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2006/07/04

香月泰男と<神農>

 中田英寿選手が現役引退を発表した。
nakata.net -- 中田英寿オフィシャルホームページ」に「“人生とは旅であり、旅とは人生である”2006.07.03」と題されたメッセージが載っていた。
 彼はメッセージの最後に、「“ありがとう”」と書いていたけど、こちらこそ、彼に「ありがとう!」と言いたい。

Rkroomkesi

← RKROOMさんに戴いた「ヒマラヤに咲く、青いケシの花」の画像です。

 立花隆氏著の『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』(文藝春秋)をゆっくり読んでいる。
 週末の連休の間に一気に読了させようと思っていたが、挿入されている豊富な画像の数々につい見入ってしまって、しばしば本を読む手も止まってしまう。
2005年07月の索引(香月泰男の世界)」でも、本書に所収となっている1970年文芸春秋刊「私のシベリヤ」のテキストに焦点を合わせつつ、若干のことを書いているが、今日のブログにも、多少のことを書き加えておきたい。

Kaduki

→ 『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』の表紙の画像は、香月泰男の作品「日の出」である。

 表題の「神農」について、簡単に説明を試みる。といっても、例によって、「神農氏 - Wikipedia」に頼る。
「神農氏(しんのうし)は中国神話に登場する王。三皇五帝という時代の三皇の一人。人間の身体に牛の頭を持っていたとされる。また炎を司る神」とか、「鋤を使って農耕することを人間に教えたことから神農と呼ばれ、火徳(五行思想による5つの天性のひとつ)をもって王となったことから炎帝と呼ばれるという」と書いてあるが、本書では、「腹が透けており、地面に生えている全ての植物について、毒があるかないか、どんな味がするかを、実際に自分で舐めてみて調べたといわれており、このために薬の最初の発見者(薬祖)・医学の祖ともいわれている」という点が眼目である(太字は小生の手になる)。
(「神農」についてより詳しくは、「三皇五帝 - 炎帝神農氏」を参照のこと。)

 何故、「香月泰男と<神農>」なのかというと、本書でも幾度となく登場するが、香月泰男に「神農」と題された作品があるからである。
 これは、香月泰男がシベリア抑留体験を元に描いたシベリア・シリーズ作品群の中の一つだ。

 この作品が一番の傑作かどうかは、人によって考えは様々だろう。
 小生が敢えて「神農」を取り上げるのは、極寒の地・シベリアでの抑留体験で香月泰男に限らず、誰もが苦しんだのは苦役の辛さ、シベリアの寒さ(排泄物も排出した瞬間から凍り付いていくという笑うに笑えぬ悲惨さ)、望郷の念もさることながら、日々において食べるものに窮したということがある。

Musosetogawa

← 過日、借り出してきた瀬戸川 猛資著の『夢想の研究―活字と映像の想像力』(創元ライブラリ)は、「ミステリマガジン」に連載されていたもの。映画と本とをクロスオーバーだって。瀬戸川氏は既に亡くなられている。車中で読むために借り出してきたのだが、我慢できずに、牛込パレード会場への電車中で読み始めてしまった!

 そんな中、香月泰男は、医者の家に育ったこともあり(父が医師)、草花のことに詳しかった(「久原山のふもとにある香月家は、旧藩時代から代々、医をもって業としていた」←「香月泰男美術館 香月泰男プロフィール」参照。坂倉秀典氏の手になる紹介は、藤田士朗氏編の年譜と併せ、他の美術館の年譜には類を見ない香月泰男の紹介となっている)。

 香月家は、医者の家系といっても、漢方医の家系だったという。祖父の代まで漢方医。彼の父は医師になる前に放蕩で身を持ち崩してしまった。香月自身は医師の道は選ばなかったが、門前の小僧式に、知らず知らずのうちに、野草の知識に詳しくなっていったわけだ。
 シベリアでは、居留地の外で作業する際、野草を見て、「これは食える、これは食えないというのが相当わかっていたので、とにかく食えるものを片っ端から口に入れたということです。これはそうやって野草を片っ端から口におしこんでいる自分の姿です」と、立花氏が説明している。
 実際、香月家(漢方医の家)には、「神農の図」の掛け軸があり、毎年正月には床の間に架けられていたという。
 必ずしも体力が余人に比して有り余っていたわけでない香月泰男が生き延びられたのは、画家として技量(辛い労働の合間に似顔絵や壁塗りなどの軽作業をさせられたこともある)も資したようだが、こうして野草でも泥水でも口に入れられるものは片っ端から入れていたということも理由としてあったのだろう。

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→ 画像は、「神農」で、「山口県立美術館 - 収蔵品検索」で見つけたもの(「山口県立美術館HomePage」)。

 ちなみに香月泰男が兵役に取られたのは、彼が絵の世界でそろそろ展望が開けようという32才の時だったとか。
 兵役体験、シベリア抑留体験で彼は変わった。それまではできるだけ若いうちに中央(東京)に出る。多くの人と交流する。刺激を受ける。田舎の単調な生活では絵のモチーフも生まれてこない。彼の師である梅原龍三郎、福島繁太郎両先生にも、もっと会って教えを乞うことができる……。
 が、シベリアからの復員が成ってからは、彼は故郷の地・三隅を一歩も出ずに生涯を生きた(高島野十郎を何処か連想してしまう)。

 実は、本稿では、本書『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』に所収となっている「私のシベリヤ」のテキストから、前回紹介した、「有刺鉄線を目にするたびにシベリアがよみがえる。もっとシベリアを描き続けなければならないと思う。シベリアにいる間中、有刺鉄線は私たちの心を刺しつづけた。どんなに待遇がよくなろうと、仕事が楽になろうと、それある限り私たちは捕虜であることを実感させられた。多分私は今でも捕われの人なのだ。」といった一文に加えて、幾つか抜書きを試みようと思っていたのだが、既に本文が長くなったので、今回は断念する。
 上で紹介したが、「香月泰男美術館 香月泰男プロフィール」を覗いていただくよう願う。
 無論、玄関口というか正門である表紙の「香月泰男美術館」から堂々、入るのも良しである。

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コメント

「神農」言葉には、大きな意味がありますよね。
何の草が食べられるのか・・・サバイバルですものね。これで、命拾いできたのでしょうね。

香月泰男の絵には、どろくさい感じはあっても、切に訴えるものがありますね。

投稿: elma | 2006/07/04 20:09

うちの父もシベリアに抑留されましたが、朝起きると隣に寝ている人が死んでいる、そんな世界だったようでー。
香月のステーションギャラリーでの展覧会でも亡くなった人をそっと埋葬してやる絵を覚えています。
しかし香月はシベリアの絵だけでなくもっといろんな絵を描きましたね、あちこちの美術館でいろんな作品に遭遇しています。

投稿: oki | 2006/07/04 22:07

elmaさん、香月泰男さん本人も彼の父君も医者にはならなかった。それぞれに思いがあったのでしょうが。でも、4代続いた漢方医の家系というのは、色濃く残っていたのでしょうね。
彼は、野草の知識もあったから生き延びられた。同時に、彼自身が語っているのですが、画家として、どんな状況にあってもその時に悲惨な光景を絵に描くことを考えていたという。
死ぬ時は銃ではなく絵筆を握って死ぬ覚悟だったとか。
そういう執念がサバイバルに繋がった面もあったようです。
「神農」はそうした一切の象徴ですね。
そうそう、以前、elmaさんの記事「『シベリア鎮魂歌--香月泰男の世界』立花隆著、文藝春秋刊を読む」にTBさせてもらったことがありますね:
http://blog.livedoor.jp/elma0451/archives/50661422.html
遅ればせながら、小生も香月泰男の世界に浸っているわけです。いつか、彼の故地の美術館へ行って見たい!


okiさん、前にも香月の絵を観てきたと書いておられましたね。羨ましかったし、こうして彼に関心を持つと、一層、 okiさんが羨ましくなってます。
そう、香月はシベリア・シリーズ以外の絵も描いているし、結構、多様な面を持っている。
それでも、やはり、彼はシベリア抑留の体験に拘った画家だと言っても、決して彼を貶めることにはならないと思うのですが。
それにしても、前にも聞いたことがあるかもしれないけど、okiさんの父君がシベリア抑留体験者とは!
何か体験を語られることもあったのでしょうか。

投稿: やいっち | 2006/07/05 07:22

おはようございます。

香月泰男は、かわいい絵も描いているし、おもちゃも作っているんですよ。機会があれば、それをアップしますね。

私の父(他界)は、満州で少年兵でした。病気になって帰って来て、7年ぐらい腎臓病をわずらっていたとか・・・「ここは、お国の何百里、遠く離れて満州の・・・赤い夕日に照らされて・・・」と、寡黙な父が歌うときがありました。

投稿: elma | 2006/07/05 09:22

elmaさん、またまた驚き。
> 私の父(他界)は、満州で少年兵でした。

身近(ネット上だけど)に、シベリア抑留や満州兵役体験者の息子さんたちがいるなんて。

小生も、何故か、「ここは、お国の何百里、遠く離れて満州の・・・赤い夕日に照らされて・・・」をテレビやラジオで聴くと、しみじみしてしまいます。

> 香月泰男は、かわいい絵も描いているし、おもちゃも作っているんですよ。機会があれば、それをアップしますね。

 楽しみにしています!


投稿: やいっち | 2006/07/05 16:36

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