君が富山の方だということも大いにあったのは事実です。
先月、東京竹橋の近代美術館を訪れたのですね。東京と富山とは随分と光景が違います。小生は東京暮らしに慣れてしまって、違いが当たり前という感覚になっているようです。
投稿: やいっち | 2006/07/20 23:42
人の連想や共感には 地縁や風土の
響きあいがありますね
私も以前から近代美術館は折々に訪れて
竹橋の高速道路風景は当たり前と
受け止めていました
違和感を抱くようになったのは小泉八雲
の描く明治の日本に親しんでからです
近代化が破壊する前の日本の原風景を
愛おしいと思うようになりました
利便性と景観 近代化と保全の
折り合いをつけることは実に難しい
ことでしょうが
投稿: はれあめ | 2006/07/21 20:41
はれあめさん
竹橋の近代美術館は、美術館もいいけど、皇居のお堀も近くて、散歩コースになりますね。春にはさくらも見事だし。
近代化と景観は、まさに地元の住民と自治体の頑張り次第だと思います。棚田だって、放っておけば荒れ放題だけど、頑張っているところは工夫して残っていく。
難しいけど、当事者次第だと思います。
小泉八雲。そうですね。小生も、高校から大学、社会人になってからも、彼の作品に惹かれてきました。彼の本を読んで、古き良き日本というイメージが印象付けられたような。
そこには、八雲自身の思い入れも相当にあったようですが。
投稿: やいっち | 2006/07/22 02:20
竹ドームコンサート、盛況のうちに終わったようです:
http://blog.eihokaku.net/?eid=88028
投稿: やいっち | 2006/07/26 20:29