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2005/12/07

氷輪…冷たく輝く月

 あるサイト主によりTB(トラックバック)していただいた。TB元である「秋・冬の現代俳句十句。皆さんのお好みは?|サイン、コザイン、タンジェント」へ飛んで頁を覗いてみると、幾つかの句が載っている。
 その中に、「氷輪に白々照らされ松の影」という句があった。一瞥して「氷輪(ひょうりん)」という言葉に目が。
 小生、「氷輪」という言葉を知らない(あるいは忘れてしまった)。
 調べてみると、「冷たく輝く月」だとか。
 語感もいいが、意味合いがなんとも今からの時期の月を表現するに最適なような気がする。

 TBしていただいたお礼の意味も込め、逆TBすると共に、コメントを残してきた。その際、小生のこと、一句、付したことは言うまでもない:

mikaduki
 氷輪に孤影映して山の道

← 6日夕方の月。肉眼ではくっきり三日月だったのだけど…。

   目に冴えし三日月なれど澄まぬ恋

 今日も夕方、洗濯物を取り込もうと、カーテンを開けてみたら、いきなり右斜め上の空に近くのマンションや二階建ての屋根の上から我が茅屋を見下ろすように、明日8日には半月(上弦)となるはずの、昨夜よりはふくよかになった三日月が。
 位置からして霄壤の月というわけにはいかないが、空気が乾燥している分、澄み渡った空に月影が冴え冴えと照っている。
 正しい表現(方法)になるのかどうか、分からないが(例えば、三日月には使えないとか、時期が問題だとか、同じ月でも時間帯によって光輪を使えないってこともありえるかもしれない)、あれこそ「氷輪」なのかと、覚えたての言葉を口ずさんでみたり。
 大慌てでデジカメを取り出し、自分の腕前では三日月など画像に取り込めるはずもないと思いつつも、撮影を試みたことは言うまでもない(案の定、三日月が、黒い画用紙に落ちて滲んだ白点になっちゃった)。

 ネット検索してみると、永井路子さんの作品の中に『氷輪』(中公文庫)があることが分かった。小生は無論、読んでいないが、「渡来僧鑑真、時の権力者藤原仲麻呂、女帝孝謙を軸に宗教、政治を永井路子さんらしい視点で捉えています。歴史上の人物も一人の弱い人間であったことを忘れてはいけないんですね。特に女帝孝謙と一般に巨根の怪僧と言われる道鏡の描き方は、黒岩重吾さんの「弓削道鏡」と比較するとなんともおもしろいです」とのこと。

「氷輪」という言葉が的確に味わい深く使われている事例として筆頭(?)に上がるのは、どうやら上田秋成著の『雨月物語』のようである。
雨月妖魅堂」の【雨月物語】なる頁に「雨月物語」について解説が加えられている。
 その「はじめに」の中に、「雨月物語」の名文ぶりを示す事例として、「氷輪」が含まれる一文が引用されている:

銀河影きえ/\ ``に、氷輪我のみを照らして淋しきに、軒守る犬の吼る声すみわたり、浦浪の音ぞここもとにたちくるやうなり。

(ちなみに、季語でもある「雨月」については、若干だが触れたことがある→「雨月」。さらには、季語随筆「夕月夜…秋の月をめぐって」のコメント欄を参照願えればと思う。)

インターネット俳句大賞・八木健選・8月の結果」を覗かせていただく。
 その「9月の兼題」の表に「歳時記  月  秋/三/天文」として、「秋の月、月の秋、月夜、月明、月代(つきしろ)、月白、月光、夜々の月、月の隈(くま)、月暗し、月の闇、薄月、月の出、月渡る、傾く月、遅月(おそづき)、更くる月、月の入、月落つ、落つる月、入る月、いるさの月、朔日頃の月、暁月夜(あかつきづくよ)、有明月(ありあけづき)、明(あけ)の月、曙の月、朝月夜、朝の月、残る月、残月、残んの月、昼の月、夕月、夕月夜、宵のみの月、宵月夜、夜の月、夜半の月、半月、弦月(げんげつ)、弓張月、上弦の月、下弦の月、月の蝕、月のはえ、月蝕、月の暈、月の輪、月の鼠、月の兎、月の蟾(かえる)、月の霜、月の雪、月の鏡、月宮殿、月光殿、月の都、月の舟、月の弓、月の剣(つるぎ)、月の氷、宿の月、庵の月、窓の月、閨の月、松の月、庭の月、葉越(はごし)の月、山の月、峰の月、池の月、海の月、波の月、水の月、田毎(たごと)の月、哉生明(さいせいめい)、哉生魄(さいせいはく)、月の雨、雨夜の月、月の出潮(でしお)、月の宿、心の月、真如(しんにょ)の月、法(のり)の月、月の桂(かつら)、月の桂の花紅葉、月の桂の実、こう娥、嫦娥(じゃうが)、玉兎(ぎょくと)、銀兎(ぎんと)、兎魂(とこん)、銀蟾(ぎんせん)、玉蟾(ぎょくせん)、蟾兎(せんと)、蟾盤(せんばん)、皓魂(かはく)、氷輪(ひょうりん)、氷鏡(ひょうきょう)、水精(すいせい)、玉魂(ぎょくこん)、玉輪(ぎょくりん)、玉盤、玉鏡(ぎょくきょう)、金精(きんせい)、金盆(きんぼん)、金魂(きんぱく)、金丸(きんがん)、月球(げつきゅう)、月輪(げつりん)、月読(つくよみ)、桂男(かつらおとこ)、ささらえ男、小愛男(ささらえおとこ)月読男(つきよみおとこ)、月夜見男、月人男(つきびとおとこ)」などとある。
 あるいは、「(春)春の月、おぼろ月、(夏)夏の月、梅雨の月、(秋)盆の月、三日月、待宵、十五夜、十六夜、立待、居待、臥待、更待、宵闇、二十三夜、十三夜、(冬)寒月」とも。

連句結社猫蓑」の「ねこみの通信その他01 月の句
東 明雅
」には、中国の伝説から来たいくつかの月の異称についての簡単な説明がある。
「中国の伝説から来た桂花(けいか)・桂男(かつらおとこ)(月には桂の木があり兎が棲んでいると信じられていた)・玉兎・玄兎・兎影・また、玉蟾(ぎょくせん)・金蟾(きんせん)・蟾蜍(せんじょ)・蟾影(せんえい)(蟾はガマ月に棲んで月を食い、このために月が欠けると言われた)、さらに嫦娥(じょうが)・霜娥(そうが)・素娥(そが)(弓の名人の夫が西王母から貰った不死の薬を盗んで飲み、月に逃げたという美人の名)などはロマンチックでおもしろく、度々用いられる」という。
 そうした伝説の一つ一つを探ってみるだけでも、夢幻の世界が覗き込めそうである。いつか、機会を設けてネットの上で、伝説探求の旅に出てみたい。
 このサイトには、月齢による特徴も説明されていて助かる。

 ネット検索してみると、「八犬伝第七輯有序」なる頁の中に、「氷輪」の織り込まれた漢詩を見つけた。
 どうやら、滝沢馬琴(曲亭馬琴)の「八犬伝本文外資料(詞書・序文など) 」サイトのようだ。
 その漢詩とは、以下のようなもの:

冰輪冷艶擅清光 銀漢斜添雁一行 

船倚枯葭桜樹岸 人忘栄利宿鵞傍

斑姫哭子狂何甚 在五思京諷詠芳 

月色今宵千古似 秋寒徹水覚風霜

         九月十三夜墨水賞月即事
                      玉照堂主人

 この漢詩の読みなどについては、「氷輪は冷艶として清光を擅(ほしいまま)にす。銀漢に斜めに添う雁が一行」など、当該頁を参照願いたい。

「氷輪」は上掲したように秋の季語(秋/三/天文)のようだが、ネット上では「氷輪」の織り込まれた句を見つけることができなかった(あるのかもしれないが)。
 有名な、与謝蕪村の句「月天心貧しき町を通りけり」の中で詠まれている月が、あるいは、「氷輪」に近いのか。

 蕪村には、「名月やまづしき町を通りけり」という似て非なる句があるので、念のため、ネット検索してみると、「DAGIAN 凛とした字余りの月 眼前にあるかの如く思わせる蕪村の冴えは、まさに名人の技であった。    作家 高橋 治」という頁を見つけた。
 その中に、与謝蕪村の句「月天心貧しき町を通りけり」という句が格別な味わいを持つのだと説明する文章が載っているが、さて、どんなものだろう。

 つまり、「「月天心」、字余りの六音である。だが、字余りが凛とした響きを放つ。それにつられて、読む人の心の動きが、にわかに冴え冴えとすることに気づかれるだろう。それだけではない。名月では月を見上げる角度がぼやける。だが、天心にかかる月ならば、月明のほどはいうまでもなく、歩く人の足もとに縮んで動く影まで、生き生きと想像させられる」と高橋 治は力説されているのである。
 さらには、「この描写の冴えは、句の中にとり込まれていないものまで、読者の眼前にあるかの如く思わせる力を持っている。たとえば、貧しき町の家々の屋根に載せられた、葺板を押さえる石である。様々な形や色をした石が、千差万別の輝き方をする。貧しいとされた町の様子が、この石を想像することでより明瞭になって来る。町並みが見えると思えれば、足音も反響も耳に届いて来るだろう」とまで。

 あれこれネット検索を試みて調べてみたけれど、中国伝来の月の異称の一つである「氷輪」については、中国の典籍に当たってみないと、やはり本来の意味合いは分からないようだ。
 何しろ、正確な時期や月の出の状況が分からなければ、三日月なのか半月なのか満月なのか、その形すら分からない。下手すると新月(まさか!)ってことだってありえないわけじゃない。
 とりあえずは、秋の季語であり、「冷たく輝く月」の意だと大雑把な理解に留めておくしかないようだ。
 探求があまりに中途半端で残念である。まさに氷輪に心の底まで見透かされたような気分だ。


 氷輪に追い詰められてのダルマかも

(今日は久しぶりに(?)「読書拾遺」を書くつもりだったけど、「氷輪」なんて言葉を見つけたので、調べていたら、案外とてこずってしまい、その割には収穫が少なくて、何かもっと情報がないかと探しているうちに、紙面が尽きてしまった(精根尽き果ててしまった)のです。)

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コメント

氷輪の引き続きを拝見、道鏡ですが、蝉がそこを撰んで止るのが一番好きな川柳の一つ。がっしりした大樹の上と、鳴き声がよく響くから。二番目は、あれで隠れん坊!ですが、川柳の話のために投稿していない。約一年前わがフロイス問答場か俳句問答場に一度来てくれました同じ無精さんですか?ならば、有難う。最近、「無精」を間違えて無「情」と書いたことを気づいて、まずお詫びしたかった。月は無情といい歌にはなりますが。。。寒月になると話もしたいが、只今Hurricaneと家族の事情を経て、日本の第五季節に関する英語の最初の本が執筆締め切りに近づくところで、山ほど残っていて、困っております(わからないと結局Guessしますが)。暇あったら、URLに入れた俳句問答場へいらっしゃい。何百Qの二割しか回答していないから、ご都合のよろし時、最近のQに拘らず、遡って見てください!

初霧にハリケーン害見直したり フロリダより

投稿: 敬愚 | 2005/12/07 02:13

敬愚さん、こんにちは。
ちょっと懐かしい名前。ひところはお邪魔させてもらい、勉強させてもらいました。
相変わらず難しい問いを戴いて応えておられるのですね。
あれからも、カメの歩みで俳句の世界を勉強し続けています。
人心地着いたら、改めてお邪魔させていただきます。

投稿: やいっち | 2005/12/07 09:25

やいっちさん、こんにちは。
先日は私のサイトにお越しくださり、すばらしい歌の投稿をいただきありがとうございました

 あの作品をぜひ光の部屋におかせていただきたく存じます ご承諾していただけますでしょうか?了解してくださるのであればお名前は「やいっち」さまでよろしいでしょうか?どうぞよいお返事をお待ちしております

プロフからサイトのほうも興味深く拝見させていただきました

投稿: 瑠奈 | 2005/12/08 12:14

瑠奈さん、こんにちは。過日は突然、お邪魔し書き込みもさせてもらいました。ありがとうございます。
書き込みの際に、以下のような歌を残してきたのでした:

月影を追いつつ惑う我なるや
       雪より白き花追うごとし

句も歌も即興で詠み詠う小生の拙作ですが、おかせていただければ光栄です。

瑠奈さんサイトの表紙にある歌:

月の舟に乗って旅にでようよ
今夜部屋をぬけておいでよ
僕が連れていってあげるから
星の林を駆けめぐって天の海に出よう

これって柿本人麻呂の歌を詩の形に展開されているのですね。小生も大好きな歌なのです。

投稿: やいっち | 2005/12/08 13:57

ご承諾いただきありがとうございます
光の部屋には「投稿作品は了解なく掲載させていただく場合もあります」と書き添えてありますが、コンタクトを取れる状況であれば一応確認を取らせてもらっております
お名前は弥一様とさせていただこうと思っておりますが、、、それからこちらへのリンクはサイトをお持ちでない方の投稿もございますので致しておりません 大変申し訳ございません

掲載させていただいた折にはご報告させてもらいますのでお待ちくださいね


ええ、月の舟の詩はそうなんですよ(^-^§)
花の部屋の清流のところにも載せてあります柿本人麻呂の歌をもとに書いてみました
悠久の世界に誘ってくれるようでとってもすきな歌なんです

投稿: 瑠奈 | 2005/12/09 18:44

瑠奈 さん、再度の来訪、ありがとうございます。昨日は何度か、書き込みを試みたのですが、「書き込みパスワード 」が違うとかで、とうとう足跡を(返事を)残すことができませんでした。
柿本人麻呂の歌、雄渾で大好きです。
なので、詩を読んで、ああ、ここにも同好の士がいる、なんて思ってしまいました。
なので、月の舟の詩に、「月の舟星屑散らし浮き沈む」なんて句を寄せようと思ったのですが、書き込めず、今、ここに書いておきます。

小生は、俳句は勉強中で日々折々詠んでいますが、短歌の類はめったに試みない。できがいいのかどうかも分からない。
そんな拙作を載せていただけることは光栄としか言いようがないです。

投稿: やいっち | 2005/12/10 08:41

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