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2005/08/06

日蔭ノナクナツタ広島ノ上空ヲトビガ舞ツテヰル

 小生はこの数年、原爆をイメージした虚構作品を書いてきた。
 一昨年は、「黒い雨の降る夜」、昨年は、「闇に降る雨」である。
 いずれも掌編と称するしかない短いもの。それでも体力と気力が要る。小説は徹底して虚構の世界と決めている小生。現実の世界に取材して物語することはない。随筆やレポートは別だが。
 さて、今年は、どうしたものかと迷ったが、敢えて試みてみた。タイトルは、表題の如く、「日蔭ノナクナツタ広島ノ上空ヲトビガ舞ツテヰル」である。
 これは、知る人は知っているのだろうが、原民喜の「原爆被災時のノート」からの一文を採ったもの。
 リンク先にあるように、「このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さん」なのである。

 というわけで、別頁は、いつも以上に野暮な世界が示されています。覚悟の程を!
 書き手としての願望としては、上掲の「黒い雨の降る夜」や「闇に降る雨」と併せて読んで欲しいのだが、我が儘だろうか。
 ま、常識としては、原民喜の『夏の花』、井伏鱒二の『黒い雨』、林京子や竹西寛子の作品などを薦めるべきだろうが、今更だろうからと気兼ねしてしまう。

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2005/08/05

平和のリアリズム…

 今、政治に関係する本を二冊、並行して読んでいる(ほかに、フリーマン・J. ダイソン著の『ダイソン博士の太陽・ゲノム・インターネット―未来社会と科学技術大予測』(中村 春木/伊藤 暢聡訳、共立出版)やジャン=クリストフ・リュファン著の『ブラジルの赤』(野口雄司訳、早川書房)も並行して読んでいる)。
 一冊は、徐 京植著の『ディアスポラ紀行 ―― 追放された者のまなざし ――』(岩波新書)でレビューによると、「生まれ育った土地から追い立てられ,離散を余儀なくされた人々とその末裔たち,ディアスポラ.自らもその一人である在日朝鮮人の著者が,韓国やヨーロッパへの旅の中で出会った出来事や芸術作品に,暴力と離散の痕跡を読み取ってゆく.ディアスポラを生み出した20世紀とは何であったのかを深く思索する紀行エッセイ」とある。
 もう一冊は、藤原 帰一著の『平和のリアリズム』(岩波書店)で、カバーの見返しには、「全面核戦争の脅威の終焉に安堵した世界は、いままた新しい戦争の時代に突入した。各地で火を噴く地域紛争、高揚するナショナリズム、民主化後の政治不安、そして、テロと帝国の暴力……。著者は、この不透明な世界に対してたえず冷徹な分析を行い、リアルな平和構想を打ち出してきた。冷戦の終焉からイラク戦争に至るまでの粘り強い思考の成果を初めて一冊に収めた待望の時論集」とある。

 奇しくもというべきか、昨夜、ラジオ深夜便で、音楽プロデューサーの中野 雄氏へのインタビューという形で「政治学者・丸山眞男から学んだこと」というテーマで話を聞くことが出来た。
 まあ、例によって仕事の最中だったこともあり、断片的に聞きかじっただけだが、政治関連の本を読んでいたこともあり、特に今、その書を手にしている藤原 帰一氏のことを思い浮かべながら、あれこれ思っていた。

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2005/08/04

羅(うすもの)…クールビズ

 もうそろそろ歳時記上は秋になろうとしている。でも、今週はギリギリ、夏の扱い。
 どうも、季語に拘ると、実際の季節感との齟齬があったりし、むず痒い感じが起きて、スッキリしない。

 さて、表題の「羅(うすもの)」は、夏の季語である。「絽 紗 薄物 薄衣 軽羅」といった類義語があり、「紗・絽・上布など、薄く軽やかに織った織物」の意のようである。
こっとんの部屋」の「季語夏」を覗くと、「羅(うすもの)」の項があり、以下のような説明に出会える。松本たかしの句も添えられている:

盛夏の薄織の絹布の単衣、絽(ろ)・紗(しゃ)・明石・上布などをいいます。「蝉の羽衣」と蝉の羽のように、薄く透明感があり、いかにも涼しげです。着ている本人のことよりも、いかに涼しげに見えるかということにより気を配った昔の女性の心意気のようなものが感じられます。

 羅をゆるやかに着て崩れざる    松本たかし

 今朝だったか、テレビで、ミスハワイの方が石原都知事を表敬訪問し、クールビズにアロハシャツをどうぞと薦められていた。
 テレビで国会議員やお役人のクールビズ姿を見ると、いかにも何処かの高級ブランドのシャツを誰かに着付けられるままに着ている、クールビズがお仕着せのように、そんなぎごちなさを感じさせる。

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2005/08/03

地獄絵をよむ…美と苦と快と

 澁澤 龍彦/宮 次男著『図説 地獄絵をよむ』(ふくろうの本、河出書房新社)を読了した…というべきか、挿画を眺めた…というべきか、それともちょっとばかり回想に耽っていたというべきか。
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 ←健ちゃんさんからいただきました!

 こんな本を、今夕はサンバのパレードに行くというその日に図書館で借り出す自分って、変?
 澁澤 龍彦氏の諸著を学生時代などに何冊となく読んできたが、同じく学生時代に読んだ(眺めた)宮次男編著の『日本の地獄絵』(芳賀書店)一冊のインパクトには到底、叶わない。
 1973年刊のこの本は惜しくも絶版になっているようだが、小生には思い出深い本である。
 翌年だったかに刊行された源信の『往生要集』(石田瑞磨校注、日本の名著4、中央公論社)も単なる好奇心を超えて貪り読んだ。
 こうした一連の書籍の中で、何が自分を捉えて放さなかったのか。
 なんといっても、地獄絵に止まる。地獄草紙、餓鬼草紙、病草紙などの六道絵、北野天神縁起絵巻などに描かれる世界は、自分にはリアリティを以って迫ったきた。
 病草紙といえば、立川昭二の諸著も読み始めたのは学生時代だった。小生が六道絵の類いを最初に知ったのは、では、一体、いつ頃のことで、どのような形で、なのかは分からない。
 もしかしたら、小生にとって最初の梅原 猛の本である『地獄の思想―日本精神の一系譜』(中公新書。絶版?梅原猛全集でしか読めないのか)においてだったかもしれない。

 あるいは、その端緒は、富山生れで育ちの小生のこと、立山曼荼羅の絵図にあったのかもしれない。
 あるエッセイで、小生は、「このサイトに見られるような立山曼荼羅の絵図は、小生には何故か馴染み深い。ガキの頃に、何かの折に見せられ、初心な小生は、絵図さながらの世界に夢の中で幾度も<遭遇し体験>したものだった」と書いている。
 地獄絵と(時期的に関心の上でも)重なるように幽霊画の数々も折々眺め親しん(?)できた。
 もっとも、同時に、伊藤晴雨の責め絵の世界にもドップリと浸っていた。地獄。苦の極みであり、快の極地であり、美の極致でもある責め(絵)。

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2005/08/02

川端龍子の世界へ

 ひょんなことから、川端龍子の世界の一端に触れることになった。
 その事情などは、別頁(窓)に転記の形で示しておいた。
 図書館で、川端龍子著で画の『詠んで描いて四国遍路』(小学館文庫)という本を最初は時間潰しのつもりで読み始めたが、段々、彼の世界に惹かれていくのを感じていた。
 小生、さすがに川端龍子が高名な画家であることは知っていたし、その大作の幾つかを画集などで眺めたことはある。小生の居住する地域から、川端龍子記念館のある南馬込までは、小生の足でも、三十分もあれば行けるかもしれない。
 なのに、あまりに近すぎるから…というより生来の怠慢と、それ以上に、恐らくはとことん彼の作品に魅了されてはいかなったこと、まして、彼が俳句を嗜んでいたなどとは、上掲書を読むまでは全く、知らなかったのである。
 迂闊だし、不勉強の謗りを免れないところである。
 記念館の正式名称は、「大田区立龍子記念館」のようである。
 このサイトにも明記してあるが、「1963年,日本画家・川端龍子自身によって喜寿の記念に設立された。1991年からは大田区によって運営されている。」という。
「川端龍子自身によって喜寿の記念に設立された」! というところに彼の人となりが現れているのか。
 といって、小生、彼を貶めるつもりで書いているのではなく、むしろ、彼の反骨根性をこそ思い浮かべている(このことは、後述する)。

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2005/08/01

今日は水の日

 野暮用があって休日は日頃、部屋で無精を決め込む小生も町まで外出と相成った。駅まで小生の足だと徒歩三十分。トホホの距離である。なので、行きはバスを利用。
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 ←紫苑さんにいただきました!

 その前にバス停近くの写真店に昨日の撮影分の現像を依頼。写るんですという謳い文句だけれど、写っているかどうかは、結果を見ないと分からない。出来上がりが楽しみでもあり不安でもある。
 駅周辺で用事を済ませると、帰りはトボトボと歩き。とはいいながら、本人はせっせと歩いているのだが、後続の方たちにドンドン追い抜かれていくので(それも、見るところ、急いでいるようではない!)、体裁上、のんびり歩いていると、見栄もあって、若干のウソ混じりの表現をせざるをえない。
 ゆっくり歩いている人に追い抜かれるとなると、小生は、人が見たらスローモーションで歩いているように見えるかも。まさか、商店街のアーケードで宇宙遊泳の真似事をしているとまでは思われていないと思うけど。
 足が短い? 本人が思っているほど、足が出ていない? 体が重い? 
 いずれにしても、悲しいものである。

 というわけで、昨夜といい、今日の午後といい、商店街を歩く羽目になったわけである。何も昨夜を懐かしんで、遠く離れた我が住地近くの商店街の路肩を歩いてみたというわけではないのだが。
 さて、表題は「今日は水の日」とした。
 誰かが予想しているように、炎天下を歩いて汗だくになった、ここから強引に水の話題に持っていこうなどとは微塵も考えてはいない(こともない)。
 実は、駅からの帰り道、途上にある図書館に立ち寄るつもりでいたのである。小生には三十分の道のりを直射日光を浴びながら歩くのは酷というもの。なので、ほぼ半分ほどの場所に位置する図書館に寄って、新聞を捲るか雑誌を眺めるか、司書の美しいお姉さま方の勇姿を眺めるか、本の背表紙くらいは、世間体もあって立派に並んでいることを確認くらいはしようかな、という算段、腹積もりである。
 最後の本の背表紙の並びを確認すること以外は、目論見を果たした。
 ところで、図書館の入口付近にある新聞コーナーで新聞をパラパラ捲ってみたら、「水の日」の話題が社説欄に採り上げられていたのである。確か、毎日新聞だった。

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2005/07/31

鬼灯市…俳句事始

 表題に「鬼灯市」を掲げたのだけど、東京在住四半世紀だというのに、実際に浅草寺の境内で催される鬼灯市を覗きに行ったことはない。仕事で傍を通りかかったことがあるだけである。思えば縁日などの祭りにも、この数年、ゆっくりのんびり、ひやかしに行ったりするようなこともなくなっている。
 心の余裕がなくなっている、ということか。
 遊び心が薄らいでいる、のかもしれない。
「鬼灯市」は、「源頼朝が奥州征伐からの帰路、日射病で参っている兵士にほおずきの実を食べさせた故事にちなむもので、毎年7月9日・10日の両日、浅草の浅草寺でほおづき市が開催される」とか。
 あるサイトによると、「昔は、ほおずきに利尿作用、解熱作用、鎮静作用があるとして、薬用植物になっていました」とのこと(「夏の風物詩「赤いほおずき」(01.7.9)」より)。
 ちなみに、1189年7月に源頼朝が奥州平泉の藤原泰衡追討の為に鎌倉を出発している。9月には、「奥州藤原氏討伐に功績のあった葛西清重を奥州総奉行に任命。奥州支配を確立する」わけだから、上掲の故事は89年の秋辺りということになるのか。
 軍功あった葛西清重氏だが、のち「親鸞上人の弟子となり葛西氏館(別名、葛西清重館)に寺を建立したのが現在の西光寺」だとか。

 別名(別表記)に「酸漿(ほおずき、かがち、あかがち)、鬼燈(ほおずき)」などのある「鬼灯」だと秋の季語になるようである。
 夏の季語は、「青鬼灯(青酸漿、あおほおずき)」だという。文字通り、「まだ赤くならない若い鬼灯」のこと。
 ややっこしいことに、「鬼灯の花」となると、夏の季語なのである(鬼灯の花の画像は、下で示してある)。
 ネットでは、「鬼灯市夕風のたつところかな    岸田稚魚」が目に付いた
 昨日、土曜日の夜は隅田川で花火大会があったようだ。雨が心配されていたが、幸い、天気は持った。が、鬼灯市の催される7月上旬というのは、東京に関してはまず間違いなく梅雨の真っ最中。梅雨だからとて、必ず雨が降るというわけではないのだが、鬼灯市の立つ日はあまり雨が降らないジンクスがある?! 迷信かな。
 ところで、鬼灯と混同しそうなのが、鬼火である。こちらは、「おにび」。意味は、「夜間、墓地や沼地などで、青白く燃え上がる不気味な火。人骨などのリンが自然発火したもの。人魂(ひとだま)。火の玉。あおび」である。
 両者は、似て非なるもの? それとも、全然、似ていない? 

 雨とても避けて通るよ鬼灯市    弥一
 鬼灯を鬼火と見しは我のみか    弥一

「鬼灯」については、ほぼ一年前に綴った雑文があるので、以下、掲げておく。この稿を書いて数日後、ひょんなことから俳句や川柳の世界に足を踏み入れることになったのだが、本人も知る由もないのだった。
 でも、読んでみると、その気配は濃厚…?!

 鬼灯に惹かれて惑う俳句道    弥一

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