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2005/12/17

鏡に向かいて化粧する

 この間、ちょっとした間違いを犯した。スーパーで買う商品の選択を間違えたのだ。
 小生は、タクシーの乗務員。洗車が付き物。
 といっても、ここでの清掃は、車内の話。
 運転中、車内の清掃には、多くの同僚のように、(使い古しの)タオルを湿らせて用意しておくのではなく、(予備のタオルは用意してあるが)ウェットティッシュを使っている。
 何処のメーカーのものでも良さそうだが、近所のスーパーには、「メンズビオレ 洗顔パワーシート」が置いてあるので、専らこのパワーシートなるウェットティッシュを愛用することになる。
 夏場など特にそうだが、必要に応じて一枚、パックから取り出して、顔や額や首筋を拭くこともあるが、主に車内の座席下やドアポケット、ダッシュボードの隅っこなど、狭い部分を吹くのに使う。

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← 紫苑さんに戴いた神戸ルミナリエの画像です。最初は雨だったのが途中から雪に変わったとか。

 濡らしたタオルでも良さそうだけど、時間が経過するとなんとなくかび臭いような匂いがしてきそうで、小生は敬遠気味なのである。
 顔などを拭いたら爽快感が一瞬、味わえる。まして車内の隅っこなど埃の溜まりやすい部分などを拭けば、気分的にも清潔感が味わえるし、恐らくはお客さんにも少しは快適感を味わってもらえるはず。
 煙草を吸うお客さんが降りたあとは、すぐに窓を開けて換気(冬は暖房が、夏場はせっかくの冷房が一時的にふいになってしまうけれど、煙草臭さを消すためには仕方がない)、そして大概、足元や吸殻入れ周辺などが灰で汚れているので、ウェットティッシュで清掃する。
 とにかく、重宝なのである。数時間の営業を経過する頃には、さすがのパワーシートも汚れてくるし、湿り気がなくなってくる。
 そしたら、用意してあるビニールの袋に、吸殻などのゴミと一緒に仕舞い込み、さらにダッシュボードに納めてしまう。
 一日に数枚ほど使うだろうか。

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2005/12/16

「かんじき」からアイスマンを想う

 昨日の営業中、ラジオにて「かんじき」の話を伺うことが出来た。
「かんじき」という言葉を聴いただけで懐かしくなった。
 そうはいっても、小生自身は使ったことがあるわけではない。藁沓(わらぐつ)だったら、幼い頃に履いたことがあったような微かな記憶があるけれど。

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← お台場フジテレビ前で…。

「かんじき」は、「雪起し、雪、雪見、雪掻、雪卸、雪踏、雪まろげ、 雪合戦、雪礫、雪達磨、竹馬、スキー、雪車、雪沓、しまき、凍死、雪眼、雪女郎、雪折、雪晴、 氷…」といった一連の雪や氷関係の季語の仲間で、冬一月の季語のようだけど、せっかくラジオで話題に触れたばかりだし、この数日、襲来している寒波の凄さは一月下旬に来るはずの本格的なものだということもあり、敢えて簡単に触れておきたい。

 今となっては、「かんじき」と言っても、ピンと来ない人も多くなっているかもしれない。まずは、その画像を見ておきたい。
恵比須の郷」の「かんじき(和かんじき)くらべ」なる頁を覗くと、秋田、新潟、長野、岐阜、山形、北海道、富山などの「かんじき」の画像を見ることが出来る。

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→ 思わずズームアップ!

 このサイトには、ありがたいことに、「かんじきの歴史」が簡単に紹介されていて、「起源はとても古く、新石器時代に北欧から北アジア・北アメリカに伝わったといわれており、北半球の各地でその使用がみられます。日本でも、かんじきは縄文時代から使われていたと考えられ、その分布も山陰地方から北海道まであります。」という。

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2005/12/15

読書拾遺(サビニの女たちの略奪)

 何か書き忘れているなと思ったら、ここしばらく読書雑記から遠ざかっていた。遡ってみたら、この前書いたのは、「読書拾遺(辻邦生と丸山健二の体つながり)」(November 26, 2005)で、日付から見られるように、今日、メモしておかないと、三週間も間が開いてしまう。
 読書感想文なんてものを書くつもりもないけれど、メモするだけでも、できれば読了した直後に綴っておくに越したことはない。
 この間、何も読まなかったわけではない。
 念のため、読んでいる最中のものを含め、書名だけ、並べてみる。この半月あまりの季語随筆の中で、書名に言及しているものもあるが、ダブりなど気にしない。
 今、読んでいる最中なのが(というか、上・下巻の上だけ読んだが、下巻のほうは相変わらず順番待ちなのが、ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』(越前 敏弥訳、早川書房)。読了しても感想を書くかどうか分からないが、本書を読むのを楽しくしている薀蓄めいた雑学的知識はあれこれあるので、その周辺を廻ってみるということで、若干、調べてみたい気がしている。
 田中史生著『倭国と渡来人』(吉川弘文館)も読みかけなのだが、他の本を借りる都合上、途中で返却。小生、古代史や考古学には日本のみならず海外のものも好きなのだが、この十年は日本の古代史関連の文献を漁るのがメインになっているみたい。
 この本を読んで、渡来人と帰化人の区別だけではなく、渡来人についても認識を新たにさせてもらった。
 学校の勉強は嫌いだったけれど、エジプトのピラミッド、インカ帝国、ムー大陸、遠足で海辺などの貝塚の痕などを見たりすると、日本でも文字の記録には残らない縄文の昔に茫漠たる想いを抱かされてしまう。
 縄文(あるいはそれ以前から)西や九州に限らず、北海道を含めた東の地にあっても、大陸との交流、日本列島各地との交流は盛んだったし、その拠点も随所にあったのである。

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2005/12/14

掌編アップのお知らせ

 評を戴いたこともあり、掌編「銀箭(ぎんぜん)」を評も併せブログサイトにも載せました。
「銀箭(ぎんぜん)」というタイトルは、ちょっといかめしいのですが…。

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板橋青春通り( ジョーンズの練習日記番外編① )

[消去]

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2005/12/13

屏風といえば…

 ぼんやり「季題【季語】紹介 【12月の季題(季語)一例】」を眺めていて、さて、今日は何しようかと迷っていた。
 某サイトでストーブの話題が出たので、「ストーブ」はどうかと思ったが、昨年大晦日に扱っている。
 一昨年までは、不具合のある電気ストーブを使っていた。暖房について強・弱の切り替えがあるのだが、数年前、強がプッツンしてしまい、弱しか機能しない。真冬になっても、弱だけで過ごさざるを得ない数年を送ってきた、それこそ、ウォームビズの先駆けのようなダルマみたいな格好で寒さをしのぎながら。
 それが、一昨年の冬早々、とうとう思い切ってストーブを買い換えたのだった。やったー、である。実際には強に切り替えることはめったにないのだが、強があるのだが、敢えて寒さを堪えて弱で過ごすのと、弱しかないから弱で耐えがたきを耐えるというのとは、気分的に天と地ほどの差がある。
 そんなことを書こうか、などといった目算は当てが外れてしまった。
 
 と、さらに上掲の表を眺めていたら、表題に選んだ「屏風」という季語があるではないか。
 屏風。
 小生だって、屏風がどんなものかくらいは、分かる。
 俵屋宗達作の「風神雷神図屏風」とか、尾形光琳作の「紅白梅図屏風」や「燕子花図屏風」がある、なんてことも知らないではない。
 学生時代になんとなく眺めていた教科書には、ほかに「鳥毛立女屏風」なんてのもあったっけ。

MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト - 屏風絵」で事典的な説明を求めておくと、「屏風とは、木枠の表面に布または紙をはった調度のことで、いくつも立てならべて間仕切りとして使用できる一方で、不要なときには折りたたんで撤去できるところが特徴である。こうした屏風にえがかれた絵画を屏風絵とよぶ」とか。

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2005/12/12

掌編アップのお知らせ

 久しぶりに掌編を書きました。ボクものです。なーんてことない、小品です:
雪の帰り道

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冬の蛾…我が友となる?

 昨日の日中から部屋の中に蛾が迷い込んでいる。今もパソコンの置かれた机の向き合う壁面の上を見やると、淡いベージュの壁紙の上に黒一点が目立っている。
「冬の蝶」という冬12月の季語がある。「冬の…」と冠せられた季語は12月には、それも生き物に限ってみると、そんなに多いわけではない。「冬の鳥」「冬の雁」「冬の蝶」「冬の蜂」
 このうち、小生はすでに「冬の蝶」(November 21, 2004)を採り上げている。
 冬の蝶というのは、季節外れの感があるからこそ床しい光景なのだろう。

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← 我が家の壁で憩う蛾です。しばらくしたら真下(つまり小生の方)へと向きを変えた! 壁際の蛾、瀬戸際の弥一と向き合うってことか?!

 俳句に関心を持ち季語随筆を綴る以前に、小生はその名も「冬 の 蝶」という掌編を昨年の一月に書き上げている。
 この小品は、実は実際に見た光景を元にしている。但し、設定や背景はまるで変えている。仕事で東京23区の外れの地へ夜中に来てしまった。お客さんを下ろして、さて都心へ戻ろうかとしていたら、ふと、闇の中に何か蠢くものがある。
 目を凝らしてみたら蝶々だったのである。月は出ていなかった(新月だったのか、たまたまその時は雲に覆われていたのか分からない)ので、郊外でもあり街灯の明かりも乏しくて、周囲の風景を画然と見るというわけにはいかなかったけれど、それでも、住宅街を取り巻くように畑が広がっているのは察せられた。
 夜半過ぎどころか真夜中で、あと二時間もしないうちに白々明けてくるような時間帯。
 そんな中にあって、蝶々がいるのはともかく、深沈と冷え込む、間もなく夜だって明けそうな時に飛んでいるのが不思議だった。
 あるいは、不思議がるのは、小生が蝶々の生態を知らないからに過ぎず、郊外の農地や畑地だったら、案外と珍しくはない光景なのかもしれない。
 けれど、小生には印象的だったのである。吐く息の白さが一層、そんな思いを鮮やかにしていたのだろう。

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2005/12/11

更新のお知らせ

 書評エッセイのブログサイト「無精庵万葉記」で、新旧のエッセイをアップ。
 コラムエッセイのブログサイト「無精庵明月記」にて、「ネットで味わった恐怖の一夜」をアップ。
 後者は、11月10日過ぎのネット接続が叶わない間に書いた呟き風の回顧談。なんとか復旧(に近い形)に成功しました!


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一文字(ひともじ)…それは葱

 サイト巡りしていて、ある言葉に思わず足を止めた(目が留まった)。それは、「一文字(ひともじ=葱)」。
 葱については、いつだったか、調べたことがあったけど、「一文字や次に出で来る葉を待ちぬ」なんて句に仕立てられると、実感が湧くし興味も湧いた。 
 なので、今日の季語随筆のテーマは「葱」か「一文字(ひともじ)」で決まりと一旦は決めかけていたけど、「拓殖大学北海道短期大学」の中の「相馬教授の解説コーナー ネギ」なる頁を覗いてみて、一遍にやる気が萎えた。

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 もう、この頁を覗けば、一体、あとは何を調べればいいか、途方に暮れてしまったのだ(例によって、ネット検索で見つけた「ネギ」の頁からは表紙や目次などへのリンクボタンは設置されていなくて、表紙を探り出すのに、ちょっと手間取った)。

← 12月10日、小憩を取った芝公園から東京タワーを望む。一度も上ったことがない。いつか、建て替えられる前に高みから展望してみたい!

 こうなったら、この頁のことは内緒にしておいて、例えば、最初に見つけた「和木町の歴史  郷土料理考 ~「おおひら」と「ひともじなます」~」などの頁を紹介して、折に触れてこっそり上掲の「ネギ」の頁で必要に応じて補足しようか、などと姑息なことを考えたり(ちなみにこの頁には表紙へのリンクボタンが設置してあるけど、クリックしても頁がない、となってしまう?!)。

 でも、まあ、やり始めた以上は、やっちゃおう!

「ネギの原産地は」、「中国の西部、中央アジア北部からアルタイ、バイカル地方であろうと、推測されてい」るとか。古書、山海経(中国古代の神話と地理の書)、礼記(五経の一)などにすでに「「葱」の字で登場し」ていて、「礼記にはネギの料理法が書かれてい」るなどといった記述から始まって、とにかく「ネギ」の頁は充実している。

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