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2006/06/11

「没後30年 高島野十郎展」始まった!

没後30年 高島野十郎展」が三鷹市美術ギャラリーにて始まった。
 首を長くしてこの日を待っておられた方も、小生のブログを覗かれる方の中に結構、いるのではと(アクセス解析などのデータからも)推察される。
 小生はこれまで高島野十郎関連の記事を二つほど書いてきた(末尾を参照)。
 さらに、高島野十郎というより、蝋燭の焔に焦点を合わせるというやや変則的な形ながら、「バシュラール…物質的想像力の魔」(2006/06/07)の中でも扱っている。同時にこの記事では、高島野十郎の伝記本である多田茂治著の『野十郎の炎』(葦書房)を読了した、ひいては近日、本書の感想文を書くと予告(?)している。

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 こうまでしている小生のことだから、きっと「没後30年 高島野十郎展」の開幕の日に展覧会に足を運んだろうと思う人がいるやもしれない。
 さにあらず。小生の腰の重さは、並大抵のものではないのだ。体調が思わしくないこともあって(前日の金曜日はサッカーを見ながらロッキングチェアーで夜明かししてしまった。そのせいもあるのかどうか)、動く気になれない。
 まあ、実のところ、立花隆氏著の『天皇と東大 (下)』(文芸春秋)が面白くて手放せず、金曜日から土曜日の夕方近くにかけて残りの三百頁ほどを一気に読みきったのである(本書については、あまりに中身が濃く情報も膨大なので、逆に「今年も…ハッピーバースデー・ツーユー!」でメモ書きするに留めざるを得なかった。とにかく面白く、小説を読むように読み進められるので、一読を、と思う)。
 その余勢を駆って、小熊英二氏著の『〈民主〉と〈愛国〉 ――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)を読み始めた(『天皇と東大 (上)』がいつ借りられるか見通しが立たないこともあるし)。これがまたすこぶる面白い!
 
 幸い、土曜日の夜半近く、「美術散歩-ルネサンスから抽象絵画まで」のとらさんから、コメントとTBを賜った。
 そのコメントが凄い。「この展覧会の初日に行ってきました。そこで偶然に「野十郎の炎」の著者多田茂治氏にお会いしました」というのだ!
 展覧会のレポートはとらさんのブログ「Art & Bell by Tora 没後30年 高島野十郎展」や、ホームページである「美術散歩」の中の「美術館散歩06-2 没後30年 高島野十郎展:三鷹市美術ギャラリー」などにて読める。
 いつ行くか分からない、行っても碌なレポートの書けない小生より余程、紹介し甲斐がある!
 また、『野十郎の炎』の新装版が展覧会の場で売られていたとか。

 さて、今日は、多田茂治氏著の『野十郎の炎』(葦書房)の感想、というより、アトランダムなメモを綴っておきたい。
 本書に付いては、既に、ブログにて紹介した「外科医・山内昌一郎のホームページ」なるサイトの中の「野十郎の炎」という頁にて、簡潔だがそつのない紹介がされている。
 その上で、本書を紹介するのだから、屋上屋を架すということにならざるをない、だからこそのメモ書きである。

 まず本書には高島野十郎の「絡子をかけたる自画像」「からすうり」「満月」「すいれんの池」のカラー画が載っている。展覧会へ足を運ばれて本物を見る機会があった人も、あるいはこれからその機会を設けるという人もいるだろうが、高島野十郎が蝋燭の画で有名なのだとしても、他にも傑作があることを老婆心ながら強調しておきたい。
 念を押しておくが、今なら「三鷹市美術ギャラリー カレンダー」にて野十郎の絵の画像を見ることが出来る。

 病臥しがちな八十四歳の野十郎を八十八歳の姉が柏のアトリエに訪ねてきた。病院に入れと勧める姉に弟は頑固に断り続けた(最後は力づくで入院となる。野田市の特別養護老人ホームで亡くなる)。
 弟は郷里の和泉(いずみ)にではなく、温石(おんじゃく)に帰りたいと姉に伝えた。久留米市の郊外にある、野十郎が若い頃は未だ温泉地だった場所で、野十郎の生家から最も近い温泉場。
 ここは、野十郎の中学明善高の先輩であり、野十郎の長兄である宇朗と親交のあった画家・青木繁も、近辺の山並みを歩き、温石で湯浴みしていたとか。
 野十郎は生家とは断絶していて、青木繁が死の床にあって願ったようには、その地に骨灰を埋めてくれとは願いようがなかった。
 けれど、野十郎にとっても、姉にとっても温石周辺の地や湯は想い出の多い地だったのである。
 ネット検索してみたら、「温石の湯  久留米市高良内町」なるサイトが見つかった。野十郎との関わりに付いては、一言もないが、恐らく当該の地なのだろうと思われる。野十郎が若き日を過ごした当時の風情は残っているのかどうか、「地図を頼りに着いたところは、むかしを偲ばせる木造建築の宿屋が1軒だけの、静かな佇まいであった」とある。
 やはり、台風の影響があってか、温泉宿は廃業していたとのこと。

 温石には帰れなかったが、温石の湯とは耳納の山なみを隔てた北麓の久留米市山本耳納の曹洞宗の古刹・観興寺の境内に野十郎の碑が建てられている。
 観興寺や野十郎の碑なども含め、「BLOGわん高島野十郎と観興寺」が詳しく参考になる。

 蝋燭が重要な燈火だった時代、筑後は櫨(はぜ)の木の多い地だった。
ハゼ(櫨)」なる頁を覗いてみよう。
「別名:ハゼノキ(櫨の木),リュウキュウハゼ(琉球櫨),ロウノキ(蝋の木)」であり、「果皮から蝋をとるのでロウノキという別名があります」と説明されている。
 そう野十郎の地元では櫨(本書では「はじ」とルビが振ってある)を商う長者がいたほどに櫨に依存していたのである。姉も櫨の分限者に嫁いでいる。
 その櫨(から取れる蝋)産業も、蝋燭の需要が衰えると共に一気に衰亡の一途を辿る。
 蝋燭の燃え、そして燃え尽きる様は、地元の盛衰そのものでもあったのかもしれない。
 但し、野十郎の生家は酒造業で財を成した。

 同時に、「仏心厚く、臨在禅から真言宗に親しみ、空海の『秘密曼荼羅十住心論』を座右の書として、晩年は、秩父三十四ヶ所や小豆島八十八ヶ所の札所めぐりをしていた野十郎にとって、人の世の闇を照らす蝋燭の炎は、仏の慈悲の光であり、与えられた命の炎であったろう。」

 野十郎は親しい友人や知人に蝋燭の絵を与えたとき、こう洩らしたことがある。
「一本一本、どういうときに、どういう気持ちで描いたか、全部、説明できるよ。おれの絵の蝋燭はみんな生きとるんだよ」

 あああ、本書の十分の一も紹介していないのに、これだけ長くなった。
 どうか、展覧会へ足を運んでみてください。できればその印象や感想など寄せてくれたらと思います。
 参考になるかどうか、小生は、高島野十郎については、これまで以下の二つの記事を書いた:
「土屋輝雄・久世光彦・高島野十郎…」(2006/03/06
「もうすぐ「没後30年 高島野十郎展」」(2006/05/18

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コメント

おお、いまからちょうど行くところです。
レポートは帰ってきてからということで。
弥一さんがこの画家にそんなにもこだわる理由をちょっとうかがいたいですね。

投稿: oki | 2006/06/11 13:38

こんばんは~、ご紹介ありがとうございました。
昨晩はアクセスが集中したせいか、
当該記事だけ開くと真っ白になって焦りました、汗;

朝になってなんとか開くことができて一安心です。
なんだったんだろう・・・
野十郎展の、やいっちさんの記事を楽しみにしてます。

投稿: bali | 2006/06/11 21:59

okiさん、さすが行動が早いですね。
レポート、楽しみにしています。
小生が野十郎に拘るのは、絵に尽きます。
今の所、絵を見ての感想は書いていませんが、それは本物を見てから改めてと思っているからです。
いつ、行けるか分からないけど、とにかく実物を見たいね。

bali さん、記事、とても参考になりました。TBだけして失礼しました。
ブログには書ききれないし、自分で観興寺近辺へ行くのも現状では無理そうなので、とにかく人様の力を借りまくっています。
野十郎の絵を見ての感想は、後日、なんとか。

投稿: やいっち | 2006/06/12 07:04

baliさんへのレスは、baliさんのサイトにさせてもらったけど、ここには書いていない。
ので、念のため転記しておく:
bali さん、来訪、コメント、ありがとう。
TBだけして失礼しました。
記事、とても参考になりました。
ブログ、とても、見やすく読みやすい構成になっていますね。
見習いたいけど、小生にはそのセンスはないみたい。
あれこれ雑多なことを書いています。
ブログには書ききれないし、自分で観興寺近辺へ行くのも現状では無理そうなので、情報については、とにかく人様の力を借りまくっています。
野十郎の絵を見ての感想は、後日、なんとか。
     (at June 12, 2006 12:42)

投稿: やいっち | 2006/08/04 08:43

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