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2005/11/03

シャラワジ風日記余談…日本庭園

「シャラワジ風日記」(November 02, 2005)の中で、シャラワジという言葉を紹介している。
 この(小生には初耳で奇異な)言葉は、アンドルー・ロビンソン著『線文字Bを解読した男   マイケル・ヴェントリスの生涯』 (片山陽子訳、創元社)の中でたまたま見出したもの。
s-chari-akinota

→ ちゃりさんに戴いた(おねだりした?)画像です。薄でも葦の原でもなく、秋の田の画像だとか。勝手にファンになっているちゃりさんの句を楽しもうと、過日、ちゃりさんサイトを覗いたら、この写真に出会った。見た瞬間、なんだか夢の中に蘇った遠い日の光景のように思えてしまった。

 秋の田を何処まで追って夢覚めず

 シャラワジについては、ネットの上では、真正面から扱っているサイトは(今のところ見つかって)ない。
 前回、紹介した、「光華雑誌8月号 - 西洋の庭園と中国の関係 (Page 1-5)」という格好のサイト」を参考に、改めて知りえたことを整理しておきたい。
 このサイトではサイトが「光華雑誌」ということもあって、中国などと西欧の庭園とが対比されている。
 まあ、イギリス_シャラワジ風庭園は、が中国の影響を受けたものなのか、それとも、西欧にも不規則性の魅力のある庭園は既にあったのだ、中国の庭園も西欧の影響を(特に植民地支配の頃等に)受けている…、など、中国におけるプライドと屈辱との交錯する、微妙な感情も見受けられたりする。
 さて、シャラワジとは、大雑把に言えば、イメージの上での西欧風な幾何学的とも思える整然たる庭園ではなく、不規則性が目立つ中国風な(あるいは小生としては日本風な)庭園の在りようの性格(特徴)を言いあらわす言葉だと思っていい。

「ルイ14世が丹精を込めて作ったベルサイユの庭園は、ヨーロッパの正統庭園の最高峰に位置するものだ」が、「当時、中国の制度や器物に魅了されていたルイ14世は、このヨーロッパ随一の花園が、2世紀後の中国の文人(林語堂)の目には愚かで醜いものに映るとは思ってもいなかったことだろう」
 しかし、早くからベルサイユの庭園は批判されていた。
 つまり、「……(我々ヨーロッパ人の庭園の中の)道と樹木は、すべて互いに一定の距離で配置されているが、中国人はこのような植樹の方法を非常に軽蔑している。彼らは1から100まで数えられる子供なら誰でも樹木を真っ直ぐに植えることができると考えているのだ。……彼らは整然と整っていることは求めない。一目で分かってしまうからだ。私たちは、こうした美に対する概念を持っていないが、彼らには特別の専門用語がある。彼らはこれを『シャラワジ』と表現するのである」と。
これは1685年の、イギリスの外交官ウィリアム・テンプル卿の文章だ」という。
「このシャラワジという「中国の専門用語」は、庭園の不規則な配置を論ずる美学の基準とされるようになり、後の人もしばしばこのテンプルの意見を引用した。イギリスの作家アディソンも、そうした一人だった。彼はさらに一歩踏み込んで「我々イギリスの庭師はなぜ自然に従おうとせず、できるだけ自然から遠ざかろうとするのか」と述べている」という。

シャラワジ風日記」では、シャラワジという用語の正確な定義や由来(語源)がわからず、日本語の「揃わじ」までもが語源の候補に上がっていると紹介した。
 つまり、「2世紀にわたり、広東、福建、北京の方言や、果てには日本語までが研究され「シャラワジ」の意味の研究が続いた。30年代に銭書がイギリスを訪れた時にもイギリスの学者から問われたと言う。シャラワジという発音から「散落不斉」とか「山林野趣」などの言葉も考えられないではないが、いずれにせよ「不規則」の意味だ考えられている」というのである。

 シャラワジという言葉は、松平 圭一著『明日こそは緑の森へ―イギリスの庭が美を語りはじめたとき』(西日本法規出版)の中に、「18世紀イギリス式庭園文化の派生現象(ポプラの島からダイアナのオールソープ;シャラワジという不思議な言葉の流行) 」という章があるので(当然、小生は未読)、あるいはこの本を読めば、いろいろと分かるのかもしれない。
 …やはり、シャラワジは不思議な言葉なのか。
 また、前回も紹介したが、高山 宏 著の『ふたつの世紀末』(青土社)の中にも、「5 シャラワジの庭」という章があるので、情報を得られると期待される。
 この本、出版社のレビューだと、「パニックの美学。「終末」の原風景。畸形の庭園を逍遙し、厄災画や廃墟イメージの死臭に酔いしれ、眩暈を誘う速度とスペクタクルに我を忘れた18世紀末―。現代の我らの世紀末もまた眼差しの刺戟を求め、「驚異」の数々を世界の果てまで渉猟した、18世紀末の偏奇な感性の反復にすぎないのではないか。厖大な資料を駆使して描く全く斬新な世紀末論」とあって、好奇心が掻き立てられる。
 下手すると、「畸形の庭園」ってことになるのか。
 余談のまた余談だが、先に進む前に、ネット検索していたら、「歓楽街の扉~「Sharawadgi(シャラワジ)」」なるサイトを発見した。なんだか危なそうな、でも蠱惑的で、ついフラーと覗いてみたら、長崎市にあるバー(パブ)かレストランのようだった。
 シャラた…じゃない、洒落た雰囲気の店でありネーミングである。

 さて、シャラワジ。「散落不斉」とか「山林野趣」など大仰な意味合い、あるいは、「揃わじ」が語源かとも忖度されたりしてきたようだが、とにかくルイ14世のベルサイユ宮の庭園を頂点とする秩序整然たる庭園とは、まるで理念を異にする、不規則性にこそ味わいを見出す庭園、ということになると、我々日本人なら誰しも(小生だって)日本の庭園って、ほとんどが不規則性に雅味と興趣を見出すものとして理解されるのではないかって思うだろう。
 というか、他の国はいざ知らず、日本の庭園は、歴史を辿ると、その趣向に変遷はあるのだとしても、(イメージの上での)西欧風な秩序だった庭というのは、逆に珍しいのではないかと(素人ながらにも)推測される。

 何事につけても素人たることをモットーとする小生ならではの推測をすると、西欧やエジプトやアラブなどの中東は、それぞれの宗教的背景は異なるとしても徹底して緑を(敢えて破壊してとは言わないまでも)伐採し尽くし、飼い馴らして、人為的な秩序を地上世界に実現する、その現れの一つとして庭園もあった。
 その意味では、(古代の、あるいは一時期の)中国にしても庭というのは更地の上に秩序と規則性という人為的な論理を築き上げる証左の一つだったわけである。
 同時に広大な平野が確保できるという前提条件も、庭園の規則性という性格に影響しているのかもしれない。ヨーロッパにしても、アルプス山脈はあるものの、基本的に(日本に比べたら)平野に近い。日本の河川とヨーロッパの河川の水の流れを比べれば一目瞭然であろう。
(といっても、小生はヨーロッパには一度も行ったことがない。テレビや映画でその光景を眺めたことがあるだけ。)

 一方、日本は山また山のお国柄で、海辺の僅かな平坦地にしがみ付くようにして生きてきた。今でこそ、湾岸などに埋め立てが進んで平野が広がっているように思えるけれど、それも埋め立てや開発、宅地造成の結果なのである。
 御託を並べないで、日本の庭園の在り方や歴史を教えてくれるちゃんとしたサイトを覗いてみよう。
日本庭園の美」へゴー!である。
 冒頭に、「禅院枯山水庭園の最高峰と言われている京都大徳寺大仙院庭園」(作庭年代 室町時代)の画像があって、しばし見惚れてしまう。
 画像の直下にホームページの紹介がされているが、全文を転記したい誘惑に駆られる。
 が、そこはグッと堪えて、関心ある方には是非、覗いていただくとして、ここではさわりだけ、ちょっとだけ…、うーん、半分だけ、転記させてもらう:

(前略)しかしながらこの時代における環状列石や、また山の中腹などに露出している岩などを信仰の対象として崇め奉った磐座などは、自然や神々に対しての信仰心から始まったものであり、このことから考察していくと、これらをさらに昇華させていったものが、現存している庭の石組へと変遷していくわけであります。その変遷過程の中で重要な役割を果たしたのが、大陸や朝鮮半島から流入してきた高度な文化、宗教、哲学などであり、これらの思想を背景とした意匠によって、日本独自の空間芸術としての庭園を造りだしていったのであります。つまり日本庭園の意匠の背景や石組には、自然に対しての敬いと同時に、宗教、思想などからくる、その時代に思い描いていた人間の理想郷を抽象的に表現した物であり、それを自然の素材を一切加工することなく、ある時は豪快に、ある時は繊細で穏やかな表情を見せるように作られています。

 ここでは石組みに焦点を合わせてくれているので、小生は他の視点を。日本の神社は、そもそも本尊というか神体は、鳥居の後ろの山そのもの、ということが多い。ここでは曖昧な記憶で書くが、福沢諭吉は、「稲荷神社の神体をこっそり換えて天罰が下るか試したり、神様の名前を書いたお札を踏んでみたりという少年時代」を過ごしたというが、神社の神体は山であり森であり岩などである場合が多いのだ。
社家の姓氏-百科(祭神と神体)- 」によると、「原始期の神体は、(1)自然の山、岩、木、森、井泉、瀧等で、続いて(2)鏡、剣、玉、鈴、鉾、弓等を依り代とするようになる。(1)についてみれば、大和の大神神社、信濃の諏訪神社、武蔵の金鑽神社、出羽の湯殿山神社など本殿を持たず山や岩を神体と仰ぐほか、神体が埋納されていると伝承して明治に至った、山との石上神宮では、その埋納の地を禁足地として信仰を伝えてきた」というのである。
 ここに仏教が伝来し、寺が造られていくようになるが、初期の頃はともかく、日本に土着するにつれ、山に寺が作られることが多くなり、独自なお寺の庭が作られていく。山間の寺という事情があってのことだろうが、庭の在り方は、山の寺のイメージが脳裏に焼き付けられていく。

日本庭園の美」の「鎌倉時代の庭園」なる頁を覗く。禅宗の影響もあるのだろうが、やはり前提としての日本の、山が多く、湿気があるため木々のみならず雑草も苔も、清める作業が追い着かないほどに生え蔓延る、そんな風土性が庭園作りの土台にあるのだろうと容易に推測されるのである。

 と、ここまで来ると、シャラワジがイギリスに与えた中国の文物や文化に淵源するにせよ、あるいはヨーロッパにはもっと古くからシャラワジ的要素のある庭園はあったのだと考えるにせよ、そんなこととは別に、日本の庭園こそはシャラワジ的だと言えるのではないか。
 というより、日本の庭園の場合、今更、シャラワジを持ち出すのも気恥ずかしくなったりするようでもある。
 
 ただ、気になるのは、龍安寺の「石庭」などの所謂、枯山水という庭である。日本独自のものなのかどうか分からないが、非常に特殊な庭として、機会があったらあれこれ調べて見たいものだ。
 ここでは、「枯山水」というサイトを覗いてみるだけにする。
 枯山水という庭園の様式は、主に室町時代中期以降に形成されたという。
 邪推する小生ならずとも、「禅の影響や物理的、或いは金銭的理由で、枯山水の庭が数多く作られている」というのは、皮肉なような気がする。
 戦乱に明け暮れ、寺社に寄進する余力は誰にもなくなり、寺社は荒れ放題になってしまった。火災で家屋は勿論だが、庭木も焼失してしまう。庭は見るも無残に。
 が、そうした草木一本生えないような、苔さえ生えないような庭に雅趣を覚える。
 ここのところに日本的な感性の極を見てしまうのである。

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コメント

身に余る紹介を頂き、ありがとうございます(^^ゞ

思わず(シャラポワ?)と見間違えましたが、テニスプレーヤーが出て来ないだろう~と一人苦笑い。
シャワラジ、不規則なものの方が落ち着きます。でも庭は整えてるんですよね~配置が不規則なだけで。西洋も東洋も「自然」に見せているんだと思うので、私の中では(どっちもどっち)かな~

投稿: ちゃり | 2005/11/05 23:41

ちゃりさん、コメント、ありがとう。

シャラポワですか。格好いいですね。洒落た連想です。テニスは好きなので(ボルグとナブラチロワの時代から観ていたし、下手ながらやっていた)、今も杉山愛選手とかシャラポアの試合はたまに見ます。
でも、小生はチャランポランとかを連想していました。ああ、情なや。

> シャワラジ、不規則なものの方が落ち着きます。でも庭は整えてるんですよね~配置が不規則なだけで。西洋も東洋も「自然」に見せているんだと思うので、私の中では(どっちもどっち)かな~

 全く、耳が痛い(目が痛い?)。
 東洋、まあ、日本の庭園しか知らないけど、ゴミは拾われる、落ち葉も掃かれる、毎朝、それも参拝客が来ない早朝にお弟子さんが掃除されているのですね。
 見栄えが大事だから雑草は刈り込まれる。
「自然」ではなく「自然に見える」ってことが大事。多分、ヒルなど洒落た庭園には存在が許されないのでしょう。
 自然といっても、人間に居心地のいい、つまり都合のいい自然。
 納得しました。

 画像、ありがとう!

投稿: やいっち | 2005/11/06 08:49

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