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2005/11/21

東京国際女子マラソン…感動のラストシーン

 東京国際女子マラソンを見物してきた。小生の居住地からはマラソンのコースまでバイクだと十分も掛からない。なのに一度もマラソン見物に行かないのは、なんとなく悔しい気がする。勿体ないというべきか。
 悔しい気がするという中には、小生、これでも昔は走るのが好きだったのに、という思いもある。歩くことが好きで、興が乗れば日に数時間もあてどなく街中を歩き回る。
 学生時代も、行きはバスを使うが、帰りは、天気もいい、友達と会う予定もないし、えい! 歩いちゃえと思い立つと、帰路を歩きで通すことが何度となくあった。
 バスでの通学の時間は、乗換えなどもあり、一時間半を要する。歩きだと、途中寄り道をしないでまっすぐ帰れば、やはり一時間半。

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← 待つこと十数分、やっと報道関係車両が来た!

 だったら、毎日歩けば、ということになるが、そこは毎日、片道一時間半は辛い。要する時間は同じだといっても、バスの中で本だって読めるし、うまくすると座れることもあるし、のんびり町の風景や車内の様子などを眺めて過ごすのも乙なのだし。
 歩きを選ぶのは、何かセンチな気分に浸りたい時が多かったように思う。バスに揺られていくより、歩いてその時に自分を浸している気分を一層、味わいたい…、というより、より感傷的な気分の深みに嵌っていきたい、場末の町を(気分上は場末なのである)人影に背を向けて(誰も見向きもしないのだけど、本人は依怙地になってしまっている)世界の片隅を遥か彼方まで歩き尽くしてしまうのだ、なんて半分、本気で思っている。
 ガキの頃から演歌や歌謡曲が好きだったし、アメリカの古き良き時代のポップスやロックが好きだったので、うろ覚えだったり、あるいは結構、頭に染み込んでいる曲などを口ずさんだりしてひたすら歩く。
 歩き出すと、何処か喫茶店に立ち寄るとか、書店を覗くのも面倒になる。
 
 走るほうはというと、何処のクラブにも所属したことは(ほぼ)なくて、いわゆる帰宅部の小生だったが、長距離を走るのは何故か得意だったし、好きだった。
 ガキの頃、近所のある特にしつこいというか執念深いキカンボウと鬼ごっこというわけではないが、何かのわだかまりが生じると小生が逃げ、そのキカンボウが何処までも追ってくる。
今から思うと、小生が引き起こしていたはずと、理屈の上ではなってしまう。なぜなら奥の上では小生は逃げる立場しか場面的に脳裏に浮かび上がってこないから。
 でも、思えば小生自身は淡白というわけでもないが、仮に追いかける立場になっても、あまり深追いはしないし、そのうち面倒になってしまうので、追いかけたとしても大概は途中で追跡を諦めてしまっていたので、記憶には残らなかったのだろう(推測にとどまるが)。
 では、追われる立場となると、そのキカンボウは小生を何処までも追いかけて、街中をグルグル回り、隣町を過ぎ行き、まるで見たことのない町並みを抜け、田んぼを走り、どこかの家の畑を越え…、それでも振り返ると奴が追いかけているのだ。
 奴の顔をちらっと見ると、走るのに懸命なせいかどうか分からないが無表情に感じられた。こらっという感じで最初のうちは追いかけていたはずなのに、長々と果てしなく走り続けているうちに、機械的に小生の後姿から離されないように喰らい付いていることだけに神経が集中してしまっているのだろう。

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→ キャ! 憧れの女子白バイ隊だぞ! 後ろに手を回して…じゃない、後ろに乗せて!

 まあ、ガキの頃は昔なら誰でも鬼ごっこや缶蹴り、縄跳び、ゴム飛び、草野球と、体を動かす遊びが日が暮れるまでのメインだったはずだ。たまに雨など遊ぶ相手がいないときとか夜となると漫画やゲームに興じるのだったけど。
 さて、中学も高校も(高校一年の半年だけのサッカー部を除いては)帰宅部の小生だったが、高校二年の時にも三年の体育祭の時にも、マラソンに出場を希望し、日頃、運動などしていないはずなのに、トップとはいかないけれど、上位入賞は果たした。
 高校二年の時、体育祭でマラソン(といっても5キロだが)を志願したのは、当初はマラソンコースが校庭ではなく路上だったからなのである。
 今は記憶が定かではないが、オリンピックか何かでマラソン選手が路上のコースを走る雄姿に影響されていたものと思う。
 小生も、規模は小さくとも校外の町並みをマラソン選手を気取って走ってみたかったのだ。
が、何故か体育祭が近づく頃になって急遽、校庭を走ることに変わってしまった。
 小生はがっかりである。白線で描かれた200メートルのコースを、それこそモルモットよろしくグルグル回るなんて、そんなことだったら志願はしなかったはずなのである。
 そうはいっても、コースが変わったから出場を取りやめるなんて出来るはずもない。
 自分としては路上を走りたかったのだ、それが変更になったから取り止めだと思って主張したって、周りは大会が近づいて怖気づいたか程度に思うのが関の山である。

 それにマラソン(のコース)とは全く無縁の理由が小生の出場取り止めの思いを引きとどめていた。
 それは、小生の片思いの相手が大会の係員をやっていて、相手はともかく、小生は相手を意識しているので、その人の前で走りたいという思いもあって、ますます走るしかなくなったのである。
 結果はと言うと、多くは体育系のクラブに所属しているメンバーの中で5位だった!
 ぶっつけで5位は、そこそこなのか。
 実は自分では悔しい思いで一杯だった。校庭をグルグル走って回ったのだが、ラストが近づくと、あと何周という告知がされる。
 小生は、冷静さを失っていたのか、ラスト一周という合図を見逃したらしいのである。
 で、あと50メートルという頃になってやっと今がラストの周回だということに気づいた。
 小生はラストスパートを掛けた。なんとか一人だけは追い抜いて、それで5位。
 けれど、小生の中では余力がかなりあると感じていた。
 それはそうだ。ラスト2周だと思い込んでいたし、最後の周になったらスパートを書けるつもりで走っていたのが、ゴールが数十メートル先に見える時点になってラストの集会だと気が付き、遅まきながらスパートを掛けたのだ。
 ああ、もっと早めに気づけば、スパートを早めに掛けられて、あともう一人は抜けて…。

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← 来たぞ! 高橋尚子選手も先頭集団に加わっているのか?!

 しかし、がっかりという思いはそれだけにとどまらなかった。
 小生が片思いとなっている相手の女の子は上記したように大会の係員をやっていた(体が弱く、本人は運動が好きなのにも関わらず出場できないので)のだが、レースが終わって結果を彼女がマイクを通じてアナウンスしたのだが、なんと彼女、小生の名前を一字、間違えたのである。
 同じクラスなのに、あとで聞いたら小生のことを声援したのよ、聞こえた? などと言われたのだけど、それだったら、アナウンスでオイラの名前を間違えるなよ、と突っ込みたかったが、できなかった。
思えば、彼女の言うとおりレース中に彼女が声援してくれていたのだとしたら、小生はそのことに全く気が付いていないのだから、これでアイコ、ということになるのだ。

 マラソンというと、大学生になった最初の年の大晦日に、どうやら恒例となっているらしいマラソン大会があって、小生、そこにも出場を志願した。200人ほどの参加者がいたろうか。
 コースは、小生の願望をようやく叶えるかのように、大学のキャンパスのある青葉山をグルッと巡るもの。
 ただ、スタート時間はまさに真夜中だった。真っ暗である。要所要所に関係者が立っていて、走るメンバーにコースの案内をしたり、ルールを破るものがいないかをチェックしていたが、走り出した最初の頃は集団だったものが、団子状態が次第に崩れていって、いつしか単独(多分)で走っているようになった。
 寒いし真っ暗だし、人気はないし、路上を走るといっても、コース脇に声援を送ってくれる観客もいないし、ただひたすら走るしかなかった。
 結果はと言うと、200人中の16位だった。小生としては結果には満足だった。副賞としてなのか、小さな瓶の日本酒をもらったっけ。

 田舎からの仕送りで下宿代(二食の賄い付き)と学費はなんとかなったが、本代や交際費は足りないので、学生時代を通じて、アルバイトは数々やった。
 長期のアルバイトというと、なんといっても新聞配達だった。友達には家庭教師をやっている奴もいたが、対人関係が苦手だし、学力にも自信がなかったし、なんといっても体を動かすバイトのほうが好きだったので、選ぶのは肉体労働系のものばかり。一番、肉体を使わないバイトというと、交通量調査ということになろうか(そうはいっても、寒風の中で座りっぱなしで初めての胃痙攣を起こしたっけ)。
 新聞配達についても思い出すことはあれこれあるが、ここでは略す。
 社会人になっても、折々、某スポーツシューズメーカー主催のマラソン大会に出場したりして楽しんだものだった。
 青梅マラソンにも一度、30キロのコースに出場し、時間内の完走を果たした(これも涙ぐましい話があるが、今は略す)。

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→ 高橋尚子選手が先頭集団にいる! 足の筋肉を見よ!

 マラソンというのは、あるいは走るというのは、スポーツの基本中の基本ではなかろうか。一番、原始的とも言えそうな気がする。
 何かを投げる(槍とか砲丸)とか、持ち上げる(重量挙げ)とか、ぶつかり合う(相撲やレスリングや柔道)とか、蹴り合う(サッカーなど)とか、泳ぐ(競泳)とか、投げ合い奪い合う(バスケット、バレーボール)とか、技や力を競うスポーツは多彩にあるが、やはり原点は走る、であり、花形の一方の雄が短距離走であるとしたら、もう一方の雄は長距離走、つまりはマラソンだろう。
 長距離走。一見すると単調そのものと思えそうな競技。なのに、一旦、見始めると、何故だか画面からコース上から目が離せなくなる。長距離走は人生を象徴するから(人生は重き荷物を担いで長き道を歩くようなもの)なのだろうか。
 あるいは、選手の走る様子や表情をじっくり長時間に渡って眺めることが出来、その分、選手への思い入れも深いものになるからなのか。

 小生の乏しい経験からしても(特に小生はオートバイでのツーリングを連想してしまう。なぜなら小生のツーリングは一般道をひたすら走るだけの、人が見たら何が楽しくてやっているのか、さっぱり理解できないような単調極まるものなのだ。300キロ以上、時には500キロ近く一般道を淡々と走る。時に帰り道で渋滞に嵌ると、自宅までの百キロの道が遥かに遥かに遠く果てしないものに感じられる。まして、雪が降ったり雨が降ったり、風が激しく吹きつけたりすると、なんでこんな味気ない走りを延々と続けているのかと、気分的にうんざりすることがある。バイクを置いて何処かの駅から電車に乗って帰りたい。誰かの車に便乗させてもらいたい、早く家の中でだらだらしたいと思うばかりなのである。その道のり遥かな時の、もどかしく切なく眩暈しそうなほどに果てしない分厚い時間という壁が自分の人生の課題であり重荷であり象徴でもあるように思えて、気が遠くなりそうなのである。でも、道は少しも縮まってくれない。祈りも通じない。ただただ走るしかないのだ…)、ランナーズハイ、ライダーズハイの、一種形而上的な熱を一切帯びていない昂揚感というのは、とてつもなく快感めいたものがある。
 体調が悪かったりすると、そのハイな感じは余計に深く高い。
 そう、ハイ! 高い! という表現を使うしかないのだ。

 今日は、仕事の明けの日で、朝方まで仕事だった(予断だが、タクシーで真夜中過ぎを越えて朝が来るまでがやたらと長いときには、このとてつもなく長い時間をどうしたらいいものかと絶望的に感じられる。時がある。特に暇な時。忙しいと、そんな悠長な無為な思いに耽る余裕などない…が、この数年は暇な時が多いので、余儀なく擬似的な形而上感覚、ドライバーズハイな感じを覚える機会が多いのである)のだが、午後には外出の予定があった。
 小生はサンバチームの密かなファンなので、今日はスタジオで練習だけではなく、来年の浅草サンバカーニバルに向けてのテーマを決める会議があるということで、意見は出せないものの、せめて会議の様子を傍聴したかったのだ。

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← ややあってやってきたのは、有名なあの選手ではないか…。

 ただ、会議が始まるのは3時過ぎなので、その前にキューちゃんこと高橋尚子選手が満を持して出場されるということで、是非ともその雄姿をこの目で見たかったのだ。
 昨日だったかのテレビで高橋尚子選手の記者会見の模様が(ダイジェストで)報じられていた。なんと、高橋尚子選手は練習の地からの帰国を果たした翌日の朝、足(モモ?)に故障(肉離れ)を起こしてしまったとかで、一時は出場も危ぶまれたほどだったらしい。最初は一箇所だった肉離れがさらには三箇所にもなったとか。
 それでもケアも良かったのだろうし、本人もテーピングしてでも出場するという決意が固かったようだ。

 試合当日(つまり本日)のテレビでは解説者の増田明美さんがテーピングもしていないし、試合前の一時間のジョギング(ウォーミングアップ?)もこなしていたから、試合は大丈夫、やりとおせると思いますと語っていた。
 が、アナウンサーは、頻りに最後まで走ってほしいですね、レースが始まったばかりの先頭集団にあったようにレースの終盤でも、トップを争っていてほしいですねと、やたらと心配している(予防線を張っている)。
小井はとにかく高橋尚子選手の勇姿だけを見たかった。とりあえずデジカメを持参し、折り返し点から数キロの大井町近辺に陣取った。
 朝日新聞社の関係者(?)が配っている紙製の旗ももらった。沿道には、どこからこんなに人が集まったのかと思うほどの人の数。けれど、サンバパレードほどに密集しているわけではないので、見物に支障はありそうにない。
 さて、待つこと十数分。パトカーが通り過ぎたり、大会関係者の車が通り過ぎ、さらには女性の白バイも二台、颯爽と駆け抜けて行って、それからしばらくしてやっとというか、ついにというか、報道関係の車両が数台、連なって見えてきた。
 どうやらそれらの車両の背後に先頭集団がいるらしい。
 なんとか見たい。見逃したくない。できるならカメラに勇姿を収めたい。アトランタの感激をもう一度!
 小生、サンバパレードで鍛えた(?)、チャンスを逃さない構えで待つ。
 来た! 声援も一段と高まる。小生、必死でシャッターを切る。早く撮るために、昼間でもあるのでフラッシュは使わない。一枚、二枚と撮っていく…。
 が、そこで終わりだった。あっという間に先頭集団は走り過ぎていった。
 なんて早いんだろう!
 けれど、スポーツシューズ(ウエア)の大会で走りなれている選手たちの速さは一緒に走ったことなどで体感していたので、その速さは予期していた。
 予期できなかったのは、選手たちが沿道脇すれすれを走ってきたことだった。

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→ ああ、名前が出てこないよー。

 走っているのは(小生が立っていたのは)第一京浜で片側二車線。それが交差点に近づくところなので、右折車線が設けられている、その直前に小生は立っていた。
 いずれにしても、選手は最低でも片側二車線あるコースのどこを走ってもいいはずなのに、なぜか沿道間近を走る。
 何故なのだろうか。コースを最短で走るために経験や情報を元に割り出したコースなのだろうか。まさか観客の声援を浴びるため、あるいは沿道の観客へのサービスというわけでもなかろう。
 やはり、コースを熟知していて、コースの真ん中のガードレール付近だと、走る曲線がが急になる。先の先を読んで滑らかに接点と接点を結ぶように最短の道を走るというトップランナーならではの計算が徹底しているのだろうと思うしかない。
 ちなみに、トップランナーではない選手らは、コースの真ん中付近を走っている。沿道の観客の圧力に負けている(?)のだろうか。そのほうが走るのに楽だと感じているからだろうか。

 これはデジカメを構える小生としては困った。沿道に居並ぶ観客が一斉に身を乗り出して選手を見ようとし、選手に声援を送ろうとする。もらった紙の旗だって目一杯に振られる。
 その中に小生は埋もれてしまう。カメラが頼りだ。
 そこはそれ、上記したように何とか二枚だけは高橋選手の雄姿の写っている画像を確保したのだった。
高橋選手の太ももの筋肉を見よ!

 それでその場を立ち去るつもりだった。せいぜい、平和島の折り返し点から戻ってくる高橋選手の混じる先頭集団を見送ったら、立ち去るはずだった。
 が、その場に釘付けになってしまった。後続の選手の懸命な姿をひたすら追いかけていた。デジカメに次々に収めていく。
 そのうちデジカメの容量を超えてしまった。失敗した写真とか(半分以上が失敗。なんといっても選手の走りの早いこと。撮ろうとシャッターを切ったら、画面から消え去っている!)、タクシーでの営業中に撮った都内の写真、今朝未明、天頂近くに多めの雲の合間に見え隠れする満月過ぎの月影を収めた画像などをドンドン削除して、そうして次々とやってくる選手を画像に収めようとする。
 気が付くと、最後尾の選手をも待ってしまった。大会関係の車両(タイムキーパー)が小生の間近の交差点に陣取り、ストップウォッチか何かを手にやってくる選手を見守っている。所定のタイムまであと一分というコール(表示)。
 遠くから車を背に二人の選手の姿が。
 タイムオーバーまで、あと三十秒、あと十数秒…。
 やっと二人の選手が相次いで小生の前を、そしてタイムキーパー車両の前を通っていく。
 デジカメに選手の雄姿を収めるのに汲々としていた小生も、ラストの選手が通り過ぎる瞬間、思わず「がんばれー!」と声を張り上げた。その瞬間、同時にシャッターも切っていた。選手の目が小生の目と合った(それともカメラ目線?)。

 小生は、それでも飽き足らず、バイクに跨って平和島の折り返し地点近くへ向かった。警察官がコーンとバーで交通規制している。対向車線を選手たちが走り抜けていく。

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← 折り返してやってくる高橋尚子選手。懸命に撮った写真の左隅に写ってる。嬉しいよー!

 そして最後の選手が折り返し、走り去るのを確認して、即座に交通規制が解除となった。
時間は二時を回っていたろうか。
 
 せっかくなので、ここにネットで得ることができたレース結果を示す記事を一部だけ転記しておきたい(「livedoor ニュース トピックス <女子マラソン>高橋尚子が初優勝、復活果たす」より):

<女子マラソン>高橋尚子が初優勝、復活果たす 東京国際  東京国際女子マラソンが20日、東京・国立競技場を発着点に行われ、2年ぶりのマラソンとなった00年シドニー五輪金メダリストの高橋尚子(33)=ファイテン=が2時間24分39秒で初優勝を果たした。高橋は「3年後の大きな大会(08年北京五輪)に向けて頑張っていく」と笑顔で復活を宣言した。

 先頭集団につけた高橋は36キロ手前で一気にスパート。アテネ五輪4位のエルフィネッシュ・アレム(30)=エチオピア=らを引き離し、勝負を決めた。

 アテネ五輪代表選考会を兼ねた03年の今大会では、35キロから始まる上り坂でまさかの失速。アレムにかわされ2位となり、五輪代表の座を逃した。昨年9月末に右くるぶし付近を骨折し、復帰が遅れていた高橋は「あの坂に負けたくないという気持ちは持っていた。自分自身の思い出との戦いだった」と話した。

 タイムは99年の山口衛里(天満屋)の2時間22分12秒、00年のジョイス・チェプチュンバ(ケニア)の2時間24分02秒に次ぐ大会歴代3位の記録だった。2位はジビレ・バルシュナイテ(リトアニア)、3位は03年大会覇者のエルフィネッシュ・アレム(エチオピア)。高橋以外の日本勢は松岡理恵(天満屋)の7位(2時間32分14秒)が最高だった。(スタート時の気象条件=晴れ、気温10.5度、湿度50%、南南東の風1.5メートル)

                  毎日新聞(2005年11月20日 01:30


 さて、サンバの練習場であるスタジオへ行くべきか否か。すでに自制に決めていた。やはり徹夜勤務明けには(午前中、少々の眠りでは)会議が終わって帰宅するであろう夕方まで体が持ちそうにない。
 マラソン見物の帰り、図書館へ寄った。昨日で返却期限の切れている本を返す必要もある。借りたい本もあったし。

 その借りたい本というのが実に奇縁なのだった。それは、島田 洋七著の『佐賀のがばいばあちゃん』 (徳間文庫)である。土曜日の営業中、NHKのラジオでアナウンサーに聞かれる形で島田洋七さんが本の紹介を兼ねる形で佐賀の「がばいばあちゃん」の思い出などを語っているのを聞くことが出来た。
 もと漫才ブームのトップに立ったことのある島田洋七さんだけに話はうまい。が、聞くうちに話し方の妙ではなくて、実体験に裏打ちされていること、特に話題の主である「がばいばあちゃん」の感化が実に大きいことが分かってくるのだった。
 貧乏を極めた生活。「がばいばあちゃん」によると、先祖代々の貧乏で、洋七少年のどんな問いかけや疑問にも、突拍子もない返事で即座に切り返し、二の句が付けなくなってしまう
 この本がないだろうなと思いつつ、タレントや芸能関係の棚を物色していたら、あるではないか!
 早速、手に。借りようと思って手にしていた本を棚に戻して。

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→ タイムオーバーぎりぎりだぞ 頑張れ! と思わず声を出したら目が合っちゃった!

 さて、この本をここに紹介するのは、上記したように奇縁を感じたからである。このレポートをアップする作業に取り掛かる前、野暮用(支払い)で郵便局へ。どうせ待たされるだろうと、待合中に読もうと、昨夜半過ぎから読み始めていた本書を持参して。
 もう、残すところ三十頁ほどで読了するというところで、パソコントラブルとの悪戦苦闘の疲れもあって寝入ってしまった、その最後の部分を待合のソファで読み始めた。
 タイトルが「最後の運動会」で、洋七少年の出場する競技がマラソンなのである。
 本書は泣き笑いの書である。笑って泣いて、泣かせて笑わせての本なのだ。
 その感動のラストが本書の最後に待っていた! マラソンしながらの…。洋七少年を見守る先生も泣いて…。
 彼を担任する先生たちの実に優しい配慮。貧乏にめげてぐれなかったのも、佐賀の「がばいばあちゃん」の感化が大きいし、彼のなかなか会えない母(この母とのシーンが最後の感動の場面に関係するのだが…)への思いもあるが、先生方の思いやりも実に大きいと感じさせる。

 そうそう本書の最後に【特別付録】ってのが載っている。佐賀の「がばいばあちゃん」の語録である。
 その中に「嫌われているということは、目立っているということや。」というのがあって、小生は気に入ったが、他にも例えば、「通知表は、0でなければええ。1とか2を足していけば5になる。」という言葉がある。洋七少年が数字を足していいもんか? と聞くと、「がばいばあちゃん」は答える、「いいんや、人生は総合力や!」
 言いえて妙ではないか!

 パソコントラブルで精根尽き果てていなかったら、一気に読み終えていたはずだが、けれど、そのせいでこのレポートをアップする直前にマラソンの際の感動のシーンを読むことができたのだし、高橋尚子選手の劇的な優勝と相俟って(それとパソコントラブルの解決も個人的に大きい!)一層深い喜びを小生に与えてくれたのだった。

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← コース脇で係員からもらった旗!

 ネット検索によると、「がばいばあちゃんホームページ」なるものがあるではないか!
 すごいなーと好奇心で覗いてみたら、映画化が決まっていたのだ!
 豆腐屋のおじさん役に特別出演の形で緒方拳が出演するが、この豆腐屋さんの思い出も詳細は敢えて書かないけれど、泣かせる!


[ 本稿は、最後の本の紹介の部分を除いては、昨夜半から夜半過ぎに掛けて書いていた文章。パソコントラブルでアップするのはいつのことやらと思いつつも、とにかく印象鮮明なうちに書き下ろしておこうと、せっせと書いていたのだった。 (アップ時追記)]

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コメント

今晩は~
マラソンご覧になったんですね!目の前で見ると一層感動!でしょうね~~
お昼の時間は色々バタバタしてるんでTVも見逃したんですが、ニュースで見て(スゴイなぁ)と思いました。

投稿: ちゃり | 2005/11/21 23:00

高橋Qちゃんの恩師小出監督もコースにいたそうで「やはりあの子はすごい」と新聞にのっておりました。
まあ東京の大会でQちゃんもまけるわけにはいかなかったでしょうね。
ちょうど生稲さんも観戦しておられたようですよ。

http://my.casty.jp/ikuina

投稿: oki | 2005/11/22 00:03

ちゃりさん、こんにちは!
見てきました。やっと念願が叶いました。これというのも、高橋尚子選手の力です。腰の重い小生を沿道に引っ張り出したのですから。
生で見ると迫力が違います。結構な年配の方も走っていましたし。
小生もうかうかしてちゃいけない、何かしなければと思いました。
今日はとりあえず就寝しますが。


投稿: やいっち | 2005/11/22 01:56

oki さん、こんにちは。
小出監督のコメントはテレビで見ました(聞きました)。
高橋選手は、凄いですね!
「生稲さんも観戦しておられたようですよ」って、テレビで、生で?
生稲さん、もう、何ヶ月になるんだろう。もうそろそろ出産間近のはず。
彼女もお母さんになられるのですね。
目出度いけど、小生には目出度さもちうくらいって奴でしょうか。

投稿: やいっち | 2005/11/22 02:01

こんにちは。Qちゃんを応援なったのですね。うらやましい。仕事で身動きできないのに見てしまい大変なことになっています。といいつつ千葉国際駅伝を4時間もみています!もう駄目~。箱根駅伝を箱根で応援するというのが目下の夢です。

投稿: さなえ | 2005/11/23 17:29

さなえさん、こんにちは。
やっと念願の生観戦が実現しました。それも、高橋尚子選手の優勝した試合で。
サンバのファンでもある小生、女性陣の頑張りに圧倒されてます。
箱根駅伝は、本来は場所的にも沿道でなら観戦できるのだけど、普段、正月は帰省しているので、観る事ができない。
箱根で、とは言いません、とにかく生で観戦したい!

投稿: やいっち | 2005/11/23 20:05

関連記事をTBさせて頂きました。よろしくお願いします。

投稿: Dr.アート | 2005/11/30 06:24

相変わらず内容の濃い・・というか 話題豊富なやいっちさん、こんにちは。
Qちゃんの活躍はみんなが褒めてますが
やいっちさんの マラソンの思い出が面白かったです。好きな少女の前で ひた走る少年・・ちょっととぼけたオチもお茶目です。
学生さんの歳末マラソンの報道は見たことあるような気がします。あちこちで あるのかな?
 
「がばいばあちゃん」の本も面白そうですね。

投稿: なずな | 2005/11/30 09:27

Dr.アートさん、レスは仕事が終わってからゆっくりさせてもらいます。TBありがとう。

なずなさん、さすがに読んでもらえるところは違う。小生としても、そっちに力点があるのだし。
昨夜半過ぎは、なずなさんの最新作(平均台…)を読んでいた。掌編の連鎖なんて久しぶりにやってみたい。できないのは心のゆとりがないから、かな。

「がばいばあちゃん」の本、泣き笑いしました。いいですよ。

投稿: やいっち | 2005/11/30 09:39

文中に名前の出ているジビレ・バルシュナイテとかいうリトアニアの選手は、(当時)現役のファッションモデルだったのだとか。
必見。画像に捉えています!

投稿: 弥一 | 2007/01/28 16:19

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