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2005/11/12

パソコントラブル中

木曜日深夜、不意にパソコントラブルに見舞われ、ネット接続できなくなっています。季語随筆の執筆の真っ最中でした。接続を試みましたが失敗に終わりました。原稿は失意の中、それでも完成させましたがアップできません。補修は今日も予定付かず。小生は携帯で掲示板は閲覧(書き込みも)できるのでメッセージがあれば掲示板へお願いします。

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2005/11/10

芭蕉忌…桃青…無精

 この「無精庵徒然草」は、季語随筆(日記)と称しているにも関わらず、肝心の松尾芭蕉のことはほとんど採り上げたことがない。
 それは芭蕉の存在が余りに大きいということもあるが、そもそも季語随筆というのは、芭蕉あっての営みに他ならないのだから、語らずとも、言葉にして触れずとも、彼の存在は常に意識されているのだ、という言い方も正直、してみたい。
 仮に芭蕉の句の幾つかがなかったら、俳諧の世界が切り拓かれなかった…かどうかは、別にして、小生のような無粋な人間が俳句の世界に惹かれることはなかった、それだけは断言できる。 
 何が凄いといって、詩的な感性も表現の世界を探る素質も、言葉の世界や言葉の音韻的広がりや可能性へを探究する資質も何もないこの自分を引きずり込もうとする魔力が彼の句の幾つかにはある。
 俳句や川柳、和歌に短歌に、そして詩についても、教科書に書いてあること以上の関心を抱いたことがなかったはずの自分。折に触れて詩集を読んだり、歌集をひもといたりするが、教養以上のものになることはなかった。
 が、芭蕉の句だけは、小生をも一気に言葉の<宇宙>へ導きいれる。
 まあ、御託はともかく、今日、採り上げる季語は表題にある如く「芭蕉忌」である。
【11月の季題(季語)一例】」の一つである。
「俳句歳時記」の中の「季語集・冬」によると、「時雨忌 桃青忌 翁忌」とも称し、「陰暦10月12日申の刻に松尾芭蕉は大阪で没した、享年51歳」という。
 享年51歳! 小生が今、この年齢にある。ああ、人生五十年の時代とは事情が違うとはいえ、あまりに違いすぎる!

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2005/11/09

渋柿と甘柿と

 11月も9日となり、既に季語の上では冬11月の季語を扱うべきはずである。
 が、今日は「柿」を採り上げる。これは、「吊るし柿」と共に、秋10月の季語である。今度、今度と思っているうちに気が付いたら11月となってしまっていた。
 あまりにいつも「柿」のことが頭にあったものだから、もう、既に扱ってしまっているような錯覚めいたものがあったりした。
 ところで柿というと、「柿日和」という季語もある。「歳時記」には載っていないようだが、「新歳時記」には載っているとか。
 実は、この季語随筆でもまさに「柿日和」という題名(テーマ)で採り上げている。

 その際には、「アンパンを抱へ坂道柿日和     岡本洋子」なる句を「ikkubak  2003年11月14日」より引きつつも、季語らしいが一体、いつの季語なのか分からないとして、そのまま探究することもフォローすることもなく、放置してしまっていた。

ikkubak  2003年11月14日」の同じ頁には、他に、「柿日和浄明寺さまてくてくと    松本たかし」なる句も掲げられ、「柿日和は、熟れた柿に日のあるおだやかな日和だ」と説明が付されている。
 どうやら、「柿日和」は「小春日和」に類する言葉のようだ(ちなみに沖縄では「小夏日和」と称するらしい)。

 「柿」について雑学的なことは、俳句に手を染め始める以前、エッセイで採り上げたことがあるので、ここでは改めて屋上屋を架す必要もないだろう:
秋の日と柿の木と(付:余談)

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2005/11/08

一部サイト移行のお知らせ

「melma!blogサービス終了!」のこと」にてお知らせしたように、今月一杯で「melma!blogサービス終了」とのことなので、基本的に「無精庵徒然草」は、「ココログ」のみでの更新にする予定です。
 ただ、調べてみたところ、「ココログ」での容量が一年程で6割を使い切ってしまっている。画像を多用すると、場合によっては年内か来年早々には容量を満たしてしまう可能性があります。
(小生の場合、文書などはディスクなどに保存したりプリントアウトして万が一に備える態勢を取っていないこともある。つまり、情報のバックアップ態勢の一環でもあるということ。)
 そこで、「melma!blogサービス」以外でのミラーサイトを持つことにします。
 それは、「melma!blogサービス」が推奨(?)する「Ameba Blog」サービスを利用してのものです。
 名称は、従前通り「無精庵徒然草」です
 ただ、左クリックすれば分かるように、アドレスは違う。
「ココログ」版「無精庵徒然草」をご愛顧されている方には、実質的にはあまり意味のない情報です。
「Ameba Blog」を試用してみたのですが、どうも、安定性に欠ける憾みがあり、少々心配の面もある。なかなかリンクを張れないなどという不具合もある。
 でも、当面、容量不足の心配なく更新できるし、「ココログ」にトラブルがあった場合も、ここで対応できるので、しばらく使ってみます。
 

 

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「方丈記」更新のお知らせ

 創作の館である「無精庵方丈記」を更新しました。
 今回は、創作ではなく、イメージ紀行文といったところです。
 戴いた画像などを使わせてもらって、画像とエッセイとのコラボの世界となっております:
誰もいない森の音
 画像だけでも観る価値、あるかも。

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2005/11/07

『酔生夢死』について(某氏の練習日記 11/6の巻)

 やってきました二週間に一度の楽しみ、「某氏の練習日記」の日です。某氏、今日も生きのいいレポートを提供してくれました!
 時に脱線気味のように見えて、きちんとポイントを押さえていて、練習の様子がよく分かる。練習自体が大変なはずなのに、よくこのように纏められるものと感心するばかりだ。ダンサー陣に目が点になっているようでいて、結構、冷静に状況を把握し観察されている。油断ならないね。

s-DSCF0405

← 我がチームの浅草DVDのパッケージ。画像が粗くてすみません。

 小生も、昼過ぎにスタジオに行ってきた。けど、小生のは野暮用。バテリア陣の演奏(練習)を体で楽しみ、浅草のDVDや我がサンバチーム(エスコーラ・デ・サンバ)・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)のエンヘードCDなどを入手してきた。生の某氏に会えるかなとキョロキョロしたけど、ダメだった。我ら二人は、まだまだ擦れ違いの星の下にあるようだ。
 そのうちに会ったら、感激も一入(ひとしお)だろうて。ま、抱き合いはしないだろうが。

 某氏がチームに加入したことで、我がサンバチーム(エスコーラ・デ・サンバ)・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の掲示板もメーリングリストも活性化しているのを感じる。きっと練習の場その他もそうなのだろう。
 小生が、ファンの立場で勝手に思っていた(期待していた)事項の幾つかが既に実現に向けて動きつつあることも分かったし。

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満腹の立冬

 今日、11月7日辺りが陽暦の上では立冬となるのだろうか。ネットで調べてみると、大体が7日だが、中には8日としているサイトも見受けられる。
 曖昧?
 どうやら、「立冬(りっとう)」とは英語では「Beginning of winter」ということになるようだが、秋のピークを指すらしい。
 つまり、「立冬、立春、立夏、立秋と立の付く節気がありますが、立とはピークを表します。つまり、立冬とは「秋」のピーク。これを境に、一日一日冬めいて行くと言う意味です。晩秋に入ったと言う事でしょうか」というのである。
 但し、俳句の上では(この季語随筆でも)、7日か8日、つまり立冬からは冬の季語を扱うことにする(下記するように、今年の立冬は8日なのだが)。

2006_1103061103moon0025

→ 06年11月3日、夜半過ぎに撮った月影。

 ピークということだから、7日か8日とアバウトになる? 調べてみると、「立冬 - Wikipedia」では、「立冬(りっとう)は二十四節気の1つ。11月7日ごろ。および、この日から小雪までの期間。太陽黄経が225度のときで、初めて冬の気配が現われてくる日」とある。
 さらに、「『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している」とか。
「太陽黄経が225度のとき」とは、つまりは、「天文学的には、天球上の黄経225度の点を太陽が通過する時」のこと。
 これでは分かりにくい?!

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2005/11/06

稲孫(ひつじ)と蘖(ひこばえ)と

 ある方のサイトを覗いたら、「稲孫(ひつじ)」という言葉に出会った。コメントには特に季語とは書いていないが、稲孫(ひつじ)だという画像を載せてくれている。
 この言葉を織り込んだこの方らしい持ち味の句も寄せられている。勝手ながら敢えて転記させてもらうと:

 稲孫伸ぶ幼稚園児の長い列    (ち)

chari-hitudi
 そこには、「秋空のもと、お散歩にでもいってきたのだろうか。稲孫という言葉を知らなかったが、稲の孫だなんて上手く言うなぁ~」なんて簡潔な説明も。

← ちゃりさんサイトのこの記事に載っていた稲孫の携帯画像。

 小生、ネット検索してこの言葉が季語(秋十月:俳句歳時記)であることを確認。仕事の時間が迫っていることもあり、コメント欄に取り急ぎ、下記の句を残してきてしまった(慌てる弥一後を濁す、である。申し訳ない):

 稲孫伸ぶ刈られし稲田見渡して    (や)

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