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2006/07/17

今日は何の日…市川雷蔵さんの命日

 今日は何の日か。「海の日」である。
 が、頭が旧態依然たる小生、「海の日」というと、7月20日という印象が濃い。しかも「海の記念日」! 
 なので、仮に「海の日」にちなんで何か書くとしても、7月20日に書くだろう(とは言っても、20日になると、綺麗さっぱり忘れてしまうだろうけど)。

 さて、今日は何の日かと調べてみたら、石原裕次郎さんが亡くなられた日なのである(1987年(昭和62年)7月17日)。
 小生にとってスターというと、後にも先にも石原裕次郎さんである。ガキの頃に映画館やテレビで彼の映画やドラマを散々観たので、そういうふうにインプットされているのだ。
 でも、小生にとって石原裕次郎さんは、ちょっと変わった意味で、格別な存在でもある。

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→ 「花小金井北口の夏恒例サンバカーニバルは7月23日です!22日はよさこい。」(ポスター画像は、「わくわくこだいらプロジェクト サンバ」より)
 当然ながら我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)も出演。スケジュールなど、詳細は追って知らせます。

 小生は、もう十年以上も以前に縁が切れてしまったが、東京は港区海岸にある会社で働いていたことがある。
 その地区に至るには芝浦地区を通る。バイクの時もあれば、徒歩あるいはバスを使うこともあった。
 すると、しばしばとまでは言えないが、それでも、また見かけた、という程度に石原プロのテレビドラマの撮影現場に遭遇することがあったのだ。
 残念ながら、当の裕次郎さんの姿を直接見ることはできなかったが、「西部警察」か「太陽にほえろ」という番組の撮影をやっているんだなと横目で眺めつつ通り過ぎたものだった。

 さらに、小生が勤めていた会社は港区は海岸にある倉庫会社の中にあった。
 この倉庫会社の屋上にはヘリポートがあったのだ
 東奔西走する人気俳優たちのこと(無論、取材陣など他の方々の利用もあったろうが)、倉庫まで車で来て、外階段などを使って屋上にある朝日航洋のヘリポートへ上り、同社のヘリコプターで仕事場所(ロケ場所)へ向うのだった。
 無論、逆もあるわけで、小生や他の社員たちは、有名俳優と外階段などで擦れ違うことも少なからずあったのである(何故か石原軍団の方々との遭遇が多かった。余談だが、この倉庫会社の中でローラースケートで有名な「光げんじ」がテレビの生中継のためのショーをやったこともある)。

 石原裕次郎さんの出演された映画、あるいは制作に関わった映画は数知れないが、その中で、「黒部の太陽」は、舞台が富山に関係するだけに、映画も印象的なら、石原裕次郎さんも特別な存在になったのも無理はないのである。

 さて、石原裕次郎さんのことは前にも扱ったことがあるので、今日はこれまでにしておく。
石原裕次郎と啄木と」(や、「「石原裕次郎と啄木と」追記など」)を参照願いたい。

Matudo

← 7/22(土)23(日)にも、新松戸パレードがあります。我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)のパレード日は7/22(土)で、パレード時間は「15:30 - 17:00」の予定。
 画像は、「しんまつど★ドッとこむ」の中の「第20回 新松戸まつり」より借用させてもらいました。
 このポスター画像を見るだけでも力の入れようが分かるというもの。

 さて、今日は実は、市川雷蔵さんの命日でもある(1969年7月17日)。
 市川雷蔵さんについては、小生が改めて紹介するまでもないだろう。
Web RAIZO雷蔵」や「ようこそ市川雷蔵ワールドへ」など、ネットでも豊富な情報が得られる。

 市川雷蔵さんには「陸軍中野学校」など、有名な映画が数多くあるが、小生にとっての市川雷蔵さんというと、何と言っても、映画・眠狂四郎シリーズに尽きる。円月殺法という、下手な役者が演じるとコントになりかねない、奇妙な、しかし、つい見惚れてしまう殺陣(たて)に魅了されてしまった。
 画面から男の色気…というか妖艶ささえも漂ってくる。あれを妖気とでも言うのだろうか。男性の俳優に色気を感じたのは、市川雷蔵さん以外になかった。
[ 実際に、映画においては濡れ場的なシーンが必ずあって、ガキの小生には十分すぎるほど刺激的だった。「6月は眠狂四郎です」なる頁にはあれこれの薀蓄が傾けられていて興味深い。ただ記事の書かれたのが1999年とのことで、田村正和が眠狂四郎を演じて話題になっていた頃。雷蔵については、サイト主の方は現役で見たわけではないらしいのが残念。眠狂四郎というニヒルなヒーローには、その原型のようなニヒルなキャラクターがあって、それは『大菩薩峠』の机龍之介なのである。眠狂四郎は机龍之介の後継者なのだ。小生がガキの頃には、机龍之介を描いた時代劇もまだ珍しくはない時代だった。 (06/07/20 追記)]
 しかも、夢中になっていたのはガキの小生である。
 市川雷蔵さんは1969年の夏に肝臓癌のため37歳の若さで夭折されている。小生が15歳の時だ。さすがにこの小生もその頃は感受性も豊かで(?)、彼の若すぎる死は衝撃的だった。
 だから、尚のこと、市川雷蔵さんの印象は鮮烈なままに残っているのだろうか。

 そういえば、円月殺法というのは、眠狂四郎シリーズの原作者である柴田錬三郎さんが小説の中で生み出したものだが、その柴田錬三郎さんがテレビに登場される際には、どうだ、オレと眠狂四郎とはダブって映るだろうとでも言うように、シャイな中に得意げな(苦みばしってでもいるような)表情を浮かべていたのが印象的だった。
(余談だが、柴田錬三郎さんが遠藤周作氏や吉行淳之介氏とは遠縁にあたることをたった今、知った!)
(これまた余談だが、眠狂四郎シリーズか、それとも「忍びの者」だったか…「陸軍中野学校」もそうだった…が小生には忘れられない映画となっているのには、他にも訳がある。ここだけの話だが、この映画に出演された安田道代さんが、小生にとって唯一惚れた女優さんなのである。後に大楠道代さんと名前を変えられたっけ…。)

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コメント

22、23日、行って見たいのは山々なのだけれど、新松戸はあまりにも遠い・・・。
両日共に予定が入っているのだけれど、その隙間をちょいと縫って、ということが不可能なのです。
残念・・・。

投稿: 志治美世子 | 2006/07/18 08:42

活動的な 志治さんですから、なかなか都合が付かないのでしょうね。怠惰で体が動かない小生の場合とは大違い。
最近はダンスをする暇もないのかな。

浅草サンバカーニバルが本番です:
 http://www.asakusa-samba.jp/


投稿: やいっち | 2006/07/18 13:04

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