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2005/08/27

浜野佐知って誰

 過日、仕事中、お客さんを探しながらラジオを聴いていたら、女性の映画監督らしき方の話がポツポツと。話し手は女性で、映画監督で、しかも、聞き捨てならなかったのは、ピンク映画の監督だということ。
 ピンク映画となると、嫌いではない小生、お世話になったこともある小生、聞き逃すわけにはいかない。
 白川和子、宮下順子なんて懐かしい名前が次々、浮かんでくる。学生時代、随分とお世話になりました。宮下順子さんなどは、テレビドラマにも登場されるようになったっけ。

 ここに、しかし、多少の誤解がある。小生が覚えているのは日活のロマンポルノ。彼女が作ったのはピンク映画だ。ロマンポルノとピンク映画と、何処が違うか。
 百聞は一見に如かずだが、路線が違うのは間違いない。芸術性を標榜し、どこか政治的に鬱屈したものを情念として背中に背負っているのがロマンポルノ。
 ピンクは、随分と毛色が違う。
(そういえば、大森の駅裏にもポルノ映画館があって、会社帰りになどに通ったものだったが、ついに閉鎖に。小生、週末の楽しみがなくなってガッカリしたものだった。それから早、十年余り。閉鎖された映画館で上映していたのはロマンポルノではなく、ピンク映画だったようだ。余談だった。)

 あとで紹介するサイトにもあるが、白川和子さんや宮下順子さんは、浜野佐知監督の作ったピンク映画の仲間。が、日活に引き抜かれていったのだ。そしてロマンポルノが日活で作られ、学生だった小生を映画館へ誘い込んだわけだった。

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2005/08/26

池田晶子と埴谷雄高にオン!?

 池田 晶子著の『オン!』(講談社)を車中で読んだ。タイトルの全体を示すと、『オン!―埴谷雄高との形而上対話』である。
 実際、池田晶子氏の「最後からひとりめの読者による「埴谷雄高」論」と題された「埴谷雄高」論や、「註解『不合理ゆえに吾信ず』(池田晶子)」なども載っているが、直接・間接に埴谷雄高との<対話>を意識している。
(本書の目次を見てみよう→「オン! 埴谷雄高との形而上対話 目次」。これは、「はやちゃんのホームページへようこそ」と銘打っているが、「埴谷雄高さんの書籍、書誌、文書名辞典、小説「死霊」キーワードを取りそろえました」という、「埴谷雄高のサイト」の一頁なのである。)

 先に進む前に、本書の内容を出版社側のレビューで示しておくと、「埴谷を興奮させた50歳下の若き女性哲学者   ハニヤユタカ、イケダアキコ、それぞれの固有名で扮装した「よく似た意識」が遭遇して9年。思想史上のエポックともいうべき86年と92年の対話、流浪の処女論考「埴谷論」の決定稿、ほか、この1冊が、埴谷雄高を「難解」から解き放つ。いざ、スイッチ・オン!」である。

 彼の常でサービス精神が旺盛なので、埴谷が興奮しているかどうか、よく分からない。けれど二人は<出会って>から、埴谷の死に至るまで十年ほど、二度の対話を含め、意識しあう部分があったのかもしれない。
 が、埴谷の本を、特に対談を読むと、彼にそもそも対話や対談が成り立つのか、成り立っているのか、次第に疑問に感じられてくる…終いには、対話を彼は地上の誰彼とはしていない、眼中になく、彼の抱え込んだ、それとも彼を捉え込んでしまった何物かと対峙しあっているのだと感じさせられてくる。

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2005/08/25

「走馬燈と影絵と」補遺

走馬燈と影絵と」(August 23, 2005)と題した記事について、ある方が情報を寄せてくれた。
 ネット上に、「走馬燈」の語源などについて、以下のような記述があるというのである:

走馬灯とは、明治時代初期に官吏が乗っていた、頭に赤い電灯を載せた馬のことだそうです。人斬り等重大犯罪があると、その場に凄い勢いで走馬灯を駆って官吏が現れたので、壮絶な勢いで記憶が流れていくことをこのように表現するようです。

 急遽、ネット検索をして調査してみた。すると、上掲のような、というより、全く同じ記述内容で「走馬灯」のことを説明しているサイトが幾つか見つかった。
 小生は、コメントへの返事として、とりあえず、以下のように書いた:

ネット検索したところ、全く同じ記述が複数サイトで見つかりました。ということは、同じ典拠に由来するものと思われます。が、どんな典拠なのかが全く示されていない(典拠が示されていないのも、どのサイトにも共通する特徴。記述が引用されているサイトが共に、あまり参照したくないような雰囲気が漂っている点も共通する…)。 よって、この記述については、真偽(信憑性)の点において、今のところ保留にさせてもらいますね。

 典拠が示されていない以上、正しいかどうかの判断もできない。けれど、上掲の説明は一読して不審に感じられてしまう。
「明治時代初期に官吏が乗っていた、頭に赤い電灯を載せた馬」とあるが、パトカーなどが緊急の際に点滅させる赤い電灯のようなものが、それに類似するものだとしても、明治時代初期にあったろうか。
 確かに官吏(の一部)は馬に乗って巡回などしたりもしていたようだが。

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2005/08/24

不知火…龍燈

 気が付けば8月も残すところ僅か数日数となってしまった。暑さにすっかり弱くなってしまった小生、暑い日々の過ぎ去るのを待ち望んでいたような…。
 でも、もっと単純にただただ暑さにめげていただけなのかもしれない。
 8月というのは季題が少ない月のようである。少ない月というと、2月や9月が少ない。一番、季語例の少ない月は、10月か11月のようだ。
 といいつつ、小生、まだ、季語と季題の区別もあやふやなのだと改めて痛感。「俳句ランド」の「編集後記」の中の、「イ 季題と季語の違いについて」なる項を参照させてもらう。
 そこには、「季題とは「春」「夏」「秋」「冬」(「新年」)のこと」、「季語とは「歳時記」や「季寄せ」に載っているもの」とあり、さらに説明が付されているが、小生には今一つ、ピンと来ない。

 季語や季題が少なくても、どの言葉も気になってならない。たとえば今日は、表題にある「不知火」が目に飛び込んできた。
 漁火による蜃気楼現象のようだが、詳しくは知らないし、まして見たことは、多分、ないはず。
(正体が分からないから、見たことがないと断定することもできない。)

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2005/08/23

走馬燈と影絵と

 8月の季語例を眺めていたら、表題の「走馬燈(そうまとう)」に焦点が合った。
 といって、小生に走馬燈についての格別な思い出や思い入れがあるわけではない(と思う)。
 あるいは「坂川清流 灯篭まつり」へ行ってきたから、灯篭絡みの言葉に因縁を感じたのか。

 子供の頃、走馬燈を作ったという幽かな記憶がある。けれど、学校の工作で作ったのか、それとも家での遊びとして作ったのか、あるいは、何かの雑誌の付録に簡単な走馬燈のキットがあって、試しに作ってみただけなのかもしれない。
 ただ、作った走馬燈は、子ども心に幻想味を覚えさせてくれたという朧な印象があるのだが、しかし、脳裏を探ってみても、記憶がまるで定かではない。
 今の時代、走馬燈を作るなんて酔狂なことをする家庭や学校など、あるのだろうか。

 ま、その前に、走馬燈とはどんなものなのか、説明する必要があるのかもしれない。もう、縁日でさえも、そうそう簡単には目にすることはないようだし。
夏の季語(行事・暮らし-50音順)」を覗かせてもらうと、「薄紙を貼った枠内の筒を回すと色々な影絵が見える灯籠」であり、類義語に「回り灯籠」があるとされている。
俳句歳時記」の中の「季語集・夏」だと、「軒先や窓に吊して影絵を楽しむ玩具で涼味豊かなものがある」といった説明が付されている。

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2005/08/22

ディアスポラ…書くことが生きる場所

 徐 京植著の『ディアスポラ紀行   ―― 追放された者のまなざし ―― 』(岩波新書)を読了した。
 図書館の新刊書のコーナーに展示されていて、まず、大方の方の目に止まることはないだろうと察せられる本。日本の生煮えな状況にあっては、想像を絶する世界が、世界各地に、どころかこの日本国内にも厳然たる現実としてあったし、あるということを教えてくれる著者であり本なのである。
 出版社側のレビューによると、「生まれ育った土地から追い立てられ,離散を余儀なくされた人々とその末裔たち,ディアスポラ.自らもその一人である在日朝鮮人の著者が,韓国やヨーロッパへの旅の中で出会った出来事や芸術作品に,暴力と離散の痕跡を読み取ってゆく.ディアスポラを生み出した20世紀とは何であったのかを深く思索する紀行エッセイ.」とか。

「ディアスポラ」という表記を見た瞬間、小生はキリスト教かユダヤ教の歴史紀行の本かと思った。レビューにもあるように、「ディアスポラ」とは、字義的には、「本来は,分散・離散を意味するギリシア語で,捕囚の後にイェルサレムに帰らない離散したユダヤ人をとくにさす」と理解するのが常識だと思っていたし。
 本書の中では著者は『世界大百科事典』(平凡社)での説明として、「大文字のディアスポラという語は本来、「<離散>を意味するギリシャ語」であり、「パレスチナを去って世界各地に居住する<離散ユダヤ人>とそのコミュニティを指す」を示している。
 が、直ちに以下の断りが付せられている:

「ディアスポラ」という言葉は今日では、ユダヤ人だけでなく、より一般的にアルメニア人、パレスチナ人など、さまざまな「離散の民」を言いあらわす小文字の普通名詞として用いることが多くなっている。

 小文字のディアスポラが普通名詞として用いられることが多くなっているのかどうか、小生には確かめようがない。

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2005/08/21

自然という書物

 季語随筆「田舎で読んだ本」(August 18, 2005)の末尾で、「この二冊を読み終えた後、三冊目に手をかけたが、思いの外の好著にめぐり合えた。その本のことは、後日、採り上げるかもしれない」などと、思わせぶりというか、半端な科白を吐いている。
 その本というのは、トマス・レヴェンソン著『錬金術とストラディヴァリ―歴史のなかの科学と音楽装置』(Thomas Levenson 原著、中島 伸子訳、白揚社)のことである。
 出版社側のレビューを示しておくと、「顕微鏡からコンピュータ、オルガンからシンセサイザーまで、科学と芸術はどのように補い合い、知的調和をもたらしてきたか。西洋の科学と音楽の歴史を独自の視点で見直した、ピュタゴラスから現代に至る科学的思考発展の物語」ということで、音楽史の本であり、科学史の本でもあるが、詰まるところ、哲学史というより哲学の本と思っていいだろう。
 といっても、堅苦しさは全くない。知見に富んでいて、西洋哲学を少しは齧った小生も水の哲学者タレスの「水」の意味するところ、ピタゴラスにとっても、それとも西欧における音と数の今日に至る洞察の意味合いの深さを改めて感じさせてくれた。
 最初は、表題の「錬金術とストラディヴァリ」という取り合わせに、奇矯な感じ、意表を突くだけの本だろうと図書館で本の背の題名を見たときは思ったが、パラパラ捲ってみて、しっかりした記述と内容を直感。
 長年、少しは本を齧ってきただけに、面白いかどうか、信頼できるかどうかの大雑把な判断は付く。また、一読してみて、見当に間違いがなかったことを確認した。

 この本を田舎で読み始めて、その続きを読みたくて、富山から東京への高速の道をもどかしい思いで走っていたのだった!

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