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2005/02/19

冬も去りゆくとなると寂しくなる

 まあ、気紛れな呟きである。過日、ある本を読んでいたら、菅茶山(かんちゃざん)という名前が出てきた。久しぶりに垣間見る名前である。小生、名前であることは辛うじて分かった(文章の流れで、ではなくて!)。決して、日本地図を広げても、こういう名の山は出てこないはずである(まだ、確かめていないが)。
 でも、不安になったので、例によって「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞書」で「菅茶山」の項を引くと、以下のようだった。地名が出なくて一安心。
「かんちゃざん くわん― 【菅茶山】 (1748-1827)
〔茶山は「さざん」とも〕江戸後期の漢詩人。本姓菅波。名は晋師(ときのり)。備後(びんご)の人。京都の那波魯堂に程朱学を学び、神辺(かんなべ)に帰郷して黄葉夕陽村舎(のちの廉塾)を開く。写実を旨とした清新な詩風で知られ、ことに田園詩が名高い。頼山陽の師。著「筆のすさび」「黄葉夕陽村舎詩」など。」
 この説明には出てこないが、菅茶山は「近世山陽道の宿場町だった備後国安那郡神辺(現在の広島県深安郡神辺町)に生まれ」たのだとか。
 小生のネット上の輪の中に、広島在住の方も何人となく居られる。広島を厳島神社や広島への原爆投下などでのみ知っているのは寂しいので、この際だから、ネットで調べられる範囲(その中の更に最小公倍数程度)を見てみようと思い立った。

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2005/02/18

海苔

 今日は宇宙の話をちょっと。新聞などのマスコミでも話題になっていたお「最も遠い銀河団見えた」という話題に触れたいのだ。
 ただ、困ったことに2月の季語を眺めても、空、それも宇宙となると、なかなかそれらしい季語が見当たらない。
 仕方ないので、いじけた小生は海のほうに目を転じて、「海苔」を今日の表題に選んだ。「海苔」が2月の季語なのは、今頃が新海苔の収穫期ゆえのようである。この「清水哲男『増殖する俳句歳時記』」には「海苔あぶる手もとも袖も美しき」などという、かの『無限抱擁』の作家・滝井孝作の句が紹介されている。海苔は言うまでもなく、食用の海藻であり、類義語に「岩海苔 海苔舟 海苔掻く 海苔干」があるようだ。
 それにしても、いくらなんでも、宇宙の話題を出すのに、海苔ではあまりに懸け離れすぎているのではという声も聞こえそうである。小生の胸中からもブツブツと不満の呟きが煩かったりする。
 まあ、海苔は、「海」で、小生の好きな言葉が含まれていることもあるが、その際、小生は「海」という言葉に多くは宇宙を含意させていることが、かなり強引かもしれないが、理由の一つである。我々人類にとっては、海は地にあっての、もう一つの宇宙なのである。特に、日本に住む人にとっては。
 この、最後の、日本に住む人にとっては、という一言には、それなりの意味はある。
(最後尾に、関連する、但し、きちんとしたサイトを紹介する)

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車窓から

050217-2tokyo 春の日に火照っているよビルたちも

[昨日投稿したつもりだったのに、されていないので慌てて先ほど、投稿。が、句を投稿する際に、写真も添付するはずが、ドジで句だけの投稿に。まだ、携帯での投稿になれていないから…ということにさせてもらう。駄句あれば苦あり。]

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2005/02/17

これから休憩

050217-1tokyo画像は竹橋近くの高層ビル。反対側には高速道路が走っている。ここで休むのは初めて。落ち着かないけど睡魔には負ける。今日は春うららだね。

春の字に眠いの続く弥一かな zzzz… 

[ 写真も撮影者の性格が出るのか傾いていたので、今、訂正。 (05/02/18) ]

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薄氷(うすらい)

 今日の表題に選んだ「薄氷(うすらい)」は、平仮名で表現するときは「うすらひ」なのだとか。2月の季語である。季語上は、決して「はくひょう」とは読まないようである。
「春先、蹲(つくばい)や池の面に薄く張る氷」を言うとか。「春になってからうっすらと張る氷」なのであり、類義語に「残る氷 春の氷」などがあるとは、昨日も紹介した通りである。
 念のために注記しておくと、「蹲(つくばい)」とは、「石造りの手水鉢」のことで、「茶客が平伏して手を洗い清めるところから「蹲」(つくばい)と呼ばれ」るのだとか。
 冒頭にリンクしたサイトには、「日の滲み水のにじめる薄氷」(鈴木石水)「薄氷を置きつくばひを封じたる」(辻本斐山)「輝いてかがやいて消え薄氷」(三村純也)などが紹介されていて、本日の季語随筆日記は、もう、これでお終いにしてもいいようなものである。
 これでダメなら「会ひたくて逢ひたくて踏む薄氷」という「黛まどか「17文字の詩」98年2月の句」で見つけた句を味わうのもいい。
 この「薄氷」は、なかなか人気のある季語のようで、ネット検索にもなかなかの数の句の例が見つかる。これが「初氷」となると冬の季語だというから、季語の世界、俳句の世界というのは、実に微妙で繊細且つこれだから素人にはうっかり手が出せない世界となってしまいそうな気もする(既になっている?)。
 まして前日にも紹介したように、「春の氷・春氷・氷解(こおりどけ)・流氷」などの類義語があるのだから、日常何気なく出てくる言葉だからといって、うっかり使うことも出来ないのだ。

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2005/02/16

雪代水

 2月の季語には、言葉の上では、似たような意味合いを持っているのではないかと思われる季語が並んでいる。転記しておくと、「雪解、雪しろ、雪崩、残雪、雪間、凍解、氷解、薄氷」などである。いずれも、降雪の時期の峠も越えて積雪が溶け始めている光景を示唆している。
 最後の季語は薄氷を踏む思いでついでに転記したが、これも、初冬だったりしたら、寒さが募り、ふと気が付くと水溜りや池の端っこなどに薄く凍り付いてきて、いよいよの寒波の到来に身を縮める思いを抱かせるのが、寒さのピークがなんとか通り過ぎたかなと思うと、ついこの間までは氷も分厚くて、その上を歩いても、氷の表面に擦り傷の一つもつけられなかったのが、あれ、氷の下に水じゃないか、溶け始めている? 氷が薄くなっているのかとささやかな喜びを覚えたりするようになる。
 尤も、冬の到来を告げるかのような水溜りの薄氷も、大人なら身を竦めるばかりでも、子供だったら、麦踏みならぬ氷踏みというか、薄氷を長靴などで踏みつけて、バリバリ割って楽しんだりする、楽しみの一つにしか過ぎないのだろうが。

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2005/02/15

麦鶉(むぎうづら)

 最初に断っておくが、「麦鶉」は春の季語ではあるが、季節は四月の頃合いのようである。なのに表題に「麦鶉」を選んだというのは、単に横井也有の話題を引っ張り出したいがために過ぎない。
 では、横井也有と「麦鶉」との間に関係はあるか。恐らくはない。少なくとも文献的には見当たらない。
 そう、知る人は知るだが、横井也有の有名は俳文に「鶉衣」がある。この「鶉(うずら)」というのは、ひょっとして季語なのではないか。ということでネット検索してみたら、たとえば、「鶉の巣」だと夏、秋の季語としては、「鶉斑(うずらふ)」「片鶉(かたうずら)」「諸鶉(もろうずら)」「鶉の床」「駆鶉(かけうずら)」「鶉駆ける」「鶉合わせ」「鶉衣(うずらぎぬ)」「鶉籠」「鶉野」という豪華さ。
 それどころか、単に「鶉」だと、秋の季語になる。
(「麦鶉」の読み方だが、現代風の仮名を振るなら「むぎうずら」であり、旧仮名ならば「むぎうづら」のようである。)
 冬の季語には、「鶉」にちなむ言葉は見当たらないらしい。さて、春の季語としてはどうか。表題のように、僅かに、かろうじてというべきか、「麦鶉」があるのみなのである。
 とにかく、横井也有を話題に出すための苦肉の策の季語「麦鶉」なのだった。

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2005/02/14

バレンタインの日

 今日の表題は、「バレンタイン」である。2月の季語だとか。確かに日付的には納得できるが、季語のうちに取り込まれるようになったのは、きっと新しいのだろうと推測される。
 小生には無縁の日だが、触れずに済ましたりすると忸怩たる思いに駆られそうな気もするし、持てないからこの季語を避けてとおるのだろうなどと痛くもない(こともない)腹を探られるのも癪なので、採り上げる。
 そう、「かにかくにバレンタインといふ日かな」(黛まどか)なのである(「黛まどか「17文字の詩」2002年2月の句」より)。但し、「そんな騒ぎには少し食傷ぎみであっても、まったく無視するのも寂しいもの。バレンタインデーというお祭りを、せっかくならば楽しんでしまわなければソン! とやかく言っても、やっぱり華やかなバレンタインデーなのですから」とは思うものの、我が生涯において親から貰ったチョコ以外には、義理チョコも大義理チョコ(一袋百円のパックの中の一粒の類い)しか貰ったことのない小生には、季語随筆で多少、羽目を外した随筆振りを楽しむしか能がない。
 さすがに「バレンタイン 季語」でネット検索すると、約 3,530 件をもヒットする。他の季語だと数百件がやっとという中にあっては例外といえる殷賑(いんしん)ぶりである。
 バレンタインデーの由来などについては、雑誌などでも語り尽くされているし、ネットでもすぐに情報は入手できるので、改めてここに採り上げること必要もないだろう。本来は宗教的に意義ある内容をもつものなのに、愛の交歓の契機にされるというのは、日本だけの現象なのだろうか。

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2005/02/13

蕗の薹(ふきのとう)

 今日の表題は、ちょっぴり願望も入れて「蕗の薹(ふきのとう)」を選んだ。例によって「2月の季題(季語)一例」にある。
 願望というのは、このところ寒さが厳しくなっているので、暖かい日よ早く来てくれよ、というほどのもの。他愛無いといえば、それまでだが。実際、土曜日の日中などは、東京も寒さが少し和らいでくれた。朝、通勤途上に、普段は見かけない老いた白猫が、日溜まりに、そう、まるで温泉に首までどっぷり浸かっているかのように目を細め、うっとり陶然と坐っていた。
 大概は、その猫が飼われている家の玄関先のコンクリート段の上に坐っているのだが、その時は、陽光を浴びるためもあるのだろう、道路上に坐っているのだ。そんな場所に坐っているのを見たのは、初めてだった。
 でも、それ以上に嬉しいのは、白猫殿が健在だったこと。
 我が仕事柄、帰宅は朝となる。時間は七時前後だろうか。昨年など、必ずと言っていいほどに帰宅の途上で白猫殿を見かけ、時には写真にも収めたのに、年末から見かけるのが稀になり、今年に入ってからは、めったに姿を拝めなくなっていた。
 特に、二月に入ってからは、見たことがあったかどうか。もしかしたら、白猫殿はかなりの高齢のようだし、悲しい事態に見舞われているのかも、などと思いつつ、猫のための食事を宛がう空っぽの皿のある、路地裏の餌場所を眺めて通り過ぎていたのだった。

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携帯からの投稿(練習)

画像は、芝にある通称ロケットビルと呼ばれる某大手の電機会社本社ビル。昨日は空気が乾いていて、どこで見る風景も輪郭が鮮やかだった。晴れ渡っているけれど、夜半を過ぎてからは一気に雲行きが怪しくなるとか。pic_0000.jpg

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