読書拾遺(ダーウィン、ミミズ、カメ)
副題:「動物生態学者の中村方子氏とミミズの研究」
金曜日はタクシーの営業の日。まだお盆気分が抜けないのか、仕事のほうは今一つ、パッとしない。となると、楽しみなのはラジオと読書である。
車中に持ち込む本は、読みやすい本、活字の大き目の本、本としては嵩張らないものという選択基準があって、金曜日は前日に図書館で借りてきた、池田 晶子著の『オン!―埴谷雄高との形而上対話』(講談社刊)である。
念のため、出版社側のレビューだけ転記しておくと、「埴谷を興奮させた50歳下の若き女性哲学者ハニヤユタカ、イケダアキコ、それぞれの固有名で扮装した「よく似た意識」が遭遇して9年。思想史上のエポックともいうべき86年と92年の対話、流浪の処女論考「埴谷論」の決定稿、ほか、この1冊が、埴谷雄高を「難解」から解き放つ。
いざ、スイッチ・オン!」だとか。
← 明け方、目にはやたらとでっかいオレンジ色の月影。でも、撮ると得体の知れない画像に…。
本書『オン!―埴谷雄高との形而上対話』については後日、採り上げることがあるかもしれない。
ラジオでは音楽とニュース番組を主に聴いている(勿論、お客様が乗られている間は、ボリュームを下げるかオフにする)。
金曜日もあれこれ音楽を聴いたり、話を聴くことができたが、そんな中、小生には初耳の名前だが、動物生態学者である中村方子氏の話を聴けたので、せっかくなのでメモ書きしておきたい。
話は、NHK関西発ラジオ深夜便[インタビューシリーズ「私の戦後60年」アンコール(5)]でのこと。アンコール(5)とあるが、小生が聞いたのは、昨夜が最初で今のところ最後である。
何故、敢えてメモする気になったかというと、枯葉剤(ダイオキシン)を是認する研究を拒否したため、研究室の教授によって干され、全く研究できないまま15年、耐え続けたという根性に感動したからである。
企業や社会の要請があってこその研究であり、研究費の助成がある。少々の社会への負の影響があっても目を瞑ってこそ、研究が続けられるという現実がある。
そんな中にあって、信念とはいえ、是は是、否は否としていたら、学者などやっていられない…。でも、彼女は、教授の指導する枯葉剤(ダイオキシン)を是認する研究に対し、否という姿勢を貫いてしまった。15年も。
ダイオキシンもそうだが、水俣病でも、一部の研究者には早くから当該企業の垂れ流す有機水銀の環境や魚介類、人体への悪影響は認識されていたが、国や自治体、企業、一部の住民の利益や利害を優先したために、十年以上も対策が遅れてしまったという現実がある。
悲しい現実である。あるいはアスベストの被害も、行政側や企業側(産業界)などの都合が優先された結果、一部の研究者が仮に認識していても、早い段階の対策に繋がらなかったのかもしれない。
ラジオで聞きかじった話によると、研究室で久しく燻っていて、後に続く若手から、彼女が研究室から去ることを期待されながらも(彼女がいなくなることで助手のポストが空く!)頑張ってきた彼女を救ったのは、海外の大学(研究機関)だったという。
新天地で彼女は研究する喜びに出会ったのだし、今日の彼女(の研究)に繋がるわけである。
全く、日本という国の内向きなこと!
さて、中村方子氏のことは初耳である。また、彼女の著書は全く未知であり、当然ながら未読である。
ただ、今後のため、どんな本があるか、調べておくことにする。機会があれば、読むこともあるだろう。
まずは、『ミミズに魅せられて半世紀』(新日本出版社)で、出版社側のレビューによると、「荒れ地を変え、土壌をつくるミミズの役割を論じたダーウィンの著書にふれて、ミミズ博士になった女性科学者の半生。枯葉剤を是認する研究を拒否し、女性差別に屈せず、ガラパゴスやギアナ高地などを駆けめぐる博士の奮戦記。」とか。
順番が違うかもしれないが、このサイトには著者略歴が載っているので、転載しておくと、「1930年東京都生まれ。お茶の水女子大学理学部動物学科卒。理学博士。東京都立大学理学部助手を経て、現・中央大学経済学部名誉教授(生命科学担当) 」とか。
ほかに、『ヒトとミミズの生活誌』(吉川弘文館、歴史文化ライブラリー)があり、同じくレビューによると、「四億年以上地球上に生きつづけてきたミミズとヒトは、どんな係わりをもってきたのだろうか。その考察のうえにミミズが生態系にいかに重要な生物であるかを示し、今日の環境破壊に警鐘を鳴らす。」とある。
さらに、『ミミズのいる地球 大陸移動の生き証人』(中公新書)があって、レビューでは、「地球上に登場して四億年の歴史を有するミミズは、その分布から大陸移動の根拠を与えてくれる。また、ダーウィンの晩年の書物『ミミズと土』にあるように、ミミズは生態系の一端を担っている。著者はポーランドでの生態学調査を皮切りに、ケニア、ハワイ、モンゴル、ガラパゴス等々へ、シャベル持参で採集調査に出かけて、思いがけぬ発見をする。オーストラリアへは巨大ミミズの見学に訪れる。小さなミミズが大きく見える異色の本。」となっている。
最後の『ミミズのいる地球』へのレビューにもあるように、中村方子氏は、ダーウィンによるミミズの研究を(気持ちの上で)受け継ぐ形で研究している。
このことは、「ダーウィンが始めたミミズ研究」という対談などでも、彼女の話として伺うことが出来る。
彼女の動物への興味は、「生き物に対してはっきりとした興味を持つようになったのは、4歳の夏です。小さい頃は、夏になると毎日セミを追いかけていましたが、ある朝、真っ白なアブラゼミを見つけたんです。いつも見ているセミと違うなと不思議に思ってじっと見ていると、その真っ白な羽の中にスッ、スッと体液が流れていく、そしてだんだん見慣れているセミの姿に変わっていったんです。それはすごく感動的でした。」とあるように、筋金入りである。
偏見かもしれないが、今はともかく(恐らく今でも)彼女がお子さんの頃は、女の子のくせになどと言われたのではないかと思ったが、さにあらず、「私は小さい頃から「女の子だからそんなことをしてはいけません」とか「女の子だからこうしなさい」といったようなことは一度も言われずに育ちましたので、そのまんま、動物学科に進んでしまったんです」だって。
彼女がミミズ(の研究)に関心を抱いたのは、「大学3年生の夏休みに、チャールズ・ダーウィンの晩年の著書「ミミズと土」(1881年)を読んだんです。それがたいへん面白くて、そこからミミズに対する興味が湧いたんです」という。
進化論で有名なダーウィンだが、彼は終生、ミミズの研究に関心を抱き続けていたことは知られている。
小生も、デヴィッド・W・ウォルフ著『地中生命の驚異』(長野敬+赤松眞紀訳、青土社刊)の感想文の中で、この件について多少、触れている。 なんたって、「本書の帯には、大きな文字で、「ダーウィンはなぜ、ミミズに熱中したのか?」」とあったりするのだ!
とにかく、対談の中にあるように、ゴキブリと比べてもミミズは地味な存在である。目立たない。だから日本でも研究が遅れて来たのだと中村氏は語っている。「だけど、恐いのは、ミミズが住めなくなった土地というのは、結構大きな問題だということに、あまり皆さん気づいていないということです」という中村氏の指摘は、以って銘すべきだろうし、近年は、ミミズの住めない土壌(土地)は危ないのだということなどは、少しずつ理解されつつあるのではなかろうか。
[ 本稿は、本年8月21日配信のメルマガに掲載した書評エッセイです。昨日の営業でダーウィンの話題が(二度ほど違う番組で)出たので、せっかくなので何かの縁と思い、ここに採録するものです。
ダーウィンに関連する話題の一つは、ダーウィンが飼っていたカメが今も生存している、というもの。詳しくは、「知識の泉 Haru’s トリビア ★現存する最高齢の生き物175歳のハリエットちゃんとは? 」を参照願いたい。
ハリエットちゃんは、「ハリエットは1830年にガラパゴスで生まれ、5年後、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンによって2匹のゾウガメ(「ディック」「サム」)と共にビーグルス号に乗せられイギリスに渡った」とかで、その後、運命の波に揉まれつつも生き延び、「1952年に野生動物サンクチュアリーに預けられ、現在はオーストラリア動物園で平穏な余生を送っている」とか。
175歳の誕生日を迎えたばかりというハリエットちゃんの元気な(?)雄姿も眺められるので、どうぞリンク先へ。
ダーウィンに関連する話題のもう一つはアメリカのこと。アメリカでは一種のキリスト教原理主義が(ブッシュ現大統領らの頑迷固陋な信念もあって)全米に広まりつつあり、その影響は教育にも及びつつある。
ダーウィンの進化論も、聖書の教えに反するということで信じない人が多いのは知られているが、今や教育現場でもダーウィンの理論を教えないばかりか、聖書の教えに沿うように曲げて教えるようになりそうだ(もう、一部ではなっている?)とか。
後者の話題については今は詳しく扱う余裕がない。「幻影随想 キリスト教原理主義がはびこる米国―進化論を理解する人間はたったの35%―」などを参照のこと。 (05/11/16 アップ時追記)]
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コメント
はじめまして。TBありがとうございます。
ダイオキシン等の環境ホルモン問題に関してはこういう話もあるので、ご一読いただけたらと思います。
http://blackshadow.seesaa.net/article/1481285.html
投稿: 黒影 | 2005/11/16 15:22
黒影さん、いろいろ勉強させていただきました。
BSE問題でも科学者は(誰もが、とは思いたくないけど)、政治的な圧力にあっさり屈してしまいましたね。安全はアメリカ(の業界)の<良心>に期待する。それができないから問題なのに。
日本の大手の食品会社や食品業界にもどれほど落胆させられたことか。小生は人の口に入るものを扱う業者や業界は余程神経を払っているものと思い込んでいただけに、がっかりです。今はどうなのだろう…。
投稿: やいっち | 2005/11/16 19:20
こんにちは
タクシードライバーもなさっていたとは意外です。日ごろ、いろいろなところでお世話になっています。そのうち乗せていただいたらさぞ面白いお話ができるでしょうね。
ミミズのお話、とても興味深かったです。子供のころ、虫と土にまみれて育ってきましたので、今になって、自分の中でそれはどんな風に形を変えてこの大都会で生きているのか、ときどき思い巡らすことがあります。
Yujin
投稿: 幻想画家ユージン小山右人 | 2005/11/16 22:13
やいっちさん こんばんは。
やいっちさんもラジオ深夜便を、聞いていらっしゃるのですね。
私も、寝る前のBGM代りにあれを聞いています。
私はワールドレポートと言うのですか、世界中の各地からその地に住んでいる日本の方のレポート、あれを聞くのが楽しみです。
と言っても、眠ってしまうので聞いたり聞かなかったりですが・・・・
ミミズの話は知りませんでした。
母もよく言っていたのですが、ミミズのある畑は地味があって作物の出来がいいらしいです。
では、お休みなさいませ。。。
投稿: 蓮華草 | 2005/11/16 23:36
Yujinさん、こんにちは。
タクシーを利用されることがあるのですね。
小生にとってタクシーという営業の場は、社会に接し社会を覗く場ともなっています。
ミミズ…。ミミズが土中にいるかどうか、それが土壌の健全さの証(あかし)になるとか。
ガキの頃、ミミズのたくさんいる場所があって、沢山とって、魚釣りに使わせてもらったっけ。
罰当たりなことです。
研究しようなどとは到底、思いもよらなかった。優れた人と、鈍なる小生とは雲泥の差です。
都会でも、夏場など、かんかん照りの道路の上で干からびて死んでいるのをたまに見かけることがある。
投稿: やいっち | 2005/11/17 03:21
蓮華草 さん、こんにちは。
夜遅くに来訪。申し訳ないです。また、画像のおねだりに行くかも(いえ、行きます)。
ラジオ(特にNHK)は営業の友です。社中ではラジオ(NHK)に入れっぱなしです(お客さんが乗ってきたら、ボリュームは下げるかオフにするけれど)。
投稿: やいっち | 2005/11/17 03:24
「進化論を理解する人間はたったの35%」は余り驚かないというか。逆に理解しているという人が多ければ驚きです。今回サーチしてみても、殆んどが反論ばかりです。原理主義者もあれば修正主義者も多くて、南京虐殺並です。それに比べるとこれは、突然変異だけでも把握するのが難しい。にも関わらず、鳥ビールスの突然変異に皆はおびえているのです。
ハリエットは、随分あとまでハリーと男名前で呼ばれていたらしいです。
投稿: pfaelzerwein | 2005/11/28 01:29
pfaelzerweinさん、こんにちは。
進化論…。理解しているかというと、小生自身、おぼつかない。ただ、原理主義者らのように数千年前に<神>が創造したというのは、進化論よりもっと理解を超える。
でも、そういう考えにしがみつく人が多いってのも、ちょっと分かるようでもある。そのほうが何も考えなくて済むから思考の経済になるし。
鳥ビールスに限らず突然変異が実に頻繁に現象していることの脅威と驚異も、これまた現実ですね。
>ハリエットは、随分あとまでハリーと男名前で呼ばれていたらしいです。
そうなんですね。最初、ハリーとハリエットと別のカメさんがいるのかと混乱しかけました。
それはともかく、ダーウィンがこのハリエットのお陰でちょっと身近に感じられた。
恥ずかしながら、ホントにダーウィンって居たんだって改めて実感したような。
投稿: やいっち | 2005/11/29 08:36