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2006/04/17

白鯨とイカと竜涎香と

 NHKテレビで「ダーウィンが来た! 人類初目撃! 深海の幻の巨大イカ」なる番組が放映されていた(らしい)。生憎、我が家のテレビはカーナビのモニターで、アンテナ事情が悪く、画面は雨模様である。特に、何故だか、NHKの映りが一番ひどい。いつも大雨・大嵐なのだ!
 なので、見るのを諦めて、森本哲郎著の『ぼくの哲学日記』(集英社)やリチャード・ドーキンス著の『悪魔に仕える牧師』(垂水雄二訳、早川書房)などをとっかえひっかえ読んだりした。
 でも、脳裏には、イカ、巨大イカだからきっとダイオウイカのことが残映のように揺らめいている。
 というのも、土曜日から日曜日にかけて読んでいたハーマン・メルヴィル著の『白鯨―モービィ・ディック』(千石 英世訳、講談社文芸文庫)の中で、ちょうど、イカに関係する記述があったのだ。
 テレビでも、今、読んでいる本でもイカ! 偶然にしては出来すぎている。
 今日は、この辺りをかいつまんで綴ってみる。

Riris_belly_dance1

→ 「Charlie K's Photo & Text」の中の「RiRi's Belly Dance Show at "Gran Deseo" 」より。"Gran Deseo" でのベリーダンスショーの一場面だ。例によって画像と本文とは関係ありません。

焔(ほむら)なり踊る女の笑みさえも

『白鯨』を読んでいたら、91章「ピークオッド号、薔薇乃蕾号に出会う」の末尾にて、「竜涎香(アンバーグリス/りゅうぜんこう)」なるものが出てきた。聞いたことがある、でも、よくは分からない代物。
 実際には、91章の冒頭に、トマス・ブラウン『俗見の誤謬』(一六四六年刊)からとして、「竜涎香を求めてこの巨鯨(レヴァイサン)の腹のなかを探ったが、無駄に終わった。耐え難いほどの悪臭に行く手を阻まれたのである。」という一文が掲げられている。
 だが、小生は読み過ごしてしまっていた。続く一章を費やして扱われるような素材とは思わなかったし、巨鯨(レヴァイサン)やマッコウクジラの体内に時に形を為す、貴重だが奇異な物質だとは想像も付かなかったのだ。

 91章「ピークオッド号、薔薇乃蕾号に出会う」では、偶然、二隻の捕鯨船が同時に発見した腐って海上に浮かんでいるマッコウクジラを巡っての痛快ではあるが滑稽な駆け引きが展開される。
 一体、どちらが引き取るべきか。
 で、老獪でクジラへの造詣の深いほうが(無論、ピークオッド号である!)、一計を案じ、無知なほう(断固、薔薇乃蕾号である。名前も、ヒヨッコを髣髴とさせるメルヴィルのイタズラな演出かな)をさっさとクジラから退かせる。長期間海上を漂流したようなそうしたクジラに関わると悪い病気に感染するとか何とか、親切めかしたアドバイスを薔薇乃蕾号側に供するわけである。
 で、相手方は感謝しつつ、大急ぎでクジラのある海域から離れ去る。
 狡猾な船のほうも、一旦は腐ったマッコウクジラから離れる……が、言うまでもなく老獪な船のほうは、相手が十分、遠ざかったと見るや、クジラを我が物とする。
 いくら貴重な資源足りえるクジラとはいえ、既にどうしようもないほど腐っているのに、何ゆえ、相手方を騙してまで手中にしたのか。
 話の流れから察せられると思うが、腐ったマッコウクジラの体内からは竜涎香が採れるはずだからである。

 凄まじい悪臭!
 が、それを我慢するに値する宝物が腐肉の奥に隠れている。既に香気さえ漂ってくるではないか!

「あったぞ、これだ」スタッブは穴の奥深くに何かを探り当てて歓喜の声を挙げた。「黄金(きん)だ! 黄金の入った袋だ!」
 握っていた鯨鏝を投げ出し、両手を穴の奥深くへ突っ込んだ。そして、両手一杯に、一握りの香りのいいウィンザー石鹸とも見まがうものを掬うようにして取り出したのだ。それは、年代ものと化して表面に斑点模様が浮き出た濃厚なチーズの塊のようでもあった。油を塗ったような艶やかな光沢を湛えた黄色と灰色の中間のような色、親指で押すと簡単に窪みができそうな肌合、そこから爽やかな香気が立ちのぼってくる。読者よ、これが竜涎香である。どこの薬問屋へ持って行っても、一オンス一黄金ギニーで買い入れてくれる貴重品だ。これが両手に六杯も採れただろうか。……(以下略)
 

 続く92章は、章の題名がまさに「竜涎香」なのである。

Riris_belly_dance2

→ 「Charlie K's Photo & Text」の中の「RiRi's Belly Dance Show at "Gran Deseo" 」より。"Gran Deseo" でのベリーダンスショーの一場面だ。例によって画像と本文とは関係ありません。

凛々しくも火の鳥舞える闇の中
 
 せっかくなので、竜涎香についてネットの力を借りて調べてみた。
 例えば、「竜涎香(りゅうぜんこう)とは」という頁が見つかった(ホームページは、「海人のビューポート(覗き窓)」)。
 冒頭の一文が興味深い:
 

 昔、ローマ人やギリシャ人は、海岸に流れ着くもので貴重なもの、高価なもの、そして利用価値の高いものとして琥珀(こはく)と竜涎香を挙げていました。これらは黄色く、琥珀色している外観から共通点があるので何か同じ物から出来ていると考えambergrisと名付けていました。
 また、マルコポーロの東方見聞録にも竜涎香の記載が見られます。
 一方、中国では、深海にひそむ竜が安息の眠りの中で香り高い“よだれ(涎)”をたらすと考え、これをイメージして竜涎香と名付けていました。
 日本でも、古代から竜涎香を知っていてお香の材料にしていました。それを西洋人の耳には、kunsurano fuu(原文のまま)、「クジラの糞」という言い方も聴いています。

 竜涎香というと、お線香を連想する方もいるだろう。
お線香の原料 竜涎香 堺のお線香 香仙堂」なる頁を覗いてみる(ホームページは、「堺のお線香 香仙堂」)。
 冒頭の一文が、竜涎香についての平均的な理解なのだろうか:
「アンバーグリスはマッコウクジラの体内で発生した病的な生成物からなる動物性の香料です。マッコウクジラの好物のイカのくちばしが、体内にささり、その部分が結石となって体内に出来たり、体外に排出された物がアンバーグリスであると言うのが現在の一般的な説となっています。例えばクジラが死んで他の魚に肉を食べられてもその結石だけは残り、海面に浮遊しているか、海岸に打ちあげられたりして発見されます。体内にあるものは捕鯨が盛んな頃には解体時に発見され、捕鯨業者が取扱っていました。
 さらに、「灰色のもが最高とされ、次いで青色または黄色、その次に黒色という順に等級が分かれたいます。アンバーは琥珀という意味でクジラの排出物が琥珀に似て灰色をしていることから「灰色の琥珀」すなわちアンバーグリスと名付けられました。」と続く。
『白鯨』から引用した文章だと、「油を塗ったような艶やかな光沢を湛えた黄色と灰色の中間のような色」とあった。ということは、黒色にやや傾いていることからして、相当程度に熟している(腐っている)が、必要十分なほどには腐っていない段階だということか。
 但し、先に挙げた「竜涎香(りゅうぜんこう)とは」なる頁に拠ると、「この竜涎香は、大海原に浮いていたり、海岸に打ち上げられていたものがあり、色は黄色味を帯びた灰色、灰色、黒色などがあり、それぞれgolden、grey、black等の等級がつけられており、黄色みがかった灰色のものが最高級品と言われています」とある。
 となると、海上を長期間海上を漂流した、まさに絶品を手に入れた、その色具合からして最高級品だと知っていた、だからこそ、「黄金(きん)だ! 黄金の入った袋だ!」と快哉を叫んだわけだったのだ!

 ネット上を検索し尽くしたわけではないが、目に付いた中では、記述内容に関しては、「海中開発と人間-crystalaqua.com-」サイトの中の、「23.生きた海中開発と秘宝(VI) ―竜涎香を生むマッコウクジラ―(前編)」そして「23.生きた海中開発と秘宝(VI) ―竜涎香を生むマッコウクジラ―(後編)」が一番、詳しいようだ。

23.生きた海中開発と秘宝(VI) ―竜涎香を生むマッコウクジラ―(前編)」では、このブログでもマッコウクジラの特性について折々に触れてきたが、特に「大深度潜水の名人」だということが竜涎香の誕生のプロセスに関わっているのではと説明されている。
深海潜水メカニズム」が特に重要な項目で、マッコウクジラが長時間に渡って潜水できるには、口にした食べ物、イカや魚を「すばらしい速度で消化」する必要がある:
「マッコウクジラが深海底で飲み込んだ魚やイカは、何分かのうちに胃液で溶かされてしまい、やがては腸壁の中に吸い込まれてしまう。その養分は血液によって全身の筋肉や組織に運ばれていく。そして、酸素が欠乏した組織にとっては不可欠な燃料源となるのだ。
 酸化によって得られないエネルギーの不足分を、胃や腸から多量に供給されるブドウ糖やグリコーゲンで補っている。そのため、クジラは空気中の酸素を補給するために、わざわざ水面にまで上がる手間を省くことができるのだ。」
「こうして、海底で飲み込まれたイカや魚が、新鮮な空気のかわりを努めている。」というわけだ。

竜涎香(りゅうぜんこう)とは」なる頁によると、「竜涎香はマッコウクジラが餌にしている深海のダイオウイカなどのイカ類の未消化部位(カラストンビ)に腸からの分泌物が取り巻いたものが排出されたもの(糞)です。排出された当初はカラストンビが埋め込まれた大理石のように明るく蝋のようで灰色の塊ですが、太陽にあたり空気に触れると急速に酸化して硬くなります。ですから長く海面に漂っていたものほど良質になると言われています。」
 要は、竜涎香とは、「深海のダイオウイカなどのイカ類の未消化部位(カラストンビ)に腸からの分泌物が取り巻いたものが排出されたもの」、つまり「糞」なのだ。
 いかなマッコウクジラでも「すばらしい速度で消化」しても、消化しきれない部分が残るというわけだ。
大深度潜水の名人」で、その際の「深海潜水メカニズム」が「深海のダイオウイカなどのイカ類」の急激な消化(未消化)に関係している、その残余(糞)こそが竜涎香だ、というわけである。

 竜涎香の香料としてのすばらしさに付いては、「23.生きた海中開発と秘宝(VI) ―竜涎香を生むマッコウクジラ―(後編)」が詳しい。
 但し、この頁の冒頭に、「竜涎香(Amburgris)とは、マッコウクジラの大腸内に生成される、ろう状の動物性科料の物質のことである。この竜涎香の核には、必ずといっていいほどクジラの好物のイカのクチバシがあることから、イカが竜涎香の生成に関係があるとされているが、現在でもその生成メカニズムは不明である。」とあることには留意すべきだろう。
「現在でもその生成メカニズムは不明である」のだ。研究しようにも、材料を得るのが捕鯨禁止との絡みもあり、困難だということが解明を阻んでいるようでもある。
 ちなみに、文中に「必ずといっていいほどクジラの好物のイカのクチバシがあることから」云々とあるが、『白鯨』でも、関連する記述があった:
 

 いい忘れていたが、スタッブが取り出した竜涎香のなかに、円形をした固い骨質の板状のものが見つかった。最初、スタッブはこれを水夫のズボンのボタンではないかと考えた。後で、それは烏賊の骨が竜涎香のなかに幽閉されていたものにほかならぬと判明した。

 さすがに、捕鯨に関わったメルヴィルらしい、ちゃんとした観察がなされているわけだ。読んだ限りでは、イカのクチバシとまでは書いてなかったが。

 これまで『白鯨』に関連してイカの雑文を綴ってきた:
「白鯨」…酷薄なる自然、それとも人間という悲劇
白鯨と蝋とspermと
私の耳は貝のから 海の響きをなつかしむ

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コメント

昨夜のNHKテレビで「ブループラネット」(地球)という、シリーズモノ(?)をやっていて、昨日はマッコウクジラの一生(約80年)と数千メートルの深海を含めた海の世界(ハワイという火山も含め)をCGを駆使して描いていた。
マッコウクジラの凄さは、近年、次第に分かってきた。数千メートルの海へ潜っていく哺乳類!


そういえば、小生、四年前の雑文「水の話、あれこれ」の中で、「ブループラネット地球」という言葉を使っていたっけ:
 http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/water-tales.htm

投稿: やいっち | 2006/09/19 13:41

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