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2005/01/15

氷柱

 氷柱を表題に選んだ。が、「氷柱」と書いただけでは、「ひょうちゅう」なのか「つらら」なのか、分からない。
 実は、今日の表題を選ぶため、1月の季語例をぼんやり眺めていたら、「雪女郎、雪折、雪晴、 氷、氷柱、氷柱、採氷…」とあるではないか。あれ、氷柱が二つ、並んでいる。あれれ、である。
 冬の季語を他のサイトで当たってみると、「花氷(はなごおり)」という季語があるので、その間違いかとも思ったが、「花氷」は、「中に花を入れて凍らせた氷や氷の彫物」であり、夏の季語なのである。類義語、関連する語ではあるが、冬の季語例には入らない。
 せっかくなので、「氷彫刻の花氷を取材」という頁を覗いてみるのもいいかもしれない。
 関連する…かどうかは分からないが、水中花という言葉もある。小生が思い浮かぶのは、松坂慶子の「愛の水中花」なのだが(今、知ったのだが、この方、東京は大田区生まれなのだ。ってことは、大田区在住の小生、なんとなく嬉しくなった)。
 と、ここまで考えて、ようやく、氷柱には上記のように二通りの読み方があり、読み方が違うだけではなく、意味あるいは表現されるモノも違うのだと気付いた次第だった(但し、1月の季語例で示されている、「氷柱、氷柱」のそれぞ
れを「つらら」や「ひょうちゅう」と読むのかどうかは分からない。誤植などの可能性もある)。

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2005/01/14

冬薔薇(ふゆさうび)

 俳句の世界で、季語として「冬薔薇(ふゆさうび・ふゆばら)」が句に織り込まれる場合は、冬、それも1月の季語として使われているようである。あるサイト(Garden Life)の説明を転記すると、「バラ科の低木。観賞用に栽培される。冬薔薇とは特定の品種を指すものではなく、冬の季語として使われる。四季咲きの薔薇が、冬になっても残っているものをい」うのだとか。
 さらに、「霜に痛み、花も小さく、色も褪せながら可憐に咲く姿には、強く詩情を誘うものがある」とあるが、例えば、別のサイト([植物写真家 鈴木庸夫の自然を楽しむ]の「フィールド日記」で冬になっても咲き残っている薔薇を見てみると、いかにも、「冬枯れの寒々としたなかで咲いているバラは特に印象的」なのである。
 薔薇については、「幻の青いバラと女心(花三題)」や「薔薇とバラの間に」(「バラ」の語源探索)など、これまでにも若干のことは書いてきた。
 あるいは、「薔薇の時、あるいは愛の寝覚め」と題した妄想めいた掌編なども書いたことがある。バラは、豪奢さの漂う、一歩間違えると華美というより過美となりかねない危うい、ギリギリの瀬戸際で優雅さと気品を保っている花である。薔薇という名前もだが、棘があることが尚、薔薇を神秘的な、近寄り難い、それでいて気になってならない花にさせているようだ。

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2005/01/13

冴ゆる


s-DSC01288 表題を選ぶため、1月の季語リストを眺める。風物にも疎い小生には、字面を眺めてみても、何を意味するのか分からない言葉がたくさん並んでいる。 
 というより、多少は知っている言葉である、仮に聞いたことがある、どこかで目にしたことのある言葉であっても、それはそんな風習があった、遠い昔はそういえばそんなこともあった、テレビで見聞きした、ラジオで話だけは聞いたことがある、雑誌やその手の本で関連する記事を読んだりして全く知らないというわけではない、といった言葉が多い。
 だから、多くの言葉については実感や実体験が伴わないわけで、季語を学び季語を織り込んだ句を作ろうと思っても、下手すると、今もそうした風習が残っている方、あるいは記憶に鮮明にそうした風景を刻み込んでいるという方からすると、変だぞ、無理やりだぞ、作り事めいてるな、と感じられる怖れがある。
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 だったら、作るな、ただ、季語の勉強だけしていれば、となるが、それでは、せっかく今まで残っている季語、つまりは思い出や記憶・記録の中の風物が廃れていく。
 先人の句業を味わう、鑑賞するだけでも、それなりの学びにはなるが、やはり、小生としては、なんとしても自分なりに句作を試みたいのである。そうすることで、心に幾分なりとも古(いにしえ)の風景や、そうした風景の中にいた昔の人々の心情に触れられる、ほんの少しは近づける…ような気がするのである。

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2005/01/12

冬籠(ふゆごもり)

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 俳句の世界での季節の分類の仕方については、以前にも紹介した。歳時記上では、「立冬(11月7日)から立春の前日(2月3日)まで」が冬であり、その間においては、冬の季語を使うことができる。
「小寒(1月5日)から立春の前日(2月3日)まで」が晩冬という分類からすると、先週から既に晩冬に入っていることになる。体感的には、いよいよ冬真っ盛りである。晩冬というより、募る寒さに怯え竦んで、冬籠(ふゆごもり)したくなる。
 が、この「冬籠(ふゆごもり)」は、冬の季語ではあるが、「大雪(12月7日)から小寒の前日(1月4日)まで」を示す「仲冬」の扱いがされている。どちらかというと、12月の季語なのである。
 ある意味、凩(こがらし)が吹き荒れ、冬を予感し、年の瀬が押し詰まってきた頃に、冬籠(ふゆごもり)したくなるのは、分からなくもないが、かといって何かと気忙しい年末では、篭っていたくても、事情が許さない。
 この凩(=木枯らし?)がまた、厄介で、初冬の扱いだったりするから、さらに厄介なのだが。
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 いよいよ、大晦日となり正月を迎え、仕事始めと相成ると、お屠蘇気分など、不景気の風に呆気なく吹き飛ばされ、篭りたくても、冗談じゃないほどに世の流れに引き摺られてしまう。
 炬燵やエアコン、床暖房、電気ストーブに焦がれつつも、少しでもよい兆しはないものかと東京の町を走り回る。
 夜中など街外れの公園に車を止め、小憩だとばかりに一息入れたりするが、昨夜など東京とは思えないほどに星の数にも恵まれていたのだけれど、寒さには勝てない。暖(だん)恋しと、早々に車の中に戻ってしまう。冬籠(ふゆごもり)がしたくなる季節の到来が、いよいよ実際に冬籠(ふゆごもり)となってしまっている。
 車を運転している間は、コートを羽織っているわけもなく、車外での休憩は論外なのである。

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2005/01/11

初化粧

s-DSC01280 初化粧だなんて、これまた小生には一番、似つかわしくないような季語(季題)を表題に選んでしまった。
 これも、日曜日に我がサンバチーム・リベルダージの新年会に行ってきた、そして、舞台用に化粧し、タンガなど、サンバ用の衣装に身を包んで、華麗に変身するダンサーらの姿に圧倒されてきたからだろうか。
 衣装に身を包んで…というのは、サンバの場合には相応しくないのかもしれない。ダンサーらにとっては、時に気合を入れるような、よし、舞台で踊り捲る、見ている観客を踊りの輪に引き込んでやるという、ある意味での戦闘服のようなものかもしれないのだし。
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 華麗であり美しくもあり優雅でもあるけれど、同時に心意気や気風や狂騒を演出し楽しむ装置でもある衣装。
 化粧についても、もしかしたら両方の意味合いがあるのかもしれない。自らをこんな女像を意識し演出する、自作自演の装置と、同時にあるいは化粧の下の意識を覆い隠す仮面、あるいはマジックミラーとしての化粧。
 それにしても、「初化粧 季語」というキーワードでネット検索すると、ヒットするのは僅か13件だった。「初化粧」という言葉はあまり季語として好まれていないということなのか。

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2005/01/10

新年会

s-DSC01279 昨日、日曜日は我がサンバチーム・リベルダージの新年会だった。会場は、アサヒスーパードライホール(4FスクエアA)だった。
 あの突拍子もない目印が屋上にあるビルだ! ちなみに、あの目印、う○こだとか、きん斗雲(きんとうん)だとか称されたりするが、あれは、「炎のオブジェ」で、躍進するアサヒビールの心の象徴なのだとか。また、「スーパードライホール」は、フランスの著名なデザイナー、フィリップ・スタルク氏によるもの。
 ちなみに、新年会は、まさに文字通り新年(一月)の季語(季題)のようだ。
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 人付き合いの極端に悪い小生、これが唯一の新年会、しかも、小生自身そのメンバーであるにも関わらず、活動は一切していない。勝手に広報担当ならぬ後方担当を自称しているだけ。折々のサンバパレードをギャラリーとして追い掛けて、レポートなどを作成、撮った写真と共にホームページに載せてきた。
 自分も参加したいが、仕事は別にしてプライベートは書くことと読むことに専念していることと、生来の怠け癖があって、楽器の練習など、つらいことを避けがちになってしまうのである。実に情ないメンバーで、忸怩たる思いがある。
 それでも、素晴らしい演奏や踊り、素敵というより圧倒される人間性に触れられて、チームの末端のそのまた端っこでささやかに応援しているわけである。
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2005/01/09

寒稽古

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 寒稽古などという凡そ小生には似つかわしくない表題を掲げた。
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 体育会系ではなく、その前にクラブというものに入ったことがあるのも、高校まででは、ほんの半年ほどあるばかりである。大学に入ってからは、友人の縁もあり、ひょんなことから実存主義研究会に入った。その頃はまだサルトルやカミユ、ジュネなども関心は持たれていたし、そこそこには読まれていたのである。
 マルクス主義系統の研究会や、集団も活動していたし、友人にはかなり過激なセクトに加わる奴もいたけれど、小生は、マルクスは凄いと思っても、主義となると、敬遠気味になってしまう。
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 そこには、浅間山荘事件や総括(「あさま山荘事件(連合赤軍)」などを参照)などが影響しているのだと思う。毎日のように総括の悲惨な様がテレビなどで放映されて、マルクス主義とか学生運動に対する嫌悪感とまではいかないが、用心してしまう気味が脳裏に刷り込まれたのだと、後にして思う。
 或いは、国により左翼の活動への嫌悪感を植え付けるため、マスコミを通じて学生運動の負の部分をこれでもかと世間や特に若い人たちに洗脳活動されてしまったのだろうか。内ゲバ、総括、疑心暗鬼…。

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[冒頭に掲げたサムネイル画像は、小生のホームページで「55555」というキリ番をゲットされた、いくろうさんが取ったよと画像を提供してくれたもの。綺麗な番号ですね。小生が小学校か中学生の頃に、こんな5並びの通信簿を貰ったら、小躍りして喜んだでしょうが、夢のまた夢でした…。いくろうさん、申告、ありがとう! (写真、拡大して見てね)]

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