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2005/12/28

国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた

 事情がありクリスマスイブの日から昨日まで帰省していた。田舎でのことはともかくとして、いつもながら感じるのは、列島の太平洋側と日本海側との気候風土のまるで違うこと。北海道と九州・沖縄と違うのは、緯度の違いもあって多少は想像が付くけれど。
 特に変化を強烈に感じるのは、なんといってもあの長い関越トンネルの前後において、である。
 今年の年末は例年になく雪が多かった。帰郷する時も寒いが雪のない関東側から上越側へ抜けた途端、雪国になっていて、ああ、日本海側が雪が多いって、テレビなどの報道の中の話だけじゃなく、本当だったんだ、なんて間抜けな感想というか感動のようなものを覚えてしまった。
 その雪のために列車のダイヤが乱れて、乗り換え・代行運転など面倒もあったけど、あとで振り返ってみると、それはそれで印象的な場面もあり、楽しい旅だったような気もする。
 当然ながら帰京(上京という表現は採りたくない)の折も関越トンネルを列車で通る。郷里も含め雪の降りやまない北陸。塩沢や越後湯沢の深い雪。駅のホームも雪がなぶるように降っている。まして、列車が走るとそれこそ叩きつけるような雪になる。
 そうして幾度となく潜るトンネル。最後に列車で走っても長く感じる関越トンネル。車内の明かりだけで外は当然ながら真っ暗である。
 それが、トンネルを抜けた途端、眩しいというか強烈な日差しが車内を光の洪水にしてしまう。時間にして三時ごろだったろうか。
 雪は? 何処かに雪は? あれほどの雪は何処へ消えた? 目を凝らして遠くを眺めると、山間に転々と雪があることはあるが、黒っぽい山肌に小さく点々と斑模様となっているだけである。開けた平野部には、雪などまるで他所の世界の話、さっきまでの深い雪が夢のようなのだ。

[別窓に移る前に、「折り句」の中の「短歌 二首  弥一&瑠奈」を見て欲しいのです。瑠奈さんが小生の寄せた歌などを使って素敵な絵柄を光の部屋に作ってくれました。瑠奈さんのサイトは、「雪月花」です。]

 表題にも選んだけれど、まさに「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」となる。
 小生は川端康成の小説が好きで、『眠れる美女』や『山の音』『禽獣』『掌の小説』『伊豆の踊子』などを繰り返し読んだものだが、中でも『雪国』は少なくとも六回は読んでいる。小説として傑作なのかどうか判断が付かないのだが、自分の中で短編としてはモーパッサンの『脂肪の塊』、ドストエフスキーの『白夜』、カフカの『変身』と並ぶ別格の宝石となっている。
 これまで何十回となくトンネルを列車で、あるいはバイクで潜った小生だから、余計に『雪国』は、思い入れが一入(ひとしお)なのかもしれないが。

 川端康成の小説『雪国』では、「夜の底が暗くなつた。信号所に汽車が止まつた。」と続く。関東から上越方面、湯沢へ抜けたときは、時間帯にも拠るが、夜の底が暗くなり、異境の地へ来たという感を強く覚える。
 だからこそ、旅の恥は掻き捨てではないが、ある種幻想的な物語を綴ることができるし、旅先の女と男の我が侭な思い入れたっぷりの行きずりの恋もできる。
 今度の旅では、この全く逆の体験をした。国境の長いトンネルを抜けると陽だまりの世界があって、目の奥の奥まで光が差し込み、幻想の世界から現実の世界へ一瞬にして目覚めさせられる体験を与えられたのである。
 何も田舎の暮らしが夢幻というわけではない。ただ、あまりに長く田舎を離れすぎていて、自分は田舎では旅人であり、お客様の域を脱することは難しくなっている。地元の人との面識もまるでなくなっている。家の中だけに限っても、日々の細かなそれなりに忙しくもある予定をただ見守るのがせいぜいなのである。
 多少は手伝ったりすることはあっても、その手伝いは結果として気まぐれなものにしかなりえない。下手すると気休めともなりかねない。重荷を担いきれないのである。
 それが、トンネルを抜けた途端、光の洗礼を浴びて、東京を中心とする関東平野に入ると、地味そのものだが、仕事の場が待っていると自覚させられる。一瞬、戦場という言葉が浮かんだ。気の抜けない日々。ともすると孤立無援な生活。

「トンネルを抜けると雪国であつた」を列車でも幾度となく経験してきたが、オートバイではもっと強烈な体験をしたことがある。年の瀬、そして正月を田舎で過ごすため、オートバイで北陸へ向かったことが何度かある。東京が寒波に見舞われていたものの日差しに溢れていた。胸のうちには悪い予感があったのだけど、怖さに目を背けて、とにかく日中の日の高いうちにトンネルを抜け越後湯沢へ行ってしまえば、あとはなんとかなると思っていた。
 その目論見があまりに甘すぎた。関越自動車道の長い関越トンネルを抜けると、それまでは時折路肩に溶け残った雪の塊があるだけだったのが、まさに雪国になってしまっていたのだ。午後の二時にもなっていない時間で明るかったので、夜の底が暗くなることはなかったが、胸中は真っ暗となった。暗澹たる気分。
 雪が降っているどころか、高速道路そのものが既に車で踏み固められて圧雪となり、路肩となると腰の辺りまでの積雪となっている。
 小生の駆るオートバイはノーマルタイヤである。ガソリンや荷物を含めた重量は小生自身の重さを別にしても300キロである。トンネルを抜けてから数十キロ先のICを降りるまで、四時間あまりの間に何十回どころか何百回も滑って転倒した。百メートルもいかないうちに転ぶこともしばしばで、1キロ辺りで5回平均だとしても、50キロ走ったとしたら…、300回は転倒しバイクを起こして気を取り直して走り出し、また、倒れ、を繰り返したことになる。
 夏に買ったばかりで新車だったというのに。
 バイクが滑って路肩付近を走っていたはずがヨロヨロしてしまって中央の分離帯に向かってしまい、側溝にバイクが嵌り込んでしまったこともある。分離帯付近に側溝があるなんて、初めて気が付いた!
 300キロの車体のバイクを側溝から、それも雪の降り頻る中、引き摺り出せるはずもなく、途方に暮れてしまった。その傍を渋滞してのろのろと走る車の列。泣きたい気分をとうに過ぎている。寒さなど感じる余裕もない。
 
 まあ、関越自動車道でバイクで雪の中を走行中に遭難しかけたのは、小生が最初で最後ではなかろうか。
 この時の体験は、その日の夜に塩沢・石打ICを出て(この出口の料金所を抜けるだけでも一時間以上を要した! 高速道の本道からは上り坂になっていて、路面が凍て付いた圧雪面で、バイクが滑って百メートル余りの距離に過ぎないのに、頑張って押しても押しても料金所は遥か先なのだった!)、何処かの宿に飛び込んで炬燵の中でブルブル震えながら、夢中で書き綴ったメモがあるので、後日、レポート風に書いてみたい。
[この件については、「雪の関越自動車道遭難未遂事件」と題した一連のレポート「雪の関越自動車道遭難未遂事件(1)」  「雪の関越道あわや遭難事件(7.完結篇:これが全貌でした篇)」にて、詳細に書きました。 (08/09/26 追記)]

「雪国 (文学) - Wikipedia」によると、「雪国』は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。夜の底が暗くなつた。信号所に汽車が止まつた。」、という書き出しで始まる。「国境」とは群馬県(上野国)と新潟県(越後国)の境という意味である。本来の読み方は「くにざかい」が妥当と思われるが、「こっきょう」と読まれることも多い。」という。
 小生は、最初から「国境」は「こっきょう」と読むのが常だった。エッセイなどなら「くにざかい」でもいいが、『雪国』という小説のその冒頭の文章の流れ、特に音的な流れやバランスを考えると、ここは「くにざかい」ではギクシャクして合わないと感じるのである。
 川端康成自身も「こっきょう」と読ませたかったらしいが、そのように明言されてはいないようだ。何かの本で、学者から「くにざかい」と読ませるべきですと指摘されたことがあるというから、恐らくは書き手の願望としては、というより、「こっきょう」という語感や音感で書き出していて、少なくとも当初はそれが当たり前と思っており、そのうち人様に「くにざかい」という読み方を指摘されて、そういえばそうだな、国語的にはそのほうがありなのかなと思ったのではないか。だから反論もしないが、まあ、結局のところ、読者に任せるという風だったのではなかろうか。

 小説『雪国』は、冒頭の一文に続いて、以下のような印象的な場面が描かれている:

 

 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん」
 明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。

 列車で夜の旅をするとき、あるいはトンネルを潜るとき、窓の外の闇と窓に映る女性の姿との幻想的な詐術の世界にさりげなく浸って遊んでみる。
 現実がそこにある。赤の他人ではあるが、生身の女性が何処かの席に座っている。その姿を直接見ることは叶わないが、また、窓に映る姿であっても、じっと眺めるわけにはいかないが、窓外の闇に沈む郊外の小さな明かりや、朧ろな山影の夜の闇とのラインを眺める折に、ふと夜の闇が織り成す透明なガラスの幻影装置世界に浮かぶ幻でもなければ現実とも言いかねる女を、ただ、夢のように眺めるのである。
 もしかして現実と想っている世界であってさえも、本当は夢幻の塊に過ぎないのかもしれない。
 そうはいっても、関越の長いトンネルを潜って、北陸へ抜けると夢なのが、関東に抜けるときには自分には戦場が待っている。幻であろうと、生きるその日その日は厳しい時が刻まれていく。
 刻まれる…。一体、何処に刻まれるのか、それは今もよく分からないのだけれど。

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コメント

>>夜の底が暗くなつた
この言葉は有名ですが 検索すると小説『雪国』しかでてこない。
また
”君がみどりの”は島崎藤村しかでてこない
日本語として間違っていない(と言うのもおこがましいですが) 言葉に特許があるでなし、
使ってもいいでしょうが検索にはでてこない。
やはり、藤村とかは天才なのでしょうか。
”君がさやけき”などは、弥一さんは、いかが
考察しますでしょうか。 畑違いの健ちゃん。

投稿: 健ちゃん | 2005/12/28 20:29

健ちゃんさん、こんにちは。
「夜の底が暗くなつた」や「君がみどりの」などを検索されたのですね。ということは、「君がさやけき」も調べられたのかな。
「惜別の歌」は、高校生の頃、小林晃の歌で知りました。一人旅の折など、結構、歌った。

その人ならではの表現、叙述、文体ができるというのはすばらしいですね。
小生も小説の中で、少しは試みているけれど、どんなものでしょう。

投稿: やいっち | 2005/12/29 17:41

>>その人ならではの表現
弥一さんならではの表現を注視します。ズボラな健ちゃんですが。
弥一さん 「良いお年を」

投稿: 健ちゃん | 2005/12/29 21:10

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