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2006/04/19

風船から安本丹へ

風車が春の季語なのは」では、「風車(かざぐるま)」が何ゆえ春四月の季語なのか自体が探求の動機であり目的のようなものだった。
 結論を出せたわけではないが、春になって陽気に誘われ、子供たちが外に出る機会も増える。冬の間は隣の村や町、まして遠くの町とは行き来も困難だったが、雪も消えて風車売りがやってくる。
 もう、子供たちは大喜びで風船売りに群がり、親にねだって風車を買ってもらう。
 買ったばかりの風車を、それも、昔は誰もが買えたわけじゃなかろうし、子供らのうちの誰か一人か二人が買ってもらったのだろう。あるいは、子供らのうちのリーダー格の子だろうか。
 その子が走りながら回す風車。それをみんなが追いかける。そうしてはしゃぐ子らを見守る子守のお爺さんかお婆さん、親たちは子供の遊びの歓声が耳に入っているのかいないのか、仕事のことで頭の中は一杯である。
 そうした風景の中心に風車がある。真っ赤な風車だろうか。青い風車だろうか。緑と土の色と晴れていても春霞の青い空に原色のセルロイド製の風車が遠目にも鮮やかである…。

 多少、こじつけめいているし、釈然としない面があるのだが、とりあえず、そんな光景を思い浮かべておいてもいいのだろう。

Rengesakura2

→ 蓮華草さんに戴いた、「京都は洛北の原谷苑の枝垂れ」桜の画像です。原谷苑は個人の持ち山の桜なのだとか。関西も山のほうはこれからが桜の園の季節のようだ。

 さて、「風船」という春四月の季語も、風船だけからは春を連想するのは飛躍がある。夏だっていいし、冬だっていい。秋だって、勿論、構わないはず。
 しかし、歳時記上は、春(四月頃)の季語となっている。
俳句歳時記の部屋」の「春の季語(行事・暮らし編-種類順)」なる頁では、「風船売 紙風船 ゴム風船」といった類義語を示し、「暖かになると子供らは戸外に出て風船などで遊ぶ」と説明されている(引用元には「都外」とあるが「戸外」の間違いだろうと思われる)。
「風船」が春四月の季語なのは、どうやら「風車」と事情は同じらしい。

「風車(かざぐるま)」について、釈然としないと書いたが、それは、「風船」とて同じことだが、暖かくなると子供らが外に出るというのは、ちょっと不自然に感じるからである。子供らは、寒かろうが暑かろうが、雨が降っていてさえも、外で遊びたかったら外に出るものではないか(少なくとも昔の子は。家の中で遊ぶこともあったろうけれど、大概は許される限り、いな、叱られてさえも外で遊び呆けたものではなかったか)。
 北国だと雪に降り込められて、外に出づらいこともあるかもしれないが、それでも、家の中に燻り続けるなんて、到底、無理! なのが子供なのではないか。凧揚げ、ベーゴマ、雪だるま、雪合戦…。

 暖かくなると戸外に出るのは大人たちなのであって、そうして外に出てみたら、子供らが風船で風車で石ころで縄か紐で(縄跳び)、空き缶で、木の切れっ端で、布の端切れで、とにかくありとあらゆるものを道具にして遊んでいる光景を目にする機会が増える、ということではないか。

 やはり、「風船」が春の季語となってのには、歴史的な経緯(いきさつ)があったに違いない。
 ネット検索してみると、「さるさる日記 - 百楽天の独り言」なる頁を発見。「風船」という季語についても詳しい。
「2004/03/13 (土) 季語について・・・・其之壱」によると、『新歳時記 春』(平井照敏編/河出文庫/1989)からとして、以下の一文が引用されている:
「子供たちの春らしい玩具で、楽しいものである。明治23年上野公園でおこなわれたスペンサーの風船乗り以来のものという」
 そこには、「明治23年(1890)の11月24日。スペンサーというイギリス人が、上野公園で軽気球に乗って空の上から広告をまいたり曲芸をした」という説明が付されている。
 親切にも、「東京ガス : GAS MUSEUM / 明治錦絵の世界-赤絵」なるサイトが紹介されている。

「2004/03/13 (土) 季語について ・・・・其之弐」に移る。
 ここでは、「スペンサーの風船乗りから風船が春の季語となった」に疑義を呈されている。
 その上で、虚子の『新歳時記 増訂版』(三省堂/1951)からとして、次のような説明が引用されている:
「薄いゴムに水素瓦斯を入れて膨らまし、糸をつけて空中に飛ばして遊ぶ玩具。又いろ紙で作った紙風船もある。如何にも春の玩具らしい。風船売」
 どうして、ないゆえに「如何にも春の玩具らしい」のだろうか。この説明からはまるで納得の行く理解に至ることは叶わない。

「2004/03/13 (土) 季語について ・・・・其之参」に移ろう。
『基本季語五〇〇選』からとして、「俳句で春季に許用されたのは、大正、昭和以来のことであろう」という一文が引かれている。
 この大正、昭和という時期がヒントなのだろうか、「「風船」を春の季語としたのは、高浜虚子である可能性が大」とサイト主さんは書いておられる。
 さらに、数年前、95歳で他界した老物理学者に聞いた話ですが」として、「昭和のはじめ頃だと思う。冬が過ぎて暖かくなると風船売りがやってきた」という述懐を披露されている。
 虚子の「薄いゴムに水素瓦斯を入れて膨らまし…」とも絡め、「冬の寒空の下のガス風船は絵にもならないし、夏場に可燃性・引火性の高い水素ガスを風船に充填することは、風船売りにとっても大きなリスクとなります」とサイト主の方は書いておられる。

 ここのところの説明が不可解。「冬の寒空の下のガス風船は絵にもならない」というのは、小生には理解できない。大人の目線からは絵にならないということなのだろうか。子供らが冬場に外で風船で遊ぶ光景が大人には寒々しいか、あるいは、子供らが外で遊ぶ場を大人たちは(正月は別にして)あまり目にしない、ということ、つまりは、俳句というのは、大人が嗜むものだという前提に立てば、大人の感性や常識からしたら、「冬の寒空の下のガス風船は絵にもならない」ということなのだろうか。

「場に可燃性・引火性の高い水素ガスを風船に充填することは、風船売りにとっても大きなリスクとなります」というのは、何かの文献に書いてあるのだろうか。当時は、そうだったということなのだろうか。そもそも水素ガスは春先だって最早、扱い方に注意すべきガスなのではなかったろうか。
 そもそも当時の風船は、水素ガスでないと膨らまなかったのか。息を吹き込むのではだめだったのか。

 俳句そして歳時記という観点からすると、風船で遊ぶ光景が(大人たちや俳人の目からして)絵になり始めるのは春であり、その時期の光景が印象的だから「風船」が春の季語になっていったのだろうし、夏や秋に風船で遊んでも、もう印象においても薄れているし、その前に子供たちが風船遊びにとっくの昔に飽きてしまっているということではないのだろうか。

 やはり、最初に戻るが、「数年前、95歳で他界した老物理学者に聞いた話ですが」として示された述懐の言葉、「昭和のはじめ頃だと思う。冬が過ぎて暖かくなると風船売りがやってきた」を素直に受け止めるのが自然なのではなかろうか。
 ということは、季語という性質上、当然なのかもしれないが、大人の視点があるということだろう。また、風車売りと同様、風船売りも「冬が過ぎて暖かくなると」やってくるものであって、だからこそ、春になると、「風車」も「風船」でも遊ぶ子供の姿が目立つようになるということなのだろう。
 仮に冬に山越え(峠越え)などして風船(風車)売りがやってきたなら、雪深い季節だろうが、子供らは飛びつ居ていただろうということだ。
 眼目は、風船(風車)売りの仕事上(季節と絡む)の事情があるということ、そして大人(俳人も大概は大人だ)の目からは春に外で風船(風車)で遊ぶ姿が、春の到来を実感させて、嬉しくウキウキとしてくるということなのだろう(断定は避けておくが)。

 風船の類義語に「紙風船」がある。紙風船というと、富山生まれの小生だからだろうか、連想するのは反魂丹や万金丹、熊胆丸などを売る富山の薬売りだ。売薬さんの景品というか子供へのお土産として、「紙風船」のほかに「絵紙・塗箸・針・九谷焼酒器・急須」などがあったという(「薬売り」参照)。
 売薬さんは、どんな季節に仕事するのか。年中なのか。小生の親戚にも売薬さんがいたっけ。話をじっくり聞いて置けばよかった!
 そういえば、小生には、反魂丹に無縁ではない、「安本丹のこと」という駄文がある。恥ずかしいが、この一文を書いていた時、「反魂丹」は知っていたが、「万金丹」という薬も売薬さんが扱っていたことをすっかり失念していたのだった。情けない!


風船を膨らます胸や息弾む
風船の行方を追いし時を追う
風船や漲るものは歓声か
風船やはしゃぐ子の息吸って飛ぶ
木の枝の高みに憩う風船さん
風船が歩いているよな子らの列
風船につかまり飛べば鳥の空
風船売りにならんと思いし遠き空
パンパンと叩いて遊ぶ紙風船
お手玉の代わりと舞いし紙風船

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コメント

やいっちさん こんばんは
風船から安本丹 私の山の家にも薬売りさんが沢山の入れ子のようになった柳のこうりを背負って年に二回来てくれました
もちろん富山の薬屋さんです。
紙風船からゴム製の風船に変わったのも時代だなあと思いました。小学生の頃にはもうゴムでした。
富山の薬屋さんの歌?を子供達は大きな声で歌ったりしていました。
万金丹の替え歌で安本丹と歌いましたね。懐かしいです。
余談ですが薬屋さんは全国を歩きますね。
東京みたいな大都会でも下町は、帰って薬屋さんの需要が多いと聞きました。
息子さんが後を継いで、柳こおりがジェラルミンのトランクに変わっても、昔から伝わる薬は変わらないところが好きです。

投稿: 蓮華草 | 2006/04/19 22:59

蓮華草さん、こんにちは。
> 私の山の家にも薬売りさんが沢山の入れ子のようになった柳のこうりを背負って年に二回来てくれました。

 そうでした。昔は、入れ子状の柳行李を背負っていて、その中から薬が出てくる。子供のための紙風船などのおまけも。
 段々、トランクに変わり(ジュラルミンだったのですか!)、歩きじゃなくてバイクになったり。
売薬さんが来ると、麝香っぽい匂いが柳行李(それとも売薬さんから?)漂ってきたとか。いろんな漢方薬の入り混じった、売薬の行李特有の匂いだったのでしょうね。
 替え歌の安本丹って、結構、全国的なものなのかな。富山でだけ流行ったローカルなものかと思っていた。
 東京(江戸)の城下町については、さすがに地元の薬屋があるから、競合するし、そもそも敢えて富山から来る必要がない。
 やはり、蓮華草さんの話のように、江戸でも下町が売薬さんの狙い目だったのでしょう。
 売薬は、江戸でも下町風景の中に風車売り、金魚売などと共に風物詩の一つだったのでしょう。

投稿: やいっち | 2006/04/20 11:58

 ここに引用されているとは知りませんでした。

 ご紹介、ありがとうございます。

 ところで、下記、ご理解いただけなかったようですね。


「夏場に可燃性・引火性の高い水素ガスを風船に充填することは、風船売りにとっても大きなリスクとなります」

 夏場、炎天下の自動車のボディをさわってみて下さい。火傷はしないまでも、そのままさわっていられないほど高温になっています。水素ガスのボンベも同様です。

 文献に書いてあったとかではなく、夏場に水素ガスを扱うのはとても危険だということくらいは、いちいち説明するまでもないでしょう。

 なお、いっしょに下記もあげてあったのですが、お読みにはならなかったのでしょうか。

 神戸市の火災予防条例(昭和37年4月1日 条例第6号)より引用。

  第18条の2
 多数の者が集合又は出入する場合においては、水素ガス入りの玩具用ゴム風船を掲揚し、販売し、若しくは配布し、又は玩具用ゴム風船に水素ガスを充填し、その他の取扱いをしてはならない。
(火を使用する設備の使用に係る人命の危険の防止)


 水素ガスを使っていた時代の風船売りは、夏にはアイスクリームやアイスキャンディーを売り歩いていました。

投稿: 百楽天 | 2008/02/21 07:47

百楽天さん

知見を参照させていただき、ありがとうございます。
コメント、ありがとうございます。


「夏場に可燃性・引火性の高い水素ガスを風船に充填することは、風船売りにとっても大きなリスク」なので、水素ガスの風船は危ない、というのは分かります。
水素ガスの危険性は、小生も知っています。だからこそ、「そもそも水素ガスは春先だって最早、扱い方に注意すべきガスなのではなかったろうか」と本文でも書いているわけです。

恐らくは、昭和のある時期までは、危険を承知の上か、あるいは無知でか、それとも「浮きやすく、しかも入手が容易という事情があった」(「風船 - Wikipedia」より)からなのか、水素ガスの風船を売っていた商売人が春先の風物詩になるほどに居たということなのだろうと推測されます。
そんな類いの連中は、何時の世にもいるようです。

でもここで疑問に呈しているのは、そうした常識を踏まえた上で、前段の「冬の寒空の下のガス風船は絵にもならないし」という部分になのです。
この疑問については、本文に書いてますので略させてもらいます。

「神戸市の火災予防条例(昭和37年4月1日 条例第6号)より引用」は読ませてもらっていました。
昭和の三十年代半ばにいたっても、水素ガスの風船を売っていた不届き者の商売人が居た、なので法律で明文化して取り締まったということなのでしょうね。

投稿: やいっち | 2008/02/21 13:16

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