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2006/06/23

藤原作弥…香月泰男…蜘蛛の糸

 今、何かと話題の日銀総裁・福井俊彦氏と対比する意味もあるのだろうか、昨夜、NHKラジオから日銀の副総裁を勤められたこともある藤原作弥氏の話が聴こえて来た。
(余談だが、ネット検索で関連情報を探すのに、藤原作弥氏の名前をすぐに思い出せなくて、最初、「藤原咲平」で検索していた。何か、変?! 当然だ。別人だもの!  06/06/25記)
 車中にあって、聞くともなしに聞いていた(まあ、一応は仕事中なので、一心に聞き入っていたとは言いづらい)。
 同氏の父は、民俗学分野の比較言語学研究者で、主にウラル・アルタイ語関係に関心を持ち、フィールド・ワークを常とされていたとか。祖父はジャーナリスト。
縄文東北人の「放浪型」DNA」が、ご自身の自己紹介として面白い。

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← 紫苑さんに戴いたエスカイヤ花束の加工画像です。「ディモルフォセカ」を覗いてみてね。

私の昭和史体験』など参照。
 やがて研究の場は大陸となり満州へ。藤原作弥氏らも父に付き従って満州へ。
 話の内容は、今日は扱うつもりはないが(覚えていないし)、戦争が終わっての帰国の際の辛酸が語られていた。軍やその関係者はさすがに情報が早く、ソ連が日ソ中立条約を破って日本側に宣戦を布告、「9日午前零時を持って戦闘を開始、樺太・千島列島及び、事実上日本の植民地であった満州国等へ侵攻した」ことを知っており、大陸からの撤退を逸早く敢行したが、一般民間人は置き去りになってしまった。
 要するに民間人を遺棄したままに自分たちだけがさっさと逃げ出したわけだ。
 この日本軍の体たらくは沖縄戦と同様のようだ。

 藤原作弥氏(や彼の父)は、「昭和 20 年8月 10 日、ロシア軍が満洲に急進撃してきたときは、こうした父のポストのお陰で、その日最後の貨物列車での脱出が成りました」。
 が、「一方、私たちが住んでいた満蒙の地の日本人約 1200 名は徒歩での脱出を試みざるを得ませんでした。成人男子は皆戦場に召集されましたので、その構成はほとんどが老幼と女子でした。逃避行の列は糸のように長く続いていたそうです。 それが突然ロシア軍から攻撃に遭いました。戦車や装甲車などが中心の奇襲でした。気絶した人など運良く数 10 名が助かったのみ、その大量殺戮は筆舌に表わしがたい惨劇だったそうです。後に調べて分かったことですが、30 名ほどいた私のクラスメートのうち3名ほどが生存、そして2、3名が残留孤児となり、あとは虐殺されました。この時に学友のほとんどを亡くしていたのです。」

 藤原氏の話によると、「こうした事実は、高度成長期、飛ぶ鳥も落つ勢いの日本に生活し、新聞記者として取材活動を職としているうち知り得たものでした。今ある繁栄は彼らの犠牲の上に成り立っている!愕然としました。そして私自身が精一杯を生きて、あの戦争のことをきちんと調べ上げ、語ってゆかねばならないと決意しました。」というわけである。
 上掲のサイトは、違う話題になっていくので、あとは当該の頁を覗いてみて欲しい。李香蘭のことなど、同氏のジャーナリストとしての原点が書かれていて、興味深い。

Kaduki

 この話を未明に聞いたせいなのだろうか、木曜日の夕刻、図書館へ行って、書架を物色していたら、なんとなく足が美術書のコーナーへ。目は当てもなく泳いでいるだけなのだが、心の中は何かを捜し求めていた…のだろうか。
 手にしたのは、立花隆氏著の『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』(文藝春秋)なのだった。
 舞台は満州とシベリアと異なっているが、大陸での悲惨な戦争体験は共通する。どちらも生き残りであり、蜘蛛の糸にも似た道を伝って帰国を果たした。残留し亡くなった人々への思いを残して。

 小生は今、立花隆氏著の『天皇と東大 上 日本帝国の生と死』(文芸春秋)を読んでいる最中なのだが、その磁力もあって立花隆氏の名が目に留まったのか。
 題名から察せられるように、シベリア抑留体験のある香月泰男の世界が描かれている。
 本書については後日、感想を書くかもしれないが、今はその余裕がないので、内容などについては、「自分磨き日記『シベリア鎮魂歌--香月泰男の世界』立花隆著、文藝春秋刊を読む - livedoor Blog(ブログ)」を参照願いたい。
 来週辺りから読み始めると思うが、改めて絵画も含め、香月泰男の世界に浸ってみたい。
文藝春秋|本の話より|自著を語る 「戦後最大の画家・香月泰男」と私 立花隆」が参考になる。

 さて昨夜はほかにも興味深い話をラジオで聞けた。それは、「蜘蛛の糸」の話。といっても、学校の教科書などで馴染みの芥川龍之介が書いた「蜘蛛の糸」を朗読で聞いた、というわけではない。
 最近の研究で、そのものズバリ「蜘蛛の糸」が人類がこれまで作ったどんな縄(ロープ)より強靭だという科学に関係する話題だった。
 残念ながら小生のこと、話の詳細は聞き漏らすか、聞いても左の耳から右の耳へ綺麗に突き抜けていってしまっている。
 一昨年の情報となるが、「知識の宝庫!目がテン!ライブラリー 人がつれる!? クモの糸   第744回 2004年8月8日」や、こちらは最新の記事である「やっぱり強いぞクモの糸 人間ぶら下げ、実験で証明」を参照願いたい。

 後者の記事によると、以下のよう:
芥川竜之介の「蜘蛛の糸」のように、人間がクモの糸で作ったロープにぶら下がる-。
 大崎茂芳奈良県立医大教授(生体高分子学)は23日までに、それが実際に可能なことを実験で確かめた。
 コガネグモ約100匹から3カ月かけて、太さ5マイクロメートル(マイクロは100万分の1)の糸を採取。約19万本の束にして長さ約10センチ、太さ約4ミリのロープを作り、ハンモックのつりひもの一部に使った。このハンモックに体重65キロの大崎教授が数分間乗ることができた。理論上は約600キロまで耐えられるという。」

 さて、話は変わるというか、一応は繋がっている…。
『蜘蛛の糸』(くものいと)は芥川龍之介が1918年(大正7年)に雑誌「赤い鳥」に発表した子供向けの短編小説」だという。
 有名な話なので、今更ネタバレもないだろう:
「カンダタは大泥棒や人殺しと様々な悪事を行った為に地獄に落とされてしまいました。しかし、生涯で一度だけ善い事をした事がありました。それは小さな蜘蛛を助けたこと。そこでお釈迦さまは、地獄の底のカンダタを極楽への道へと案内するために、一本の蜘蛛の糸を、カンダタに下ろしました。
カンダタは蜘蛛の糸をつたって、地獄から何万里も上にある極楽へと上り始めました。ところが、糸をつたって上っている途中でカンダタはふと下を見下ろすと、数限りない罪人達が自分の上った後をつけていました。このままでは糸は重さによって切れて、落ちてしまうとカンダタは思いました。そこでカンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだぞ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ。」と喚きました。次の瞬間、蜘蛛の糸がカンダタのぶら下がっている所から切れてしまいました。カンダタは再び地獄に落ちてしまいました。
 お釈迦さまは極楽からこの一部始終をご覧になっていました。自分だけが地獄から抜け出そうとするカンダタの無慈悲な心が、お釈迦様には浅ましく思われたのでしょう。」
 とっても、深い内容の、教訓に満ちた子供向けの話…。

 が、小生はこの話を初めて知った時、お釈迦は実に厭らしい人だと思ってしまった。童話の形に易しくされた本を読み聞かされたりした、あるいは劇(漫画)で見た際、お釈迦様は老獪な方だと感じたのだ。

 だって、あの蜘蛛の糸に人がぶら下って、えっちらおっちらのぼれるはずがないじゃない!
 それに、目の前に一筋の糸がぶら下ったら、誰だって、助かりたいと思うに決まってるじゃない。
 だって、蜘蛛の糸だよ。カンダタでなくたって、ダメだよ、俺のためにお釈迦様が下ろしてくれた命の糸なのだ、他の誰もぶら下っちゃいけないって思うし、助かりたい一心で叫ぶし、あるいは他の奴らを蹴落とす事だってありえることじゃない!
 けちけちしないでさ、蜘蛛の糸の百万本も垂らしてみろって!

 ホントは、お釈迦さん、カンダタを助けるつもりなんて、最初からなかったんじゃないの。蜘蛛の糸を下げたのは、カンダタを玩ぶためじゃなかったの。
 ご自身は天国か極楽か、いずれにしても悟りの世界で安住されているから、暇を持て余していて、それで、よし、ここは一つ、バカな奴をからかって愉しんじゃえ、面白い人間ドラマが見られるぞって、ほくそ笑んでいたんじゃないのって、思った。
 なんたって、「幸福な家庭はみな似通っているが、不幸な家庭は不幸の相もさまざま」なのであって、お釈迦さんは幸福な境涯にあるのだろうしね。下界を、つまり人間共の世界を眺め下ろして高みの見物…。
 でも、見飽きて退屈してしまい、とんでもないアイデアが閃いてしまった…のでは。

(だから人は悟りの境地を最後まで拒む生き物なのかもしれない。)
 このような裏読みで芥川龍之介作の「蜘蛛の糸」を読むと、実に味わい深い。
 一体、作者の芥川龍之介は、何を意図してこのような作品を仕立てたのだろう。やはり童話のつもり?
 うーん、やっぱり、あの世でお釈迦様に意地悪されちゃ困るし、素直に慈愛に満ちた話として読んでおくべきか。

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コメント

TBをいただき、また、貴ブログにて、ご紹介をいただきありがとうございます。

内容の濃い国見様のブログ拝見させていただきました。これからもお邪魔させていただきたいと思いました。

投稿: elma | 2006/06/23 17:41

elma さん、TBだけして失礼しました。日々、気持ちの篭った文章を綴られていますね。
お疲れモード、少しは落ち着かれましたでしょうか。
野十郎、初日に観てこられたのですね。野十郎ショックは多くの方が受けられたようです。香月泰男や野十郎…、こんな画家が日本にいた…。妙に嬉しくなってきます。

投稿: やいっち | 2006/06/24 07:34

「蜘蛛の糸」の裏読み面白いです。なにやらアダルト童話のようないかがわしさもある。そう考えると、たとえばドイツ神秘主義なんかの見えざる手の影響もありますね。ただそうした裏読みをした事無かったです。

強引にサッカー話ではないですが、周りが見えないというのは荒廃の真骨頂で、上述の総裁などを正しく批判出来ないとなると、知らぬ間に屋台骨が崩壊と言う事になりかねない。実際大分危ない状況もある様子。既に海外に資金を移した者は、あとは日本経済がどうなろうが知った事では無い。あまりに見えざる手を感じていない日本国民が多すぎるようです。と言うか、真実を凝視するのを恐れている。眼を確りと開けないで細めに開けてうつむき加減のまるで都営地下鉄の乗降客のようです。そう言えば、芥川にはそうした認知の短編が多いですね。

投稿: pfaelzerwein | 2006/06/24 16:41

pfaelzerwein さん、小生のは自分で書いていながら変ですが、裏読みというより、ちょっとひねくれた感じ方・見方。でも、ガキの頃の率直な感想です。

総裁の件は、なかなか微妙な問題。単に総裁のモラルの問題だと矮小化しようと政権は必死。
でも、あんな総裁に信頼など置けるはずもない。あんな総裁を任命したままの日銀の政策に信頼が置けるはずもない。日本が国内どころか海外からも今以上に(小泉首相の靖国参拝で日本のモラルの低さが露呈している)碌でもない国だと看做されてしまう。
金持ちは日本を逃げ出すね。みんな賢いからね。

投稿: やいっち | 2006/06/24 22:08

この記事へのアクセスが今日、突然、増えた。
調べたら、「NHK次期会長新候補に藤原作弥氏」というニュースのせいだった:
http://www.daily.co.jp/gossip/2007/12/22/0000778626.shtml
 NHKの次期会長人事をめぐり古森重隆経営委員長(富士フイルムホールディングス社長)の議事運営を批判した菅原明子委員が21日、日銀副総裁を務めたジャーナリストの藤原作弥氏(70)を会長候補に推薦する意向を明らかにした。藤原氏は正式な依頼を受けておらず、困惑しているという。

 古森委員長は、アサヒビール相談役福地茂雄氏(73)を軸に会長人事の最終調整を進めており、25日の経営委で決定したい意向だ。

 ただ、選出には委員12人のうち9人以上の賛成が必要で、福地氏以外を推す声が高まれば、新会長の選出は混迷することになる。
                    (以上、転記)

投稿: やいっち | 2007/12/22 23:04

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