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2006/05/21

生命の起源 地球が書いたシナリオ

 中沢 弘基著の『生命の起源 地球が書いたシナリオ』(新日本出版社)を読了した。
Originnakazawa1

 車中で読むには嵩張るし、興味津々の話題を扱っているので、読みかけの本を差し置いて、一気に読んでしまった。

 版元である新日本出版社による紹介は、以下の通りである:
「生命は地下で発生し海に出た――依然、謎とされる「生命の起源」にまったく新しい観点から挑む探求。完全な無機世界からの有機分子の出現、生命の発生は、いつ、どのように起きたのか。解く鍵は、46億年のダイナミックな地球の歴史にあった。「太古の海は生命の母」という常識がくつがえる豊かな世界が見えてくる。 」
 この頁には、目次も細目に渡って載っているので、勘のいい人なら目次をつらつら眺めるだけで本書の概要が分かるかもしれない。

 著者の中沢 弘基氏に付いては小生は本書を手に取るまで全く未知の人だった。
 が、「生命の起源・地球が書いたシナリオ 紀伊國屋書店BookWeb」によると、「物質材料研究機構フェロー、1940年長野県生まれ。元東北大学大学院理学研究科教授、元無機材質研究所総合研究官、特別研究官、元日本粘土学会会長。主な受賞など―日本結晶学会賞(1978)、科学技術庁長官賞(1986)、井上春成賞(1992)、日本発明協会発明賞(1999)ほか。紫綬褒章(2000)」とあって、実績も業績もあって(本書の奥付けにある紹介もこの程度の著者紹介である)、その筋の人なら知らない人はいないのかもしれない。

「生命の起源」はいずこにありや、いかにして成るや、についてはこれまでも様々に語られ研究もされ、仮設も立てられてきた。

 どんな説が唱えられてきたか、興味深いところだが、ここでは詮索しない。
『創世記』の天地創造、アリストテレスの自然発生説 、オパーリン(コアセルベート)、パスツール(自然発生説の否定)、ユーリー - ミラーの実験、パンスペルミア仮説、etc.全般については、「生命の起源 - Wikipedia」など参照。
 他に、本書でも言及されているが、多くの人が興味深く読んだだろう、エルヴィン・シュレディンガー著の『生命とは何か』(岩波新書)など(「生物は周囲の環境から負のエントロピーをうまいぐあいに採り入れている」という、「松岡正剛の千夜千冊『生命とは何か』エルヴィン・シュレディンガー」参照)。

資源環境地球化学分野ホームページへようこそ」(―生命の起源と初期地球環境の解明に向けて― 東北大学)の「掛川武」なる頁には、そんな解明に取り組む研究者の実地調査そのほかの様子が画像を交え紹介されている。
「中沢弘基前教授が残されたアイディアと実験手法を用いてアミノ酸合成、ペプチド生成に取り組んでい」るということで、「キーワードは脱水、高圧、高温」だという。
 また、「現在は隕石が地球に落下した状態を模擬しアミノ酸を作る実験やアミノ酸を高圧状態で重合し、簡単なタンパク質(ペプチド)を作る実験をやっています」とも。

 重要なのは、「(3)海底熱水系で生命起源の手がかりを?」という項である。
「地球上に生命は、40億年ほど前に誕生したと考えられています。生命発生の説には、様々な考えがありますが、初期地球の海底熱水が生命起源の場であると言 う考えが有力になってきました。海底熱水活動は、現在でも普通に見られる現象です。現在の海底熱水噴出域には、多くのめずらしい微生物が見られます。これ らの微生物は、超好熱性微生物で、系統学的にもコモンアンセスター(全ての生命体の共通祖先)に近いと考えられています」というのだが、実は本書において(も)中沢弘基氏は、「初期地球の海底熱水が生命起源の場であると」いう考え方については肯定的であること。
 但し、「現在の海底熱水噴出域には、多くのめずらしい微生物が見られ」るのは事実だが、これらの微生物は、何処かほかで発生した微生物乃至は原始的な細胞が海底熱水噴出域に適応したと中沢弘基氏は考えているわけである。
 そんなことは研究者は百も承知だろうから、「初期地球の海底熱水が生命起源の場であると言 う考えが有力」であるというからには、あくまで「現在の海底熱水噴出域」での環境とは違うのだということを留意しておかないと誤解を生みやすいような気がする。

 生命が誕生するには、地球という星が誕生するメカニズムと深い関わりがあり、むしろ生命は生まれるべくして生まれたのではないかと中沢弘基氏は本書の中で強調されている。
 まず、第一は、本書の第一章にあるように、今世紀に入って地球観に大変貌が遂げられたし、遂げられつつあるということがある。今となっては(旧約聖書の記述を字義通りに信奉するのでない限り)大陸移動説は常識になりつつある。一般相対性理論が生まれ、量子力学が誕生した頃、この大陸移動説も産声を上げた(1912年にドイツのアルフレート・ヴェーゲナーが提唱し、さらに洗練されて1968年にプレートテクトニクス理論となる)…が、一旦は無視された。
 それが復活を遂げ、今ではさらに大胆で規模の大きなメカニズムが判明しつつある。

 つまり、大陸移動説で言う大陸は、所詮は「深さ約10~30kmまでの地殻」の移動に過ぎず(これも、唱えられた当初は大胆で気の遠くなるような説だったろう。なんたって大地が動いているのだ! 文字通りの<地動>説! こんなことがあっていいはずがないし、ありえないと直感的に感覚的に人が思っても仕方がない。あのエベレストなどの造山運動の規模の雄大さ)、二十世紀の後半は、マントルやコアの部分までの流動も含めてのメカニズムを考えるのが常識なのである。
 実際、「深さ約10~30kmまでの地殻」は人間的な日常の感覚からすると、文句なしに大地なのだが、地球レベルからすると、饅頭の皮よりもっと薄い部分に過ぎないわけであって、その下のマントルを考えに入れないと全体のメカニズムが捉えられないのは、分かってみれば、そりゃそうだということになる。
 実際には、地殻にプラスして、マントルの最上部(深さ約100kmまで)が固い地盤のようになっている。それでも、饅頭の皮より薄い!
 詳細は、「プレートテクトニクス - Wikipedia」参照。

 20世紀後半において生命の起源研究で画期を為したのは、「1959年、ジョン・バーナルによって粘土の界面上でアミノ酸重合反応が起きるとした『粘土説』が提唱された」ことにある。本書でもジョン・バーナルの説は高く評価されている。

 本書において重視されているのも、生命の起源と粘土鉱物とが深いかかわりを持っているという考え方なのである。
 単純に言うと、仮に原始の地球において何らかの有機物が生まれたとして、当時の大気も海も酸性で、有機物が誕生した瞬間から還元され無機物になってしまう、そんな過酷な環境だったと考えられてきている。
 そもそも水は万能の溶液なのだ。
 そんな中、粘土鉱物の中に取り込まれたほんの一部の有機物は、粘土鉱物という産着に守られて、その中で徐々に複雑な有機物に成り代わっていったのだろうというわけである。
 但し、粘土鉱物の研究もまだまだこれからという面があるようだ:
生物がその形成に関与する無機物質(生体鉱物)の形成機構の基礎的理解

 本書での著者の主張(生命誕生のシナリオ)は、以下に要約されている:
「地球上に有機分子が生成したのは四〇億~三八億年前頃、微惑星・隕石の海洋衝突による "有機分子のビッグバン" であり、そのうち有機分子だけが生き残って海洋堆積物に含まれ、堆積物の圧密過程で高分子に進化した」
「その海洋堆積物がプレートテクトニクスによって陸化する過程で熱水に遭遇し、大方の高分子が加水分解して消失した中で小胞状の組織を構成した高分子の組み合わせだけが生き残ったであろう」
「高分子の組織化はすなわち生命の発生」である。
 要は、「生命は地下で発生して海洋に出て適応放散した」というわけである。太古の海は生命の源ではなく、育ての親だということか。
 いずれにしても、生命誕生のシナリオを書く際には、有機化学からのアプローチと同時に地球科学の研究が不可欠になっているということだろう。

 本書でも言及されているが、「今日の生命の基礎にある巨大有機分子からではなく、微小な鉱物結晶―文字通りの粘土―から最初の生命はできていたのである。その後の進化的過程を経て、ある段階で、粘土生物からDNA生命へ大転換が起こった―これが、「遺伝的乗っ取り」である」という遺伝機構の鉱物起源説ということで、A.G.ケアンズ・スミス著の『遺伝的乗っ取り―生命の鉱物起源説』(野田 春彦・川口 啓明訳、紀伊国屋書店)も面白そうだ。
 粘土物質という環境の中で小胞状の組織を構成した高分子の組み合わせが生まれ、原始的な遺伝機構を獲得し、やがて海へ適応放散したと考えるわけだ。
「生命の起源に至る分子進化のプロセスが、単に時間を長くしただけの物理・化学現象ではなく、四六億年間、それぞれたった一回しか起こらない事件の連続した地球史の一部分であること」を論述している本書は、生命の起源に関する一般の常識とは異なっているが、じっくり読むに値する本であることは間違いないように思う。

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コメント

 こんばんわ。

 「生命の起源」って、どんなに調べても結局「これがおそらく正解だろう」というところまでしか調べられませんよね。
 なんてったって、その頃の生き証人がいたわけではないのですから。

 高校の頃、化学の先生に「どうして、無機質しかない地球上に私たちの祖である有機物が生まれたの?」ということを聞いたことがあります。
 結局そのときも「雷と塩水による化学変化だといわれている」という通説を教えてもらいましたが・・・・・。

 人類って、一体どこから来たんでしょうね。

投稿: RKROOM | 2006/05/22 00:15

こんにちは。
今日も何回か覗いておりました。
今日の画像も素敵。心のゆとりを感じます:
http://blog.goo.ne.jp/rkroom/e/67cadf2d4a78adf44d6c52e7910e3e23
かくありたいと思うけど、せっかちで頭の固い小生は、そういう世界に憧れるばかりです。

「高校の頃、化学の先生に「どうして、無機質しかない地球上に私たちの祖である有機物が生まれたの?」ということを聞いたことがあります」ってのは凄いな。先生も困っただろうな。
生命の誕生は、地球や宇宙の歴史のように一回限りのもの。
その意味で困難なのは想像を絶するものがあるのでしょう。
ただ、メカニズムというのは解明が可能なような気がする。
生命の誕生、人類の誕生、人間の誕生なども含め、地球が太陽の周りを回っていること、地球が丸いこと、大地(地殻)が動いていること、人間はサルの仲間であり微生物と基本的な構造、あるいは根幹は一つであること、そういった個々の事実を認識したそのカルチャーショックのほうが大きかったりする。未だに進化論を認めない人もいるし(個人的には構わないけど)。
思うに、大方の人間はメカニズムが解明されてしまうことを逆に怖れているんじゃないかと思う。人間の特殊性や尊厳が損なわれるような気がして。宇宙において、唯一のかけがえの無い存在であると思いたいわけです。
メカニズムの解明が逆に人間の宇宙や精神への理解の深まりと自由の広がりを齎すのだと思えたら、人間も一皮向けて、我々の精神の世界は一気に広がりを増すのではないかと思うのですが。

投稿: やいっち | 2006/05/22 01:18

今日の読売朝刊に、下記の記事が載っていた:
「生命:隕石の衝突が起源 物材研と東北大、実験に成功」
http://mainichi.jp/select/science/news/20081208k0000e040001000c.html
 隕石(いんせき)が海に衝突した瞬間を実験で再現し、アミノ酸など生命のもとになる生物有機分子を作り出すことに物質・材料研究機構(茨城県つくば市)の中沢弘基(ひろもと)名誉フェローと東北大の研究チームが成功した。地球上の生命の起源を解明するうえで新たな材料を示すとして8日、英科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」電子版に掲載された。

 実験は隕石に含まれる炭素、鉄、ニッケル、初期地球の大気にあった窒素、水をカプセルに詰め秒速1キロの高速で衝突させた。その結果、アミノ酸、カルボン酸、アミンの3種類の生物有機分子が生成した。

 有機分子の起源については諸説ある。中沢名誉フェローは40億~38億年前、初期の地球の海に隕石が衝突し、衝撃で有機分子が生成したと提唱しており「仮説が実証された。生命を作る部品がどうやってできたか分かった」としている。【石塚孝志】
            (毎日新聞 2008年12月8日)

投稿: やいっち | 2008/12/08 15:16

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