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2005/09/18

川路柳虹再び

 川路柳虹著の『詩学』(耕進社刊)をパラパラと捲っている。熟読に値すると思いつつ、旅の疲れもあり、拾い読みしている。小生のあまりに生半可な知識では批評どころか感想文も書けそうにない。
 ただ、小生の感覚のドツボに嵌ってしまったのである。
 本名・川路 誠(1888-1959・明治21年-昭和34年)の彼は清新な詩境を示してくれていて、つい先ごろ発見したばかりの小生には嬉しい存在となっている。

 既に彼については、「川路柳虹のことを少々」の中で若干、触れている。
 その時にも「かへる靈」や「蒼蠅の歌」と共に紹介させてもらったが、ここに再度、「文学者掃苔録」(このサイトには随分、お世話になっている。ちなみに、「掃苔(そうたい)」は「墓参」や「墓洗ふ」などの類縁語を持つ秋の季語である)の「川路柳虹」の頁から彼の詩の一節を、掲げておこう(「塵溜」より):

塵溜の中には動く稲の蟲、浮蛾の卵、 また土を食む蚯蚓らが頭を擡げ、 徳利壜の虧片や紙の切れはしが腐れ蒸されて 小さい蚊は喚きながらに飛んでゆく。

 一読して、読み手の好悪がはっきり分かれるものと思われる(改行の具合は、表記の都合で狂ってます)。

 この詩は、さらに、以下のように続く:

そこにも絶えぬ苦しみの世界があって 呻くもの死するもの、秒刻に かぎりも知れぬ生命の苦悶を現し、 闘ってゆく悲哀がさもあるらしく、 をりをりは悪臭にまじる蟲螻が 種々のをたけび、泣聲もきかれる。
 

 上掲の「川路柳虹」の頁にもあるように、「わずか20歳の若き才能、未だ七五調が大勢を占めていた時代に口語自由詩運動の先を走り、その一大革新をもって詩人としての強烈な印象を詩壇に与えた川路柳虹は、以後もたゆみなく詩作、美術批評に精力を注ぎ、昭和34年4月17日、脳出血により死去した」のだった。

「ようこそ詩人・白鳥省吾を研究する会 のホームページへ」の「会  報 白 鳥 省 吾 物 語 (6)」を覗くと、この詩「塵溜」が雑誌『詩人』に載った当初の衝撃などが書かれている。
 金子光晴も川路柳虹の詩(「塵溜」のちに「塵塚」と改題)を高く評価していたようだ。

 詩論集である本書『詩学』(耕進社刊)の中でも、主にフランスの象徴主義の詩や詩人の紹介と同時に、(当時の)現代詩人の作品、さらには短歌や俳句などが俎上に載せられている。
 詩は心象であり、象徴であり、現実以上に夢、つまり仮構の形の真実が大切であり、つまりは詩は現実以上に現実的な夢を仮構するものなのだ。
 いよいよ激しさを増す「マルクシズム」との関連で、「詩の社会性はその題材にもなく思想にもない、個的創造の普遍性そのものに在る」と言い切っている。
「詩に於ける真実は一人の個人としての詩のなかに彼の理想とする世界をもつことである。」(上掲書より)。

 ちょっと理屈っぽいようなことを書いた。
 彼には、草川 信作曲による、『風鈴』や、山田耕筰作曲になる『青い小鳥』や『燕』のような童謡も多数書いている。
 せっかくなので、ここに「青い鳥」の一節を転記しておく:

青い小鳥は どこへゆく 青い小鳥は どこへゆく
小鳥のいない かごを手に チルチルミチルどこへゆく

 せっかくなので、もう一節:

おもいでの国 夜の国 そとは小雪も ふりしきる
花の匂いの する窓で 青い小鳥は ないていよう

 ネット検索していたら、「畑に家を建てるまで」というサイトの中に、興味深い記述を見つけた。発見したのは、「三島由紀夫」なる頁で、「こうしたときに、三島を庇ってくれたのが母親の倭文重だった。彼女は息子が詩に関心を持ち始めたと知ると、三島を連れて詩人の川路柳虹宅を訪ね、息子の指導を頼んでいる。川路は華麗な作品を作る詩人で、私には三島の人工的で壮麗な文体は、川路の影響を受けているように思われる。」といった記述である。
「こうしたときに」とは、リンク先の頁を覗けば分かるように、三島が文学(詩)に関心を持ち始めたと知った父が三島に厳しく当たるようになった時に、ということである。

 引用した一文には、「川路は華麗な作品を作る詩人で、私には三島の人工的で壮麗な文体は、川路の影響を受けているように思われる」とあるが、小生には、川路柳虹の世界と三島の世界とは相容れないように思えてならない。
 これは何も、「詩の師匠だった川路柳虹は、三島のことを「あれは早熟でも天才でもない。ただの変態だ」と冷評していたし、つてを頼って作品を読んで貰った志賀直哉(志賀の娘は三島の学友)からは、「平岡(三島の本名は平岡公威)の小説は夢だ。現実がない。あれは駄目だ」とにべもなく一蹴されている。」からではない。
 ここでは三島の世界に触れるつもりはない。ただ、川路柳虹の詩の世界は、仮構の形の真実が大切と言い条、決して現実からはなれないし、現実を観察し体験することをいとわない。むしろ、現実感覚が豊かなのである。三島の浮世離れした虚構世界とは雲泥の差がある(どちらが雲でどちらが泥かはこの際、どうでもいい。小生は泥も雲も、両方とも好きだ)。

 三島由紀夫ファンであれば、彼が若き頃(15歳頃)、川路柳虹に師事していたことは周知の事柄に過ぎないのだろう。小生は、高校時代に文庫本で出ているだけの三島由紀夫(とついでながら小林秀雄)を読んで、辟易してしまって、以来、ほとんど読み直していない(読み返す気にもなれない)ので、今更ながらの発見だったのである。

 川路柳虹については、後日、改めて採り上げるかもしれない。

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