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2005/11/05

「melma!blogサービス終了!」のこと

無精庵徒然草」は、事情があってこの「ココログ」と「melma!blog」にてアップしてきた。
 事情というのは、ブログを始めた頃、そもそもブログなるものが分からず、とりあえず取っ付きやすそうな「melma!blog」にて試験的に配信し、使い勝手などを確かめてみたのである。
 約二週間ほど運用してみて、なるほどHPと比べて一長一短はあるものの、文章や画像などをアップするという意味では小生にはとても楽で助かることが分かった。
 文章をアップする。小生はメルマガを02年の3月初めより(HPに遅れること一ヶ月ほどのこと)配信してきた。メルマガにて公表した文章は、随時、HPに掲載してきたが、どうにもアップ作業が追い着かず、数百個の文章がメルマガ配信による公表に留まり、HPには掲載できずにきた。
 それらの文章をHPにも収めたいと、それなりに努めてはきたが、溜まる一方という状況は一層、募っていくばかり。
(尚、申し訳なくも情なくも、肝心のメルマガは配信が頓挫したまま。やはり、今のところ、「無精庵徒然草」で手一杯なのである。アップを待つ書評エッセイ群をブログサイトに載せ終えた段階で、再度、態勢の見直しを図るつもりなのだが、今のところ不透明である。)
 そこへ、一昨年だったろうか、小生もブログという簡易な日記公表サイト方式があることを知った。半年余り、幾つかのブログの運用振りを眺めてきた。これなら自分にもなんとか出来るかもと感じられてきた。
 けれど、何事も腰の重い小生、ズルズルと昨年の夏を迎えてしまった。サンバに夢中になったりして、メルマガではなくHPに最初から掲載するレポート、そしてなんといってもサンバダンサーやバテリア陣らの画像を載せる機会も増えるばかり。
 とうとう、晩生の小生、昨夏、ついにブログに挑戦することに決めたのである。
 が、小生のこと、まずは簡単そうに見えた、また、たまたまメルマガの配信にも使わせてもらっていた「「melma!」の公式サイトを眺めていて、よし、やっちゃおう! と思い立ったのである。 
 それが、「melma!blog」なのだった。
 ついで、上記したように「melma!blog」での二週間の運用を経て、「ココログ」での運用に踏み切ったのである。
 このため、二つのサイトで全く同じ内容のブログ「無精庵徒然草」を運用する結果となったのである。
 それぞれに一長一短がある。「melma!blog」には下記するように、日付どころか、アップした時間までが記録される。アクセスも多かった!
「最近の24時間でアクセスが多かったmelma!blogのランキング」のトップ10に入ったこともしばしば(別頁に本日たった今のデータを転記しておきます。ちなみに「ココログ」ではアクセス回数は日に250回平均)。
 それだけに「melma!blog」のブログサービスの終了は残念!
 それでも御蔭様で、ブログに手を染め始めたことで、溜まっていた雑文もブログサイトへのアップ作業も捗り、アップを待つのは書評エッセイを中心に残すところあと30個ほど(但し、メルマガで配信した文章のうちコラムエッセイを中心の約100個ほどの雑文は日の目を見る予定はない)。

 ところで、先ほど、たまたま「melma!blog」の公式サイトを覗いてみたら、なんと以下のような案内が:

melma!blog会員の皆様へ

「melma!blog」は2005年11月末日をもってサービスを終了することとなりました。
これまでご愛顧くださった皆様には、大変ご迷惑をおかけすることとなります。
詳細は下記よりご確認くださいませ。

 小生には全くの寝耳に水の話。
 これは困った。拙い!
 何が拙いかというと、アップした時間はともかく、上記したように「melma!blog」で先行する形で二週間、ブログを運用してきた。その間の文章は、当然ながらがこの「ココログ」での「無精庵徒然草」には載っていない。
 小生は、過去に書いた文章は、ネットの世界に参集した当初の一年分ほどを除いては、一切、保存していない。紙への印刷もしていない。全て、メルマガのサーバーかHPか(今はブログサイト)のサーバーに残っている(のを期待する)だけ。
 よって、ここに、「melma!blog」にて先行して掲載した雑文類をここに再掲しておく。
 但し、アップに際し画像は省きました。

 再掲の文章は、「無精庵明月記」に載せました。

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2005/11/04

桃から生まれた豊かな世界

「桃」は「【10月の季題(季語)一例】」にある。既に11月に突入して四日目となるが、立冬までは秋なので、今回扱う季語も秋のもの。
「桃」は秋の季語扱いのようだ。
 但し、「桃の花」は春の季語、「桃の実」(または「桃」)となると秋の季語扱いとなるわけである。

 小生、果物で好きなものは数々あるが(但し、店頭で野菜も果物もまず買わない…)、一番好きなのは桃だ。
 こんなにもジューシーで豪奢な味の果物は他にないと思うほど(だったら買えよ、ということになるが、果物も野菜のコーナーも素通りするのが習い性なので、今更、どうしようもない)。
 桃が好きなのは、その芳醇な味わいや食感もあるが、なんといっても、その形容し難い豊かで心温まる形が預かって大きいような気もする。タプタプしたお尻を思わせるではないか!
 だからというわけでも、また、たまたま今、車中で前田 晴人著の『桃太郎と邪馬台国』(講談社現代新書)を読んでいるからというわけでもないが、今日の表題(テーマ)には「桃」と「桃太郎」を選んだ。

 本書「桃太郎と邪馬台国」は、出版社のレビューによると、「一寸法師の「箸とお椀」の意味は?浦の「シマコ」と卑弥呼の関係は? おとぎ話から古代史の謎を解く! おとぎ話の古層に倭国の痕跡が見える!一寸法師・桃太郎・浦島太郎の原像を検証する古代史学。」とか。
 本書の内容を忖度する素養などは小生にはない。ただ、興味津々で読んでいるだけである。吉備地方と桃太郎伝説との関係については、何かの本で読んで以来、関心を抱き、ある小説の中にさりげなく昔話を織り込んでみたこともある。
 ただ、桃太郎伝説などがさらに邪馬台国と絡むというのは、全く初耳なので、ひたすら好奇心で読んでいるわけである。

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2005/11/03

更新のお知らせ

無精庵明月記」を更新しました。
グローバリズムの影に怯える
 本稿は一昨年、メルマガにて公表したコラムエッセイです。若干の追記を施してあります。

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シャラワジ風日記余談…日本庭園

「シャラワジ風日記」(November 02, 2005)の中で、シャラワジという言葉を紹介している。
 この(小生には初耳で奇異な)言葉は、アンドルー・ロビンソン著『線文字Bを解読した男   マイケル・ヴェントリスの生涯』 (片山陽子訳、創元社)の中でたまたま見出したもの。
s-chari-akinota

→ ちゃりさんに戴いた(おねだりした?)画像です。薄でも葦の原でもなく、秋の田の画像だとか。勝手にファンになっているちゃりさんの句を楽しもうと、過日、ちゃりさんサイトを覗いたら、この写真に出会った。見た瞬間、なんだか夢の中に蘇った遠い日の光景のように思えてしまった。

 秋の田を何処まで追って夢覚めず

 シャラワジについては、ネットの上では、真正面から扱っているサイトは(今のところ見つかって)ない。
 前回、紹介した、「光華雑誌8月号 - 西洋の庭園と中国の関係 (Page 1-5)」という格好のサイト」を参考に、改めて知りえたことを整理しておきたい。
 このサイトではサイトが「光華雑誌」ということもあって、中国などと西欧の庭園とが対比されている。
 まあ、イギリス_シャラワジ風庭園は、が中国の影響を受けたものなのか、それとも、西欧にも不規則性の魅力のある庭園は既にあったのだ、中国の庭園も西欧の影響を(特に植民地支配の頃等に)受けている…、など、中国におけるプライドと屈辱との交錯する、微妙な感情も見受けられたりする。
 さて、シャラワジとは、大雑把に言えば、イメージの上での西欧風な幾何学的とも思える整然たる庭園ではなく、不規則性が目立つ中国風な(あるいは小生としては日本風な)庭園の在りようの性格(特徴)を言いあらわす言葉だと思っていい。

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2005/11/02

シャラワジ風日記

 表題の「シャラワジ」って、何?
 この疑問は、本稿を読めばいずれ分かります。意味があるような、ないような、深い思想があるような、ないような…。
 いずれにしても、本日の日記は季語随筆からは、大きく脱線しています。
 …ということで、日記の始まり、始まり!
s-sion-cosmos

← 紫苑さんに戴いた阿蘇のコスモスです。HPの画像掲示板にて大きな画像(790)を見ることができます。画像や絵などを募集中です。漫画も歓迎! 小生の文章しかない殺風景な頁に少しでも潤いを与えてやりたいと思われたら、どうか!

 月曜日(つまり昨日)の朝、探し物があって、パソコンの後ろをガサゴソやったら、塒(ねぐら)を不意打ちされて驚いたのか、雑多に積まれた箱や袋の後ろから蜘蛛さんが慌てて這い出してきて、壁を登って行った。
 ちょっと嬉しかった。
 この蜘蛛さん、きっと、いつぞや見かけたあの蜘蛛さんに違いないと直感した。
 小生は、この蜘蛛さんに最初に出会った時、嬉しさの余り、というわけでもないが、「我が友は蜘蛛!」というエッセイを書いている。ほぼ三年前の10月末のことである。
 その後日談も書いたはずだが、その文章の所在は分からない。なぜ、後日談を書いたかというと、「我が友は蜘蛛!」を書いてからしばらくは、彼(彼女)の姿を見かけなくなり、あーあ、奴も死んじゃったのかなーと悲しく寂しく思っていた。
 それが、である、めったにするはずのない掃除をやった時(だったか、日曜日のように、ただ、探し物があって、ダンボールの山を動かす羽目にはったからだったのか覚えていない)、あれ懐かしや、蜘蛛さんが元気な姿を久しぶりに見せてくれたからだった。
 懐かしさの余り後日談を書いたのは昨年だったと思う。
 その蜘蛛さんの姿は、また、それから全く見かけなくなった。蜘蛛の巣は部屋の中には張られていないので、彼(彼女)はきっと堆くフルヘッヘンドしているダンボールの山の陰に居場所を見出し安逸な時を過ごしているのだろうと思われる。
 そして、昨日の月曜日の朝、これから仕事に出掛ける間際に、ひょんなことから蜘蛛さんに再会したというわけsだ。
 あの、この蜘蛛さんが、誰何(すいか)したわけでもないのに、奴が名乗り出たわけでも挨拶したわけでもないのに、「我が友は蜘蛛!」やその後日談を書いた当の蜘蛛さんと同じかどうか分からんじゃないか、などという野暮な突っ込みはしないように。
 小生の数少ない友なのだし。

 蜘蛛よ蜘蛛お前は七夕気取るのか

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2005/11/01

火と水のさきわう国

ホントに火のことだけ… 」の中で(実は、表題を「ホットに火のことだけ…」にすべきか、今も迷っている。でも、まあ、ホットでもホントでも、含意するところは同じだし、このままで通す)、拝火教(ゾロアスタ-教)の名を挙げている。
 日本に拝火教(ゾロアスタ-教)がいつ伝わったのか、調べていないが、たまたま戴きもので、運慶・快慶らの手になる東大寺の仁王様の画像を我がサイトで使わせていただいた縁もあるので、ここでは東大寺、特に「火」との絡みもあり、東大寺二月堂で行われる「お水取り」、正式には「修二会(しゅにえ)」に焦点を合わせつつ、若干のことをメモしておきたい。

 が、その前に、ここでは転記等はしないが、「東大寺(とうだいじ)」の沿革等を「Welcome to tabiken's Site!」の「東大寺」なる頁でざっとでも見渡しておいてもいいだろう。
 聖武天皇の志と、「対外的な要因として,唐高宗が672年(咸亨3)から3年間を費やして洛陽の竜門の奉先寺に,高さ85尺の2菩薩像や70尺に及ぶ盧舎那仏石像をつくったり,また則天武后が洛陽の白司馬坂に大銅仏を造顕したことなどにも影響されて,唐文化に対する日本の新しい国家意識の顕揚のためにもこの大仏がつくられなければならなかったのであろう」といった、背景があるようだ。
(「聖武天皇の志」と略記したが、興味の湧いた方は例えば、「東大寺~天平勝宝四年~」を覗かれると、その真意などが詔勅の文=大仏造立の詔として読み取れるかもしれない。「大仏造立の実際上の主役となった渡来系氏族はもちろん、大伴・佐伯氏を始めとする旧豪族、米3千碩・墾田100町を東大寺に献上した越中利波氏などの地方豪族、行基のもとに集まった私度僧に至るまで、積極的にこの事業に尽力することになります」とあるから、我が富山(越中)も貢献していたわけだ。)

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2005/10/31

ホントに火のことだけ…

 あの夏の日の暑さがウソのように、一気に秋が深まり、東京では今日など11月下旬の寒さとなると予想されている。地域によっては12月の陽気になるかも、と天気予報では言っていた。
 だからといって、冬の話題を持ち出すのも気が早すぎるようだが、そこはそれせっかちな小生のこと、持ち出してしまうのである。
読書拾遺…山田の中の…」(スクナビコナ)、「稲作…自然…櫛」(クシナダヒメ)、「葦と薄の恋」(スセリビメ)、「「鳥」の声と虫の息」(トコヨノナガナキドリ)と(それぞれの()内は、扱われた神の名)、坂本勝著『古事記の読み方』(岩波新書)の記述(特に第2部)に寄りかかる形で、季語随筆を綴ってきたが、今日は、「カグツチ」の項を覗かせてもらう。
「カグツチ」の項のテーマは「火」なのである。
 冷え込んできたことでもあり、温まりたい思いもあるので、早速、転記作業に入ろう。

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2005/10/30

「鳥」の声と虫の息

読書拾遺…山田の中の…」、「稲作…自然…櫛」、「葦と薄の恋」と、いずれも坂本勝著『古事記の読み方』(岩波新書)の記述を参照する(というか、転記が多いことからして、おんぶに抱っこの状態だが)形で、あれこれ季語随筆を綴ってきた。
s-nio-renge
 今回も、しつこく、その続きとなりそうである。

← 蓮華草さんから戴いた仁王様(阿形)の画像です。申し訳なくも画像は縮小しています。ココに行けば、吽形の仁王様も含め、夜の東大寺などの素晴らしい画像群に出会えます。

 今回は、「鳥」がテーマ。
「鳥」については、「渡り鳥」という季語を巡る形で、既に「渡り鳥…遥か彼方へ」にて採り上げているし、その余談ということで、鳥インフルエンザの問題に触れてみたいという思いもあり、「「渡り鳥」余談」、さらには「「渡り鳥」余聞余分」まで書いてきた。
 が、今回は、文字通り「鳥」がテーマなのである。
 例(もう、慣例)によって、本書『古事記の読み方』からの転記をメインとする記事になりそう。俳句の世界で季語としての「鳥」というと、(「鳥」に限らないが)短歌などの世界とは違って、古代よりの伝統とは断ち切れたところで、句の境が切り拓かれた面が大きい。
 それでも、和歌など古来よりの伝統に棹差す世界では、どのような常識が素養として土台として横たわっているか、敢えて口にせずとも脳裏に浮かべているかを知ることは、全く無駄な営為とも思えない。
 そんな言い訳めいた断りをさせてもらった上で、さて、作業に入ろう。

 以下は、「トコヨノナガナキドリ」なる項からの転記である(p.141-3)。

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