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2005/02/12

余寒 (よかん)

 昨日は建国記念日だったようである。昔は、紀元節と称していたとか。せっかくなので、この記念日を巡ってあれこれ書こうかと思ったが、そもそも今日が建国記念日というのは、もともとかなり無理な話だということなので、止めた。
日本書紀には神武天皇が元旦に橿原に宮を建てたと書かれていますので、本来は建国記念日はお正月に祝うべきものです」が、その日付というのは、新暦に換算すると、「BC660年の2月11日になった」というわけである。詳しい事情などは、当該サイトなどを見てもらうほうがいいだろう。
 いずれにしても、計算の根拠があやふやだし、万世一系というのも、確かめようがない(つまり、肯定も否定もできない)、つまり、そうであったらいいなという夢物語と思われ、なんだか力が抜けてしまう。
 なので、2月11日の建国記念日は、一体、今の日本とは一体、いつ、建国されたのかを考える日だと、取りあえずは考えておいた方がいいのだろうと小生は思っている。

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2005/02/11

「雪祭り」追補

 2月8日の季語随筆「雪祭り」の稿に若干の追記をしておきたい。
 一つは「さっぽろ雪祭り」を巡る問題であり、もう一つは、樹氷についての雑学的あれこれである。
 ちなみに、祭りの正式名称は、あくまで「さっぽろ雪祭り」であり、「札幌雪祭り」ではないのだとか。
 何故なのかは調べることができなかった。

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2005/02/10

春時雨

「春時雨」というのは、2月の季題(季語)一例であり、春が冠せられているように、初春の季語である。
 では、「時雨」だけだと、いつの季語なのか。実は、冬の季語なのである。
 大辞林(国語辞典)によると、「時雨(しぐれ)」は、「初冬の頃、一時、風が強まり、急にぱらぱらと降ってはやみ、数時間で通り過ぎてゆく雨。冬の季節風が吹き始めたときの、寒冷前線がもたらす驟雨(しゆうう)。村時雨・小夜(さよ)時雨・夕時雨・涙の時雨などの言い方がある」と説明されている。
「時雨忌」などという言葉がある。これは、芭蕉の忌日である。芭蕉は、「時雨の降る頃、陰暦一〇月一二日に没したので、このように称する。「芭蕉忌」ならば効いた事がある人も多いだろうが。
 その前に、「時雨月」とは、「陰暦一〇月の異名」だと知っておくべきなのだろうか。

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2005/02/09

番外編

 この無精庵徒然草には、日に350から450ほどの来訪がある。
 来訪し、覗いて頂けることに感謝するばかりである。
 ところで面白いのは、我がサイトを検索ワード(或いはフレーズ)でヒットされる方が半数以上あるということ。
 ブックマークなどから、つまり、固定客として来てくれる方の割合がもっと多いと思っていたが、ブログの特徴なのだろうか、ネット検索の網に懸かる確率が高いのかもしれない。
 参考に、我がサイトを検索ワードで覗かれる方の、キーワードを火曜日(八日)の例で示してみる:

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下萌(したもえ)

 表題の「下萌(したもえ)」は2月の季語であり、「早春の頃、枯れ草や残雪の中から草がわずかに顔を出し始めることを」言うとか。
Sizuku ONLINE」の「絵手紙」という頁では、似たような言葉に、「草青む(くさあおむ) 畦青む(あぜあおむ) 草萌(くさもえ)」などがあるとした上で、「草萌という言葉は草の方に重点があり、下萌は下、つまり地に重きをおいた言葉であるといえる。早春、まだ冬枯れの大地から、草の若芽が萌えだすと路傍も庭も野原も春の訪れを示しているかのようだ。下萌はそのような季節の感覚を明瞭に表現する言葉である」などと丁寧に教えてくれた。

 ホームページの掲示板にある方が、武道館の前を通ったら、ジャイアント馬場の七回忌記念試合が行われていたなどという書き込みをしてくれた。
 調べてみると、ジャイアント馬場が亡くなったのは、平成11年の1月31日だった。
 その前後には、米ソルトレイクシティー冬季五輪誘致買収疑惑で6委員追放処分を決定とか、厚生省が性的不能治療薬バイアグラを承認、佐渡トキ保護センターでトキのひなが誕生、男性向け発毛剤「RiUP」発売、山陽新幹線でトンネル壁落下などといったニュースが並ぶ。前年度の自殺者が32,863人で、統計開始以来最悪という情報も話題になった。以来、(昨年は分からないが)自殺者の数はずっと3万人台だとか。 
 またこの年には、ブルースの女王、淡谷のり子さんやソニーの名誉会長だった森田昭夫氏も亡くなられている。

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2005/02/08

雪祭り

 今日の表題に「雪祭り」を選んだのは、ホームページの画像掲示板に「さっぽろ雪祭り」の画像を提供していただいたからである。が、最終的に確認できたわけではないが、2月の季語でも冬の季語でもないようである。
 雪祭りだけでは、必ずしも「さっぽろ雪祭り」を指すわけではないが、しかし、大方の人は、まずは今頃(今年は2月7日(月)~13日(日))行われる札幌でのイベントの雪祭りを思い浮かべるのではないか。
 ブラジルでは「リオのカーニバル」、日本では「さっぽろ雪祭り」と、対蹠的な両国で、雪のイベントと灼熱のイベントと、対照的な祭りが繰り広げられている。
 札幌の雪祭りには、平成13年には観客動員数が234万4,000人だったとか。一週間に渡るイベントだからこそかもしれないが、凄い集客力がある祭りのようである。そうした数の中に、いつか、小生も加わりたいと思いつつ、今日まで輪には入れてはいない。

[ この頁に出会われた方は、是非、「「雪祭り」追補」も覗いてもらえたらと思います。 (06/02/04 追記)]

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2005/02/07

猫柳(ねこやなぎ)

 居心地がいいので、つい覗いてしまう、あるサイトで猫柳(ねこやなぎ)の素敵な画像を見つけていた。採り上げたかったけれど、写真に見惚れているだけで、いいかな、という気分もあって、この季語随筆の表題にするかどうか、決めかねていた。
 でも、ちょっとだけ、そう、行きずりに眺める程度に触れておきたい。
 こういうサイトというのは、紹介するのに躊躇いを覚える。野にある蓮華草のようなサイトなので、勝手にちょっと離れたところから風に吹かれながらでも、ぼんやり眺めていればいいような気がしてしまうからである。
 そんなサイトが小生には幾つもあるのだ。どうしたもんだろう。

「猫柳」というのは、2月の季語である。歳時記の上では春になっているとはいえ、実際には日本列島は先週末から寒波に見舞われ地域によっては大雪だったりする。東京も昨日などは穏やかと言ってよさそうな、つい小春日和という言葉を使いたくなる日和だったけれど、今日あたりからはまた、天候も崩れてくるとか。
 崩れると安易に書いたけれど、東京について言うと、空は晴れているけれど、空気が乾燥していて、小生など喉が弱いのでちょっと痛みを覚えたりする。睡眠時には口を開けて寝てしまっているらしいし、冷たい空気の外を歩く際も、鼻呼吸が困難な小生は、口呼吸を余儀なくされ、否応なく喉や肺を傷めがちである。
 若い頃は体力もあってか、冷たさも乾燥も体力・気力で跳ね返せていたものが、今は、モロに体に堪える。
 けれど、反面、体が敏感というのか、季節の移り変わりには微妙にどころではなく、過度に反応してしまう。ある意味、季語随筆を綴る身にはありがたい体なのだとも言える(のだろうか)。
 さて、紹介したサイトの画像を見てもらっただろうか。ここには、なぜか、「断がたい恋心〈猫柳〉」とあるが、「猫柳」の花言葉は、「努力が報われる」なのだとか。
 となると、努力しない小生には、無縁の花(言葉)であり、ただただ呆然自失と眺めているのがいいのだろう。

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2005/02/06

磯竈(いそかまど)

 今日、表題に選んだ「磯竈(いそかまど)」は、2月の季語で、「若布刈の海女のあたる焚火の囲ひで、磯焚火ともいふ。三重県志摩の漁村の風習で、十四・五人も一緒にあたれるくらゐの大きさに、周囲を円く笹竹で丈餘の高さに囲うたものである。入り口は東に向かつて小さく開ける。海女は四季をを通じて焚火をするが、この磯竈は春寒に限る。「潮垂るゝ海女がはせ来る磯竈」雪村」とある。
 ドラマ化映画で、磯竈(いそかまど)なのか、海に上がってきた海女が焚火を囲む光景を見たことがある気がするが、実際の様子は、見たことがない。ネットでもその様を窺わせてくれる画像を見つけることはできなかった。
 別のサイト(「人生歳時記(十七)」)では、同様の説明に付して、「磯竈(いそかまど)は海辺の焚火をする所だが、風や人の目を避けるために、笹竹で周囲を囲ったりする」とも。
 このサイトには、「海女の来て直ぐに燃えたつ磯竈」(石田ゆき緒)なる句も載せてあった。
 似たような2月の季語に「磯焚火(いそたきび)」があるが、類語なのかどうか。
三重歳時記」の中の「小倉 肇 (1986年02月号)」では、もっと詳しい記述が読める。冒頭に、「昔の海女は旧正月がすぎるとはや海に入った」とあって、なるほど、だから、如月の季語となったのだなと分かる。
 では、何故にそんな、寒風に吹かれるやもしれない時期に海に入ったのか。

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