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2005/03/05

風邪の季節・春の風邪

 三寒四温のせいなのか、例年になく寒い日が続くせいなのか、風邪を引いている人が多い。加えて花粉の吸引を防ぐためだろうが、事情を知らなかったら大仰なとも思われかねないマスクをしている人も目立つ。
 風邪そのものは、夏風邪という言葉もあるくらいで、何も冬に引くとは限らない。春にも秋にもで、時期を選ばない。インフルエンザとなると、時節的にかなり限定されるようだが。
 知り合いのお子さんにインフルエンザに罹患した人も居る。
 かくいう小生も、一月末から2月始めの頃に風邪気味だった。それは大事に至ることなく直ったようだが、一昨日の水曜日だったか、タクシーの中で仮眠を取っていて、油断したのか、体が不調気味になってしまった。なんと症状が腰に出た。
 風邪の初期症状は、その人の体の弱い部位から発症するというが(今まではずっと、額…頭だったのに)、なんとなく腰の調子が変だなとは、この頃感じていたけれど、とうとう腰に来たのか、これから先が思いやられると、実は小生、今、戦々恐々なのである。
 なので、季語随筆からは若干、脱線気味になるが、「風邪」を巡って少々、調べてみたい。

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2005/03/04

淡雪・春の雪

「春の雪」は、文字通り、春の季語で、「しめっぽく、解けやすい。降るそばから消える」ことを含意し、「淡雪 春雪 牡丹雪 綿雪 斑(はだら)雪」などの類義語を持つ(「春の季語(自然編-50音順)」より)。
 関東地方に限らないが、西日本から次第に東のほうへと、冷たい空気が上空に入り込んできて、東京も、今(夜半を回った零時半)は雨模様だが、未明には雪になりそうだという。
 その意味で、表題を「春の雪」としたのは、積もることも予想されている雪よ、淡雪の如、あっさりと消え去って欲しいという願いも篭っての選択なのである。
 七年前だったか、小生の居住する東京も大雪になり、その日、小生はタクシーでの営業中だったが、雪に降り込まれ悲惨な目に遭ってしまった。その顛末などは、いつか、書き止めておきたいが、明日(既に今日だ)の営業での悪
夢の再現だけは御免被りたい。
 雪がもっとひどいと、会社に出向いても、会社は車を出させてくれない。また、別の降雪時は、実際、会社で足止めを喰らってしまった。
 こんな日こそ、社会的責務からいっても、スノータイヤ等を履いて仕事すべきはずなのに、と思いつつ、会社まで一時間あまりをかけて徒歩で来た道を、後ろ髪を引かれる思いをしつつ、また、トボトボ、歩いて帰ったものだった。

 春の雪は、淡雪であり、泡の消えるように、呆気なく溶け去り、消え去っていく。
[ 花鳥風月 ]によると、「淡雪が春の季語となったのは江戸初期からで、それまでは冬の季語でした」という。
 どういった経緯があって、変わったのか。

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2005/03/03

「桃の節句」追記?

「桃の節句」は、雛祭り。そのお雛様繋がりということで(?)、天文学の話題を少々。
 昨日だったか、ラジオを聴いていたら、星の赤ちゃんを発見したというニュースを耳に。誕生から数万年だとか。
 小生には興味のある話なので、帰宅してテレビのニュースを見ていたけど、とうとう見聞きできなかった。確かに今は、西武の堤氏のこと、ライブドアと日本放送(フジテレビ)との戦い、その他、ニュースは尽きないけど、少しくらいはテレビで画像を見たかった。
 今、気が付いたけど、このニュースは昨日のものなんだね。小生、遅れてる。

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桃の節句

 今日3日は、表題にあるように、「桃の節句」である。3月の季語。この言葉については、「杏林の気まぐれスクエアー」の中の、「季節の言葉 3月」にある説明が懇切丁寧で助かる。
「3月3日は『桃の節句』と言われますが、これは江戸幕府が定めた五節供のひとつ」であり、「五節供」とは、「正月の7日に食べる七種粥の『人日(じんじつ)』(1月7日の七種の節供)に続くのが『上巳(じょうみ)』(3月3日の桃の節供)で、さらに『端午(たんご)』(5月5日の菖蒲の節供)、『七夕』(7月7日の七夕祭)、『重陽(ちょうよう)』(9月9日の菊の節供)で季節の変わり目を節日(せつにち)と呼んで大事にしてきました」という。
 また、「現在では節句と書きますが、もとは節供と書き、「供」はおそなえする意味です。神と供に食べ、わざわいを祓う儀式でもありました」という。
 大事にしてきたという、その主体は、幕府なのか誰なのか、これだけでは分からない。また、そもそも、何ゆえ、「五節供」を決めたのかも分からない。
 いずれにしても、「桃の節供は庶民に伝わり、中国から伝わったひなまつりとも一緒になり、女の子のまつりとして幸福と成長を願って賑やかな宴とな」ったのは、事実なのだろう。
 念のために断っておくと、「閑話抄」の中の、「<桃の花>」の頁などにあるように、「「桃の花」と表すと季語は春ですが、単に「桃」とある場合は 果実の方をさします。「桃の実」の季語は夏(古くは秋)」である。
 が、込み入ったことに、「更に、「白桃」という言葉もあります。これは「白い桃の花」をさしますので、もちろん季語は春」だというから、頭が混乱しそう。まあ、桃の花なら、春で、白桃も花なのだから春なのだと理解しておくしかない。 桃の実(果実)は夏だという。だからといって、桃の缶詰は、決して夏の季語じゃない(!)と思われる。

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2005/03/02

独活(うど)

 三月は、季語が多い。特に季節柄か、植物に関する季語が多いようである。季語例を見ていても、目移りするほどだ。
 そろそろ芽生えの季節、萌す時、下手すると芽が出せずに悶々したりもする季節である。が、現実はというと、冬に逆戻りしたような寒さである。
 花粉症に悩まされる人にとっては、もうしばらく寒いままでいて、花粉の飛ぶ時期が少しでも先延ばしになればと願ったりもするのだろうか。
 
 さて、季語例を見ていて、「独活(うど)」が目に飛び込んできた。お、小生、以前、「独活」を採り上げたことがある。それも、季語随筆ではなく、どちらかというと、駄文系の文章の題材として。
 書いたのは、「04/06/13」なので、まだ、俳句も川柳にも読者としてはともかく、実作するつもりなど、まるでなかった頃だ。
 川柳(あるいは俳句モドキ)の実作を手がけ始めたのは、翌月の七夕の前日、つまり六日だったのだった。
 当然、「独活」が季語だとは、まるで思いも寄らないでいたのだった。
 ホームページにも載せてあるが、多少、手直しして、ここにも載せておく:

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2005/03/01

番外:お知らせ

[「無精庵徒然草」は、季語随筆日記と銘打っています。が、ほとんど、季語随筆に止まっており、日記の要素が僅か。
 日記、つまり、日々の記録ということで、あれこれ書きたいけれど、現状でも書きすぎで文章の量が多すぎるのも明らかです。
 なので、「無精庵投句の細道」で、日記的な文章を折々、綴っていくつもりです。
細道」のほうは気楽に覗いてみてください。写真も多めに掲載するし、携帯電話からの投稿も折々、試みます。
 早速、試みに書いて見ました。


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アホウドリ:オキノタユウ

 ラジオでアホウドリの話題を聞いた。アホウドリは、季語なのかどうか、分からない。「無季」扱いのようである。「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞書」によると、「無季」とは、「俳句で、季語を含まないこと。また、その句。 「―俳句」」とある。
「無季」の言葉と季語とを組み合わせて俳句を吟じていいものか、良く分からない。
 アホウドリとは、同上の辞書によると、「信天翁」あるいは「阿房鳥」と表記する。また、「(1)ミズナギドリ目アホウドリ科の海鳥の総称。海鳥としては最大。アルバトロス」とか、「(2)アホウドリ(1)の一種。体は白色で、翼と尾は黒色。全長約1メートル。体重約7キログラム内外、翼を開くと3メートルに達する。伊豆諸島の鳥島および尖閣列島でのみ繁殖する。羽毛業者による乱獲・火山の爆発などで個体数が激減したが、近年回復に向かいつつある。特別天然記念物・国際保護鳥。絶滅危惧(きぐ)種」とある。
 昨夜のラジオ(NHKのラジオ夕刊)は、「山階鳥類研究所」の上席研究員の方が話されていた。誰だったのか、名前は聞き漏らした。最終更新は、2004年12月28日のようである。
 せっかく、ラジオで研究員の方がインタビューに応じる形でお話されるというのに、予告も報告もない。勿体無い話だ。

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2005/02/28

比良八講(ひらはっこう)

 今日の表題に選んだ「比良八講(ひらはっこう)」(「ひらのはっこう」、あるいは、「ひらのはつかう」とも)とは、「比良大明神で叡山の衆徒が修した法華八講」のことで、「湖国に春の訪れを告げる恒例の法要「比良八講(ひらはっこう)」は、例年3月26日に大津市と周辺の琵琶湖で営まれ、僧りょや修験者らが、比良山系から取水した“法水”を湖面に注ぎ、物故者の供養や湖上安全を祈願する」ものだという(「歴史散歩・比良八講荒れじまい」より)。
 同サイトによると、「この法要は、比叡山僧が比良山中で行っていた修法。法華八講(ほっけはっこう)という天台宗の試験を兼ねた大切な法要で、戦後に復活された」とのことで、「この法要のころに寒気がぶり返し、突風が吹いて琵琶湖が大荒れになる。これは琵琶湖と比良山の温度差で突風が起こるものであるが、これを人々は「比良八講(ひらはっこう)」と呼び、この日を「比良の八荒、荒れじまい」の日として、この法要が終わると湖国にも本格的な春が訪れる、とされる」という。
 3月26日の行事のはずなのに、なぜか2月の季語扱いとなっている。
 文中にある「法華八講とは、8人の僧侶が法華経全8巻をそれぞれ朝・夕一巻ずつ4日間で読経する法会」だとのこと。
『源氏物語』に親しまれている方なら、法華八講などの法会の場面が出てくることは御存知なのかもしれない。

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2005/02/27

冴返る(さえかえる)

s-DSC01387「冴返る」は、2月の季語である。2月も残すところ今日を含めても二日。季語例が少ないといっても、言及していない季語が少なからずある。似たような意味合いかどうかは、分からないが、似た印象ないし語感を抱かせる、同じ2月の季語に「沍返る(いてかえる)」がある。
 それぞれの意味合いを説明しておくと、「冴返る」は、「春先に少し暖かくなってきたと思ったら、また急に寒さがぶり返すこと」で、「冴えると言う言葉には、光、音、色が澄むと云う意味を含んでいて、寒さでも冷えを伴う冬の季語になっている」という([ 花鳥風月 ]より)。
 既に、「月冴ゆる」や、「冴ゆる」は、先月、冬(一月)の季語として採り上げている。
 例えば、夏目漱石には、「人に死し鶴に生れて冴返る」という句がある(「漱石俳句カルタ」より)。

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