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2006/03/20

白鯨と蝋とspermと

蝋燭の焔に浮かぶもの」という雑文の中で、バシュラール「蝋燭の焔」を、あるいはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの炎を、はるか遠くにはフェルメールを想いつつ、あれこれと瞑想に耽ってみた。
 そこに最近、高島野十郎の蝋燭画が加わって、蝋燭のイメージには似つかわしからぬほどに豊穣なる想像の世界が広まった
 あるいはそこにファラデーのロウソクの科学を加えてもいいかもしれない。

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→ 20日、都内某所の公園脇にある稲荷神社。扁額(?)の文字が読めない!

 さて今日はそこに、ささやかな付け足しをしてみたい。
 先月末以来読み始めているハーマン・メルヴィルの『白鯨―モービィ・ディック (上・下)』(千石 英世訳、講談社文芸文庫)からである。読了できるのは小生のことだから今月中というわけにはいかないし、ちょっと感想文など綴れそうにないだろうから、脇道に逸れたことをメモっておきたいという意味もある。

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← 神社の外観。周りに築山も林もなくて寂しい。

 読書するとは、上記の雑文で示したように、「薄闇の中に灯る蝋燭の焔という命の揺らめきをじっと息を殺して眺め入るようなものだ。読み浸って、思わず知らず興奮し、息を弾ませた挙げ句、蝋燭の焔を吹き消してはならないのだろう」そんな営みなのに違いないのだし、だとしたら「大切なのは、読書とは、何時か何処かで生まれた魂の命の焔を静かに何処の誰とも知らない何者かに譲り渡していく営みだということに気付くことだ。読むとは、自分がその絆そのものであることの証明なのではなかろうか。」

 ところで『白鯨』を読んでいて、鯨の脂から蝋燭が出来ているという記述を読んだ。
 そういえばそんな話を何処かで聞いたことがある。

ろうそく - Wikipedia」の、特に「歴史」の項を参照させていただく。
 その中に、「ヨーロッパにおいては、ガス灯の登場する19世紀まで、室内の主な照明として用いられた。キリスト教の典礼で必ず使われるため、修道院などでミツバチを飼い、巣板から蜜ろうそくを生産することが行われた。釣燭台(シャンデリア)は本来蝋燭を光源とするものであり、従僕が長い棒の先に灯りをつけ、ろうそくにそれぞれ点火することが行われた。蜜ろうそくのほかには獣脂を原料とするろうそくが生産された。蜜ろうそくのほかには、マッコウクジラの脳油を原料とするものが高級品とされ、19世紀にはアメリカ合衆国を中心に盛んに捕鯨が行われた。19世紀半ばのペリーの日本来航の目的のひとつは、こうした米捕鯨船への便宜を求めるものであった」という記述がある(太字は小生による)。
「19世紀半ばのペリーの日本来航の目的のひとつは、こうした米捕鯨船への便宜を求めるものであった」というのは知られていることだろうが、捕鯨の目的・用途の一つにマッコウクジラの脳油を原料とする蝋にあったことは、小生には本を読む手をしばし止めさせる事実だった。

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→ 神社の裏手。岩や少ない植え込みが神社を懸命に守っているような。小生には名前の知れない花がひっそりと咲いている。

(余談だが、『白鯨』を読むと、マッコウクジラというのは一時期は随分と怖れられた鯨だったというのも意外な事実。そもそも捕鯨が危険を伴う漁業であることは想像が付くが、その上、鯨の生態や種類が博物学的にもあまり知られていない時代にあっては、鯨の中の特に抹香鯨という種類は凶暴な種であって、サメさえ傍には寄らないほどに危険とさえ看做された、そんな<伝説>なのか<言い伝え>なのか、あるいは歴史的事実なのか判然としない記述があるのだ。その上で、エイハブ船長が天敵と看做す白鯨というのは、恐れと慄きの対象としての抹香鯨辺りがモデルになっているようでもある。
 と、さも新規な事実を告げるかのように書いてしまったが、どうやらこのことは常識に属するようだ。「マッコウクジラ - Wikipedia」によると(「 Wikipedia」さん、いつもながらお世話になります。これからも! それにしても率直に言って、このサイトを覗いているだけで、一日が呆気なく過ぎちゃいそう!)、その冒頭付近に「マッコウクジラはハクジラの中で最も大きく、歯のある動物では世界で最大であり、巨大な頭部とその形状が特徴的である。ハーマン・メルヴィルの『白鯨』に出てくるクジラ「モビー=ディック」は、このマッコウクジラである」と書いてあるじゃん! 
 さらに、「鯨蝋」の項には、「マッコウクジラの頭部から採れる白濁色の物質(脳油)は、鯨蝋と呼ばれる。脳油は精液に似ているため、あるいは精液そのものと誤解されていたため、英語では spermaceti (spermaceti )という。マッコウクジラの英名 sperm whale は、この脳油に由来する」という記述もある。
 凶暴なまでのsperm whale! 
 そういえば、『白鯨』を読んでいたら、「sperm whale」という名称が出てくるので、もしやとは思っていたけれど、やはりそうだったんだ! とてつもなく凄まじい潮を吹く白鯨。女を欲する海の男たち。なのに男たちは海へ出る。闇夜の国から二人で、ではなく、闇の海へ男連中だけではるかな危険な航海へと乗り出していくのだ。
 男なら、熱きspermaが目から耳から鼻から口から、そう、穴という穴から噴出して止まない疾風怒濤のこの感覚・体験に身が焼き尽くされんとする日々に消耗しきったことがないはずがないだろう。→「黒い雨の降る夜」を読んでみる?
 ある意味、作家の若きメルヴィルがその我が身を焦がす凶暴さの故に何をしでかすか知れない自分から逃げ出したってことはないのだろうか。見当違いか。
 身体的特徴として、「マッコウクジラの頭部は、クジラ類の中でも例外的に非常に巨大で、特にオスでは、その体長の3分の1に達する。種小名 macrocephalus は、ギリシャ語で「大きな頭」を意味する」という。
 頭部の大きさも白鯨の知能を持つに違いないと思われるような狡猾さに結びついている。
 ところで「マッコウクジラ」は日本語では抹香鯨と表記するが、その「抹香」の由来が知りたい。あるいは「 macrocephalus 」の「 macro」、つまり、マクロを抹香と音的に解釈したのか。
 同じサイトに、「和名のマッコウクジラの由来は、まれに腸内にから発見される瘤(こぶ)から、龍涎香(りゅうぜんこう)とよばれる抹香に似た香りのする香料が採れるため」とあるが、その意味の抹香と「 macro」とを掛けているに違いないと小生は根拠もなく睨んでいる?!
 また、「マッコウクジラの背中は一様に灰色だが、日光下では褐色に見えるかもしれない(『白鯨』に登場するのは白変種だと思われる)」ことも見逃せない。
 そうそう、「マッコウクジラの潜水能力は群を抜いてい」て、「少なくとも1000メートル以上の深海にまで達するものと考えられる」ことも、その凶暴さと相俟って白鯨のモデルになるに際してのイメージ作りに預かっているようだ。
 つまり、白鯨は神出鬼没だという噂が白鯨を知る船乗りの間では伝えられていて、北極海をさえ白鯨だけが知るルートを伝って超えている、だからあれほど移動が素早いのだと、まことしやかに語られたりするわけである。)

(余談ついでに、幕末の開国裏面史を綴った本に吉村昭氏著の『海の祭礼』(文春文庫)があることをネット検索していて知った。主人公の「ラナルド・マクドナルドは,白人とアメリカ先住民とのハーフで,白人社会のアメリカに幻滅し,同じモンゴロイドの血をひきながら白人の来航を断固として拒絶する日本に憧れ」日本へ密航を企てたのだった! 彼は、「ボートで単身利尻島に上陸」し、「長崎の座敷牢に収容された彼から本物の英語を学んだ長崎通詞・森山栄之助は、開国を迫る諸外国との交渉のほぼ全てに関わっていく」、そんな「彼らの交流を通し、開国に至る日本を描きだす長編歴史小説」だとか。面白そう!)

(これまた余談だが、「エイハブ船長の足がモービーディックにかじりとられるのも、アメリカ捕鯨にとって重要だった日本沖漁場」だというのも、ぺりーの来航同様、「白鯨 MOBY DICK」と日本との因縁を感じさせる(瑣末な?)事実だろう。
 なんだか、ジョン・ヒューストンが監督し、レイ・ブラッドベリが脚本に携わり、グレゴリー・ペックが主演し、オーソン・ウエルズが出演している往年の名作映画「白鯨 1956・米」を見たくなった。)

 今日は余談を綴るだけで疲れてしまった。「白鯨」については、後日、違った角度で若干のことを綴るつもりである。学生時代に読んだ時、どうしてあれほど退屈しつつ読んだのか不思議でならない。
 アメリカ大陸の茫漠さ、さらには大洋の遥かさ、もっと言うと世界のとてつもない奥の知れない深さを感じつつ読んでいる。字面だけ読んでいたら、退屈かもしれない。
 でも、背後には、例えば、ブロンテ姉妹のヒースに象徴される惨いほどの闇の小説世界、あるいはよりポピュラーにはマーガレット・ミッチェルの小説『風と共に去りぬ』の背景となっている土地・アトランタへの断固たる固執の念をも感じてもいいかも知れない。
 あるいはスタインベックの『怒りの葡萄』と表裏一体を為すような世界。
 白鯨はブラックホールだ! ん? ホワイトホールか。

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