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2006/02/20

今日は小林多喜二の忌日

 今日2月20日は、「季題【季語】紹介 【2月の季題(季語)一例】」にも載っているように、「鳴雪忌(内藤鳴雪翁の忌日。別名、老梅忌とも)」でもあるが、これは既に若干だが昨年の今日、季語随筆日記「木の実植う」にて触れている。
 そこで「今日は何の日~毎日が記念日~」の「2月20日」の頁を覗いてみる。
「旅券の日」「歌舞伎の日」「普通選挙の日」といろいろあるようだ。
 人物について一覧してみると、「伊波普猷 (言語学者,民俗学者,歴史家,「沖縄学」を創始) 」「ハルトマン (独:哲学者)」「志賀直哉 (小説家『暗夜行路』)」「石川啄木 (詩人,歌人,評論家『一握の砂』『悲しき玩具』) 」「左卜全 (俳優) 」「シドニー・ポワティエ (米:俳優) 」「長嶋茂雄 (野球(巨人/監督[元],内野手[元])) 」「志村けん (タレント(ドリフターズ)) 」……と錚々たる方々の誕生日である。

 一方、「惟喬親王 (皇族,文徳天皇の子,歌人) 」「バールーフ・デ・スピノザ (蘭:哲学者,神学者) 」「村山槐多 (詩人,洋画家)」「内藤鳴雪 (俳人)」「小林多喜二 (プロレタリア小説家『蟹工船』) 」「中野好夫 (評論家,英文学者) 」「武満徹 (作曲家『ノヴェンバー・ステップス』) 」……らの忌日でもある。

 この中で今日は、小林多喜二のことに若干、触れてみたい。『蟹工船』の作家・小林多喜二としてより、「特高警察に捕らえられ拷問によって虐殺」されたことのほうが知られているかもしれない。
 ちなみに、拙稿「『日本語の起源を探る』の周辺」の中でも触れたが、安田徳太郎氏の項で、「彼は反骨の医師で、獄中で拷問死した小林多喜二の遺体の解剖のために奔走した方である」と書いている。
 但し、である。小生の調査不足で、「33年2月小林多喜二の遺体を引き取り、解剖するため奔走したが、官憲の妨害で出来なかった」ことを迂闊にも知らないまま(当然ながら書いていないまま)である(太字は小生による)。

 今更、安田徳太郎の名を挙げても、ピンと来る人は少ないかもしれない。今、何かと(主に不祥事で)世情を騒がせている京都大学だが、彼は京大(医学部)「在学中山本宣治と共に産児制限や性化学のための確立のための努力」された方でもある。

 ところで小生、小林多喜二の代表作『蟹(かに)工船』を読んだかどうか、覚えていない。これは、あまりといえばあまりだが、事実だから仕方がない。
 プロレタリア文学というジャンルの作品に数えられるのかどうか知らないが、ある本についての苦い読書体験があって、そもそも小生、プロレタリア文学なるものを避けてきた。
 季語随筆日記「蛍の光…惑う光」の中でも「廓というと、小生は西口克己の小説「くるわ」(昭和38年 至文堂)を思い出す。確か500頁ほどの小説だったと記憶するが、最後の百頁を引き千切って、最初から400頁ほど辺りまでは、圧巻の叙述が続いていた」と書いているが、とにかく「最初から400頁ほど辺りまでは、圧巻」なのである。
 変にプロレタリア文学ぶることなく、そうした文学理論に引きずられることなく、作家魂で「廓」に身を沈める女や女衒たちの姿をリアル(と若い小生には思えた)に描いている。
 ところが、最後の百頁前後は、左翼的な理論に感化されていることが歴然で(まあ、作家だって社会主義や共産主義にかぶれることはあっていい、そこまでは百歩譲るとして)、その理論というか鎧が小説世界の中に露骨に割り込んでしまっているのだ。
 理論は理論で構わないが、小説という文学世界は別個に完成されているものであって欲しいのに、小説を読んでいるのか社会派の眩しいほどに立派な実践活動振りを称えられても、しらけるだけなのである。

 そうはいっても、西口克己氏の名誉のためにも、「松岡正剛の千夜千冊『ある文人歴史家の軌跡』西山松之助」や「絶望書店日記!! 2003年3月!!」なる頁を紹介しておく。
 とにかく、西口克己の小説「くるわ」(昭和38年 至文堂)は、最後の部分を除けば名作だと今でも思っている。

 話がずれたが、プロレタリア文学が嫌いなのは、偏見だと分かっているのだが、理論が先走っていて、頭でっかちで、いざ作品となると拍子抜けしてしまう場合が多いからである。
 その中で小林多喜二の代表作『蟹工船』は、「当時のプロレタリア文学の理論的、実作的水準を一挙に高めた画期的作品」(「小林多喜二」なる頁を参照)と評されるにも関わらず、小生の印象に残っていないのだから、小生の読書力も情けない限りだ。
 あるいは読んでいないのかも!!
 読んだかどうかも覚えていない!
 プロレタリア文学って、本をパラパラと捲るだけで、もう、読んだような、いいよ、もう、分かったよ!っていう気にさせてしまうのだ…って、人のせいにしちゃ、いけないけどね。

 ところで、小林多喜二は一体、何歳で「特高警察に捕らえられ拷問によって虐殺」したのか。
「33(昭和8)年2月20日、スパイの手引きで街頭において治安維持法違反容疑で逮捕され、東京・築地警察署に留置されるが、転向(てんこう=思想的政治的立場・信念を変えること。特に、社会主義者・共産主義者が弾圧によってその立場を放棄し、他の立場に転換すること)を拒否したため、特高警察の拷問でその日のうちに虐殺(ぎゃくさつ=むごい方法で殺すこと)され、29歳と4カ月という短い生涯を終えた」のである(太字は小生による。同じく「小林多喜二」なる頁を参照)。

 名前の「多喜二」…。あまりに皮肉すぎる?!

 小生が29歳の頃というと、ガス中毒事故で死に損ない、失恋があり、自分の能力に失望し、一気に日和ってサラリーマンになって二年目の頃である。バイクとゴルフとテニスに興じていた。文学も哲学も思い出すように省みるだけで、中毒事故以来十年は(よく表現すれば)雌伏の時期だった。
 そんな小生が曲がりなりにも書くことに改めて拘りだすのには、会社での窓際族化という現実と、再度の失恋が追い討ちとなって襲ってくる必要があった(迷惑が掛かるかもしれないので、友人の頑張りを傍で見たという影響もあったと思うが、この辺は書かない)。
 要は、空っぽのチューブから押し出されるようにして書くことという表現の試みに至りついたというわけである。
 物心付いた時から覚える空白感。生まれながらに芽吹きの段階で踏み潰されたのか摘み取られたのか、何か人間として肝心なものが欠如しているという度し難い感覚。
 小生にとって、書くとは救い難い欠如感、空白感を埋める作業のように感じている。埋まるはずなどないと分かっているのだけれど、自転車操業的に書き続けるしかない、書いて迫りくる空白感から逃げ続けるしかないようだ。
 こんなこと、小林多喜二の忌日とは何の関係もないね。
 ま、日記なんだから、いいってことにしておこう。

 さすがに小林多喜二の忌日は季語の範疇には入っていないようだ。でも、「獄死忌」などと銘打って、彼の冥福を祈ると共に、俳句の世界を広げてみるってのもいいのではなかろうか。

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