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2006/01/04

年賀状の代わりのメルマガ

 表題に1月の季語である「年賀」を選んだが、特にこの話題について言及しようというのではない。
 小生は、五年前の二月初め頃にホームページを開設した。文章しかない地味なサイトで、全くの手探りの状態から始めたのだが、お蔭様で既に72000ヒットを超えている。
 ありがたいことである。ひたすら感謝するしかない。
 当初はアクセスが日に一度か二度で、つまり自分しか覗かないサイトだったのが、あれこれ悪あがきなどもして、徐々にアクセス回数も増えていった。が、日に50前後で頭打ちとなっている。これが限界なのか…。

 ところで、ホームページを開設して五ヶ月も経たない同じく五年前の七月にメールマガジンの配信を始めている。
 それは、ホームページへのアクセス回数が伸びないことからの焦り(?)もあったが、当時を思い返してみると、その前の年だったか、田口ランディ氏がメールマガジンを配信していて、人気を呼び、ついには本を出版されてベストセラーになったという話を聞いて、小生、色気を出してしまったのである。
 そうだ、小生の地味なサイトも、メールマガジンとタイアップすれば、うまくいけば認知度も人気度もアップして、うまくいけば本だって出せるかもしれない、なんて。
 全くの誤算に終わったことは言うまでもない。
 思えば、実のところ、ホームページに文章などをアップするのが(自分には)結構、面倒だったことがメールマガジンに走った理由でもあったと告白しておかないといけない。
 そもそもホームページを開設したときは、文章などをネットにアップするには、そのための専用ソフトが必要だと言うこと自体、知らなかった。開設に際し、業者任せにしてしまったツケが回ってきたわけである。
 アップするたびに業者にお願いしていたのでは埒が明かないと、友人にアップの方法を学んだのは開設してから一ヶ月近く経った二月末のことだった。
 確かに方法は学んだが、やはり面倒なことに変わりはない。

 そこへ、メールマガジンという媒体の出現である。
 メールマガジンなら、書いた文章をそのままにネット上に載せることができるではないか!

 あまりに安易な考えだったが、毎日(原稿用紙換算で)10枚は書く小生、実際的にもメールマガジンというのはアップするという点では魅力的でありすぎた。
 メールマガジンの配信を始めてみると、やはり楽である。書いた文章がそのまま配信されるのだ。改行その他で苦労することもない。週に二度ほどホームページを更新し、週に二度ほどメルマガを配信する。これだと、毎日書いた文章を漏れなく、何らかの形でネット上に載せることができる勘定になるわけだ。

 このようにして一昨年まで来たが、そこへブログという媒体の登場である。
 ブログという存在そのものは、三年前の後半くらいから知ってはいたが、理解力の乏しい小生のこと、ブログとホームページの区別がよく分からない。
 ホームページの掲示板に文章を書くと、クリックしたらそのまま文章になるわけで、掲示板に日記を書いて、それをクリックして公開する、公開日記の発展系といった説明を何処かで読んだような記憶があるが、でも、いま一つブログとホームページの違いがピンと来ない。
 ここでは、ホームページとブログの異同について深入りしない。

 ただ、ブログは文章や(あるサンバチームのファンになってから写真を撮る機会が増えたこともあり、画像のアップ…画像の縮小や位置決め…に苦労していたのが)画像のアップが極めて簡単であるという利点には瞠目するしかなかった。
 最初に、一昨年の八月末、meimaで試みて、これは文章のアップが楽だし、自分でも続けられると感じ、小生にとってのプロヴァイダーであるniftyで始めてしまった。
 それが一昨年の九月初めのこと。 
 やり始めると、水は低きに流れるではないが、楽なアップ方法に依存しがちな小生にはブログ以外にアップする媒体など考えられなくなった。
 ブログで文章を公開できるのに、画像だってサイズも含めて自由に公開できるのに、何を今更ホームページに頼る必要がある! という気分である。
 爾来、ブログでの毎日更新(公開)の日々が続いた。ホームページを毎日、更新するなんて論外だったことを思うと、毎日簡単に更新できる、それどころか日に二度三度だってその気になれば可能なブログは、小生にはなくてはならない存在になってしまった。

 さて、そこで困ったのが、メールマガジンである。メールマガジンで小生のエッセイなどを配信すれば、かの田口ランディさんのように評判が評判を呼んで人気者になり、本だって出せるという欲目は、とっくに萎えていたものの、それでも週に二度の配信は続けていた。
 人気者になると言う夢は早々と儚く潰え去ったものの、文章をアップし公開しやすいという利点は消えないのだった。
 それが、ブログの登場で、まるで事情が変わってしまった。

 ホームページは、デザインの一新も含め文章や画像などのアップは依然として手間が掛かるが、ブログは極めて簡単安易なのである。
 だったら、メールマガジンなど何の意味がある? ということになってしまったのだ。
 そう、メールマガジンの配信が小生には厄介者になってしまった、お荷物になってしまったのである。

 そもそも、即興で書いた文章をその場でネットの上に載せることができればそれでいい、というのが本来の狙いなのである。
 だったら、ブログで十分じゃない。何をその上、メールマガジンの配信まで手を染める必要があるのか、という疑問が常に付きまとうようになった。

 大体、やり始めると凝り性の小生、ブログでは毎日更新できるという魅力に夢中になった。となると、本当に毎日、更新してしまう。書く内容も中身の濃さはともかく、文章の量も次第にエスカレートしていく。毎日更新というのは、他人が期待しているかどうかは別として、自分としては自分へのプレッシャーとなっている。
 実際的に、メールマガジンの配信作業に割けるような余力は全くなくなっていたのだった。

 また、ブログを始めてみると、アクセス回数が毎日、増えていく。当初は日に十数回だったものが、すぐにホームページのアクセス回数である五十回を越え、やがては百回に二百回にと増えた。
 上記したように、meimaとniftyでやっていたのだが、昨年の半ばには、両者合わせてのアクセス回数が日に千回を越えた(meimaだけでも千回を越えることがしばしばとなった)。
 これは、サイト主としては嬉しい。

 さすがに、アクセスの多さが読まれている頻度、つまり人気度と比例しないことは小生でも分かる。文章の量が多く、その中に含まれる語彙の量や数が多ければ(当然、その都度、話題になっている言葉や名前を入れればもっと増えるのは分かっていたが、その点は書く文章の題材は、頑固に自分の関心事の範囲内に留めていたが)それだけネット検索の網に掛かりやすいのである。
 ブログでは、一つの頁に何日分かの日記類を載せるようにしておけば、検索の網にそれだけ掛かりやすいという傾向もある(なので、小生は、敢えてその都度、表示される記事の数を減らして、リアルなアクセスを求めるように工夫したこともある)。

 さて、ブログを一昨年の夏の終わり(秋口)に始めてから、そろそろ一年と半年となる。
 その間、メールマガジンの配信は途切れがちだった…というより、実際上、休刊状態だった。
 配信はどうしたという反響と言うかお叱りの声も、時折、サイトを通じて、あるいはわざわざメールで問い合わせの形などで戴いたこともある。
 けれど、ブログで手一杯の中、何ゆえ、メールマガジンを配信するのか、その意味を問い続ける日々でもあった。
 仮に無理してメールマガジンを配信したとしても、ブログで書いている文章をそのままメルマガに転載するしかない。ミラーサイトをブログではなくメールマガジンという媒体で持つだけのことではないか…。
 なんといっても、小生の場合、ブログは毎日、更新しているのだ。何も更新の案内など必要ないはずではないか…。

 ここで、改めて、ブログやホームページとメールマガジンの異同を確認してみたい(ここでは、ブログとホームページを区別しないでおく)。
田舎暮らしdeパソコン生活塾・ホームページ作成・フリー素材・ブログ・メルマガ・スローライフなどの自由研究」を参照する。
「メールマガジン(メルマガ)というのは「まぐまぐ」などの発行システムを利用してメールで情報を発信する媒体です。発信も購読もともに無料で、登録もメールアドレスをいれて購読ボタンをおすだけという簡単さです」という。
 また、「購読はいつでも自由にやめることもできます。購読時に入力したメールアドレスをいれて解除ボタンを押せば、すぐに解除できます。だれもが購読者になったり、発行者になったりしながら、さまざまな情報を共有していくための有効なツールです」とも。
 だから、小生自身、発行者となっているし、幾つかのメルマガの購読者ともなっている。

 ここからが肝心で、「メールマガジンの役割」という項目に、以下の説明が見出される:

「ホームページはユーザーにアクセスしてもらう(アクションを起こしてもらう)必要がありますが、メールマガジンの情報はメールと同じように、何もしなくても自然に届くものですから、ユーザーにとっては楽な媒体です」

 以下、「内容が支持され、楽しみにされるようなメールマガジンを発行できれば、ホームページよりも気軽に情報を伝えることができるというわけです。そしてより詳しく伝えたい場合は、文中でホームページにリンクすることで、興味のあるページを見てもらうこともできます。
最新の話題や登録してもらった人だけへの特別情報を提供したり、ホームページへのアクセスアップをはかったり、読者とより親密なコミュニケーションを築くためのメディアとして大いに活用するとよいでしょう」とあるけれど、まさに、「メールマガジンの情報はメールと同じように、何もしなくても自然に届くものですから、ユーザーにとっては楽な媒体」であることが眼目(の一つ)なのである。

 さらに、ブログはデザインが施されている。従って、一つの記事だけを拾って(選んで)読むとしても、その情報量は数十キロバイトである。その点、シンプルなメルマガであれば、情報量は数キロバイトだ。
 ということは、携帯電話での受信も現在なら十分可能だということだ(実は、数年前にプチメルマガということで、携帯電話向きのメルマガも配信しようとしたが、当時は語数が極めて少なく、すぐに限界を感じ、頓挫してしまったことがある)。
 小生はともかく、世の多くの方は忙しいし、交際も多いし、外出の機会も多い。となると、ゆっくり自宅でパソコンに向かうというのは困難だという事情も考えられる。

 今年から、心も入れ替え(は今更無理だが)、改めてメールマガジンの配信に心がけるようにした。
 ブログ(やホームページなど)を自宅で空いた時間などに自由に閲覧できる人にはあまり意味がないかもしれないが、仕事そのほかでの外出など移動の多い方には、メールマガジンの購読を予約しておくことは大いに意味のあることと信じる。
 ということで、昨夜、早速、今年最初のメールマガジンを配信しました。年賀状を一枚も出さなかった小生の年賀状代わりというわけでもないけれど、まあ、ブログなどのサイトを覗く暇のない方には、年賀の挨拶にはなったかもしれない。
 メルマガの配信は、当面、以下のサイトで行います:
まぐまぐ

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