昨日の記事「タクシー規制緩和の見直し」でコラムというか、 社会派ぶった一文を書いたが、続けて、今度は地方衰退の問題を取り上げようと思っていた。
朝日新聞で「しまなみ海道」が全線開通して、さて、地元は活性化したかというと、さにあらず、逆に地元の働き手も産業も流出してしまった、地方分権といいながら、実際は中堅的な地方都市は寂れる一方という記事が一面から二面に渡って大々的に載っていた。題名も「夢去り沈む中堅都市」とある。サブタイトルには、「今治 念願の橋 人は素通り」だ。
この記事(キャンペーン記事だろうか)に触発されて、東京在住だが、心は今も故郷である富山にある小生としては、富山と東京という観点からも、能を越えていることは重々承知しつつも、自分なりに俎上に載せてみたいと思ったのだ。
富山県については、新幹線が開通し富山市や高岡市には止まることを前提に街づくりが懸命に行われている。高速道路も縦横に走ってきている。
けれど、小生には重大な懸念がある。
それは、新幹線が通ることも、高速道路が走ることも頭から反対ではないが、実際には逆効果に終わるのではないか、富山の衰退に繋がってしまうのではと心配でならないのだ。
東京に居住する立場から、東京から富山を、あるいは北陸を眺めると、どう映っているか。
飛騨高山は小説にもしばしば登場するしドラマの舞台にも結構、選ばれる。新潟はというと、ちりめん問屋の御老体の出身地という設定になっているし、なんといっても新潟市は大都市である。日本有数の米どころであり、雪国としても真っ先にニュースに登場する。
隣県の石川県は必ずしも有名ではないが(すみません。テレビでの知名度ではそうでした)、しかし、加賀とか輪島とか金沢となると俄然、脚光を浴びる。作家も石川県は泉鏡花、桐野夏生、徳田秋声、室生犀星、深田久弥、唯川恵、加賀千代女と、輩出している。
越前(加賀)という名前はやはりドラマや小説の舞台に恰好だったし、これからもそのようである。
だが、わが町・富山はどうか。頑張ってはいるが、今ひとつ、脚光を浴びるというには、越後の縮緬問屋と加賀や越前という名前の間にあって、やや苦戦を強いられている。
で、そんな中、新幹線が通り、高速道路が充実するとどうなるかというと、要するに素通りされてしまいかねないのである。富山県への観光客は(小生の頑張りにも関わらず)新潟や石川(金沢・加賀)に比べ圧倒的に少ない。
それが今までは急行や特急だったのが、新幹線や高速道路となると、目詰まりのする細いパイプだったものが、思いっきり吸い込みのいい太いパイプになり、一層、通過する観光客が増え、のみならず、富山から人材が流出してしまう。都心などへ吸い込まれていく一方となりそうで怖いのだ。
若い人材の流出は今までもあったが、これからは中高年の方々さえも、ドンドン吸い出されていってしまうのではないか。一旦、外へ出たなら、戻ってこないのではないか。
交通の便が良くなったから、いつでも帰れると言いながら、実際にはお盆や正月に帰れば御の字という状態に一層拍車が架かってしまうのではないか。
そんな懸念が小生の小さな胸を悩ませている。杞憂で終わればいいのだけれど、新幹線の近々の開通を当て込んで街づくりをしても、大山鳴動して鼠一匹に終わるのではないか。当て込んだ観光客も素通りに終わるのではないか。
新幹線も高速道路も、ただの公共工事に終わってしまうのではないか。
小生は、前から主張しているが、とにかく魅力ある街づくりが先決だと思うのである。アルプスの山を歩いて越えてでも、やってきたい魅力ある町、福祉や介護や娯楽や町の景観や環境が充実した犯罪の少ない町にすることが何より先なのではないかと思うのだが、さて、どんなものだろう。
今、県や市がやっている事業は順番が違うような気がしてならない。
そんなことを書こうと思ったが、小生には任が重過ぎるので、話題を変える。
『真珠夫人』の話題に移る。
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