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2006/05/03

世界で最も乾いた土地

 アリエル・ドーフマン著の『世界で最も乾いた土地―北部チリ、作家が辿る砂漠の記憶』(水谷 八也訳、ナショナルジオグラフィック・ディレクションズ、早川書房)を読了した。
 静謐なる感動を覚えた…と書きたいが、何処か茫漠たる、掴みどころのない憤怒のようなものも、感動という大河の底で渦巻いているようでもある。苦い読後感。

 本書については、「久々の読書拾遺」の中で既に若干の紹介を試みている。
 再度の転記となるが、レビューが簡潔に梗概を示してくれているので、以下、余談を綴る前に、一読しておいていいだろう:
「ノルテ・グランデ―チリ北部の砂漠地帯は一滴の雨も降らない世界一乾いた土地。すべてを砂漠で覆い、過去をも腐食させることなく保っているそこで目にするのは世界最古のミイラ、南北アメリカ大陸最古の足跡、かつて権力者たちが覇権を争った硝石鉱山、一時の夢のように花咲いた工場街の跡、そしてピノチェト政権によって親友が銃殺された現場…。旅はいつの間にか、砂漠の近代史、人類の歴史、さらには生命の起源をも現在に重ねた時間を巡る壮大な瞑想となっていく。無尽蔵に貯め込まれた“砂漠の記憶”が紡ぎ出す過去と未来から垣間見える現在の意味とは…。 」
 この「南米チリで1万3千年前の人間の足跡の化石が発見された」のも、「世界一乾いた土地」柄の賜物なのだろう。
 本書は人類史に近代史、そして現代に生きる人々の亡くなってしまった人々、殺されてしまった人々への思いとが幾重にも重ねられて綴られている。
 人は今に生きているし、これからを生きるのだけれど、過去のない人はいないし、まして過去を引きずらない人などいない、ある程度以上の年代の人でそうした人がいたら、むしろ怖いくらいのものだろう。
 作家のアリエル・ドーフマンは、独裁政権によって惨くも殺されてしまった親友の、あるいはそのほか多くの語ることのない、語りえない、あるいは空漠たる虚空に叫んだであろう言葉と思いを今を生きている人々の伝手(つて)や思い出を頼りに探り出そうとする。
 その結果、何が見出されたか…。
 本書はカフカの城のような迷宮を壁伝いに、痕跡を糸口に、尋ねまわり、少しずつ、あるいは思いがけない僥倖に恵まれて一気に、真実が見出されるその過程こそに味わいを求めるべきなのだろう。

 小生などの感想など脇に退けておいたほうがいいだろう。
 それより、例によって余談である。

 冒頭付近で苦い読後感と書いているが、その因って来る一端は、「ピノチェト政権」の顛末にもある。拷問などで虐殺された人々も、「連行されたまま帰ってこない人々は、恐らくは殺されたのだろうが、その死亡を確認することもできない」ことにある…。
 ここでは深入りしないが…、「Letter from the wind 3 Today 10月5日 ピノチェト政権が失脚(1988年)」などを参照願いたい。
 そして苦い思いとは、ピノチェトの顛末を見るとご理解頂けるかもしれない:
ピノチェト事件=中南米新聞
 そう、一番の責任者は高齢と病気とで逃げ切ったわけである。
 殺されたもの、連れ去られたものは、殺され損というわけか。

 南米チリは、特に近代においては硝石、特にチリ硝石に翻弄された。
硝石 - Wikipedia」によると、「硝石(しょうせき)とは、硝酸カリウム (KNO3) を主成分とする天然に産する硝酸塩の混合物のことであ」り、「火薬、染料、肥料など窒素を含む化学物質が必要な製品の原材料として、歴史的に用いられてきた。特に加熱すると硝酸イオンが分解して酸素を発生するため、火薬製造における酸化剤として重視されてきた。また、食肉保存において食中毒の原因となる細菌、特に塩漬け豚肉の食中毒の原因となりやすいボツリヌス菌の繁殖を抑制するためにも用いられ、塩漬け加工に際して塩とともに肉にすり込む事が古くから行われてきた」という。
 但し、チリ硝石は成分がやや違う。「主成分は硝酸カリウムではなく、硝酸ナトリウムであ」り、「チリ硝石は南米チリから大規模な鉱床が発見されて近代になって資源開発が行われ、ハーバー・ボッシュ法の発見以前には世界的に重要な窒素工業の原料となっていた」とか。
「チリ硝石は南米チリから大規模な鉱床が発見されて」、一種のゴールド(チリ硝石)ラッシュが起きたわけである。僅かな賃金で数多くの労働者が掻き集められ、しかも賃金といいつつも鉱山や隣接する工場街近辺でしか使えない金券であり、過酷な労働環境の改善を求めて労働者が立ち上がると、数千人単位で虐殺されてしまう…。

 が、ハーバー・ボッシュ法(「無尽蔵にある空気中」からチッソを得、硝酸を精製する方法→「@niftyディフェンス・レビュー・フォーラム(FDR) フリッツ・ハーバー」参照)の発見で、人為的にチリ硝石から生成されるものの代替物の生成が可能になると、途端にチリ硝石の、鉱山の存在意義が消滅し(コスト面での幾許かの競争・競合を経てのことだが)、つまりは鉱山で働く人々の働き口がなくなる。廃鉱となってしまうわけである。
 想像されるように、珪肺(けいはい=塵肺の一種。「肺にケイ酸が沈着する疾患。ケイ酸を含む粉塵が吸入され肺胞に至り上皮細胞に沈着し、繊維増殖が起こって肺機能が障害される」)に犯され、結核に悩まされての労働だったのだが…。
 それに代わって、次はチリの銅が注目を浴びる。銅は今も漁業と並ぶチリの重要な産業のようだ。

 本書には、チリの各地が登場するが、「イキケ」という「不思議な響きを持った街」が特に印象的である。ここ「イキケ【IQUIQUE】」こそが、「硝石(チリ硝石)産業で栄え,今は漁業(魚粉の輸出)が主要産業である」本書の焦点となる町なのである。
イキケ【IQUIQUE】」を覗くと、ゴーストタウンと化した工場跡の画像などを見ることができる。
わたしたちのチリ」なるサイトにお邪魔すると、「イキケ」のほか、同じく話の拠点となる「サン・ペドロ・デ・アタカマ」、そして「人類に未来を警告する島として,1995年世界文化遺産に指定」された「イースター島」などを観光することができる。

 チリというと、1960年5月22日に発生したチリ地震を思い起こしてしまう人は今も日本(三陸海岸沿岸地方など)には少なからずいるかもしれない。チリの「港町付近ではいまでも建物崩壊の爪跡が残ってい」るとか。

 ところで、「チリ硝石の生成原因にはさまざまな説があり、確定していない。 有機原因説としては、海草など植物起源説、野鳥の糞など動物起源説、無機原因としては稲妻など気象現象起源説、地殻活動による説などがある。 現時点で最有力視されているのは、一番最後の説である」という。

「野鳥の糞」とは、「グアノ」のことで、「グアノとは 鵜( う )の一種であるグアナイ”Guanay ”という鳥の糞( ふん )が堆積( たいせき )し 石化したもので 良質の燐( りん )肥料となる」もの。
 この「グアノ」やチリ硝石を巡って(つまりは国境線の引き方を巡って)やがて隣国のボリビアと「太平洋戦争(Guerra del Pacífico ) といわれる戦争に発展」したのである(別名「硝石戦争」→「@niftyディフェンス・レビュー・フォーラム(FDR) フリッツ・ハーバー」参照のこと)。
 但し、今もチリ硝石は野鳥の糞が堆積したものという説が完全に否定されたわけではないようだ。

 ここまで来たからには、ちょっとだけ、「ボリビア国の概況(地理・歴史)」を覗いてみるのもいいかもね。

[ この記事を書き上げてから朝日新聞(5月3日付)を読んだら、折しも「ボリビア 天然資源、国有化 南米「反米左派」の潮流に」という表題の記事が載っているではないか。詳細は略すが、「南米ボリビアのモラレス大統領は1日、国内の天然ガスや石油の国有化を宣言し、軍を国内のガス関連施設に常駐させた。今年1月、先住民として初めて同国の大統領に就任したモラレス氏は、新自由主義経済を批判し、「国民の富を外資の収奪から守る」などとして、資源の国有化を公約にしていた。資源の国有化は、ベネズエラのチャベス大統領も進めており、南米の「反米左派」政権で一つの潮流となりつつある。」などいったもの。 (当日追記)]

[ 過日より、マーカス・デュ・ソートイ著の『素数の音楽』 (冨永 星訳、新潮クレスト・ブックス)を読み始めている。「白鯨」など、久しく文系の本を読んできたので、そろそろ理系(勿論、啓蒙書)の本を読みたくなっていたところ、この本が図書館で目に付いたのだった。
「21世紀最後の謎「リーマン予想」に挑む天才たちのスリリングな闘い」とか、「2,3,5,7,11,13…規則性があるようで、気まぐれな振る舞いで数学者を惑わせる素数。「数の原子」と呼ばれるこの素数に取り憑かれた数学者は数多い」といった内容。
 読み始めたばかりなのだが、今日の朝日新聞(5月3日付)にミレニアム問題の一つ「ポアンカレ予想」ロシアの学者証明か」という記事がデカデカと載っているではないか。さすがに同じく大数学者ヒルベルトが20世紀の課題として提示していた数学の難問、リーマン予想とは違うが、思わずリーマン予想が解決かとドキドキワクワクしてしまった。 (当日追記)]

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