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2005/02/26

公魚(わかさぎ)

 二月も残すところ、後僅かである。
 今年は28日まで。
 一月というと30日ということに慣れているからだろうか、なんとなく試合の途中でリングの外から勝手にタオルを投げ込まれたような、中途半端な感じがいつもながらしてしまう。
 小生はガキの頃、自分の誕生日を29日と思い込んでいたことがある。もしかしたら26(日)という数字と29(日)との区別がはっきり付けられなかったのか、それとも、誕生日という概念をようやく掴み始めた頃だったのか。
 で、或る日、カレンダーを見て、驚愕の事実に気が付いた。なんと、ボクの誕生日がない?! 不幸にも小生は2月のカレンダー、それも、うるう年ではない年だったものを見てしまったらしいのだ。
 悩み事があっても人に相談できなで、物事をついくよくよ思い悩む性分は、ご幼少の砌(みぎり)の頃かららしく、また、<ボク>は、ボクの誕生日ってカレンダーに載ってないんだ。ボクって何? 生れてるはずだよね。父ちゃんと母ちゃんの子だよね。なのに、どうして、載ってないの? もしかして、ボクって、拾われた子なの?
 くよくよ、いじいじ、しなしな、ぐじぐじ、思い悩んだ挙げ句、<ボク>は、その難局というか苦難をどう乗り切ったのか、はっきりは覚えていないのだが、二つの極へ突っ走ったらしいことは朧げながら思い出される。
 一つは、不幸の極みの中で、その不幸をしみじみと味わう、で、幼子ながらにボクって特別な子なんだと思い込んでしまう。その頃はそんな言葉は思い浮かぶはずもないが、敢えて言うと世捨て人的な気分にさえ、陥っていった。
 寂しくはあるのだが、それはそれで結構、甘酸っぱいような感傷があり、もう、いいや、どうなってもいいんだ、ということで、なんとなく世の中を遠くに感じ、遠いことを理由というか、言い訳に、何もしない子になってしまった。努力しないことを自分の不幸で正当化していたらしいのである。

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2005/02/25

月影を追って

 23日は仕事だった。日中の強い風も夜になると収まってきた。その日の予報だと24日には西日本のほうからまた寒気団がまたやってくる、関東も場所によっては降雪、あるいは凍結も、などと。
 それでも、23日の夜のうちは、空は晴れていて、月影が煌々と照ってくれた。
 日中、風の強い日の夜の楽しみは、星影、それとも、月が新月ではないなら、月影である。
 生憎、月齢を先週末から確かめるのを忘れていて、満月は何曜日なのかを正確には知らないでいる。照る月影を見ている限りは満月のようにも思えた。
 今、月齢を調べてみたら、24日が満月だという。
 満月のはずの今夜は、東京は生憎の雨に祟られ、見る影もない。昨夜、じっくりたっぷりと眺めておいて、よかった。
 そんな輪郭の冴え渡ったような月影を、仕事の合間に、つまり、お客さんの乗っていない間などに追いかけていた。
 時には、場所によって車の向きによって不意打ちのようにして真正面に月影が現れたりして、ほんの一瞬だけれど、仕事を忘れ見入ってしまう、魅入られるように。
 月影などを追うのは、男として珍しいのだろうか。そもそも男女を問わず、そんなことを一晩中やっているなんて、あまりいないのかもしれない。
(この先に進む前に断っておくが、今日の一文は季語随筆とは名ばかりの気紛れな日記、まさに随想に過ぎない。「春の月」などという季語はあるが四月辺りに使いたくなる表現だし、「冬の月」は今更だ。二月も終わりの月、あるいはそんな月の齎す感懐や風情を表現するに相応しい季語はない(恐らくは)ようなのだ。困ったものだ。)

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2005/02/24

番外編「山焼く」

山焼く」の末尾近くで、以下のように書いた:

 あやふやな記憶で確認が取れないのだが、19世紀に起きた大噴火で膨大な塵や埃が舞いあがり、世界の空を覆い、その結果、夕焼けが以前とは比較にならないほどに真っ赤になったとか、絵画の題材に夕焼け(朝焼けも?)が多くなった、といった話を聞きかじったことがある。空に埃が多ければ、それだけ夕焼けの赤も美麗に華麗に、時に不気味に人の目には映ったということなのだろうか。
 この点は、また、新しい資料などが入手できたら採り上げてみたい。
 山焼けのあとも、天候の上で条件が整えば、さぞかし夕焼けも見事だった…のだろうか。
(転記終わり)

 この記事に反応してくれたようで、読者から、「「山焼く」にあった19世紀の異常気象についてですが、ムンク「叫び」の真っ赤な夕景なども、心象風景でなく現実に空が赤かったのだと言われていますね」といったコメントを戴いた。
 
 せっかくなので、関連情報をネット検索してみた。
 すると、例えば、「ノルウェーの画家エドワード・ムンクが代表作「叫び」の背景を赤く描いたのは、火山噴火のせいで本当に空が赤かったから? 」と題された記事が見つかった。

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春一番

 昨日23日、東京(関東地方)では春一番が吹いた。「春一番」は、言うまでもなく春の季語だが、春の季語として定着したのは、比較的近年で、昭和34(1959)年刊の平凡社版『俳句歳時記』に登場して以来という。
 もともとは、「壱岐の漁師言葉を民俗学者の宮本常一が採用した」のが始まりだとか(「週刊:新季語拾遺バックナンバー 2001年1~3月」より)。
 では、春一番の由来はというと、「1859年(安政6)2月13日,五島列島沖に出漁した壱岐郷ノ浦の漁師53人が強い突風にあって遭難してから,郷ノ浦の漁師の間で春の初めの強い南風を,春一または春一番と呼ぶようになったのが始まり」だという(「太陽・オゾンホール・天気・オーロラ・磁気嵐の科学」の中の「春一番」より)。
 この(長崎県)壱岐郷ノ浦町には、「春一番の碑」があるとか。遭難した53名の漁師たちの供養塔である。
 春一番の定義は如何というと、「立春から春分の間に初めて吹く暖かい南寄りの強風のこと。大まかな基準としては,東南東~南~西南西の風で,風速8m/s以上といわれている」とか(「太陽・オゾンホール・天気・オーロラ・磁気嵐の科学」より)。
 従ってというべきなのか、沖縄には春一番は吹かないという。
 春一番は太平洋上の暖かい空気なので、それまでの寒さが嘘のように或る日、不意に突風めいた風が吹きまくり、暖かくなる。

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2005/02/23

春うらら

鳩よ鳩おまえも俺も餌探し?
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[また、写真が傾いている。映っているのはハトです。誰かが撒いた餌を啄ばんでいるのです。ある駅のロータリーにて。(05/02/24 追記)]

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春一番

梅の香を我も欲しとて春の風
木の葉舞う日差し透かして小判かな
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[最初の句には迷い(季重ね)があって、「梅の香を我も欲しとて風の吹く」)(05/02/24 追記)]

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世界らん展

 季語随筆日記を綴るようになって、柄にもなく路上の草花に関心を向け、草木に関わる話題に耳を傾け、それどころか何も知らない無粋な小生が無謀にも草木について何事かを語るようになってしまった。
 これが、騙りにならないよう、ひたすら祈るばかりで、書きながら、ついでに冷や汗も掻いている。
 今日の表題は、「蘭」にしようと思っていた。昨日、車中でラジオを聴いていたら、「蘭」の話題があったからだ。仕事中だったこともあり、断片的にしか聴けなかったが、どうやら、「世界らん展」がどうだとか、言っているような。
 で、今、ネット検索してみたら、「世界らん展」が今、東京ドームにて開催中なのであり、「蘭のイベント 世界らん展日本大賞 公式Webサイト」もネット検索のトップに登場してくれた。「公式メールマガジン - ご案内 - 蘭のイベント 世界らん展日本大賞 公式Webサイト」なる、メールマガジンも配信されている。
「世界らん展日本大賞2004の上位入賞花を公開!」とかで、「日本大賞」を受賞した作品も見ることができる。
見所ガイド」の頁があって、「光のオーキッド・ファンタジー」や、「假屋崎省吾の蘭の世界」、「6か国の大使夫人による皿の上に蘭を飾りつけるディッシュ・ディスプレイ展示コーナー」など、いろいろあるが、個人的には、「日本を代表する6つの流派による特別展示」ということで、「池坊、小原流、古流松應会、古流松藤会、草月流、龍生派、それぞれの力作展示が並」ぶところを見てみたい。できれば、日本を代表する6つの流派による、鎬を削るような闘いの火花の散る生々しい様を見たいものだが。
特別企画『スペシャル・フライデー・ナイト』を25日(金)に開催! 」ということで、25日(金)には、「作家「椎名 誠」さんをゲストに迎えて講演会が行われ」るというが、どうして椎名 誠さん、なのだろう。
 小生は、同氏のファンではないので、彼のことは詳しくない。だからだろうか、彼と蘭とがどうやっても結び付かないのだ。
 ようやく得た手掛かりは、『砂の海-楼蘭・タクラマカン砂漠探検記-』(椎名誠著、新潮文庫)。「楼蘭」…。「楼蘭王国」…。「楼蘭の貴婦人」…。「蘭」が出ている…。が、さすがに少し、無理があるような。

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2005/02/22

山焼く

 今日の表題に選んだ「山焼く」は、春2月の季語であり、「害虫駆除と肥料をつくるために、山の枯れ草などを焼くこと」だという。
 同じような意味合いを持つ季語に、「野を焼く[野焼・野火・畑焼く]」といって、「山焼とおなじように野を焼くこと」や、「芝焼く[芝火]」といって、「新しい芝が生えてくるように芝を焼く」があるようである。
 似ているといっていいのかどうか分からないが、「奈良の山焼」があるが、これは、「奈良の嫩草山(わかくさやま)を焼く行事で、毎年もとの紀元節の日に行つて来た」という。

 さて、この「山焼く」を選んだのは、昨日、タクシーの中でラジオを聴いていたら、「古代の興亡舞台か 葛城氏「王宮」」というニュースが飛び込んできたからである(「asahi.com MYTOWN 奈良」より)。
 こうした記事は、短時日のうちに削除されてしまうので、一部だけでも急いで引用させてもらう。
「極楽寺ヒビキ遺跡は、日本書紀に描かれた古代ドラマの舞台だったのか。「葛城国王」説がある大豪族葛城氏の「王宮」とみられる建物跡が、奈良県御所市で見つかった。下界を見下ろす丘陵に立ち、堀をめぐらせた堅固なつくりは、大王(おおきみ)(天皇)家を支えながらそれに匹敵する力を蓄えた葛城氏の姿をいまに伝える」と冒頭にあるが、その「建物跡」が問題なのである。
「一方で激しい焼け跡は、雄略天皇の怒りに触れて火を放たれ、衰亡した事件の「証拠」となる可能性もある。5世紀の興亡が垣間見える」とあり、まさに史書の記述を裏書するかのような焼け跡なのだ。

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2005/02/21

春泥(しゅんでい)

 今日の表題の「春泥(しゅんでい)」は、特に何の当てがあって選んだ訳ではなく、すでに日付上は昨日になってしまったが、日曜日、小生には似ず合計すると二時間以上も歩く羽目になったから…だと思う。
 曖昧だが、歩くといっても、東京だと土の上を歩くようなことは、まずないと言っていいだろう。何処かの公園の芝生を歩くわけにもいかず、我が邸宅(集合住宅)の庭を歩くことはできず、大概がアスファルトかコンクリート、歩道も石かレンガ(モドキ)の上を歩くしかない。
 まずは、季語の説明をしておいたほうがいいのだろう。2月の季語であり、「雪解け、凍解や春雨によるぬかるみ」を意味し、「春の泥」という言い方もされるようである。類義語なのかどうか分からないが、類似する季語に、「春の土」(あるいは「土の春」)もあるようで、「雪が解け、日差しにぬくもった土」の意だとか。
 いずれにしても、雨上がりの道であっても、否、雨が降っている最中の道であっても、東京にあっては泥濘(ぬかるみ)とは縁が薄い。水はねはあるが、泥はねというのは、久しく経験していない。盆や正月に田舎に帰っても、大学に入学当初の頃は、近所に砂利道などがあって、雨など降ると呆気ないほどに水溜りが出来、足元に気をつけながら歩かないといけなかった。
 それでも、帰宅して衣服が乾いたりすると、ズポンの裾に、それどころか、腰の辺りにまで泥の刎ね返りがあったりしたものだった。

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2005/02/20

木の実植う

 今日の表題に選んだ「木の実植う」も、何処か苦肉の策めいている。とりあえず、2月の季語である、「木の実植う(このみうう)」について説明しておくと、春先にさまざまな木の実を山などに植えることが背景にあるようである。
 ネット上で見る限りは人気がない、それとも句に読み込みには馴染みがない、それとも、難しいのか、「木の実植う 季語」をキーワードにネット検索しても、ヒットする件数が今までで最低の10件だった。そこで、「木の実植う」だけで検索するも、27件なのである。
 木の実を植える…。これが庭先の何処かに球根の類いを植えるというのなら、風景的によく見かけることだし、無粋な小生でさえ、そんな真似事をやったことがあるような気がする。
 実際、「球根 植える」をキーワードにネット検索すると、2万件以上をヒットした。そのトップだけ、サイトを示すと、「球根を植える季節 - 大手小町 - YOMIURI ON-LINE」で、案の定、「計画的なガーデニングを目指すなら秋植え春咲き球根のことを考えなくてはなりません」などと縷縷、書いてあって、ポイントとして、「球根の植え付けは10月から11月に。チューリップ、クロッカス、ヒアシンスなど翌春花を楽しむ球根を植え付けます。日当たりの良い場所を選び、植え付け間隔は球根の直径の約2倍、植え付ける深さは球根の厚みの2倍程度を目安としますが、コンテにの場合は隣とくっつかない程度に密に、更に浅く植えるのがポイント。一般に種子から育てる草花より初心者にも育てやすく、花つきが豪華なものが多いため、楽しみが大きいものです」とも注されている。
「木の実植う」の場合、季語上は、あくまで山で木の実を植えるという制約(?)があるので、馴染みの風景というわけにはなかなかいかないのだろう…か。

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