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2006/03/07

川田順造の中のエレクトラ&エディプス

 川田 順造氏著の『母の声、川の匂い   ある幼時と未生以前をめぐる断想』(筑摩書房刊)をたった今、読了した。宮本 常一著の『忘れられた日本人』 (ワイド版岩波文庫) とほぼ平衡するようにして読んでいた(他に、メルヴィルの『白鯨』は言うまでもなく)。
 この『母の声、川の匂い』だが、例によって図書館の新刊本のコーナーにあったから手に取ったのだが、さて、著者名の川田 順造氏が小生を惹きつけたのか、それとも、題名の『母の声、川の匂い』なのか、定かではない。
 そう、このところ、 「匂い」に拘る雑文を綴ってきた小生なのだ、その小生の鼻先にこんな題名の本が現れたら、手に取るしかないのである。
 まあ、冗談はさておき(まんざら冗談でもないのだが)、川田 順造氏の名、それゆえ本はある種の懐かしさの感で手にしたのは事実である。
 レビューにもあるが、「東京下町の地霊が呼び覚ます心の軌跡。灼熱のアフリカドラムが甦らせた江戸木遣り、姉に長唄をさらう母の声、寡黙な父の後ろ姿…。江戸東京の地下水脈のうちにたどる文化人類学者の自分史。」といった内容も小生のお気に入りである。

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→ 7日、都内某所の公園にて。「春になると…spring has come!」で撮ったのと同じ場所。もう、満開全開である。でも、焦点が花びらに合ってない!

 なんといっても、世界の名著シリーズの一冊であったレヴィ=ストロース著の『悲しき熱帯』(中央公論社1977刊)は川田順造氏訳だったのだ(ちなみに小生は高校時代から大学にかけてこの「世界の名著」及び「日本の名著」シリーズに随分と(?)お世話になった。『悲しき熱帯』については松岡正剛氏の例のサイトが参考になる。小生はというと、『ブラジル不思議・探検』の中で若干、触れているだけ。尚、『悲しき熱帯』は、現在は中公クラシックス版が出ている)。
 当然ながら、本を読む際はバカみたいに最初から最後まで(表紙から裏表紙まで)読まないと読んだことにならないという杓子定規な小生なので、本文(訳文)は勿論、川田 順造氏の解説文も読んでいるはずである(川田 順造氏には「レヴィ=ストロースの名著「悲しき熱帯」の舞台ブラジルを、半世紀後に訪れた文化人類学者の見たものは。家父長制と母性憧憬、雄性誇示と去勢願望。精神分析用語が似合う幻惑の熱帯をレポートする」という『ブラジルの記憶 (気球の本)  「悲しき熱帯」は今 』(NTT出版)なる本があるようだ)。

 二度目に川田 順造氏の本に出会ったのは、十数年後と随分と飛んで『音・ことば・人間』(岩波書店刊、同時代ライブラリー 128)という本で、これは武満徹の音楽というより学生時代に同氏著の『音、沈黙と測りあえるほどに』(1971 新潮社)などを読んで魅せられていた小生が、精神的なスランプもあって落ち込んでいた中で、久しぶりに武満徹の本を読みたくて書店でたまたま目にし手に取った本だった。
 この頃は宇宙論と絵画関係などの本以外は読む気力もなく(会社を首になる一年と半年前。瀬戸際族だったのだ!)、この『音・ことば・人間』も、対談だったから何とか読めたのではなかったか。この頃のことは、黒星瑩一著『宇宙論がわかる』」という雑稿を読むと雰囲気が分かるかもしれない。
 本書『音・ことば・人間』のレビューには、「音のうつろいに「自然」を観る作曲家武満徹と,文字をもたぬ民族のことばと音感に「文明」の意味を問う文化人類学者川田順造.アフリカ,欧米,日本の「音」の世界での鮮烈な体験を語り合い,人間・文化・風土の本質を洞察する」とあるが、小生はその頃、美術館通いに偏し宇宙論に凝っていたが、創造の根源へ、音の根源へ、人の根源へという思いがあったのだろうと、今更ながらに思う。
大岡信氏著の『抽象絵画への招待』(岩波新書)に影響され啓発されたこと大である。)
 その意味で最初から自分の勝手な期待で読んでいて、これでは読書にはならなかったのではないかと思うが、読み手の思い入れのない読書などありえないのだろうし、これはこれで致し方ないのだろう。

 さて、肝心の川田 順造氏著の『母の声、川の匂い   ある幼時と未生以前をめぐる断想』(筑摩書房刊)に焦点を合わせないと。

 1934年東京の下町に生まれ、東大を出てパリへ留学し、日本・アフリカ・ヨーロッパを現地調査して回った著者。その筆者が、日本回帰というのか、生まれ故郷回帰し、上記したように、「東京下町の地霊が呼び覚ます心の軌跡。灼熱のアフリカドラムが甦らせた江戸木遣り、姉に長唄をさらう母の声、寡黙な父の後ろ姿…。江戸東京の地下水脈のうちにたどる文化人類学者の自分史」を綴った。
 だけれど、決して功なり名とげた人物が故郷に凱旋し、懐旧談に浸るという類いのものではない。
 また、文化人類学者の目で彼の、あるいは彼の父祖(母祖)の地の古跡を辿り思い出を綴るというものでもない。
 そうでなく、末期の時を自覚した父がやっとの思いで書いた手紙を捨て去った若き日の川田 順造氏が、今、父の年齢に近付いて、自分が毛嫌いしてきた父の(彼の目で見て)嫌な側面、しかし濃厚に受け継いでいるに違いない血、しかし何を語ることもないままに息子への思いを胸に抱えていた父への今にして抱く理解、また、才色兼備で丁稚上がりの父より遥かに能があると自負していた母が仕方なく父の元へ嫁いだという暗い思いを隠し切れない母の息子への思い、そうした情念が交錯する自分を見つめなおす記録の書なのだと思う。

 本書では「すみだ川」に纏わる、「花子と梅若の運命悲劇には、父と娘、母と息子の、エレクトラ・コンプレックスとエディプス・コンプレックスが、複合され凝集されていないだろうか」(まさに本書『母の声、川の匂い』の一番のテーマは川田氏自身のこれらのコンプレックスの解きほぐしにあるのだろう)という梅若や、長唄『賤機帯(しずはたおび)』の話などが本書の半ばを占め、また筆者が力を入れて部分でもある。
(読んでいた間は、何故、梅若の話にこんなに執拗になるのか分からなかったのだけれど…。)
 本来はその辺りの感想を書くべきなのだろうが、それより、小生は3月10日が近付いているからというわけでもないが、関東大震災以上に激しく焼き尽くされて多くのものを失うことになった東京大空襲についての記述が非常に心に焼きついた。
 機会があったら、この点に付いて改めて言及してみたい。
 ちなみに小生は、「春の川(はるのかわ)」(March 10, 2005)にて永井荷風の『断腸亭日乗』と絡めて東京大空襲を、「花炭…富山大空襲」(August 17, 2005)にて母の経験と絡めての富山大空襲をそれぞれ採り上げている。

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