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2006/06/29

むすんで ひらいて…

 拙稿「グリム童話…昔話の深層」に戴いたコメントで、あれこれ思うことがあった。
 せっかくなので、ちょっとだけ、改めて童謡や童歌の周辺を散歩してみたい。

 童歌(わらべうた)には謎めいたものが多い。有名な童歌だと、「かごめかごめ」だろうか。
かごめかごめ - Wikipedia」によると(拠らずとも)、歌詞が「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?」なのは、知っている。

Rengehasuppa

→ 蓮華草さんに戴いた蓮の花の画像です。ちなみに、「蓮っ葉」でネット検索したら、小生の頁が浮上したとか。

 尤も、小生の記憶が曖昧で、ガキのころ、もしかしたら「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀とが滑った 後ろの正面だあれ?」と歌ったような気もする。
 でも、「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ」なんて歌詞は、全くの初耳。
「このかごめかごめは江戸中期以降に現れる。『後ろの正面』という表現は、明治末期以前の文献では確認されていない。さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていない」という。明治の代に、何か表沙汰になること、あるいは表立って口にすることの叶わない政治的不祥事か何かをあてこすっているのだろうか。

 童歌なのか童謡と呼ぶべきなのか、「とおりゃんせ」も歌詞が謎めいている。
川越の歌と文学(1) 通りゃんせ」によると、「〝行きはよくても帰りはこわい〟と歌われた『通りゃんせ』のモデルとなった場所は、埼玉県の川越市だといわれる。」のだとか。

 まず、念のため、「とおりゃんせ」の歌詞を示しておく:

 とおりゃんせ とおりゃんせ
 ここはどこのほそみちじゃ
 てんじんさまのほそみちじゃ
 ちょっととおしてくだしゃんせ
 ごようのないものとおしゃせぬ
 このこのななつのおいわいに
 おふだをおさめにまいります
 いきはよいよいかえりはこわい
 こわいながらも
 とおりゃんせ とおりゃんせ

「いきはよいよいかえりはこわい」という歌詞の意味については、上記のサイトに縷々書いてある。
「川越天神・三芳野神社」説がまず最初に示されている。
 が、「「川越歴史小話」 岡村一郎 川越地方史研究会 1973年」の項で示されている関所説(手形説)が、一読する限りでは理解がしやすい。
 しかし、「「図解雑学こんなに面白い民俗学」 八木透・政岡伸洋編著 ナツメ社 2004年」で示される、「子どもの7歳の意味を考える時、「七つ前は神の内」という伝承が重要なヒントとなる。これは7歳までの子どもは神の領域にいることを表した一種の格言である。不安定であった子どもの魂は7歳になってようやく安定し、この世に定着すると考えられていたのである」という理解は、ほんの一昔前までは子供が七つになるまで無事に育つのが至難だったことを思うと、これが本筋なのかな、とも思える。
(全くの余談だが、小生は、この童謡が、何故か凄いエロっぽい歌に思えてならなかった。ほそみち…、おふだをおさめにまいります…、いきはよいよい…、かえりはこわい…、こわいながらも  とおりゃんせ とおりゃんせ…。少なくとも紅いエロティシズムを覚えてならない…。)

 七つというと、「七つの子」(野口雨情作詞、本居長世作曲)を連想する。七つというのは子供が育つ上での鬼門の年だったのだろうか。
 余談だが、この歌の歌詞で疑問を抱いたことがあった→「カラスのことあれこれ」(特に想定問答の項を!)

 上で示したには、「あんたがたどこさ」や「青い目の人形」についても、詳しく、興味が尽きない。
「青い目の人形」というと、小生は何故か、「赤い靴」 (作詞:野口雨情/作曲:家本居長世)を思い浮かべてしまう。
 こちらは悲しい歌…だとずっと思ってきたけれど、最近は違う理解が示されている。でも、昔、よく聞いたり歌ったりした頃の、人攫いの歌、あるいは日本の貧しい家の子が異国の地へ売られていく、というイメージはなかなか拭えないものだ。

 しかし、本当に悲しい、悲惨な童謡というと、「はないちもんめ」のようだ。まさに、子買いの歌(!)だというのだ:

買って嬉しい花一匁
負けて悔しい花一匁
隣のおばさんちょいと来ておくれ
鬼が恐くて行かれませんよ
お布団かぶってちょいと来ておくれ
お布団ボロボロ行かれませんよ
お釜かぶってちょいと来ておくれ
お釜底抜け行かれませんよ
あの子が欲しい
あの子じゃ負からん!
その子が欲しい
その子じゃ負からん!
相談しよう
そうしよう

 この歌が全国的に知られていて、幼い子らによって歌われていた、あるいは明るく元気に遊戯されていたということは、子買いという現実が珍しくはなかったということなのだろうか。

てるてる坊主」もなかなか凄い歌詞だ。
てるてる坊主」にて歌詞(3番)を見てみると:

3 てるてる坊主 てる坊主
  あした 天気にしておくれ
  それでも曇(くも)って 泣(な)いてたら
  そなたの首(くび)を チョンと切(き)るぞ

 ちゃんと天気にしてくれたら、「金の鈴」をあげるし、酒をたっぷり飲ませてやる、でも、雨でも降らそうものなら……。

 小生には他に「童謡・唱歌の世界に遊ぶ/『唱歌誕生』(猪瀬直樹著)を巡って」がある。
 でも、やはり、「童謡、わらべ歌、唱歌、世界の民謡など、日本と世界の愛唱歌をMIDIにまとめた音楽サイトです。日本民謡、クラシック歌曲も収録しました」という、「童謡・唱歌の世界」のほうが皆さんの役に立つだろう。

 ここまで読んでくる人はまずいないだろうから、小生にはこんなエッセイ(駄文)もあると、こっそり、メモっておく:
「むすんでひらいて」(作詞不詳・ルソー作曲/文部省唱歌)
 この童謡、作曲者がルソーなのかどうか、怪しいようだが、それより、歌詞が助兵衛っぽい?!
 本当に、大声で、しかも人前で歌っていいのか?!
 転記するのも、勇気が要る?!

   むすんで ひらいて
   手を うって むすんで
   また ひらいて
   手を うって
   その手を うえに(したに)
   むすんで ひらいて
   手を うって むすんで

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コメント

 読んでしまいました、最後まで(笑)。
 そうか・・・・・結んでひらいってって・・・・・そうだったのか・・・・・。

 昔、お遊戯のときに思いっきり歌っていた記憶が・・・・・。

投稿: RKROOM | 2006/06/30 00:03

また ひらいて……。
もう、知らん顔して、思いっきり実践しましょう…じゃない、歌いましょう。歌ったほうが勝ちです?!

投稿: やいっち | 2006/06/30 07:16

こんばんは。
やいっちさんのサイトに実は通ってます(笑)。
感想を残したいけど、難しいときは読むだけです(爆)

童謡とか童話は残酷なモノが多いみたいですね。
かごめかごめとか、私も歌ってました。
通りゃんせ、かごめかごめ、てるてる坊主などはメロディも怖いですよね。
改めて考えると、何故にこんなのを子供の時、歌ってたのか疑問ですね。
むすんでひらいても歌いましたね〜。明るい曲だと思ったら、そうですか…
そう言う曲だったんですか…。知らなかった。
やいっちさんの一人ツッコミが面白かったです(笑)

投稿: shin | 2007/03/27 20:21

shin さん、来訪、コメント、ありがとう。

昔の童謡唱歌の凄さって、子供が無邪気に歌えると同時に、大人になっても鑑賞(感傷?)に耐えること。
あるいは、そうした歌や歌詞で現実の一端を教訓として教えていた?

今の時代、子供に優しく、なのか、当たり障りのない綺麗ごとを童話でも歌でも伝えようとする。
なるほど、それもありかもしれない。でも、大人になってからはどうなのだろう。思い出して歌ったりできるかどうか。

まあ、歌に付いても童謡についても、歌い始めたら…じゃない、考え始めたら眠れなくなりますね!

投稿: やいっち | 2007/03/27 22:53

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