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2006/01/03

野老から倭健命を想う

 1月も12月ほどではないが、季語(季題)が多い。
 年末年始ということで年中行事もあれこれあるし、1月は、「門松、 飾、注連飾(しめかざり)、飾臼、鏡餅、蓬莢」といったいかにも正月らしい季語も多い
 が、なんと言っても「初鶏、初鴉、初雀、初明かり、初日、初空、初富士、初凪、若水、初手水、乗初、初詣」や、「初化粧、初諷経、新年会、初金毘羅、笑初、泣初、掃初、書初、読初、仕事始、山始、鍬始、織初、縫初、初商、売初、 買初、初荷、飾馬、初湯、梳き初、 結い初、初髪、初鏡、稽古始、謡初、弾初、舞初、初句会、初芝居、 宝船、初夢、御用始、帳綴、騎初、弓始、出初」などといった、年初ならではの季語が句に織り込まれてきたことが一月の季語を豊かにする上で大きいことが分かる。

 一月は、当然ながら何をやっても初物となる。季語にあるのかどうか確認が取れていないが(以前にも採り上げたことがあるが)、「姫始めとか、初屁の出とか、初小水とか、初喧嘩とか、初料理とか、嘘始め… 」なども、年の一発目であれば、初物であることは間違いない。
 これらが季語になるかどうかは、句をひねる人の力量次第だ。話題になってしまい、多くの人が同じキーワードで句をひねって作品を争うようになれば、一部に顰蹙を買う向きがあろうと、断固、季語の座の末席に連なるに違いない。

 俳句は仲間内の芸や遊び事になりがちな、やや閉鎖的傾向のある遊びである。あまりに豊富な句の例があるし、約束事も歴史の積み重ねと共にうんざりするほどあって、素人が個人的に楽しむ分にはともかく、一般に俳句だと公開するのは、なかなか難しい。目にしてもらうのも難しいが、句をひねる人に仲間・同士・会派があって、その内部では、互いにほんの一瞬、口ずさんでもらえても、それでお終いである。

 ネットが普及して、可能性の上では、素人が気まぐれで作った句であっても、季語(鍵となる語)さえ入っていたら、過去の名作などと共に、下位のほうであっても、検索の網に引っかかることは間違いない。
 特に人が扱わない季語を織り込んでいると、小生のような変わり者が誰か同じ季語で作っている人はいないかと、物色のためネット検索し、おお、ここに先人がいた! と感動の面持ちでとりあえずは詠むし、場合によっては事例として転記することもありえる。
 そうはいっても、初屁の出とか初小水、初雲古、初掃除…」などは雅味ある句にに織り込むには相当な力業が必要だろうとは容易に想像できる。やはりこれらの語群は川柳向きなのだろうか。
(但し、「初小水」については、「初手水(はつちょうず)」がやや微妙な季語として類語として思い浮かべる向きもあるかもしれない。「初手水」の意味は、「元旦に、若水(わかみず)で顔や手を洗い清めること。手水始め。」である。)

 そんな中、さて今日は何を採り上げようかと眺めていたら、「野老」という語が目を引いた。
 小生、勘が鈍いもので、「歯朶(しだ)、 楪(ゆづりは)、野老、穂俵、福寿草、福藁(ふくわら)」の語群の中に「野老」があるというのに、この言葉の意味を調べるまで、正月の縁起物の一つである「海老」と勘違いしていた。さすがに海老(えび)とは読まなかったが、何かそれに類する海(川)の生き物であり、食べ物なのだろうと決め付けていたのである。
(実際、「伊勢海老」という季語(新年)がある。今年は(も)食べ損ねた…。)
 調べてみると、「野老」とは「ところ」と読むのであり、「野老飾る」という傍題もある。「野老(ところ)掘る」だと、秋の季語となる。
 まずは画像を見ておくのがいいだろう。案外と実は目にしているが、名前の不明な雑草の一つくらいに思っているかもしれないし。
季節の花 300」の「野老 (トコロ)」を参照させていただこう。
「根の部分はふくらんで芋のようになる。食べられる。また、”ひげ根”が多数つく。」というが、残念ながら肝心のひげ根の画像が載っていない。
「根にかたまりができることから「凝(とこり)」、 これが「ところ」に変化したといわれる。また「”とろり”と凝った汁」ができることから、そこからいろいろ変化したとの説もある。 漢字の「野老」は、根の”ひげ根”を老人の ”ひげ”に見立てて、海の「海老」に対して山野の「野老」ということでこの名になった。」という説明がとても愉快であり、特に後段が面白い。
 小生などが「海老」に関連すると勘違いするも無理はないのであって、そのような縁起を念頭においた命名がされていたのだ。
「根茎の”ひげ根”を並べて干し、正月の蓬莱(ほうらい)飾りとする。 (老人に見立てて長寿を祈る)」というから、風習・風俗に疎い小生だが、もしかしたら…きっと…見たことがあるに違いない。
 別名、「オニドコロ(鬼野老)」だとか。
野老 (トコロ)」にも「すめろきの神の宮人ところづらいやとこしくに我れかへり見む」が紹介されているが、小生が折々お世話になっている「たのしい万葉集」によると、「野老(ところ)」は、万葉集にも詠み込まれた歌が二首あるという。

 この「野老 (ところ)」については、「 『野老 ( ところ ) 考』 ゲストキュレーター 小熊 健」なる頁が一層、詳しい。
 オニドコロではなく、エドドコロだが、根茎の画像も載っている。

 オニドコロについては、古事記に関心のある方にも興味深いサイトが見つかった。
工房 西塔(さいとう)」の「雅楽と歴史 Ⅰ 」なる頁の冒頭に「1、誄歌(るいか)の解説に異議あり」という項目があって、その中で、「野老蔓(ところづら)は、野老(ところ)蔓(かずら)であり、別名おにどころ。」ということで、関連する話題が載っている。
 ここでは、「倭健命が亡くなったとき、后や御子たちが墓を作り、『田にはい廻って泣きながら』という解説に疑問を持ちました。墓を離れて『田にはい廻る』のはなぜだろうと。」という疑問が、「当時の貴人の埋葬風習は、一度土に埋め、後日白骨を掘り起こしてきれいに洗い、立派な御陵に埋葬し直したとのこと。だから、后や御子たちの作った墓は土饅頭であり、その廻りにとりついて泣く姿が、稲幹にまとわる蔓草(つるくさ)のようだ、となるのです。」と、解かれている。
 少なくとも小生は納得してしまった。

[拙稿「葬送のこと、祈りのこと 他」を参照してもらえたら幸いです。]

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