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2006/03/21

モーツァルトのクラリネット五重奏曲!

 今年はモーツァルト生誕250年ということでモーツァルトの曲を聴く機会が多い。営業中、車中での楽しみというと音楽なので、歌謡曲などポップス系も好きだが、モーツァルトのいろんな曲を聴けるのは嬉しい。
 昨日は、NHK-FMを正午のニュースからずっと聴いていた。
 言うまでもないが、お客さんをお乗せしている間は消すかボリュームを下げるか、お客さんの要望する局に切り替える、などなどの注意事項は当然のことだし、今まで何度も書いてきたので、もう繰り返さない。よって聴いたと書いてあっても、結構、途切れ途切れだったりする。残念だけど、仕方がないよね。
 実際、午後は5・10日で祭日の前日ということもあり、息つく暇もないほどに忙しかったのだ! トイレへ行く暇があるのかと心配したりしていた。

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→ 同じく二十日に撮ったもの。その稲荷神社の脇にある公園の角にたつ巨木。通り過ぎようとしたら、その幹の迫力に思わずパチリ。見ようによってはエロチック?!

 下記するが、四時頃郊外の地に向かったので(平和島)、近くの公園の脇に車を止め、お茶で一服しつつ、たまたま流れてきた「ミュージックプラザ 2部 -ポップス- つのだ☆ひろ」でのキャンディーズ特集を聞いて、やっと人心地付いたのだった。
 逆に、ラジオはそこそこに(断片的にでも)聴けたが、何処かの駅で待機(お客さん待ち)しつつ、その時間を使って本を読むというわけにはいかなかった。せっかく、レビューによると、「呪術的な響きを聞き分けるハーンの耳を魅了した琵琶法師,大黒舞,門づけの歌….近代日本が捨て去った物語の調べ,冥界と交信する民衆の音楽を再生し,『耳なし芳一』がもつイメージの官能性,濃厚なエロスの所以を掘り下げる」という西 成彦氏著の『ラフカディオ・ハーンの耳』 (同時代ライブラリー、岩波書店)なる本を持ち込んだのだけど。

 昨日、嬉しかったのは、「ひるの歌謡曲」(丘 みどりさんのDJ)でキャンディーズのヒット曲の数々を聴けたこと。曲名だけを挙げておくと、「あなたに夢中」「年下の男の子」「ハートのエースが出てこない」「哀愁のシンフォニー」「やさしい悪魔」「春一番」「暑中お見舞い申し上げます」「アン・ドゥ・トロワ」「わ な」「微笑がえし」「つばさ」。どの曲も好きだ。偶然なのだろうけど、他の時間帯(しかも同じ局。4時からのつのだ☆ひろさんDJによる「ミュージックプラザ 2部 -ポップス-」の中で。大体が同じ曲だが、「危い土曜日」が新規だった)でもキャンディーズの特集をやってくれた。
 キャンディーズのヒット曲の数々をこれだけたっぷり聴けるのは嬉しいけど、毎日、一曲は聴けるほうが嬉しい。どうして特集が同じ局の中で重なるのだろう。勿体無い。ビフテキを一日に二度、食べるようなもので、ありがた迷惑ではないが、工夫が欲しい気がする。

 それにしても、返す返すもキャンディーズが現役で活躍していた時、学生時代だったりして貧乏暮らしの小生、テレビがなく、その活躍ぶりを自宅では見れなかったことは、惜しい! 悔しい! 勿体無い!
 いつか、機会を設けて、小生にとってのキャンディーズあれこれを綴ってみたい。

 この「ひるの歌謡曲」でDJを務められている、丘 みどりさんの「おけさ渡り鳥」も聴いた。この番組では特集した曲が架かり終わったら、その残りの時間でDJを務められている歌手の方の新曲が流れることになっていて、大概は一分前後で番組が終わる。全曲を聴いて欲しいのだろうけど、そうもいかない。
 でも、この短い時間の中でファンをつかめるなら、いい機会ということになるのだろう。

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← 二十日の夜半過ぎ、都内某所の線路脇のトイレ。一体、どっちがトイレでしょう(正解は左奥にひっそりと佇む小屋です。近いほうの格好のいい建物の正体は不明)。

 さて、「ひるの歌謡曲」に続いては、深沢 彩子さんDJの「歌謡スクランブル」で、これも極力、聴くようにした。なんたって、「名唱・演歌集」ということで、「矢切の渡し」(ちあきなおみ)「 蛍 」 (松原のぶえ)「ムサシ」(冠  二郎)「男 道」(中村美律子)「氷 雨」(日野 美歌)「こころ花」(山川  豊)「私には貴男だけ」(ケイ・ウンスク)「火の鳥」(美川 憲一)「小春王将」 (三笠 優子)「男の出船」 (北山たけし)「北海岸」(田川 寿美)「酔いぐれすずめ」(大川 栄策)「夜空~ニューバージョン」(五木ひろし)といった曲が聴けるのだ。聞き逃すわけにはいかない。ちあきなおみの歌唱は凄いし、松原のぶえのファンだし、日野 美歌の「氷雨」には思い出があるし、ケイ・ウンスクは美人で声がハスキーで痺れるし、三笠 優子は聴き応えがあるし、大川 栄策は何を聴いても彼のワールドの歌になるし、売れ始めた頃の五木ひろしの歌は迫力があるし。

 さらに、午後の2時からは、「ミュージックプラザ 1部 -クラシック-」(唐澤美智子さんの案内)で、モーツァルト、シューベルト(「ロンド イ長調 D.951」「野ばら D.257」ほか)、リヒャルト・シュトラウス(「万霊節 作品10 第8」「あすの朝 作品27 第4」)、シューマン(「ピアノ協奏曲 イ短調 作品54」ほか)などを聴いた。

 最初に流れてきたのは、「ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.332」(モーツァルト作曲)だった。詳細を書いておくと、「(13分16秒) (ピアノ)グレン・グールド <ソニー SRCR-9667~70>」ということになる。
 グレン・グールドがモーツァルトを弾く。グレン・グールドは演奏を聴くのも好きだが、彼の文章を読むのも好きだ。確か、失業時代にレンタルショップでグールドの弾くバッハの「ゴールドベルク変奏曲ト長調」のテープを借りて聴いたか、当時は健在だったラジカセでラジオを聴いていたら流れてきたのを聴いたのだったと思う。気に入って、本にも手を伸ばしたのだった。内容は理解の及ばない部分が多かったはずなのに、節々で想像力の琴線を掻き鳴らす記述に遭遇したという印象が残っている。
 その本の題名は、『バッハからブーレーズへ  グレン・グールド著作集』(ティム・ペイジ編集、野水 瑞穂訳、みすず書房)だった。失業時代は、図書館とプール通いしていたが、その間、体のリハビリと共に、自分の音楽や美術、読書の守備範囲を広げようともしていた。カネはなかったので、借りて読んで気に入った本は記憶にとどめておいて、タクシードライバーになって二年目でなんとか借金の一部は返して本を買えるようになって、何冊かの本を買ったうちの一冊が『バッハからブーレーズへ』だった(なので手垢が付いていない本の一冊でもある)。

 次に流れてきた曲に驚いた。それは、「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」(モーツァルト作曲)という曲。その詳細をメモしておくと、「(32分46秒) (バセットクラリネット)ペーター・シュミードル (バイオリン)ウェルナー・ヒンク (  〃 )フーベルト・クロイザマー (ビオラ)クラウス・パイシュタイナー (チェロ)フリッツ・ドレシャル (※ウィーン八重奏団のメンバー) <ポリドール POCL-1188>」である。
 出だしから、おおー、なんだこれは! だった。小生はクラシック音楽にも疎い。モーツァルトの曲もそんなに聴いているわけではない。それでも、これがモーツァルトの曲なのか、彼はこんな曲も作っていたのかと驚いてしまった。
 その驚きの意味合いやニュアンスを伝える力は小生には残念ながら、ない。
 恐らくはクラシックに造詣の深い人、モーツァルトの曲に深く長く親しんでいる人には聞き慣れた曲の一つなのだろう(推測)。小生がクラシックにもモーツァルトの音楽の世界にも疎いから、今頃になってこんな曲があるのかと、遅すぎる遅れてきた、頓珍漢な感動を覚えているに過ぎないのかもしれない。
 でも、小生には新鮮な、静かな、でも、どこか胸騒ぎを呼ぶようでもある感動(衝撃に近いかも)を与えてくれた。

 気になるので、ネットで調べてみた。
 頼りになるのは、「クラリネット五重奏曲 (モーツァルト) - Wikipedia」である。
 解説の冒頭に、「モーツァルトによる五重奏曲の中にあっても、ここまで有名な曲は他にないであろう。クラリネットいう、当時はまだ目新しさのある楽器でようやくオーケストラの仲間入りをし始めたという時期に、その音の魅力に即座に気付き、数々のクラリネットのための名作を作り上げた点は、さすがモーツァルトということが出来る」とある(太字は小生の手になる)。
 そうか、やっぱり有名な曲なのね。きっと、小生も何処かしらで幾度か耳にしているだろうな。が、昨日は波長が合ったので、心に染みたんだろうな。

 解説には、さらに、「クラリネットは高音と低音で音の膨らみが違い、高音になるほど細く明るい感じの音となり、低音になるほど太く暗い感じのする楽器である。その微妙な音質の違いこそがクラリネットの魅力の大きな一つである。クラリネットを聴いて、すぐにそのことに気付いたモーツァルトは、友人シュタードラーの為にこのクラリネット五重奏曲を完成させ高音部から低音部まで幅広く使うことによってその特性を余すことまく引き出した」とある。

「曲の構成」という項には、「四楽章の構成になっているがイ長調という調性にも関わらず、第一楽章からしてやや陰鬱な響きを以って始まる」とある。実際、どこか葬送曲のような雰囲気さえ漂ってきたのだった。

 さらに「モーツァルトの楽曲一覧 - Wikipedia」でこの「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」がいつごろ作曲されたのかを調べてみた。
 すると、1789年(33才)の時に作った曲なのだ。33歳は若い? しかし、5歳の時から作曲家人生が始まっている
モーツァルトの35年という生涯からすると、晩年と言っても見当違いではないのかもしれない。

 また、「曲の構成」という項には、「ちなみにブラームスはこのクラリネット五重奏曲に大いに関心を示し、彼自身、クラリネット五重奏曲を作曲したほどである。その影響もあって、第四楽章はやはり変奏曲形式になっている」とも書いてある。
 こうなると、同じくペーター・シュミードルの演奏でブラームス作曲の「クラリネット五重奏曲ロ短調」(ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団?)とモーツァルトの「クラリネット五重奏曲」とを聞き比べてみたくなる。
 今度は、NHK-FMさん、この両方を一緒に流して欲しい!

 それにしても、モーツァルトの「クラリネット五重奏曲」のあの曲調。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト - Wikipedia」によると、1791年 - (35歳)の時、「健康を崩し、11月から悪化。7月にフランツ・ヴァルゼック伯爵から匿名で依頼を受けた『レクイエム K.626』の作曲を終えることなく、12月5日午前1時ころ35年の生涯を終えた。死因については毒殺説、謀殺説などが語られているものの確証はなく、あるモーツァルト研究家によるとその症状から見て「リューマチ性炎症熱」だったのではないかと推定されている」という。
 しかも、この年の「7月 第6子フランツ・クサーヴァー(1791年-1844年)誕生」という。
 となると、あとから振り返ってみると、この曲を書いた1789年(33才)は彼にとっての晩年ではあるけれど、別に体調(心身)がおかしくて死を予感していた、と考えるのは憶測が過ぎるのかもしれない。
 むしろ、上記した解説にあるように、素直に、「クラリネットは高音と低音で音の膨らみが違い、高音になるほど細く明るい感じの音となり、低音になるほど太く暗い感じのする楽器である。その微妙な音質の違いこそがクラリネットの魅力の大きな一つであ」り、「クラリネットを聴いて、すぐにそのことに気付いたモーツァルト」だったと受けとめておくべきなのだろう。
 そしてだからこそ、改めてモーツァルトは凄いと思うわけである。

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