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2006/05/02

2005年05月の索引…富山情報…浅野総一郎

 このところ恒例になりつつある月初めの索引作りだが、今月はちょっと変則的だが、索引の頁は2日になって作成することになった。
 例によって昨年の五月の目次・索引である。
 決して今年の五月の索引でも目次でもない!(今年の五月は、これから書く…はずだ!)
 今後とも、基本的に月初めには前年同月の索引・目次(内容)の頁を提供するつもりである。

「青葉繁れる…目に青葉」(「青葉茂れる桜井の」や、小説「青葉繁れる」、「目に青葉…」など 2005/05/01
「五月雨…一期一会」(語義探索 2005/05/02
「立夏…幻想の未来」(カール・セーガン著『百億の星と千億の生命』 2005/05/06
「夏の蜘蛛」(「我が友は蜘蛛!」後日談 2005/05/07
「梅雨の話じゃないけれど」(カメママさんとのこと 2005/05/08
「若葉雨…桜若葉」(ライダーズハイとは 2005/05/09
「五月闇…回り道」(2005/05/10

 富山は、「北陸新幹線の富山駅周辺高架化工事が本格的に始まり、富山市は新幹線開通に向けて大きく変わろうとしている」とかで、この数年で駅周辺を中心に市街地の風景が大きく変わりそうである。

 小生の居住する地域は駅裏からは歩いて二十分弱で、大きくは変わらないと思えるが、一つだけ変化が。
 それは、過日も報告したけれど、旧来、富山港線という線路上を走っていた電車が新型超低床車両の路面電車となり4月29日に開業となった。「富山ライトレール」線を走る電車、その名も「ポートラム」で、我が家から歩いて十分ほどのところに路線そして駅がある。
「ポートラム」の雄姿を見たいという声が聞こえる?!
 どうぞ、「富山ライトレール(富山港線=LRT)―楽しみ指南―」へ飛んでみてください。
 お約束の立山連峰も見えるがんぜ!
 
 そうそう、「匂いを哲学する…序」の中で、「ポートラム」を話題に採り上げつつも、「個人的な感想を漏らすと、新しいタイプの電車もいいけど、バス路線がドンドンなくなっていくのが非常に困る。多くのお年寄りが困っている。タクシーは無線でないと呼べないし、バスの運行も減る一方。都内などで運行しているミニバス(マイクロバス)をもっと投入して欲しいものだ」と愚痴っていた。
 お袋と、そんな話題も交わしていたのだった。
 すると、そんな呟きが天に聞こえたのだろうか、旧富山市に限られていた「100円バス」を今年から全市(つまり市町村合併で広まった新しい富山市)に広げ、山間部からも中心部へ片道100円で出ることができるようになったとか。
 問題は、便数とか路線がどの程度、練られたものであるかだが、まあ、車を使えない方には朗報に違いない。
 
「風薫る…西鶴…近松」(富岡 多恵子著『西鶴の感情』あれこれ 05/05/11
「ツツジの季節の終焉…緑滴る」(タクシードライバーのささやかな愉しみ 2005/05/12
「朱夏…夏の海」(海部陽介著『人類がたどってきた道』をもとに 2005/05/13
「風天居士…寅さん」(岡村直樹著『寅さん 人生の伝言』から 2005/05/14
「樹液のこと…琥珀」(樹液の世界の不可思議 2005/05/15
「琥珀のこと…バルト三国」(グルジアやラトビアなど 2005/05/16
「青葉時雨…洒涙雨」(雨の名前422語! 2005/05/17
「筍…竹取物語以前」(「独活と竹の子」など 2005/05/18
「熊谷草(くまがいそう)…熊がいそう」(「熊谷直実」や「母衣(ほろ)」など 2005/05/19
「病葉(わくらば)…邂逅」(2005/05/20

 浅野総一郎という人物をご存知だろうか(歴史上の人物であり、尊敬の念を篭めて敬称は略させてもらう)。立志伝中の人物である。が、今ではあまり知られていない…どころか、富山においてさえ忘れられつつあるかもしれない。
 小生など、十数年の以前、郷里の家から親戚筋の家に車で向かう途上、神通川縁を走る際、関連施設を見た折に、あれは浅野セメントの…云々という話を偶然、父から聞かなかったら、ずっと知らないままだったかもしれない。
 富山出身で近代や近世の立志伝中の人物と言うと、日本の四大財閥の一つ安田財閥を作った安田善次郎とこの浅野総一郎ということになる(他にも正力松太郎や高峰譲吉、瀧口修造、松村謙三、そして瀬島龍三とか、いろいろいるのだろうが、近代というより現代になってしまう)。尤も、この両人は深い絆で結ばれていたようである。
 詳しくは、「浅野総一郎 - Wikipedia」を覗いてみて欲しい。
 若干(?)だけ転記すると、「歳の時、御茶の水で裸一貫「水売り」から出発する。コークス、コールタールの廃物利用で儲け、浅野セメントの設立をきっかけに浅野造船所(後の日本鋼管、現JFE)など多数の会社を設立。渋沢栄一や安田善次郎の協力のもと、一代で浅野財閥を築く。京浜工業地帯の発展に寄与する。「明治期のセメント王」と呼ばれる」という。
 これより、「京浜工業地帯の埋立地に鶴見臨港鉄道(鶴見線の前身)を設立し、浅野駅にその名を残す。終点の扇町駅も浅野家の家紋の扇に因むものである。」というほうが、初耳(初見)で小生は驚いた。
(より詳しくは、「浅野総一郎」へどうぞ!)

 さて、唐突とも思われかねない話題だが、単に富山県氷見郡薮田村(現氷見市)生まれだからというだけではない。実は他に理由がある。 
 この度、浅野総一郎の青春を描く映画の撮影が富山県内で始まったからだ。原作は、新田純子氏の『その男、はかりしれず―日本の近代をつくった男浅野総一郎伝』(サンマーク出版)である。
 レビューには、「懸命だった。不器用だった。日本で初めて「会社組織」をつくる。日本で初めてコールタール事業に成功。日本で初めて「社内預金制度」を導入。日本で初めて「石油タンク」販売を開始。日本で初めて横浜―サンフランシスコ間航路を握る。日本で初めて労働者ストライキを受ける。日本で初めて昼夜兼業の銀行をつくる。日本で初めて東洋一のダムを築く。日本で初めて大規模埋立地を造成。西洋の200年を八十余年で駆け抜けた男の生涯。 」とあって、この手の本を久しく読んでいない小生も、手を出したくなる。

 
「季語随筆日記拾遺…タクシー篇」(故・杉浦 日向子著『一日江戸人』をネタにして 2005/05/21
「青嵐と木下闇の間」(樹陰の闇を渡る風に… 2005/05/22
「御報告」(番外 2005/05/22
「沈黙の春」(リンダ・リア著『レイチェル―レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯』 2005/05/23
「沖ノ鳥島」(島と岩の間 2005/05/24
「ハイチのこと…揺れ動く世界」(ハイチの内乱 2005/05/25
「罌粟の花…ゾンビ」(藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」… 2005/05/26
「季語随筆?」(創作する意味? 2005/05/27
「穀象…極道」(穀象(虫)あれこれ 2005/05/28
「シーパラダイスで紫陽花」(紫陽花のこと 2005/05/29
「季語随筆拾遺…紫陽花と雛罌粟」(虞美人草のことなど 2005/05/30
「エンコントロ・ジ・アルモニア(1)」(サンバレポート 2005/05/31
「エンコントロ・ジ・アルモニア(2)」(サンバレポート(続) 2005/05/31


 何か忘れてやしませんか、という天の声が……。
 あ、そうだ、肝心の映画の題名を紹介していない。今のところ、『DOWNS & UPS』で、市川徹監督がメガホンを取るということのよう(小冊子「富山県人」からの情報)。
 但し、「北日本新聞 バックナンバー 2006年 4月 9日」の「浅野総一郎生誕の地を宣伝」なる項によると、「九転十起の男 浅野総一郎の青春」という題名になっている。
 浅野役の網本圭吾さん、浅野の妻サク役の仲代奈緒さんを残念ながらよく知らない…。
 仲代奈緒さんというと、名前からして無名塾の仲代達也さんの娘さんだろうか。

ヒミングブログ 『九転十起の男 浅野総一郎の青春』いよいよ氷見で撮影開始ーーー!!」も覗いてみてね。
ヒミングブログ ピープル」を覗くと、浅野総一郎役の網本圭吾さんや総一郎の妻サク役の仲代奈緒さんの素敵な姿を見ることが出来ます!
仲代奈緒ファンサイト」も必見!
Yahoo!ブログ - 仲代奈緒 オフィシャル・ブログ」も発見!
 このブログによると、映画の題名は「DOWNS & UPS」となっている。

浅野総一郎の半生が映画化─タウンニュース」という頁も見つかった。
 ここでは市川徹監督の近影を見ることが出来る。川崎市は宮前区のタウンニュースということで、「区内在住作家・新田純子さん原作  浅野総一郎の半生が映画化  「京浜工業地帯の生みの親」今年9月公開予定」といった表題になっている。
「制作は幸区に拠点を構えるエンターテイメント会社「有限会社さざ波」」だとか。
「監督自身も、浅野総一郎が創設した学校「浅野学園」の卒業生だ。失敗してもくじけないという想いを込めた浅野の造語『九転十起』は、同校の校歌にも引用されている」とのことで、「撮影開始は3月からで、今年9月の劇場公開を目指している」とか。

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「九転十起の像」完成 氷見・浅野総一郎たたえる
http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20080721/13453.html
2008年07月21日
 氷見市薮田出身で京浜工業地帯の父と言われる実業家、浅野総一郎(一八四八-一九三〇年)の銅像「九転十起の像」の完成除幕式が二十日、同市薮田の薮田児童公園で行われ、関係者約百五十人が完成を祝った。銅像建立事業は北日本新聞社後援。

 銅像は台座を含めた高さが約六メートル。原型は、浅野が創立した東亜建設工業(本社・東京)の神奈川県横浜市の敷地にあったセメント像で、七十七歳の喜寿の姿を描いている。建立事業は九転十起の像建立会が進め、大口の特別寄付や市民からの募金で建設費用約千二百万円を賄った。

 除幕式には石井知事、堂故市長、橘高岡市長、安念砺波市長、姫野貞夫氷見商工会議所会頭、川上修JA氷見市組合長、高岡市出身の砂田慎治川崎市副市長、西岡浩史川崎商工会議所会頭、浅野の孫の浅野久彌(ひさや)浅野学園理事長、浅野を描いた映画「九転十起の男」の市川徹監督と原作者の新田純子さん、建立会事務局の山崎健さん、梅本北日本新聞社常務社長室長らが出席。堂故市長が「里帰りした浅野さんを出迎えるような気持ち。これをきっかけに氷見と川崎市、富山と神奈川県の交流が深まるよう期待します」とあいさつ。関係者で除幕した後、石井知事、砂田副市長、浅野理事長が祝辞を述べ、氷見の市木タブノキ、川崎の市木ツバキなど六本を記念植樹した。

 薮田青年団(山崎純一団長)による獅子舞が披露され、式典に花を添えた。

 浅野は数々の失敗を経て浅野セメントを設立し、海運、造船など、さまざまな事業を手掛けた。川崎市など京浜工業地帯の形成に尽力した。
                 (以上、転記)

投稿: やいっち | 2008/07/21 22:38

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