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2005/06/18

行く先は何処

「○×」まで。お客はただそれだけ言う。「横浜の、ほら、▲◆で有名な」
 小生、分からない。聞いたことがあるような、ないような。大体、話がよく聞き取れない。随分とお酒が入っていらっしゃるようで、ご機嫌な様子だ。
「えっと、横浜のどの辺りでしょう」
「なんだ、知らないのか。お宅、何年、運転手、やってんの。大丈夫、オレが道、知ってるから走らせろ」
 走らせろと言われても、一体、どの方向に走ればいいのか検討が付かない。小生、必死でお客さんが言われた地名を脳裏に響かせて、横浜のどの辺りかの見当を付けようとする。皆目、見当が付かないのだけど、やるしかない。
「あの、高速を使いますか。」
「そうだよ。だから、○×だってば。」
 小生、そろりそろりと走らせ始める。とはいっても、いきなり右折か左折の選択を迫られるのだが、小生は左折を選んだ。
 薄ボンヤリだが、あの辺りかもしれないという気がしてくる。随分と頼りない話だが、お客さんがそのうち怒り出すような気がする。トラブルだけは御免だ。
 車を走らせて、交差点での信号待ちに賭ける。僅かな信号待ちの時間の間に地図を見て、お客さんが言った地名を探す。きっと、高速道路のどこかのインターの名前に決まっている。

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2005/06/17

バチスカーフ

 過日、ラジオを車中で聴いていたら(番組名は忘れた)、バチスカーフという懐かしい名前が。
Captain Fleet の ホームページ」の「深海潜水艇」なる頁を覗くと、その冒頭に、バチスカーフの項が見つかる。生憎、画像は載っていない。
 フランスの「深海潜水艇で」、「有名なオーギュスト・ピカール博士が開発し」たもの。「バチスカーフ以前は、深海調査には潜水球が用いられました。潜水球は水圧に耐えるために球形をした中空の乗物です。これを母船(水上船)からワイヤーでつるして深海調査をしました」なんて話をラジオでは最初にしていたような。
 さらに、ラジオでも、「しかしこれでは母船が揺れるとワイヤーを伝わって潜水球も揺れてしまいます。当然のことですがワイヤーの長さより深く潜ることもできません。推進装置を持っていないので自力で移動することができません。そこでピカール博士は潜水球に代わる潜水艇「バチスカーフ」を考案し」たという話が続いていた。
 ガソリンを燃料としていたが、ガソリンは単に燃料の役目に止まらず、比重が水より低いことから浮力を得る目的もあったとか。

アサヒ写真ブック85 バチスカーフ」があって、バチスカーフの勇姿を見ることができる。このサイトによると、「「バチ」は「深い」、「スカーフ」は「舟」という意味のギリシャ語」だとか。
 決して、バッチイ、スカーフではないのだ。

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2005/06/16

ハッピーバースデー・ツーユー!

 とうとう梅雨入りである。今年も景気良く、ハッピーバースデー・ツーユー(梅雨=つゆ)と叫んでおく(声に出さないで)。昨日も今日も雨。ジリオラ・チンクエッティかギルバート・オサリバンの雨でも聴きたい気分だ(勘違いしてた。ギルバート・オサリバンじゃなくって、ホセ・フェリシアーノの「雨のささやき」だった。「ハートに灯をつけて」もいいんだけど)。
 でも、プレーヤーもないし、雨の音を聴きながら小文を綴ってみる。

 今日の表題には何故か「長靴」を使いたい気分だった。が、調べたかぎりでは「長靴」は季語扱いされていないようである。
 但し、「ブーツ」ならば、「防寒用の長靴」ということで目出度く(?)季語の仲間入りとなる。類義語も「毛皮靴」があるくらいだ。が、このニュアンスから分かるように、冬の季語である。
 では、「ブーツ」が季語例にあるのなら、「長靴」だって仲間に加えてやっていいじゃないか。
 季節は? そう、梅雨だ!
 それにしても、「ブーツ」と「長靴」では意味が違うのか同じなのか。雨の日などに女性方が履いている「それ」を指して、「素敵な長靴ですね」って言ったら、褒めるつもりで言った場合でも、何よ! っていう反応となるのは、目に見えている。
 要するに同じじゃん、なんていう正論というか理屈はとおらないのである。試しに「長靴」の英訳を探すと、「Boots」である。じゃ、というので、英語の「Boots」を日本語に訳すと、我がパソコンの翻訳ソフトでは、「ブーツ」となった。
 なんのこっちゃ?!

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2005/06/15

蚊取線香…灰は切れる

 今日、表題に選んだ「蚊取線香」は、多くの日本人にはあまりに馴染み深い風物。夏が近付けば、当たり前の風物詩として身近にある。
 無論、夏6月の季語
 とはいえ、最近の蚊取線香は、すっかり様変わりして、電子蚊取、電気蚊取、蚊取マットなどが登場しているようである。
 小生は、しかし、断固、渦巻き型の従来通りの蚊取線香がいい。あの形に慣れすぎてしまったのかもしれない。
 蚊取線香の歴史その他については、やはり、「金鳥の夏 日本の夏」の、金鳥さんに…じゃなくって、「KINCHO大日本除虫菊株式会社 ホームページ」に伺うのが宜しいだろう。特に、「KINCHO 工場見学 工場長に聞く かんたんなお話コース(お子さまむけ)」が小生には、分かりやすいし、興味深い。以下に示される質問項目で、大概の疑問は尽きるのではなかろうか:

●「かとりせんこう」はいつからできたのですか?
●なぜ、「金鳥の渦巻」は左巻なのでしょうか?
●「かとりせんこう」のけむりには、害はないのですか?
●なぜ「うずまきがた」をしているのでしょうか?
●なぜ「かとりせんこう」で「か」が死ぬのでしょうか?
●「かとりせんこう」は何からできているのでしょうか?
 なぜ「みどり色」をしているのでしょうか?

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2005/06/14

倉橋由美子さん死去…旅の重さ

 倉橋由美子さんが亡くなられていたという一報を車中、ラジオで聞いた。
Sankei Web おくやみ 倉橋由美子さん(反リアリズムの作家)(06-14 0500) 」によると、「倉橋由美子さん(くらはし・ゆみこ=作家、本名・熊谷由美子=くまがい・ゆみこ)10日、拡張型心筋症のため死去、69歳。自宅は非公表。葬儀・告別式は近親者で行われた」という。
Hililipom>レファランスルーム」の「倉橋由美子」の頁を覗くと、彼女のProfileや著作リスト、翻訳リストを見ることができる。
 学生時代から文学活動を始め、明治大学在学中に「パルタイ」を発表し(60年)、芥川賞候補になったりなど、注目を浴びた。執筆活動を続けたが、「71年からしばらく小説の執筆から遠ざか」り、「80年創作を再開」という。
 その後は翻訳活動を中心に活躍していたようだが、小生は、皮肉にもというか、80年以降は関心を抱かなくなり、僅かにロングセラーとなった『大人のための残酷童話』を読んだだけである。
 それも、何処かの書店に立ち寄ったら、文庫版の『大人のための残酷童話』が目に付き、書き手の名を見ると、倉橋由美子とあり、懐かしさを覚えたくらいだった。
 数年前のこと。その頃、グリムやアンデルセンなどの童話や民話、昔話に興味を持っていたので、おお、こんな作家も、「大人のための残酷童話」というような際物的な仕事に手を染めていたのかと、やや驚いてしまったり(驚く小生が、迂闊で彼女の近年の仕事をフォローしていないだけのことなのに。まして最後の仕事がサン・テグジュペリの「星の王子さま」の翻訳だったとは、知る由もない)。

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2005/06/13

紫蘇…青梅…天道虫

 土曜日だったか、ある場所へ行く前、図書館に立ち寄り、返却日となった本を返し、道すがら薬局に寄って、栄養補助食品(黄色の箱に入ったビスケット)とダイエット茶を買った。レジの前に立って、前の客の清算の終わるのを待っていたら、あいている方のレジに(店員は一人なので、複数あるレジの空いているほうに立っても意味がない)天道虫が止まった。
 あれ、こんな町中に天道虫など珍しいと思っている間に小生の番となった。おカネを出し、お釣りの出るのを待っている手持ち無沙汰もあり、「天道虫さん、病気かな」なんて、戯れに言ってみた。
 店員さんは、恐らく虫に慣れない人だ、虫に触るのを嫌う人間だと勘違いしたのだろう、「そんなことないですよ、触っても大丈夫、病気になんて、ならないですよ」と答える。
「いや、そうじゃなくって、(薬局のレジカウンターに止まったのだから)天道虫さん、病気でここに来たのかなと」なんて、言ってみたけれど、意味が通じなかったのか、曖昧な笑みを浮かべるだけ。
 会話は成立しなかった。ま、いっか。
 そんな小さな話もあったので、天道虫を本日の表題に選ぼうかなと思ったが、どうやら、天道虫は甲虫などと共に、夏の季語ではあるが、時期的には七月の季語例の一つのよう。
 なので、断念。

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2005/06/12

レイチェル…海の燐光

 以下の引用文は、リンダ・リア (Linda Lear)著『レイチェル―レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯』(上遠 恵子訳、2002/08東京書籍刊)からのものである(p.419-20)。
 尚、以下の地の文は、リンダ・リアの手になるものであり、引用はレイチェルの手紙からの引用である。

 新月の大潮がはじまっていた。ウエスト・ブリッジウォーターからサウスポートに帰ってまもなくの、ある月明かりの夜、真夜中近くにマージーとレイチェルは海辺に降りていき、波を見、波の音に耳を傾けていた。原始の自然をさらに深く感じようと懐中電灯を消すと、波は燐光があふれ、寄せるたびに、いままで見たこともないダイヤモンドやエメラルドのような大きな閃光を放っていた。その光景に見とれ、砂に光るとらえどころのない鬼火をつかまえようとしているとき、ホタルが一匹、波にきらめく光を自分の仲間と思ったのか、波のそばで盛んに信号を送っているのに気がついた。まもなくそのホタルはうねる波に落ちて湿った砂浜に打ち上げられ、あわてて光を点滅させていた。「そのあとどうなったかはおわかりでしょう」と、レイチェルは翌朝はやくスタンとドロシーに手紙を書いている。  
私は海に入ってホタルを救い出し(鬼火をつかまえようと、もう膝まで冷たい水に入っていたので、またぬれることなど気になりませんでした)ロジャーのバケツに入れて羽を乾かしてやりました。帰るときにはポーチまで連れてきました――そこならもう海の燐光には誘われないでいるだろうと願いながら。これをもとにした子ども向けの物語がすぐに浮かんできました――実際に書くことはないかもしれませんが。

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苔の花…スパニッシュモス

 今日は表題に「苔の花」を選んだ。というのも、誰かが「スパニッシュモス  光合成」というキーワードでネット検索したら、小生のサイトをヒットしたらしいのである。
 らしいのである、というのも曖昧な言い方だが、試しにこの検索語で検索してみても、我がサイト(の頁)をヒットしないのである。だけれど、アクセス解析の検索フレーズの中に、これらのフレーズが確かにリストアップされている。
 不思議。
 ところで、光合成という言葉は、珍しくもないし、小生だって幾度かは使っている。「ツツジの季節の終焉…緑滴る」での使用頻度が高いが。
 では、「スパニッシュモス」という言葉はどうか。小生、園芸その他についても疎いので、この言葉、それとも植物名が珍しいのか、あるいは関係者には馴染みのある名称(植物・素材)なのか、分からない。
 ただ、自分自身に事寄せて言うと、この「スパニッシュモス」なる名前は、実に拘りの強い対象なのである。

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