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2006/03/03

桃の節句…雛流し…曲水の宴

(書き忘れていたが、「2005年03月の索引」の中で示したように、昨年3月に拙稿「桃の節句」を書いている。無論、日付は「March 03, 2005」である。同じ季語を話のネタ乃至はとば口にしながら、いかに話が違う風に展開するか、両者を読み比べると面白いかも…つまらないかもしれないけどね。)
 ここ数日、季語随筆日記らしいことを書いていないので、今日は表題にあるごとく「季題【季語】紹介 【3月の季題(季語)一例】」のうちにある「桃の節句」を採り上げたい。
 何たって今日は三月三日、桃の節句を祝う日なのである。
 小生には、こんな華やかなというか、若やいだような季語は無縁の世界なのだが、それだけにせめてここにおいて雰囲気だけでも味わってみたい。

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→ 三月三日の夜、日中の一時は激しかった雨も峠を越し、都内某所の公園脇で枯れ木などをパチリ。桜。あと二週間余りで開花が始まるとか。その日を今か今かと待っているのは人だけじゃなく、むしろ花のほうなのかもしれない。ああ、写真など撮ってせっかくの安眠の時を邪魔しちゃいけないね。

 咲く日待つ思いを秘めて深く寝ん

 例によって、季語のことは何も知らないので、ネットの力を借りる。
俳句歳時記の部屋」の「春の季語(行事・暮らし編-種類順) 桃の節句(もものせっく)」によると、「桃の日 雛の節句」などの類義語があり、「三月三日、女の子の節句」という。
 関連して、「雛市、雛祭、菱餅、白酒、雛あられ、雛流し」といった季語がある。類義語もそれぞれの季語にある。

さきわいみゅーじあむ」の「今月の季語 月1日~31日(陰暦1月16日~2月16日)」、その「◆雛祭り(ひなまつり)」の項によると、「古来、人々は草や紙で「ひとがた」という人の形をつくって自分の身代わりとし、川や海に流すことで、災厄を払っていました。この儀式が宮中のお人形遊びとが結びつき「雛祭り」の原型になった、と言われています」とある。
「雛流し」という季語は「けがれを祓うため三月三日の夕、川へ流す行事」ということのようだが、何処かしら 「平安貴族の宴に行った遊び 」だという「曲水(きょくすい)」 (類義語に「曲水の宴 盃流し」)を想わせるような。

 例によって「三省堂 「新歳時記」 虚子編から季語の資料として引用しています」という頁を覗いてみよう。
「桃の節句」の項には、「五節句の一。三月三日は桃の花を押して雛に供へたり、桃花酒を酌みなどするので斯くいはれるのである。五月の菖蒲の節句が男の子の節句なのに対し、これは女の子の節句である。初節句の家等殊に祝ふ」とある。
 それより注目したいのは、「雛(ひな)」の項である。
「ひな【雛】」の説明②として、「女児などの玩具とする小さい人形。紙または土を原料として作り、多くはこれに着物を着せる。古く平安時代からあり、初め立雛(紙雛)が生れ、室町時代には座雛(人形雛)となり、江戸中期以後は今日の雛人形が造られるようになり、雛祭に飾った。雛人形。ひいな。」とある。

 分からないのはそもそもこうした祭りが何ゆえ始まったのかということ。上で、「古来、人々は草や紙で「ひとがた」という人の形をつくって自分の身代わりとし、川や海に流すことで、災厄を払っていました」といった説明を示したが、そこには女性(女の子)特有の穢れの意識があるのだろうか。

はてなダイアリー - ひなまつりとは」を覗いてみると、既に示したような説明に加え、「「年中行事図説」(柳田国男監修 民族学研究所編 岩崎美術社)によれば、「桃の節句」はもともと春先に農作業をはじめるにあたり、物忌み、禊などを行い穢れを払う行事であり、人形はもともとこの汚れをうつして川などに流す「形代」として使用されていたらしい。従って、特に女子の祭りというわけではなく、男女が共に参加した」といった記述が載っている(太字は小生による)。
 同じ頁にはさらに、「一方、「端午の節句」はもともと田植えを前に稲作の吉凶を占う行事であり、そのため、田の神(女性)との関わりが深かったらしい。二つの行事が今のように男子・女子の祭りとして認識され、華美になってきたのは、ごく最近の近世中期以降だという」ともある(太字は小生による)。

 そうか、女性(女の子)特有の穢れの意識といった穿(うが)った見方は邪推に過ぎず、やはり農作業(豊作祈願)に関係すると思ったほうがいいわけだ。
 しかし、こんな簡単に理解しておいていいとも思えない。女性への忌みの意識というのは古来、相当に根深いものがあったはずだし、そのことは女性が子どもを産むということで、多産(豊作)という忌みの裏腹乃至は畏敬の念の裏返しの念の反映が何処かしらにあるはずなのである。
 
 さらにネット検索してみると、「雛祭りの由来 人形のまち 小木人形」という頁が見つかった(ホームページは「小木人形」)。
 そこには、「平安貴族たちは、三月の巳の日に、疫病など流行やすいと言うことで、占い師により無病息災を祈願する行事、人形(ひとかた)・紙・土・草・藁などで簡単な人形(にんぎょう)をつくり、お酒やお供物を添えて、病気や災いを身代わりに背負ってくれますようにと、願いをこめて川や海に流しました。また一方、そうして貴族たちの風習はこのように農耕時期を前にして農民にも広がって行きました」といった説明が見出される。
 また、「そのうちに都の貴族の大人たちの遊びの雛遊が早いうちに貴族の子供たちへと広まりはじめました。
しだいに雛人形は豪華さを増し、部屋に飾っておくものになり、やがて、武士をはじめ一般庶民にも広まり今に伝わる思い、女の人のいろいろな穢れ・災いの身代わりになる大切の物として人の世のしあわせを願っての3月3日の雛祭りの行事となってゆきました」とも。
 つまり、「雛人形は長い時間をかけて女の人が人形によせる心と上巳の祓いとが一体となり形成されたもの」だというのだ。

 このには、「三月三日になぜ女児のお節句(節供)で雛祭りをするのかしら」ということで、「雛人形のルーツは中国渡来の「上巳(じょうし)」の節句です」以下、縷々、ルーツについての説明を与えてくれている。
 源氏物語で「光源氏が海辺に出て陰陽師(占い師)により祓いをし、紙を切って人の形に作」った、それが「人形(ひとかた)、形代(かたしろ)と呼ばれ」るという話など、興味深い。

 さらに、「では、どうしてお祓いを行ったのかしら」という質問にも答えてくれている。「三月節供の本来の意味は身の穢れを洗い流す作法から女性とのかかわりが深くなり、憧れの婚礼を模した人形へと変化して行く」という流れがあったわけである。
「雛遊(ひいなあそび)の意味するところとは」という項目も興味深い。『菱餅』や『白酒』の意味も説明してくれている。
 もう、この「雛祭りの由来 人形のまち 小木人形」という頁を発見しただけで今日の季語随筆を綴る(ためネット検索した)意義はあったということになる。

 ただ、小生としては十分に満足したというわけではない。文中に示唆したように「雛流し」が「曲水(の宴)」 を想わせるという点の真偽のほどがあやふやのままである。
「雛遊(ひいなあそび)」のうちには曲水もあったのか、なかったのか。

 下関(しものせき)市には「平家雛(へいけひな)流し神事」があるという。「壇之浦の合戦で源氏に敗れた平家一門の慰霊のために行われる神事です。杯が目前に流れ着く前に短歌や俳句をしたため披露する「曲水(きょくすい)の宴(えん)」の後、手作りの紙雛を関門海峡に流します」というもの。
「雛遊(ひいなあそび)」を楽しんだあと、使った雛を捨てる際、曲水という形を取ったのか、あるいはいつかしら時代の流れの中で「紙を切って人の形に作り」(それが「人形(ひとかた)、形代(かたしろ)と呼ばれ」る)、その紙で体中をなでて、病気やけがれをこの紙の人形に移して、船に人形を載せて他界に流したとされています」という「雛流し」と合流していったのではないかか、そんな憶測もしてみたくなる。

 と、恰好のサイトが見つかった。「茶の湯歳時記」の中の「特集《京の和菓子》 弥生」なる頁である。
 そこには、「三月三日は上巳(じょうみ)といい、中国古代の風俗で水辺に出て穢(けが)れを祓う行事があり、それがわが国に伝来し、自分の身体をなでた人形を水に流して穢れを祓う行事となり、それが曲水の宴や雛流しへと発展した」とあって、小生が言いたいことが要領よく纏めてくれている。
「ひちぎり」という和菓子は小生に相応しい上品なお菓子で、小生、大好きである。その「ひちぎり」が「先端をひちぎることからの名で、子だくさんを意味」するってのは、初耳だ。そうだったのか!

 そのほか、もう、書く余裕がなくなったが、「雛人形が今日のように雛段の上に鎮座する座り雛の形になったのは、徳川家康の孫、東福門院和子が子供のために作ったものがはじまりとされている」という点も、段の雛飾りを見る際には、チラッとでも脳裏に浮かべておいてもいいのかも(「季節のことば 雛祭り」より。「日本国語大辞典第二版オフィシャルサイト:日国.NET」がホームページ)。
 なんといっても、ここには女帝誕生秘話が関係しているのだ!

 ああ、「牛皮(求肥)」とか「ひちぎり」とか、何でもいいから抹茶を喫しつつ、和菓子が食べたくなった。
 ま、今日はとりあえず「うぐいす餅」だ!

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コメント

こんにちは。
ひとがた流しについて調べていると、ここに辿りつきました。
おもしろい日記ですね。
それも今年の3月。 そう遠くはない。(遠いかしら)

私も民俗学が好きで、最近柳田さんの妹の力という書籍に悪戦苦闘しました。
民俗学おもしろいですよね。

投稿: tamaco | 2006/12/24 01:40

tamacoさん、コメント、ありがとう。
コメントを戴いたお蔭で久しぶりにこの記事を読む機会を得ました。

小生も民俗学に関心があるし、柳田氏の仕事も少しは齧ったことがあるのですが、巨魁ですね。巨大な象の体をちょこっと触らせてもらって、せめて雰囲気だけでも味わえたらと思っています。


投稿: やいっち | 2006/12/24 07:41

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