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2006/05/15

田中恭吉の版画に再会する

 絵は描くのは苦手だが、観るのは好きで、美術関係の本も買うし展覧会や画廊へもしばしば足を運んだ。大概は名前は知っているが実物を観るのは初めてで、実物に対面する喜びを感じる。
 で、その余韻を少しでもというわけでもないが、美術展があれば画集(図録)を売っている限りは入手に努めてきた。
 というより、画集は本屋さんで求めるのではなく、あくまで展覧会へ行った記念に図録を手元に置くというポリシー(?)だったのである。
 結構、その点に付いては依怙地なところがあって、画集というと、美術全集とかあるいは画集の形で出版社から刊行された本ではなく、図録に拘るというのは基本的に続けてきたように自負(?)している。

060516tingentuki

→ 青梗菜さんからいただいた月の画像です。題して「月に吼える」だとか。小生には月を呼ぶように願っているというメッセージを送ってくれました。
 そういえば、この頃、なかなか月影に恵まれない。曇りがちの日が多い。夜、月影があの辺りにあるなと分かっていても、分厚い雲が視界を遮る。

月影を面影に見て募る恋

 そうはいっても、数年前に経済的に不如意になってからは展覧会へも足が遠退いていった。交通費や入場料もさることながら、小生は美術展に行ったなら必ず図録を手にして帰るというパターンへの固執の念を自分で払拭することができなかったのである。
 そうして展覧会の類いから縁遠くなって、それでも、絵を観たいという気持ちは抑え難いものがあり、ついつい画集を入手してしまうようになった時期も僅かだが、ないではない。

 その僅かな時期に買ったうちに、例えば、「玲風書房 日本現代版画シリーズ」の『清宮質文』(玲風書房 92年)があり、「田中恭吉作品集」(97年)がある。
 但し、清宮質文については、展覧会で二度、見(まみ)えることが出来たし、簡単なレポートを書いたり、当然ながら図録も買い求めている。
 一方、田中恭吉については、玲風書房から届いたパンフレットを見て、画集を衝動買いしたのだった。
 つまり、実物には出会えていないのである。

 小生は本だと、それこそ帯から表紙から背表紙、目次、本文、あとがき、索引と、最初から最後までを通して読むか目を通さないと、読了したという気持ちになれない性分である。
 図書館の本だろうと、買い求めた本だろうと、本には裏面が真っ白な新聞の折込チラシで作った即席のカバーをかけて、頭からお終いまで順番に読んでいく。解説は基本的に最後に読むのを常としているのだが、本の編集で最初にあれば仕方なく最初に読む。
 融通が利かないのだ。
 カバーをつけるのは手垢で汚したくないし、図書館の本だと汚したくないのと同時に他人の手垢に塗れたくないという気分もある(ようだ)。

 それが、写真集や図録だと、順番は最初から、なのだが、写真乃至は画像だけを見る。つまり、解説の類いや目次も飛ばしてしまう。
 これは、昔、本を読むのに忙しかった頃、図録の類いは目当てのものだけ眺める、解説は、いつか読むべき本がなくなった時に、あるいはふと思い立った時にじっくり読めばいいという癖というか思惑が、そのうち写真集(図録)の類いは画像だけ見ればいいんだというふうに安易な方向に流れるに任せたままになったのだろう(と思われる)。

 こんなわけの分からないことを書くのも、実は田中恭吉のことを何も知らないで今日まで来たことを弁明(?)するためである。
 彼が夭折の画家だとは今日、ひょんなことから、たまたま知ったのだった。

 先に進む前に、田中恭吉の作品を幾つか観ておくのがいいだろう。
 といっても、紹介する頁には彼の生涯も記されている:
ART:田中恭吉:バチコムエンタテイメント
 絵に限らず、音楽も小説(文章)もセンスに関わる事柄だから、一目見て気に入った人は気に入るだろうし、そうでない人はそれなりの作品だと思うのだろう。
 小生は、出版社(玲風書房)から送られてきた出版案内のパンフレットを一目見て気に入り、即、申し込んだのだった(ああ、そんなことができた頃が懐かしい)。
 この頁の冒頭に、「自らの運命の行方に痛みを感じつつも残された「生」を作品に投影した田中恭吉(1892-1915)」とある。
 実を言えば、小生、この冒頭の一行で、あるいは頁の頭にあるロゴで田中恭吉が夭逝の画家だと知ったのだった。小生に見る目がないといえばそれまでなのだが、小生は、何故か勝手に田中恭吉は結構、熟した画業を実現できたものと決め込んでいた。思い込んでいた。
 自分でもどうしてそのように思い込んでしまったのか分からない。版画の数々を見ての印象から?
 だけれど、夭逝の画家という事実を知ってしまった(その意味で濁った、先入観一杯の?)目で観るからだろうか、どの作品を観ても、青春の影が濃厚である。
 影と言うけれど、陽の差す道への憧れであり、思わず知らず手が明るみへと差し伸べられてしまうのだけれど、しかし、我知らず何かに心が捩られ捻られ鬱屈した感情表現、行動となって表面に出てしまうということに過ぎない。
 同時に、「生と死の狭間にありつつも生きることの感動を激しく甘美に描き出し、その画風はビアズリーやムンクの影響がうかがわれる」とあるように、彼が持っていたかもしれない個性が十全に表現し切れていたか、あるいは本人が得心していたかかは分からない。

 田中恭吉というと、「萩原朔太郎の第一詩集「月に吠える」の挿画で」その名を知っている人も多いのでは(詩や文学や版画などに詳しい人は、版画誌「月映」を連想するのだろうが)。
 幸いにも、ネットの有り難さというものか、萩原朔太郎の田中恭吉に寄せる言葉を読むことが出来る:
萩原朔太郎詩集 月に吠える-故田中恭吉氏の芸術に就いて
 短い文章だし、「思ふに恭吉氏の芸術は「傷める生命(いのち)」そのもののやるせない絶叫であつた。実に氏の芸術は「語る」といふのではなくして、殆んど「絶叫」に近いほど張りつめた生命の苦喚の声であつた。私は日本人の手に成つたあらゆる芸術の中で、氏の芸術ほど真に生命的な、恐ろしい真実性にふれたものを、他に決して見たことはない。」といった一文を是非、一読してもらいたいものだ。
 小生は上で「我知らず何かに心が捩られ捻られ鬱屈した感情表現、行動」と曖昧な、当たり障りのない表現に留めているが、萩原朔太郎は、先の一文に続いて、容赦もなく、以下の一文に続く節で田中恭吉の画業の苦汁を抉っている:
「恭吉氏の病床生活を通じて、彼の生命を悩ましたものは、その異常なる性慾の発作と、死に面接する絶えまなき恐怖であつた。」
 萩原朔太郎は、「こころよ こころよ しづまれ しのびて しのびて しのべよ」と詩的に表現するが、この「こころ」の度し難いほどに熱く沸騰した肉を感じて辛い。

 田中恭吉の版画は、近年、静かに静かに見直されているようにも思える。
 そのことを示すかもしれない、興味深いサイトがあった:
Love Books » Blog Archive » 田中恭吉の版画

 冒頭に、「ここのところ本屋で田中恭吉の版画を装幀に使った本を何冊か続けてみかける。」とあり、以下、その例となる本の数々が紹介されている。
 田中恭吉の版画には、結構、意外なところで多くの人が出会っているのだろう。

 ところで、どうして今日、脈絡もなく田中恭吉などを採り上げようと思い立ったのだろうか。
 どうやら、これまた別の美術関係の会社から送られてくるパンフレットのせいだと思い至った。そのカタログには、清河宗翠の新作、ブロンズ像の『水浴び』の写真が載っていたのだ。
 官能的な裸婦像で、一糸纏わぬ若い女性が岩場に膝立ちし、両脇を後頭部に回して水を浴びている。パンフレットによると、「まばゆい輝きを放つ身体の充実(生命)を、裸婦の姿と清らかな水の流れに託した」と清河氏が語っているとか。
 前からの姿も魅力的だし、髪の優雅な流れもいい。それに、「腰のなめらかな曲線や腕の角度、尾てい骨や鎖骨。細部に至るまで、女体の美しさが実にみずみずしく象られた本作品は、見る者の心に深い感動を呼び起こす、裸婦像の名品です」ともパンフレットには書いてある。

 そのパンフレットには、他にも中国の彫刻家(陳耕)の手になる木彫りの岩場に横たわる裸婦像(『仲夏』)も紹介されている。
 それだけじゃない、高木彬光監修による、女性の体に施された刺青のビデオの案内も載っていた。
 暇に飽かしてというわけじゃないが、それらについつい見蕩れていたのだった。
 
 ここから、以前、買った小松みゆきがモデルで撮影がリウ・ミセキ氏の『乳房像』(スコラ)に飛ぶ。小生が失業時代に衝動買いした写真集の一つだ(小生は写真集はヌードモノしか買わないことにしている)。
 で、さらに、何故か、一気に田中恭吉へ飛んだのだが、その思考回路は我ながら分からない。

 無理に解釈したら、自分の意識ではそれなりの年まで生きた版画家と思い込んでいたが、脳みその奥では、あるいは脳髄というより腰の辺りの疼きが田中恭吉の画業を見直すんだよ、「かうした肉体の苦悩に呪はれながら、一方に彼はまた、眼のあたり死に面接する絶えまなき恐怖に襲はれて居た」んだよ、勘違いしたままじゃいけないよ、と囁きかけたのだろうとしか言えない。

 但し、萩原朔太郎の言う、「要するに、田中恭吉氏の芸術は「異常な性慾のなやみ」と「死に面接する恐怖」との感傷的交錯である」という見解は、いただけない気がする。若い男にとって「死に面接する恐怖」があったなら、性的交渉をもてるはずもなく、結果として「異常な性慾のなやみ」とは同義のはずだからだ。
 田中恭吉の画業とは、技術面はさておくとすると、「死を強く感じれば感じるほど、作品には「生への歓喜」が濃密に映し出されている」とあるように、死の恐怖あるいは凶暴なまでの性欲と相打つほどの「生への歓喜」、生への渇望との「感傷的交錯」だったと小生は思いたいのである。

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コメント

やいっちさん、こんにちは。
先日のブログへのコメント、ありがとうございました。

大変、読み応えのあるブログですね。
芸術に対する真摯な気持ちがよく伝わってきて、一つひとつ、ゆっくりと考えながら拝見しました。

投稿: Beikyu | 2006/05/15 12:45

Beikyuさん、試験合格、そしてケータイ・フォトコンテスト入選、改めておめでとうございます。
小生も負けじと頑張りたいけど、まあ、センスが今ひとつなもので。
画像はともかく、文章の量で勝負するしかない?!

投稿: やいっち | 2006/05/16 12:20

興味ぶかくブログを拝見しています、るなと申します。
田中恭吉さんの記事について、少し言いたいことがあるのです。

恭吉さんはプラトニックラブの人です。「異常な性慾のなやみ」も精神的なものなのです。弥一さんが肉体的なものとしてお書きになっていたのが、どうしても気になってしまったのです。
乱筆乱文すみません。

投稿: るな | 2007/12/24 10:40

るなさん、コメント、ありがとう。

「異常な性慾のなやみ」云々と書いているのは、本文にあるように萩原朔太郎です。
詳しくは本文やリンク先を読んでもらいたいのですが、ポイントは、「恭吉氏の病床生活を通じて、彼の生命を悩ましたものは、その異常なる性慾の発作と、死に面接する絶えまなき恐怖であつた。」という点にあります。

そう、小生も同感するのですが、まさにこの点こそ銘記すべき点であり、精神的な悩みです。

るなさんは女性なのか男性なのか分かりませんが、少なくとも若い男性ならば、まして死期の迫っていることを自覚する若い男性ならば、性欲も精神的な悩みも、分かつことの出来ない、彼の魂を震撼させる現実なのです。

また、仮に肉欲の発作であっても、何も問題があるとは思いません。性欲も精神の懊悩も共に人間存在の根幹に関わる大事なことだと考えるからです。

投稿: やいっち | 2007/12/24 16:27

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