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2005/07/02

青柳いづみこ、ドビュッシーを語る

「読書雑録」(2005.06.29)の末尾で、「余談ついでだが、夕べ、NHKラジオ(第1放送の「ラジオ深夜便」)でピアニストの青柳いづみこさんのお話を聞きかじった。彼女が好きだというドビュッシーについての話だったと思う」などと書いている。
 肝心の話の内容は、小生のこと、聞きかじった部分でさえも聞き漏らしている(変な表現でごめんなさい)。
 この稿にコメントを寄せてくれた方がいて、どんな話だったのでしょう、という問い掛けがあったが、答えたいのは山々なれど、できないものはできない。
 なので、前回は時間がなくて全く書けなかったこともあり、個人的な興味もあるので、ネットの強みを生かして、若干のことを(示唆する程度になると思うけれど)メモしておきたい。

 青柳いづみこさんは、ピアノと文章の両方の達人の方。文章はパソコンを使って書いているらしいが、つい、指に力が入ってピアノの演奏に差し障りが生じかねない時もある、だから、演奏する機会が近づいた時は、できるだけ控えるようにしているが、それでも、求めに応じて書く原稿の予定も多く、大変だとか。
 まあ、そういった文章を書くこととピアノとの両立の大変さを最後の晩には語っておられた。

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2005/07/01

『太陽』グランプリを受賞!

Yahoo!ムービー - ニュース <イッセー尾形演じる昭和天皇ベルリン映画祭に 「第55回ベルリン映画祭」出品21作品発表>」という記事を発見した。
「世界3大映画祭の1つである「第55回ベルリン映画祭」(2月10~20日)のコンペティション部門に出品される21作品が20日、事務局から発表された。注目はイッセー尾形(52)が昭和天皇役、桃井かおり(52)が皇后役を演じたロシア映画「太陽」。巨匠・アレクサンドル・ソクーロフ監督(53)が、第2次大戦終結直後の昭和天皇の苦悩を描いた作品。日本映画では「隠し剣 鬼の爪」(山田洋次監督)が出品される。」とか。
「尾形は昭和天皇を、桃井は皇后を演じたロシア映画「太陽」が「第55回ベルリン国際映画祭」のコンペ部門に出品されることになった。同映画は「エルミタージュ幻想」や「モレク神」などで知られるロシアの巨匠・アレクサンドル・ソクーロフ監督の最新作。」だって。
「ソクーロフ監督は作品のテーマがデリケートであるため、出演俳優など一切の公表を避けてきた。さらに同映画祭の公式上映まで映像の露出も禁止するなど、徹底して“かん口令”を敷いている。尾形の所属事務所は「契約があるので、映画祭まではお話できません」としている」という。
 さらに、「一方、桃井は「絶対、賞を取ると思います。作品賞はもちろん、主演男優賞も取るはず。(現場は)すっごく楽しくて面白くて幸せだった」と力説した。桃井によると、「すごくいい角度から日本人を見てて、歴史を裁判する話でも人を批判する話でもなく、人の温かい部分を引き出している作品」とほれ込んでいる。」とか。
 まあ、知っておられる方々には、今更の記事なのだろう。

 この記事に最新のニュースが加わったのだ。つまり:

【モスクワ30日共同】タス通信によると、ロシア・サンクトペテルブルクで行われた第13回サンクトペテルブルク国際映画祭で29日、太平洋戦争終戦前後の昭和天皇の苦悩を描き、イッセー尾形が天皇役を演じたロシア映画「太陽」(アレクサンドル・ソクーロフ監督)がグランプリを受賞。

 ニュースソースは、「PUBLICITY  No.1177(2005/06/30/木)」である。
 このサイトには、ブログもある。

橘井堂(キッセイドウ)」なる、知る人ぞ知るの、佐野史郎氏がご主人であるサイトがある。
 その「橘井堂/アレクサンドル・ソクーロフ監督『太陽』」で、佐野史郎氏のこの映画の撮影裏話が読める。

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出発は遂に訪れず…廃仏毀釈

出発は遂に訪れず…」において、「ネット検索していて、かの哲学者の梅原 猛氏も特攻隊に志願したことがあったことを知った」として、「日本財団図書館(電子図書館) 私はこう考える【教育問題について】」なるサイトを紹介した。
 その際には、このサイトの中で示されている梅原 猛氏の考えについては、あまり触れることはなかった。読まれた方もいるだろうが、小生としても気になる点があるので、若干、補足しておきたい。

 文中において、「「勤労奉仕」で人間がよくなるとは全然信じられない。奉仕というのはボランティアでしょう。まず信仰があって奉仕するというのならわかりますが、「奉仕の義務化」とは矛盾する言葉です」とした上で、「これは私の考え方ですが、明治以降の日本の天皇制は仏教的であるよりも多分にキリスト教的だったという気がします。一神教的で、絶対的。靖国神道なんていうものは、国家主義に改造された神道で、とても伊勢神宮と一緒にできない。伊勢神宮の神道は御遷宮の儀式で明らかなように、生命の継続の崇拝を中心においているのです」という理解を示されている。
 そして、「もしそれ(明治維新、急遽作られてた日本の神道)を近代に生かすのだったら、まず日本のした戦争の犠牲になった中国や韓国の人たちのための神社をつくるべきです。それから靖国神社をつくるならわかるけれど、そういう戦争で犠牲になった敵の人を祀る神社をつくらず、自国のために死んだ人間を祀るなど、日本の神道の精神に背くというのが私の考えです」とも語っている。

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2005/06/30

出発は遂に訪れず…

 島尾敏雄著『死の棘』、ついで、『出発は遂に訪れず』を読んだ。既に本は図書館に返却してしまったので、手元に本を置きながら感想を綴るというわけにはいかない(『死の棘』については、ちょっと感想を書ききれないので、後日、その気になったら試みる、かも)。
 ここでは、『出発は遂に訪れず』だけを念頭に。
 なぜなら、奇しくも、天皇、皇后両陛下が27日、慰霊を目的にサイパン島(米自治領)を訪問されたのだから。

 ここは、『出発は遂に訪れず』について、今福龍太氏の「浦巡りの旅へ」を参照させていただく。
 氏は、「浦」について、「今年九月で没後百周年を迎えるラフカディオ・ハーンは、山陰は加賀(かか)の潜戸(くけど)を小舟で訪ねた名エッセイ「子供たちの死霊の岩屋で」の冒頭で、通りがかった御津浦(みつうら)という小邑の様子を「山を背にして高い断崖に取り囲まれた、小さな入り江の奥にある村である。崖の下に幅狭い浜がわずかに開けていて、そのおかげでこの村も存在しているのだ」と書いたが、浦という地形の景観学的な定義として簡潔でつけ加えることがない」と書いている。
「奄美、加計呂麻島の呑ノ浦(ぬんみゅら、と島人は発音する)は、浦浦が果てしなくつづく大島海峡沿岸のなかでもとりわけ奥深く、内に折れ釘のように曲がった細長い入り江で」、「戦時中にここに震洋特攻隊基地が置かれていた」。「のちの作家島尾敏雄が若き隊長としてここに赴任した」のである。
「「出発は遂に訪れず」は島尾敏雄がのちに呑ノ浦での経験をもとに書いたいくつかの作品のうちの一つである。原爆が投下されたことを知りつつ、出撃命令を受けたまま敗戦の朝を迎えるまでの極限状況が、この直截な表題に示されている」。

 参考に「震洋艇」を:
奄美写真館 - 鹿児島奄美大島-加計呂麻島の離島風景を紹介」というサイトで、「加計呂麻島ギャラリー」、特に、「呑ノ浦震洋」の画像などを:

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2005/06/29

読書雑録

 ほかでも書いたが、結構、充実した読書体験を重ねている。昨年の四月から書籍の購入を控え、その代わり、昨年末から図書館通いを再開。
 自分で買うとなると、新聞などの書評や広告を頼りに、多くは書店での立ち読み、時には本を見た最初の印象だけで買ったりする。が、無制限に買える筈もなく、どうしても、自分の好みの分野、それも、従来の読書経験でそれなりの好感触のあった分野や著者の本を買うことになりがちである。
 が、図書館となると、懐具合を気にせずに済むので、手にする本の分野を大幅に広げることができる。たとえば、リンダ・リア (Linda Lear)著『レイチェル―レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯』(上遠 恵子訳、2002/08東京書籍刊)などは、関心はあるから書店で目にしたら手に取ることはあるかもしれないが、しかし、大部の本ということもあり、また、伝記という性格もあって、購入は躊躇っただろう。
 というか、まず、買わなかったに違いない。
 が、図書館からの借り出しなので、とりあえず持ち帰り、読んでみて、つまらなかったら返却すればいい。最後まで意地を張って読み通す必要もない。結構、気楽である。

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2005/06/28

白夜…夢想家

 例によって夜半となると、さて、今日の表題は何にするか、テーマをどうするかで悩み始める。
 悩むというのは、ちょっと大袈裟だが、迷って迷って、二進も三進もいかなくなることはしばしばである。ま、好きでやっているのだから、それはそれで仕方がない、自業自得というものなのだろう。
 で、6月の季語例を眺めていて、そろそろ6月も終わりに近付いている今日になって、「白夜」という季語があることに気づいた。何を今更、であるが、この迂闊さが小生なのである。
 いつもお世話になっているサイトで「白夜」を見てみる。
「白夜(びゃくや)」(はくや)は、「夏の日没後も明るさが残り、薄明のまま朝になる現象」だという。それはま、その通りなのだろう。
 分からないのは、日本には白夜を体験できる場所があっただろうか、ということ。
 カナダ、アラスカなどの北米大陸のさらに北部地域、スウェーデンやノルウェー、フィンランドなどの北欧、ロシア(シベリア)…。まあ、北極などは、別格にさせてもらうとして、こういった地域へ旅したというのなら、経験することもありえる。
翼灯集1412」なるサイトを覗くと、「カナダ詠十六句は氷河八、白夜二、お花畑二、夏炉一、万年雪一、秋の湖一、ポピー一で構成される。氷河・白夜ともに日本では見られない景であるが、それを詠むという敢然とした精神で貫かれている」などと書いてある。

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2005/06/27

雨蛙…カエルコール

 あるサイトを覗いたら、カエルの話題が。近所でカエルのゲコゲコという鳴き声がすると、夏になったと実感するとか。
 小生は今は工場町の片隅に居住しているが、田舎は一昔前までは農村の雰囲気を残していた。小生が生まれた頃は、町とは言いながら、村と呼んだほうが相応しいような田舎町の風情がたっぷり。これが駅から歩いて十数分の場所だとは到底、信じられない環境。
 まあ、実際には、その頃は駅の裏手は、駅から歩いて数分なのに、木場というか運河になっていて、運河に浸かった木材特有の分厚い匂い、決して腐臭ではないのだろうが、それでも、近くを通ると濃密過ぎる匂いというか空気に耐えがたかったりした。
 そこから更に十分ほど駅から遠ざかる方向に歩くのだから、農村の名残を残していても不思議はないわけだ。
 小生が子供の頃は、農薬の散布にそれほど煩かったり神経質だったりはしなかったから、田圃にも畑にも農薬や殺虫剤や化学肥料をタップリと撒いていたように記憶する。
 富山の地は、有史以来、何本もの暴れ川の氾濫などで、痛めつけられてきたが、その代わり、土壌は栄養分にこの上なく恵まれてもきた。痛し痒しである。
 が、暴れ川の改修工事も一段落し、大雨や台風が来ても、川が溢れて、その余得(?)として土壌の地味が肥えるということもなくなった。
 幸いにも水は全国でもトップクラスの豊かさに恵まれているので、土壌も長年の農作・畑作にも関わらず、痩せ衰えることはなかったけれど。
 それでも、足りない栄養分を化学肥料に頼るしかなかったし、<害虫>をやっつけるには、殺虫剤に頼るのが何よりなのだったのである。

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2005/06/26

石ころ

 ボクは体の中の石ころにムカムカしていた。どうやっても、体内の石ころを取り出すことができない。胃の中あるわけじゃないらしいから、吐くこともできない。
 時折、首筋の辺りに石ころの奴、移動するらしくって、そうなると、大変。ノドチンコと石ころとで喉が狭まって、息が詰まる。ほとんど、喘ぐように息をする。
 まるで、そうだ、コンクリートの道路の片隅から生えてくる雑草。僅かな透き間を見つけて、辛うじて生きている。
 ま、やつ等ほど、ボクはタフじゃないんだけど。

 石ころはフクラハギに隠れたり、お腹に収まって、大人しくしていることもある。そんな時のボクは機嫌がいいみたい。近所の連中とも気軽に遊んだりもする。
 でも、石ころが頭の中とか、最悪、目玉の中に忍び込んだときは、どうしようもなくなる。
 ボクは、懸命に石ころをえぐり出そうとする。父さんに教えられた方法で。

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