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2006/06/16

「灯ともし頃」と「逢魔が時」の間

 水曜日の営業中、仕事も峠を越えた頃合、そう夜半をとっくに回った頃、昔風な言い方をすると丑三つ時だろうか、何処かの公園の脇に車を止めて、坪内 稔典氏著『季語集』(岩波新書 新赤版)を読んでいたら、懐かしい言葉に出会った。
「灯ともし頃」である。最近、使っていないし、文章の中でも目にしていない。
 その刻限というのは、読んで字の如しで、紙燭(しそく )などで灯を灯してまわった、そんな灯ともし頃なのだろう。正確に決まった時間というより、そろそろ薄暗くなり灯りが必要な時間帯を示すのだと思われる。
 昔は、灯りというと貴重だから、実際に灯りを灯すのは一部の裕福な人に限られていたようだし、その場合でも相当程度に暗くならないと灯りなど使うはずもなかった。
 まあ、周りが暗かったようだから(きっと想像を絶して闇が深かったのだろう)、蝋燭一本でもあったら、その周辺はパッと明るくなったのに違いない。

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→ 某社の広告を見ていたら…。

 実際には、お寺さんじゃないのだから、何かの台か皿の上の蝋燭をそのまま部屋の片隅に置いたりするより、和紙か何かで蝋燭を覆い、風で吹き消されるのを防いでいたようだ。
 それでも風を巻き込んでしまうかもしれないし、もっと懸念されるのは、何かの拍子に倒れる灯りが倒れること、そして灯が周りに燃え移ることだったろう。
 とにかく、火の扱いには注意を払ったのだろう。

 ところで、「灯ともし頃」の正確な意味合いを調べようとネット検索していたら、「薄暮 ・灯ともし頃 ・黄昏 ・逢魔が時」は同類語だという記述を見つけた。
 小生はちょっと驚いた。「薄暮 ・灯ともし頃 ・黄昏」までは、なんとなく類語だってのは理解ができなくもない。「黄昏」を「たそがれ」と読み、「誰そ彼」という意味合いが含意されている、なんて学生時代に習ったような、もやっとした記憶がある。
 が、「逢魔が時」も黄昏や灯ともし頃と類語とは、小生、全く理解が及ばない。学生時代…高校時代に斯く習ったのかもしれないが、きれいさっぱり忘れてしまっている。

「逢魔が時」とは、『広辞苑』によると、「(オオマガトキ(大禍時)の転。禍いの起る時刻の意)夕方の薄暗い時。たそがれ。おまんがとき。おうまどき」とある。
 何ゆえ、「逢魔が時」が禍いの起る時刻なのか、なにゆえ、禍いの起る時刻が黄昏時なのか、どうして夕方の薄暗い時というのは、大禍時と称されるようになったのか。
 まあ、「逢魔が時」は、「大禍時」の転なのだから、疑問は、「どうして夕方の薄暗い時というのは、大禍時と称されるようになったのか」の一点に絞られると考えていいのだろう。

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← 小生の著書の表紙の絵を連想した…。

隆慶一郎ワールド」の中に「隆慶的歴史用語の基礎知識  その他・綜合の部」という頁があった。
「《時》(とき)」という項に注目する。刻限の名称についても、実に多彩なものがあると改めて気づかされる。
「【逢魔が時】(おうまがとき)」についても、『広辞苑』などには(中略)夕暮れ時は人を惑わす禍や魔が潜むとされ、魔に逢う時刻という意味から生まれたとある。 」としている。
「【おまんが時】(おまんがとき)」については、「喜多村信節(『嬉遊笑覧』)によれば、「あまがべに時」の「あま」が児童詞で女を表す「おまん」に言い替えられ、「おまんがべに時」から「おまんが時」になったとされ、夕焼けで空が赤い時刻をいう」と説明されている。
(喜多村信節についても、「隆慶一郎ワールド」の中の「隆慶わーるど人物・人名事典  【き】」に説明が見出される。一部を転記すると、「喜多村信節(きたむらのぶよ) (1784~1856)」:「『画証録』を著す。江戸の国学者。天明四年生れ。通称彦助、あるいは彦兵衛。均(正しくは竹冠)庭(いんてい)と号す。外に均居、静斎、静舎などとも号した。 北静廬と縁類の関係にあり、岸本由豆流、小山田与清とも親しかったという。江戸研究必携の書と云われる『嬉遊笑覧』を著す」)
 空が茜色に染まる時間帯というのなら、空は「天(あま)」だとして「天が紅(色)」時が本来で、余程、素直な連想のように思えるのだが。
 それが「あま」→「おまん」と転じ、「おまんがべに時」から「おまんが時」へ転じたというのは、俄かには納得できない。
 なにゆえ、空が夕焼けに染まるのを「おまんがべに時」と最初に表現したのか、連想したのかが不明なのである。
 すぐ上に、「【尼がべに】(あまがべに)」という項があり、「尼がべに時。「あまがべに」は「尼が紅」という言葉で、「天が紅」という言葉から「天」が「尼」に転じた言葉という。夕焼けで空が赤く染まった時刻」という説明が施されているが、どうして「尼が紅」なのだろう。
 日中のお勤めが終わって、今度は尼さんがお坊さんと何して、白い体が火照って…。

 女性(尼さん)が茜に染まる頃合って、どうして夕方なの? 女郎か誰かが赤い着物を着る、そんな巷の風景が慕わしくなる頃合だってことなのか。だったら、夕方近辺だってことは理解ができる?!
 この辺については、これ以上、追求すると、文章上、風紀を乱すようなことを書き散らすのは必定なので、自制しておく。

 そもそもの疑問に戻る。
「どうして夕方の薄暗い時というのは、大禍時と称されるようになったのか」あるいは、なにゆえ、「夕暮れ時は人を惑わす禍や魔が潜むとされ、魔に逢う時刻という意味」を持つに至ったのか。
 昔は夕方はそんな危ない刻限だったということなのか。だったら、夜のほうが余程、危ないはずじゃないのか。強盗だって闇に潜みやすいだろうし。闇にどんな危険が紛れているか、知れやしない。
 それこそ、「逢魔が時」は丑三つ時だ、と説明されていたなら、すんなり理解できる。
 それとも、江戸の世などの世相や風俗が背景にあるのだろうか。

 あるいは、そもそも夕焼けの光景が何か関係しているのだろうか。世界が茜色に染まる時間。空の青も醒め、木々の緑も闇の色に染まる直前、真っ赤な陽を浴びて戸惑い、屋根も木の板塀も人も橋も大地さえも一色に染まっている世界。
 夕焼けは血の色なのだろうか。記憶の海の底深くに沈んで思い出せるはずもない羊水の色を無理にも思い出させるようでもある。
 赤という色は、それだけでも、何か血を騒がす色、郷愁というのか胸を掻き毟るような鮮烈な色である。その色に世界が染まる。ほんの一瞬、自分が世界から、この世から、浮き世の柵(しがらみ)から浮き足立ち、遠い世界へ駆け出さずにはいられない心持にさせられる。

 しかしながら、そんな夕焼けの光景が毎日、垣間見られるわけもない。
 やはり、昼の世界と夜の世界との切り替わる、その間(あはひ)の時空の宙ぶらりんな様相そのモノの持つ「魔」の相貌なのだろうか。
 人も動物も町も風景も、昼の顔と夜の顔とはまるで違うのが当たり前だった時代。街灯など、江戸の市中などのほんの一部にしかなかったのだろう。篝火や蝋燭の灯りを町角に置いておくなど、戦(いくさ)でもない限りはありえなかったろうし。
 昼間は日の光で蓋のされていた魔界への入り口が、闇の到来の声と共に一つ、また一つと開いていく。闇の口がぱっくりと開いて、昼の世界へ戻り遅れた犠牲者を貪欲に呑み込んでいく。
 昼間…明るい時間帯…ということは、日の光だけではなく、人の視線も少なからず町中に投げかけられているということでもあろう。子供も、余程、森の奥や藪の中へ分け入ってしまわない限りは、親の目が見守っている。犯罪者も動きが取れない。
 それが、親が仕事の片付けその他で注意が殺がれる、それでいて明るさも残っているから大丈夫だろう、子供が迷子になることはないだろう、悪の道に踏み惑うこともないだろうと思う、そんな油断が夕暮れ時に生まれる。
 一瞬のエアーポケット。心の隙。
 そして神隠し。

 昼と夜。太陽と月(星)。光と影。陽と陰。動と静。生と死。建前と本音。

「灯ともし頃」とは、日中の光の世界の延長への細い、ギリギリの道筋である灯りをつけるべき時なのだろう。その灯りを頼りに人の世界へ塒(ねぐら)へと大急ぎで戻っていく。
 その「灯ともし頃」とは裏腹に、まるで少しでも油断したら、戻るべき辿るべき道を踏み間違えてごらんよ、こっちの水は甘いぞとでも言うように、「逢魔が時」の世界が伸び広がっている。
 やがて一気に怨霊が跋扈する魔と闇と陰と死の世界があるだけとなる…。

 うーん。この辺り、もう少し、調べる余地がありそう!

上田秋成作『雨月物語』」など参照。

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コメント

こんにちは。
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>  その「灯ともし頃」とは裏腹に、まるで少しでも油断したら、戻るべき辿るべき道を踏み間違えてごらんよ、こっちの水は甘いぞとでも言うように、「逢魔が時」の世界が伸び広がっている。
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うわー!この雰囲気、この世界、大好きです。

「尼が紅」でふと思ったのですが、これは清楚とか禁欲的なイメージ(=白)の尼僧が、夕焼けの紅い光で一瞬妖艶な雰囲気を纏って見えるということではないでしょうか。例えばその尼さんが出家するに至る前の世俗での「何か」を連想させるような・・・。ああ、私も危ない方向へ想像(妄想)が広がってしまいます(苦笑)

たそがれ(薄暮、灯ともし頃)は英語だとTwilightですよね。
英語の授業で習ったか、それともNHKのラジオ講座か何かだったか・・・出典ははっきりしませんが、「Twilight」の語源は「灯(light)が二重(twi-)に見える」なのだとか。光が滲んでものがはっきりと見えない、つまり昼の明るさの中で見えていたものとは別の、見慣れないもの(もう一つの真実)が浮かび上がってくる時刻こそが「誰そ彼(たそがれ)」で「逢魔が時」なのでしょう。

投稿: 縷紅 | 2006/06/16 13:24

なんか、何にも結論出さないで、イメージのつぶてをポンポンと投げ散らかしながら、あっちこっちをさすらってるのが、とってもやいっちゃんらしくて、可愛いです。

投稿: 志治美世子 | 2006/06/16 14:40

縷紅さん、こういった日常の世界からメビウスの輪のある面を何気なく辿っていっただけなのに、気がつけば面妖なる世界に迷い込んでいる、しかも、後戻りができないことをその妖しく重苦しい雰囲気が物語っている…。陰と陽とは不可分離なもの。
物語って、まさにその不可思議を語ってくれるものでなくっちゃ、ですね。
twilightという単語についての話、興味深いです。
ネットで調べたら、「twilightと言う単語は「物事が隠されたままで、現実世界の一部であるとは思えないような場所」を形容するときにも使うそうです」という説明を見つけました。
twilight time あるいはtwilight zone は、すぐそこに口を開けて餌(犠牲者?)を待っているわけですね。

志治美世子さん。
エッセイは、小生にとってある意味、小説を書くためのネタ探しのようなもの。エッセイでは障りに留まるものも、小説(虚構)でなら想像の翼に任せるだけです。だからこそ、虚構作品を書くって楽しい(怖い面もあるけど)。

投稿: やいっち | 2006/06/17 07:43

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