« 2005年9月18日 - 2005年9月24日 | トップページ | 2005年10月2日 - 2005年10月8日 »

2005/10/01

案山子…去年の田は

 今日から10月である。さすがに10月となると躊躇なく秋と思える。9月は秋めいてきたとは感じても、秋と呼ぶには何処かしら齟齬の感があって、句を鑑賞するにも句作するにも、何処かしら宙ぶらりんだったりするのだ。
 車中でも今年も、もう残すところ三ヶ月になりましたね、という話が出ることがある。過日は大病から治られたという方をお乗せしたが、やはり季節感とか時の移ろいをしみじみというか、切なるものとして感じるようになったとか。
 毎年、同じようにして繰り返す時。が、同じようであって、決して同じではない。少なくとも人は毎年、確実に年を取っているわけだし、体の具合、成熟度合い、子供の成長、親の老い、周囲の環境、特に街並みの変化は断固たる現実として人を切迫したような気分に陥らせる。

 さて、「季題【季語】紹介 【10月の季題(季語)一例】」を眺めていたら、今日は何故か「案山子」に目が合った。
 他にも探索意欲を掻き立てる季語は居並んでいるというのに。
 やはり、少なくとも小生には、「案山子」はいろんな意味で想像力を刺激する言葉=光景なのであろう。

「案山子」を巡っては、これまでエッセイの形であれこれ書き綴ってきた:
案山子のこと
冬の案山子

曼珠沙華…天界の花」でも紹介したが、「曼珠沙華と案山子」といった掌編もある。
 本編は、小生には切ない思い出が織り込まれている。ほとんど風景描写になっているようだが、好きな人の里をしみじみ歩くという設定なので、仕方ない(仕方なかった)のである。

続きを読む "案山子…去年の田は"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/30

嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(5)

「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋」の続きである。
 注意事項その他は、これまでの稿に準じる。
 前書きのつもりで書いていた記事が長くなりすぎたため独立させたので(「読書日記」)、今回は、いきなり詩の抜粋を載せていく。


長谷川龍生「パウロウの鶴」

剛(つ)よい羽毛をうち
飛翔力をはらい
いっせいに空間の霧を
たちきり、はねかえし
櫂(かい)のつばさをそろえて
数千羽という渉禽(しょうきん)の震動が
耳の奥にひびいてくる。…

続きを読む "嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(5)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

読書日記

 このところ、本というと図書館で見つけ出したものばかり。前にも書いたけど、書店で購入するとなると、どうしても購入に慎重になる。買うとは、小生の場合蔵書になるということだし、できれば再読に耐える本であって欲しい、所有し書棚にあったとき、その書名や著者名、装丁などを楽しめるものであって欲しい…、まあ、蔵書への要求というか求めるものは、過大になりがちである。
 その点、借りるとなると、普通なら買わないような安直な本も借りれる、資料としての本もOK、拾い読みのみでも構わない、図書館のラックから抜き出したときは読みたいと感じたけど、いざ、我が家で落ち着いて読むと、当てが外れてしまうという杞憂(大袈裟)も抱かなくても済む。
 安直というのではないが、車中で読む本が小生の場合、あれこれ思惑を抱いてしまう。車内の運転手の周辺には仕事に関連する用具があるので、ドアポケットの隅っこに入るような本が望ましい。自然、新書や文庫本がメイン。
 しかも、あまり高度な内容では困る(細かすぎる活字も困るが)。対談かエッセイが、仕事の事情で断片的にしか読めないことを思うと、経験的にも一番、適当に思われる。
(実際には、忙しくなるとあまり読めない。ある程度、暇になった頃には疲れているし、夜中過ぎなので、目も活字を追うのが億劫。結局、目次や前書きしか読めない場合も結構、多い。でも、何かしら本が傍にないと心配なのである。何が心配なのか、よく分からないのだが。)
 というわけで、例えば先週までは、『井伏鱒二対談選』(講談社文芸文庫)を読んでいた。

続きを読む "読書日記"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/29

鶏頭…無常か永遠か

 テレビでだったろうか、「草紅葉」という言葉を聞いた。知る人は知っているのだろうけど、小生には初耳。聴いた途端、いい言葉だと感じた。……書いていて思い出したが、そうだテレビで「草紅葉」という言葉を聴いたのだ。
 それで、思わず画面に見入ったら、記憶が曖昧だが、尾瀬だったかの風景が目に飛び込んできた。
 ネット検索すると、「尾瀬に「草紅葉」の季節が到来 社会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」という記事が現れてくる。
 詳しくはリンク先の頁を覗いて欲しいが、「群馬、福島、新潟3県にまたがる日光国立公園・尾瀬で、草や低木が美しく色づく「草紅葉(くさもみじ)」の季節が始まった」という。
「草紅葉は、例年よりやや早く10月初旬に最盛期となり、湿原を囲む2000メートル級の山々の紅葉は、1週間ほど遅れて見ごろを迎えそうだ」とか。
「草紅葉」なる言葉、いかにも歳時記か季語にありそうな言葉である。調べてみたら、案の定だった。「季題【季語】紹介 【10月の季題(季語)一例】」に載っている。早速にも採り上げたいが、来月まで取っておくことにする。「10月は季題が一年の中で一番少ないよう」だというから、尚更、せっかちな性分の小生も、自制するに越したことはないのだ。
 そこで、「季題【季語】紹介 【9月の季題(季語)一例】」を眺めてみると、今日は何故か、「鶏頭」に目が合った。
 正直なところ、幾度となくこの季語には目が向いているのだが、子規の有名な句のこともあり、やや食傷気味。今更、書き足すことがあるだろうかと、手が出しにくかったのだ。
 でも、9月も終わりに近付いている。明日29日は仕事で何も出来ない。仕事が明けた30日になったら、他に何か書いてみたいこと、触れてみたい季語に出会うかもしれない。
 こうなったら、最低限のことだけでも、「鶏頭」について書き綴っておこう。

続きを読む "鶏頭…無常か永遠か"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/09/28

嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(4)

 本稿は、「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(1)」や「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(2)」、「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(3)」に続くものである。
 これまでは詩の世界にも明るくない小生でも名前くらいは、詩の幾つかは知っていたり慣れ親しんだりしてきたものが多かった。詩的感受性も何もないのに、詩の世界に親しもうと背伸びしていた学生時代、小生は何故か主に金子光晴の世界に触れようとすることが多かった。
 そのことは書いたことがないはずなので、機会を設けて学生時代など若い頃にドップリと浸った世界に探針を下ろす試みの一端として描いてみたい。
 情ないことに中原中也はともかく、学生時代は未だ、宮沢賢治の詩の魅力にも感じる土壌が小生にはなかった。それほどに不毛だった? あるいはもっと他の世界に気が奪われていた? 
 ま、今は詮索は止めておこう。
 例によって、記事を書くに当たっての表記方法などについての注意事項その他は、上掲の記事に書いた留意点を参照願いたい。
 さ、嶋岡 晨著『現代詩の魅力』から、引用されている詩の断片の抜粋する作業を始めよう!

 尚、今回は、以前書いたあともう一歩で詩文になるかという小生の拙稿を末尾に載せました!

続きを読む "嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(4)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/27

曼珠沙華…天界の花

 今日、採り上げる季語は表題にあるように、「曼珠沙華」である。
 小生、この季語を俎上に載せるのは、やや気が重い。
 というのも、これまで曼珠沙華については散々書いてきたので、今更何を付け足すことがあろうかという憂鬱というのではないけれど、やや億劫だなという思いが先に立ってしまうのである。
 そこで、自分でも確認する意味もあり、一体、これまでどんなことを曼珠沙華について書き散らしてきたか、リストアップしてみた。
 その結果は本稿の末尾で示す。
 リストアップされた文章群を眺め渡して言えることは、季語としての「曼珠沙華」を採り上げたことがないということ。
 なので、改めて、季語としての「曼珠沙華」について、簡単に説明を施しておこう。

「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」は秋9月の季語であり、関連語・類語に「彼岸花、死人花、幽霊花、狐花」などがある。
 余計なお世話かもしれないが、「曼珠沙華」という季語は、俳句では、5・7・5の5文字に換算される(何も、5の位置に置かなければいけないという意味ではない)。

追記(05/09/28):彼岸花の画像などを:
心の万華鏡
So-net blog風の詩彼岸花・・・そして飛鳥の思い出・・・

続きを読む "曼珠沙華…天界の花"

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2005/09/26

嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(3)

 本稿は、「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(1) 」や「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(2)」に続くものである。
 記事を書くに当たっての表記方法などについての注意事項は、上掲の記事に書いた留意点を参照願いたい。
 前回は、小生の大好きな宮沢賢治の、取り分けて好きな詩「永訣の朝」で終わっている。
 本書・嶋岡 晨著『現代詩の魅力』の中で著者も書いておられるが、明治以降、数知れない詩人が輩出したが、依然として宮沢賢治や彼の詩の人気は絶大なものがある。詩にも疎い小生も、彼の詩には早くから魅せられてきた。小生の鈍い感性をも震わせ染み入らせるものが彼の詩の世界には、ある。
 今後、どれほどの詩人が新たに現れ我々を魅してくれることと思うけれど、そんな中にあって、まだ半世紀は彼の詩の人気は衰えるとは思えない。
 小生如きが彼の詩の魅力の由縁を書くのもおこがましい。急いで、嶋岡 晨著『現代詩の魅力』から、引用されている詩の断片の抜粋作業を始めよう!

続きを読む "嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(3)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

露草…陽炎(かぎろい)の青

 9月の季語(季題)例を眺めるのも、あと僅か。
 採り上げたい季語はまだまだあるが、今日は「露草」を。
 と思ってネット検索していたら、「エッセー・夏「露草」 : 和の学校から : 文化 伝統 関西発 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」といった素敵なエッセイの頁を見つけてしまい、これ以上、何を書くことがあろう、屋上屋を架すことすらできそうもないと、一気に書く気が萎えてしまった。
「花は夜明けとともに開き、昼にはしぼんでしまうので、その短命さが朝露にたとえられて、この名前があるのでしょう」とか、「露草」のほかに、「蛍草(ほたるぐさ)、月草(つきくさ)、鴨跖草(つきくさ)、青花(あおばな)、うつし花、帽子花(ぼうしばな)など、多くの名前を持っています」とか、「いにしえより、この花の汁は摺り染めに使われていましたが水で洗えばすぐに流れてしまうことから」、「古くから青花(あおばな)の名前で、友禅染の下絵用に改良品種が栽培されてきました」など、本日の季語随筆は、これにてお終い! としたいものだ。

 が! さにあらず。蛇足と余談と雑談の好きな小生なのだ、続きが延々と!

続きを読む "露草…陽炎(かぎろい)の青"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/09/25

駄句アップ

 無精庵方丈記でまたアップ!
 今度も駄句の嵐だぞ!
 玉石混交を恥じないのが我が流儀。


 詠まれずもデジタル句宙舞っている!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(2)

s-DSCF0218
 表題から明らかなように、「嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(1)」に続く記事である。
 意図や表記などの注意事項などは、上掲の頁に準じる。

←昨夜半過ぎの都内某所。路面が濡れている。

 付記すべきことは一点。リンク先のHP(URL)を略していること。覗いた頁からすぐに飛べるとは思うけれど。ただ、リンク先には、詩の全文が載っているはず、表記は若干違う場合が多いのだが。

 前回は、吉本隆明も敬愛していたという高村光太郎の、ある意味典型でもある「牛」までを部分転記したところで終えていた。
 では、続きを早速! まずは萩原朔太郎から。

続きを読む "嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(2)"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2005年9月18日 - 2005年9月24日 | トップページ | 2005年10月2日 - 2005年10月8日 »