ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ
上田 一生 氏著の『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店)を読了した。
『白鯨』の合間にのんびり読もうと思っていたのに、あまりの面白さに一気に最後まで読まされてしまった。
まだ読み止しだったつい先日、「南極物語…それとも難局物語?」で、本書のことは若干、紹介している。
→ 3月31日、都内某所にて。走行中に撮ったのでブレてしまった。相変わらず冷たい風が吹いていて、夜桜見物も厳しそう。でも、人の出は凄かった。みんな元気だ。
そこでも、出版社側の謳い文句として、以下の一文を示している:
「氷原の上をよちよち歩くタキシード姿、好奇心いっぱいの「かわいい」やつ。遠く大航海時代以前から、ペンギンは「未知の海域」「白い大陸」のシンボルとしてさまざまな場面で大活躍してきた。だが、その一方で彼らには食料や燃料などとして大量に殺戮され、利用されてきた受難の歴史もある。二〇世紀以降は、ペンギンは数多の本に登場し、広告のキャラクターとしても絶大な人気を誇ってきた。しかし、ペンギン好きの日本人なればこそ、かわいさばかりでなく、彼らのたくましさ、そしてその生存の危機にも、もっと注目をして良いのではないだろうか。ペンギンから見た、貴重な図版満載の異色の文化史。 」とある。
「欧米(ペンギンの逞しさ)と日本(縫いぐるみなど、愛らしいキャラクター)などではペンギンに対するイメージ、思い入れが随分と違うようだ」が、それも要するに欧米と日本との文化論などで説明されるのかなと勝手ながら予想していた。
が、まるで違う!
日本にペンギンが本格的に紹介された幕末から明治にかけての頃、ようやく欧米ではそれまでのペンギン(などの動物)の乱獲の歴史が、一部の識者らのペンギンの惨状への理解、ダーウィンの進化論の受容の過程での沸騰した議論と理論の普及、そして一部のペンギンの絶滅という悲惨な現実の結果、徐々にペンギンの保護と理解へ向かって流れが変わってきたのだった。
そう、乱獲の結果、1844年、ついに北半球のペンギンが絶滅してしまったのである。
たとえば、「THE ANIMALS」の「絶滅動物記」なる頁の中の、「オオウミガラス」という頁を覗いてみよう。
冒頭、【北極のペンギン】という項に、「愛嬌のある姿が人気のペンギンは現在地球上に16種類が分布しているといわれています。しかし彼らは全て南極および周辺のもので、北半球には一種類も棲んでいません。しかし、昔19世紀の半ばまで北大西洋にオオウミガラスと呼ばれるペンギンが数多く存在していました」とある。
この頁にはオオウミガラスの生態やペンギンという名称の由来などが書かれてある。
さらに、「オオウミガラス絶滅への道」という頁には、(少なくとも)数千年にわたるペンギンと人間との関わりの歴史が書かれていて、ついには、「このエデリー島での事件が確認された最後のオオウミガラスの目撃報告であり、これによって1844年6月3日をもってオオウミガラスは『絶滅』したと言われています」という記述に至る。
「オオウミガラス」や「オオウミガラス絶滅への道」なる頁は興味深い記述がされていて読み応えがある。是非、一度、目を通して欲しい。
ペンギンたちには、皮を衣服その他に使ったり、「食料や燃料などとして大量に殺戮され、利用されてきた受難の歴史もあ」ったのだ。食料もひどいが、燃料として消費されたとは!
一部のペンギンは極寒の海で暮らすに耐えるため脂肪分がたっぷり体に蓄えられている。その脂肪を取り出して燃料にされた……のではなく、ペンギンの愛らしい体そのままに一気に燃料として燃やされたのだった。
あれほど徹底的に乱獲してきたというのに、それでも、ペンギンたちは生き延びた。だからこそ、欧米ではペンギンというと逞しさのイメージが語られざる前提としてまず最初に来る。
が、日本にペンギンが紹介された頃は、そんなペンギンの受難の前史が終わりを告げ、保護され生存を死守すべき対象に転換を遂げた背景を背負っていた。日本には幸か不幸か愛らしい、ユーモラスな、それこそ縫いぐるみのモデルに相応しいというイメージ一色のペンギン像が出発点となっていた。欧米で常識の受難の歴史がすっぽり抜け落ちているわけである。
「ペンギン・シアター DVD 【天使のやすらぎヒーリングCD・リラクゼーションDVDの販売】」という商品がネットでは見つかる。
「白銀の大陸は僕らのステージ。ペンギンたちのあらゆる魅力を高画質でたっぷり収録!」とか「キュートで愛らしい姿はもとより、親子愛や擬人化せずにはいられないユニークなしぐさ、鳴き声まで、ペンギンたちのあらゆる魅力を余すところなくギュッと凝縮。氷のステージで繰り広げられる人間顔負けのドラマを、思う存分、何度でも楽しんでいただけます! ペンギンたちの住む南極大陸の魅力を体感できるハイビジョン撮影BGV「南極シアター」」云々とある。
小生も折があったら見てみたくなる!
別にこの商品がどうこうということではなく、ペンギンというと南極などの白銀の大陸という関連付け、「キュートで愛らしい姿はもとより、親子愛や擬人化せずにはいられないユニークなしぐさ」、白黒のタキシード姿、縫いぐるみ、といった紋切り型のイメージからまるで出ない(日本の)現状が少し寒いということだ。
愛らしいだけでは済まない実情があるのに、愛らしいの一辺倒では、そうした現実への認識が一向に深まらない、タンカーなどの座礁・転覆で原油などが海に流出し浜辺に流れ込み、ペンギンなどの海辺の生き物が大量死の危険に迫っても、そうしたニュースはほとんど話題にならないし、ボランティアがそうした海辺へ生物たちの保護活動に世界中からやってきても、その中に日本の人の姿は稀だということが、要するにペンギンの愛らしさ(というイメージ)をご都合主義で利用し楽しめればそれでいい、現状を理解するのは二の次三の次の、そんな明治以来、まるで変わらない実情が歯がゆいと著者は熱く語っている。
そもそもペンギンについては、著者によると、きちんとした文献が日本には極めて少ないとか。むしろ、だからこそ著者は自らが手を挙げ数年をかけて文献を調べ上げ本書を書き下ろしたのだった。
日本には既にペンギンという名前で紹介されたが、そもそもペンギンという名前の由来は? この点も本書に縷々、書いてあるが、ネットでは先に紹介した「オオウミガラス」なる頁にも詳しい。「もともと『ペンギン』という名前は、この地方に訪れたヨーロッパの船乗り達がオオウミガラスにつけた名前でした。更にその呼び名が後の時代に発見された、オオウミガラス達と姿がそっくりな現在のペンギンたちにも用いられたといわれています」として、幾つか説が挙げられている。本書によると「太っちょ」といった意味合いの語も語源(名称)の由来(説)の一つだという。
が、ふくよかな体型とは裏腹に、ペンギンは海中では驚くほどの俊敏さである。テレビ(か映画)などで観たことがある人も多いのでは。
そう、ペンギンは見た目のおっとりさとは別の前史(そして海水面下)にも、一層、豊かな世界があるのだということを本書などを通じて認識するのもいいのではなかろうか。
本書は、大航海時代の歴史をペンギンを通じて語る、といった趣もあって興味深かったし、コロンブス前史というか、アメリカ大陸を記録には残らない形で既にヴァイキングが発見していたという逸話も紹介されていて、新井白石のペンギン紹介という貢献(?!)も知ったり、とにかく内容豊富である。
最後に、「オオウミガラス絶滅への道」なる頁の結語を味読することで、本稿を終えたい:
「かつて北大西洋全域に分布したオオウミガラスたちは、このようにして人間の出現と共に絶海の孤島へと追いやられ、最終的には船乗りや漁師による見境の無い攻撃と、博物館やコレクターたちの欲望によって地上から姿を消し、人間による絶滅動物のシンボル的な存在として語り継がれています」
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コメント
こんにちは~さっそくですがコメントしようと思ったら英字になります。ココログのサイトで以下の文を見つけましたので、御確認下さい♪
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日本語であったものが外国語で表示されてしまうというお問合せを頂いております。このような状況が発生した場合は、該当するココログ管理画面の「管理ページトップ > ブログ一覧 > ○○○(お客様のブログ名)> 設定 > 表示設定」にある「表示言語」を確認し、「Japanese Japan(日本語 日本)」を選択。変更保存を行っていた
だくことで、日本語表示に戻すことが可能です。
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投稿: ちゃり | 2006/03/31 16:32
ちゃりさん、ご指摘、ありがとうございます。
もしかしたらこの数日、そうした状態が続いていたのか。3月の27日にココログでトラブルがあり、その処理に追われていたとか。修復はなったというけれど、その際に一部システムに異常が発生したのかもしれない。
自分でコメントを(戴いたコメントに対するレスは別として)書かない限り、このように教えてもらわないと、ずっと気づかなかったと思います。
そういえば、他にも数日前から変な点があるが、それもココログのシステム修復の余波なのか。
投稿: やいっち | 2006/04/01 06:58