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2005/05/28

穀象…極道

 気が付けば五月も残すところ数日。今月のこの季語随筆は、あまり本来のテーマに沿った文章を書いていない。そこで五月の季語例から、あまり人が扱わないような季語を拾って、ちょっとだけそれらしいことを試みてみる。
 選んだのは表題にあるように「穀象」である。読んで字の如くで「こくぞう」であり、「穀象虫」として使われることのほうが多いような気がする。五月の季語扱いのようだが、この虫、温度が高くなり湿気も増す、六月頃にもぞもぞ蠢き始めるとか。
 念のため「穀象 季語」でネット検索すると、検索例は25件のみ。網に掛かった件数としては、最少に近いのではなかろうか。
 ああ、「穀象」さん、評判が悪い…。それとも、もう、現代ではあまり見かけることがないし、従って句作の対象にはなりがたいということか。

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2005/05/27

季語随筆?

御報告」(May 22, 2005)の中で、この季語随筆日記の定款云々と書いている。
 自分で季語随筆(日記)と方針を打ち出しておいて、自分がその方針に雁字搦めとなり窮屈になっている。随筆というように、もっと気随気侭に文章を綴りたい、そんな思いからの定款の変更、拡大。

 しかし、ことはそんな単純なことじゃなく、それなりにあれこれ書き綴ってきての、折々訪れる壁を今またしかもそのドツボに嵌っていると感じているからなのだと思う。
 以下には、「創作する意味?」と題した昨年の夏に綴った拙文を示す。多分、その頃から(あるいはその半年以上前から)感じ始めた壁が今も続いているのだと思う。創作する意味などと書いているが、むしろ、その以前で「文章を綴る意味」と題したほうが相応しかったような気がする。だからこその「?」だったのだろう。

 否、もっと言うと、その文章を書いた一年前からの、自分なりに苦しい叶わぬ恋、不毛な恋心の整理が付かないでいた、というより、その真っ只中にいたことが、その拙稿の裏にはある。
 不毛な恋というより、それなりに自分の中に抱えてきた、引き摺ってきたと思っていた、思いたかった何かの正体が、案外に、それとも恐る恐るは気づき始めていたのだろうから、案の定、底の浅い、むしろ、浅薄で臆病で面倒なことから逃げて回る自分、問題に真正面から立ち向かうことを怖れる自分に過ぎなかったことが自分でも否定しようがなくなったこと、そのことにこの年になって気づいて愕然としている、まあ、そんな辺りなのだろう。
 自分の中には、テーマとして掲げられる何かがある、と思っていたのに、それがただの怯えの念、土中にあって、土の上に顔を出すことを躊躇い躊躇することの言い訳になっているに過ぎないということ。
 
 そうはいっても、文章を書き綴るしか能のない自分がいる。どんなつまらない人間であっても、その存在を抱えていくしかない。
 俳句というか川柳なのか、どっちつかずの世界に昨年の初夏辺りから迷い込んでいるが、文章で何を表現すべきかで迷い始めた時期と俳句(川柳)に手を染め始めた時期とが符合すると今にして気づかされる。
 はてさて、どんな闇夜の世界、それとも白夜の世界に迷い込んでいくのか、我ながら楽しみである。

 余談だが、25日発売の『ケイコとマナブ』で、小生が(幽霊)会員になっているサンバチーム・リベルダージのメンバーのダンサーとしての晴れ姿が代表として掲載されていた。
 タクシーの営業の日だったが、夜中になって一区切り、付いたこともあり、コンビニに立ち寄り、雑誌のコーナーへ一直線。普段なら物色することのない女性ファッション雑誌のコーナーの一角に、その『ケイコとマナブ』が並べられてあった。目立たない場所にあったので、お目当ての方の勇姿を眺めてからは、こっそり一冊だけ並ぶ場所を変えてみたり。
 そのダンサーの方の写真とチームについてのコメントが載っているのは、P48の「ダンス☆コスチュームCollection」なる頁。さすがにプロの方が撮った写真。
 でも、ここだけの話、小生がサンバパレードで撮った写真のほうが素敵だぞと思うのは、ファンだから仕方ないよね。手ブレがあったりするけど、その分、迫力がある! 
 手元の画像、ここに載せたいけど、本人の許可がないので載せられない。申し訳ないし、残念である。仕方ないので、小生が眺めての印象を念力で、ここに載せます。
 見えますかー!!
 見えましたよね。
 見えなかったという気の毒な方は、どうぞ、サンバパレードへお越しください。

 そういえば、先月号だったかの『散歩の達人』にも我がチーム関連の記事が載っていたらしい。が、やはり夜中に仕事の手を休めてコンビニに覗きにいったけれど、店員さんに聞いたら、もうないって。がっかりだった。
 でも、勝手にファンになっているチームの情報が、ボチボチながらでも雑誌などに載るのは、嬉しいものである。

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2005/05/26

罌粟の花…ゾンビ

 表題の「罌粟の花」を強く意識したのは、いつのことだったろう。今となっては、高額納税者の上位にランクされた宇多田ヒカルの母ということで説明するしかないのかもしれないが、小生には未だに、その母君である藤圭子さんのデビューの時のほうが印象に鮮やかである(あるいは、年齢的に昔のことのほうがよく覚えているというだけのことなのか…)。
 藤圭子(本名宇多田純子、旧姓阿部)さんのデビュー曲は、「新宿の女」(1969.09発売)で、そのあとにも「 女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」などと連続してヒットを飛ばした。この「圭子の夢は夜ひらく」という曲(石坂まさを作詞・曽根幸明作曲)の歌詞(一番)は、「赤く咲くのは けしの花 白く咲くのは 百合の花 どう咲きゃいいのさ この私 夢は夜ひらく」で、小生が「けしの花」をイメージさせられたのは、まさにこの曲でだったような。
 余談だが、「圭子の夢は夜ひらく」と「圭子の…」が冠せられているのは、その前に「夢は夜ひらく」という曲があるからで、これも気だるくて夜の世界の匂いがプンプンしていて、歌う園まりの雰囲気とがマッチしていて、まだ、小学生だった小生の下半身に限りなく近い男心を思いっきり擽ってくれたものだった。多分、好きな歌手じゃなかったはず…なのに、惹かれていく…困るのことよだったのである。

 藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」に戻るが、あるサイトのバイオグラフィーによると、「作家五木寛之に毎日新聞 日曜版エッセイ『ゴキブリの歌』にて「怨歌」と言われ激賞され」たとか。そういえば、あの頃、前川清とか森進一とかが揃い踏みしていたっけ。その前に緑川アコもいたっけ。
 さて、「圭子の夢は夜ひらく」の歌詞に出てくる「けしの花」の「けし」は、漢字だとしたらどんな表記になるのか。「芥子」だろうか。それとも、「罌粟の花」だろうか。「芥子」と「罌粟」って、同じなのか。何か違いがあるのか。
 季語上は、「罌粟の花 芥子の花 ポピー アマポーラ 虞美」は類義語の扱いとなっているようだが。念のために断っておくと、夏・五月の季語例のようである。
 いずれにしても、「芥子の花」は、中学生か高校生だった小生も、麻薬の花という知識はあった。テレビにどっぷり浸っていた小生、刑事モノか何かの番組で、それとも既に漫画の本で「けし」に洗礼されていたような気がする。
 勿論、実際に使ったわけではない。
「けし」の漢字表記だが、「芥子」という表記はあるが、これは「かいし」と読む場合がある。例によって「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞典」を参照させてもらうと、「カラシナの種子。芥子泥(でい)にして湿布に用いたり、芥子漬(からしづ)け・カレー粉の原料など、食用嗜好品として用いられる。〔漢方では「がいし」〕」だという。
 また、「からし」とも読め、「辛子(芥子)」である。
 となると、「芥子」も間違いではないとしても、「罌粟」のほうが表記から受ける印象という情ない意味、あるいは目で受ける語感からして、よりマシなような気がする。
スパイスの語源」なるサイトを覗いてみる。「けしの実」の項に、「罌粟(おおぞく)が正名、けしに読みかわった」という説明が見出せる。また、「芥子をけしと読むのは誤用、粟粒のような小さな種子が詰まった罌(瓶=かめ)の意、けしのさく果の形を表わしている」という説明にも恵まれる。
 となると、植物の名前である「けし」の漢字表記としては、「罌粟」が相応しいということになりそう。
 但し、まだ検討の余地がありそう。世の諸賢の知恵を請うものだ。

「芥子」というと、「海士の顔まづ見らるるや芥子の花」という芭蕉の句を思い浮かべる方もいるだろう。「短い夏の夜が明け初める頃、浜の海人たちが起きてくる。そんな時刻には芥子の花が浜一円に咲いていることだ」という評釈をネットで得ることが出来た。
 芭蕉がこの句を詠った頃は、芥子の花は麻薬(阿片)の材料になる花というイメージはなかったのだろうか。
 尤も、芥子の花でも、麻薬と関係のある花もあれば、無縁の種もあるのだとか。
東京都薬用植物園」なるサイトを覗くと、「東京ではここでしかみられない花「ケシ」」という蠱惑的な頁があって、「ケシについて」の項に「ケシは、あへんアルカロイド類を含有していて、多くの医薬品の原料となっている重要な薬用植物です。たとえば、モルヒネは強力な鎮痛剤としてがんの疼痛(とうつう)治療などに使われていますし、コデインは鎮咳(ちんがい)作用が強くぜん息薬やかぜ薬の製造原料となっています。しかし、これらは麻薬に指定されているため、ケシ(ソムニフェルム種)などの栽培は法律で規制されています」と説明されている。
 同時に、「写真の下に、栽培してはいけないケシには×を、栽培しても良いケシには○をつけてあります」とも。
 写真を見て改めて感じるのは、小生の勝手な先入見とはちょっと印象が違ったということ。

 小生の思い込みとは、熱帯魚でも茸類でもそうだが、毒のある花は色や形などが際立って鮮やかなのだろうというもの。
 けれど、写真を説明(○や×)抜きで見たとき、どれが麻薬に縁があるのかは、ちょっと分からない…むしろ、選択を間違えるかも、というのが正直なところだろう。
 やはり、女性でも地味な印象だから毒がないとか、化粧が濃いから毒気もあるという、単純な話ではないということか。ちょっと類推の仕方に無理があるかも。

 ネットで、この「芥子の花」を見てきたという記録があった。「白い夜 ものものしい薬の花」によると、「監視カメラに守られて咲く「花」とは?」という項があり、「温室や池があったり、パッと見はごく普通の植物園だけれど、奥へ進むとそこにはフェンスで囲まれた一角が。ここで育てられているのが、栽培を禁止されているソムニフェルム種などのケシである」という記述に続いて、「ガッチリと鍵のかかったフェンスは二重になっていて、しかもフェンスとフェンスの間には監視カメラまであり、周囲ののどかな雰囲気とは一変して、かなりものものしい雰囲気」とある。
 今、紹介したサイトには、「毒をもつ生き物は色鮮やかに生きます。これは周りにアピールするため。毒もってんだから食うなよっ! とかそういう意味を周りに伝えているんです」とある。先の小生の記述とは違う。やはり、本物を見ないと、うっかりしたことは書くべきではないということか。
 うーん、一度は見てみたい。

 ついでながら、過日、「青嵐と木下闇の間」の中で、「木下闇」を採り上げたこともあり、上述の芭蕉の句からこの言葉の織り込まれた作品を掲げておくと、「須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇」である。

ハイチのこと…揺れ動く世界」(May 25, 2005)では、「後日、以前、ブードゥーの周辺に触れた拙稿を掲げつつ、やはり通り一遍の叙述しか出来ないが、せめて偏見の上書きにならない程度にブードゥー教についての情報を示してみるつもりである」と書いている。
 忘れっぽい小生なので、今のうちに当該の拙稿を掲げておく。
 尚、文末に、「いつになったら、幽霊との対比ができるものやら」という悲鳴というか嘆きの一言があるが、この点については、「幽霊の話を恐る恐る」などでお茶を濁したままである。

 ちなみに、本日の表題を「罌粟の花…ゾンビ」としたのは、別に芥子の花を間違って栽培し、阿片などを作り、吸引した挙げ句にゾンビのような人間になりかねない、という意味ではない。
 勿論、そんな不法行為を勧めているわけでもない。
 もっと、うまい具合に話を繋げたかったのだが、その試みは頓挫してしまったのである。悪しからず。けしからぬとは言わないで。

「ゾンビーと幽霊の間に」に移る前に、「赤く咲くのは けしの花♪」繋がりというわけでもない(こともない)が、小生は、どうしても、ロシアの天才作家ガルシンの「赤い花」をここに敢えて言及しておきたい。
 小生が学生時代にチェーホフ、ドストエフスキー、トルストイ、ゴーゴリなどと共に傾倒した作家の一人だし、ガルシンはまだまだ忘れられては困る作家なのだ。短篇集が出ているので、是非、読んでみて欲しいと勝手に思っている。
 この「赤い花」とは、狂気の花、芥子の花ではなかったか…。

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2005/05/25

ハイチのこと…揺れ動く世界

琥珀のこと…バルト三国」でバルト三国のことに触れた。
 また、「沖ノ鳥島」は、ラジオで聞きかじった話を若干、情報を補足しつつ書いたものである。
 ラジオから入手できる情報は、それなりに根拠あるものだとしても、聴き入っているわけでもないので、断片的になりがちである(学生時代、授業での話を真面目に聴いていてさえ、平均点付近をうろついていたことを思い出す)。
 だからこそ、手元の資料やネット情報で補足する訳だが、それでも、通り一遍の記述を越えられるわけもない。
 ただ、それでも、読まれる方の中で一人でも関心を持ってもらえたら、書いた甲斐があったと思うしかない。
 
 さて、以下に掲げるのは、昨年の3月に書いたハイチ共和国についてのもの。やはり、ラジオで聞きかじったことで、それでは少しは調べてみようと思い立ったわけだった。2004年3月にラトルチュ首相就任し、暫定政府発足を受けてのNHKラジオでの解説のようだった。
 あれから一年余り。少しは情勢が好転したのだろうか。暫定政府の舵取りは上手く行っているのか。
 次頁の「ハイチの内乱」という拙稿を示す前に、若干の補足を試みておく。

ハイチ地図」を覗いてみよう。キューバ、ジャマイカ、バハマなどに囲まれ、ドミニカ共和国と国境を接している。
外務省ホームページ(日本語)-各国インデックス(ハイチ共和国)」が、日本での基本情報の入手先ということになるのか。
 その「基礎データ」の頁を覗く。「四国と九州の中間程度の面積」であり、首都はポルトープランス、人口は900万人弱(2002年)。人種は「アフリカ系90%、混血10% 」、言語は「フランス語、クレオール語」なのが、アフリカ系が90%以上に何故か悲しい。
 宗教は「カトリック、ブードゥー、プロテスタント」だというのは、何をか言わんや、である。
 宗教の中で、ブードゥーが、日本人にとっては名前は聞いたことがあるとして、馴染み深いとは到底言えないだろう。後日、以前、ブードゥーの周辺に触れた拙稿を掲げつつ、やはり通り一遍の叙述しか出来ないが、せめて偏見の上書きにならない程度にブードゥー教についての情報を示してみるつもりである。

 略史は「1492年 コロンブスのエスパニョーラ島発見」から始まる。ついで、「1697年 フランス領となる」であり、次が「1804年 独立」となっている。あまりに略し過ぎではないか。その中にこそ、悲劇に満ちた血生臭い歴史が埋もれているはずだし。
 けれど、その間、先住民は絶滅してしまった。「世界最初の近代的黒人独立国家」となったとは、先住民が皆無となったあとの歴史なのだ。アメリカ合衆国の場合は、先住民である、インディアンと呼称される人々は、ほぼ掃討され尽くし、そのあと労働力(奴隷)として黒人がアフリカから連れてこられたが、ヨーロッパ(イギリス、フランスなどが主)の人々が占有していったのとは、事情が違うようだ(多分。白人系が黒人系などを圧倒してしまった点が違う…単純化し過ぎだろうか)。

海外安全情報」なる頁を覗く。
「ハイチに対する渡航情報(危険情報)の発出(2005/04/11)」という項があり、「渡航の延期をおすすめします」という段階にあるようだ。
 詳しくは同サイトを見てもらうとして、「短期滞在者向け注意事項」の項にあるように、「ハイチにおいては交通、宿泊施設、観光施設等の面での十分なサービスは期待できません。また、山林伐採の影響で、海山共に豊かな自然は破壊され、度重なる政情不安、ハリケーンの被害、極度の貧困の中、人々は生きることに懸命です。明るいカリブ海の島というイメージを抱いて来訪すると、現実とのギャップに驚くことになります」ということに尽きるようだ。
 まだまだ多難な現実が続いているし、続いていきそうなのである。

 世界は揺れ動いている。パスカルの原理ではないが、日本国内へも、その余波が届かないわけがない。国内を安定させようと思うと、何処かの目立たない国の人々に皺寄せを及ぼしていくしかないのか。平和とは、他の弱小国家の人々の犠牲の上に成り立つものなのか。
 国内でしか暮らさない自分ではあるが、たまには海外に目を向けてみるのもいいのではと思う。
 それにしても、拙稿の末尾の「風光明媚なハイチ。観光立国も決して夢ではないはず。一日も早い国情の安定を願う」という締め括りの一文が、あまりにお気楽であり、上滑りしていると、我ながら感じる。

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2005/05/24

沖ノ鳥島

季語随筆日記拾遺…タクシー篇」(May 21, 2005)の中で、車中、ラジオを聴いていて、いろんな雑学的知識・情報を入手するという雑談をした。が、昨日、営業していて、その金曜日の仕事中に幾度となく聴いたニュースで触れていないものがあることに気づいた。
 それは、表題にある「沖ノ鳥島」の件。「石原慎太郎東京都知事が20日、日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)を視察した。周辺が日本の排他的経済水域(EEZ)であることを強調するため、島の管理状況や活用法を調べるのが目的。都知事の沖ノ鳥島視察は初めて」とか「都は漁礁や海洋温度差を利用した発電所を設置する方針」という「石原知事が沖ノ鳥島視察 自ら潜水、海中調査も」といったニュースとか、「視察後、石原知事は「キハダマグロなどがくる可能性がある」と漁業への期待感を示した。一方で、「中国がEEZをうろうろするのは潜水艦の行動範囲を調査するためだ。ますます日本にとっての沖ノ鳥島の意味合いは深いものになった」などと述べた」といった「石原都知事、沖ノ鳥島を視察 海洋調査の中国牽制」といったニュースが、その日、何度となく流れていた。

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2005/05/23

沈黙の春

 有名に過ぎて、なかなか読めない本があるものだ。その本や本の著者についての話、あるいは関連する話題をさんざん聞かされたり読まされたりして、もう、分かってしまったような気になる本、書き手。
 その筆頭に挙げられる本の一つが、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』なのではなかろうか。小生には、少なくとも長らくそうだった。環境問題に関心がないわけではなく、殊更、彼女に事寄せてということでなくても、環境問題関連の本は少しは読んできた。
 当然、高校時代には既にこの本や著者の存在は既知のものとなって久しかった。久しいような気がしていた。著者が亡くなって(小生が十歳の時に亡くなられていた)僅か数年にして、『沈黙の春』は伝説の書となり、内容は少しは本を読むものなら誰でも(大袈裟とは思うが、それほどに)とっくのとうに読み終えていて当たり前の本となっていた。
 けれど、何かエキセントリックな感じを著者や著書に意味もなく抱いていて、それはまさしく環境問題を事挙げする人々への反発する斜に構えた知識人に共通する偏見に過ぎないのだが、悲しいから小生もその陥穽にはまり込んでいた。
 小生が環境問題に関心を持ったのは、他でも書いたが、我が富山についてはイタイイタイ病、新潟や熊本の水俣病、四日市公害ぜんそく問題などがまさに裁判での判決が続々と出つつある時代に思春期を迎えていたからだった。
 折りしも1970年には所謂、公害国会が世情を騒がせていた。富山にあっても、テレビや新聞で公害問題が採り上げられない日はなかったような。

 が、小生は根が単純なもので、公害や環境問題から一気に人間や自然の根源への関心に移り、ついには存在自体への疑問や、在ること自体の驚異の念に突っ走ってしまった。哲学少年になってしまったのである。
 それでも、故・田尻宗昭著の『四日市・死の海 と闘う』(1972年4月20日岩波新書刊)などは大学入学直後に出た本でもあり、大学の生協の店頭に並んだ直後に購入し読んだ記憶がある。
 が、環境というと、現実の生々しい公害問題よりも、ヤーコプ・フォン・ユクスキュル著の『生物から見た世界』(日高 敏隆, 野田 保之訳、新思索社刊)のほうがビビッドに感じられるという風だったのである(本書については、例によって松岡正剛の千夜千冊を参照)。
 今更、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』なんて、中途半端に感じられて、読む前からうんざりしてしまう、書店でたまに見かけても、今更、読めないな、という感じだった…。
 食わず嫌いってのはあるが、読まず嫌いってのも、あったのである。まさに『沈黙の春』は、沈黙の海に沈みこんで、久しく振り返ってみることもなかったのである。

『沈黙の春』については、機会を設けてセンス・オブ・ワンダーの念と絡め、改めて採り上げることにして、ここでは、以下で紹介するリンダ・リア著『レイチェル―レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯』の翻訳をされた、レイチェル・カーソン日本協会理事長でもある上遠 恵子氏によりレイチェル・カーソン『沈黙の春』を紹介してもらおう:

 環境の破壊と荒廃にブレーキをかける書
   レイチェル・カーソン『沈黙の春』 上遠恵子(新潮社の「波」より)。

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2005/05/22

御報告

 この無精庵徒然草のサブタイトルを、「国見弥一の季語随筆日記」から「国見弥一の季語随筆読書創作日記」に変更しました。会社であれば、定款の変更、拡大です。
 ようするに、ほとんどなんでもありの雑文欄になるかも、ということ。
 ただ、そうはいっても、基本は季語随筆日記なのです。
 今まででも時折は、書評めいた文章を書いていたけれど、これは番外編扱いだった。これからは堂々と書評風エッセイが書けるし、なんと創作もありとなる!
 これは、さすがにまさか、敵対的買収への対抗策などではなく、たまには創作も試みたいと思いつつも、季語随筆日記に精力を奪われ、掌編創作に手がつかなかったという悲しい現実を解消するための苦肉の策(大袈裟!)。
 定款を改めたって、会社の仕事が繁盛するとは限らないように、我が季語随筆サイトのサブタイトルが変わったからといって、中身が充実するとは限らない。
 けど、ま、書いている本人である小生の気休めにはなる。
 今後とも、よろしくお願いします。

[月曜日の仕事中、新しい<定款>に入れ忘れのあることに気づいた。コラムとレポートだ。随筆の中に、モンテーニュに倣うわけではないが、今から含意という形で追加する。つまり、実質、「季語随筆(含コラム・レポート) 読書創作日記」のサイトである、というわけだ!(05/05/24 追記)]

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青嵐と木下闇の間

 夏の季語も数知れずある。しかも、俳句に拘ると、初夏ということで、五月から既に夏の季語を使う羽目になる。ネットで「青嵐(あおあらし)」という季語を見つけた。この言葉を俳句や歳時記的知識なく何処かで行き逢ったとしたら、どんなイメージを読み取ることだろう。
 悲しいかな、小生は、青嵐会しか連想することが出来なかった。但し、こちらは「せいらんかい」と読むようだが。
 多少は昔の政治に関心があったなら、石原慎太郎や中川一郎、浜田幸一らが結成した自由民主党内の派閥横断的な集団である。会派と呼んでいいのか、小生は分からない。他には、加藤六月、玉置和郎、中尾栄一、中山正暉、藤尾正行、三塚博、森喜朗、渡辺美智雄などが主だったメンバーで、今では懐かしくなった人物も居るし、マスコミを賑わせている人、派閥などの長老格の方もいる。
「青嵐会 - Wikipedia」によると、「会名は、渾沌停滞した政界に爽やかな風を送り込もうという意味を込めて石原慎太郎が命名したと言われる」らしい(典拠は確認できなかった)。「設立趣意書には「いたずらに議論に堕することなく、一命を賭して、右、実践する」とあり、結成時に血判状を捺した事で知られる」とも。
 確かに、「結成時に血判状を捺した事」は、マスコミでも賑々しく採り上げられていた。
 彼らの血気盛んな行動とアピールぶりから、小生は「青嵐」というと、「嵐」のイメージしか湧いてこない。間違っても、「爽やかな風」など吹いてこなかったのである。

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